第四十一話「後続組の到着」
第四十一話「後続組の到着」
「湿気に気を付ければひと月ふた月は日持ちする筈……と、聞いたような覚えはあるんですが、一番最初に作った分は半月前で、まだ検証が済んでないんですよ」
「それだけあれば十分でしょう。普通の干物も、それぐらいから味落ちするのですから」
「ですねえ。ともかく、リフィッシュのこと、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」
ホヴァルツ号にリフィッシュと、ついでに干物の在庫をありったけ積み込み、笑顔のヘニング船長を送り出して数日。
売り込みの呼び水にするからと、メルヒオル様の指示でレシピまで用意したけれど、その結果が届く前に、またもや船が港に現れた。
今度のは、ものすごく大きな軍艦も含めた数隻の艦隊で……。
「リヒャルディーネ様!」
「ギルベルタさん!」
待ちに待ったギルベルタさん達の到着だったけれど、状況を一変させるニュースも、同時に運んできた。
「長旅ご苦労だった、アマルベルガ、ギルベルタ」
「お待たせいたしました、殿下。……国王陛下が、身罷られました」
「……そうか」
私達がミールケの宿場を出た後、数日待って後続の騎士一行と合流したギルベルタさん達も出発したけれど、ムッシェルハーフェンに到着するよりも早く、道中で国王陛下崩御の一報を知ったそうだ。
その後は予定通り……とは行かず、本国では王国分割の話も表にされ、混乱の中、国葬の日取りを聞く前に、一行を乗せた『プリンツ・アーダルベルト』号は港を出たという。
表情を消したローレンツ様は、港で荷役する組に指示をされてから、艦長さんも含めて今後の話し合いをしたいと、総督府に戻られた。
「……」
予め、そのような未来が訪れると分かっていてさえ、やはり居たたまれない気分になる。
でも、そのことを気にして時間を潰すわけには行かなかった。建国の大仕事はともかく、目の前のことから片付けないとね。
私は荷役の港側責任者を任されたので、そちらに回った。
「お久しぶりです、騎士エアハルト、騎士エミール!」
「やあどうも、リヒャルディーネ殿!」
「ご無沙汰です! こっちは暖かくていいっすね!」
まずは先に、船客となっていた騎士さん達やそのご家族に降りて貰い、組合と協会を借りて休憩して貰うことにした。
当面は総督府の宿舎で寝泊まりして貰うことになるけれど、ご家族を連れてきた方もいる。
部屋の割り振りは、炊き出しの準備と共に、上司が引き受けてくれた。
「……って、え?」
「リヒャルディーネ殿!」
「あの時の、女官さん!?」
「はい、そうです!」
何故か、試験の時に私を食堂に案内してくれた女官さんが、満面の笑顔でこちらに走ってきた。
手をぎゅっと握りしめられ、それはもう嬉しそうな様子で、ぶんぶんと振り回される。
「でも、ど、どうしてこちらに!?」
「リヒャルディーネ殿のお陰で、結婚することが出来たんですよ!」
「……は?」
「あなた!」
「リヒャルディーネ殿、自分は騎士アーベルと申します。一度だけ、団の食堂でお会いしたかと存じます」
聞けば元王宮女官のアンネマリーさん、私を助けようと食堂でアンスヘルム様達を怒鳴りつけたのがきっかけで、騎士アーベルと知り合ったそうだ。
その後、日を置かない内にお友達から恋仲になり、結婚に至ったようである。
なんというスピード、私の知らない間にそんな恋物語が……。
「その、殿下の元に馳せ参じることはすぐに決めましたが、アンネマリーとも絶対に別れたくなかったので……」
「ふふ、『色々』ありまして、うちの家族もついてきましたの」
結婚の許可を貰うより先に教会に駆け込んだお陰で、アンネマリーさんのお父さんにぶっ飛ばされたり、その事が知れて自分のお父さんからもぶっ飛ばされたり……他にも、色々あったそうだ。
その『色々』は後日、しっかり聞くとして、騎士様達は荷役のお手伝いも引き受けて下さったので、水兵さんのまとめ役、甲板長と軽く打ち合わせて、仕事の割り振りを決める。
「女官殿、こちらの準備が整いました!」
「今行きます!」
ムッシェルハーフェンで艦隊旗艦の次に大きいというプリンツ・アーダルベルト号は、元から大きいのに加えて、大量の貨物も積んでいたので船体がいつもより沈み込み、うちの港にはとても入れなかった。
特に馬の移動は大変で、馬その物も重いけど、飼い葉と水も大量に積み込まないといけないお陰で、大型船じゃないと長距離の運搬が無理なのだ。
でも、そんな大型の船は、入れる港も限られている。
そこで小型艦を随伴させ、小さな港では一度荷を載せ換えてから、陸に運ぶわけだ。
「【浮遊】【強化】、【誘導】」
「どうぞ、そのまま!」
大荷物を動かす時に魔法を使うのは、こちらじゃ割と普通だった。
もちろん私も、杖持ちの航海士さんや水兵さんに混じり、杖を振るって呪文を唱える。
クレーンやフォークリフトの代わりに魔法を使うって考えると、当たり前なんだけど便利なんだよね。
まず、持ち上げた荷物の勢い――慣性を、ほぼ考えなくていい。もちろん、重い荷物を持ち上げて動かすには相応の魔力が必要だけど、その点がクリアできるなら、非常に楽な作業になる。
ついでに、クレーンを引っかける場所のバランスを考えながら、わざわざワイヤーロープで縛ったりする必要もない。
それに、クレーンそのものの重さと大きさも無視できるから、荷役作業はとても小回りが利いた。魔法使いが移動するだけでいいからね。
おまけに……。
「短艇側、準備完了!」
「こちらも大丈夫です!」
「了解! 漕走、始め!」
短距離なら、小さなボートに乗った私が魔法で大きな馬車を空中に浮かべつつ、移動したりもできるわけだ。
特に大きな荷物はローレンツ様の専用馬車ぐらいだけど、、ローレンツ様の愛馬ラウレア他、騎士様にくっついてやってきたお馬さんが合計十六頭、こちらは空中で暴れられると困るので、他の荷物に優先して随伴の小型艦に一旦移動し、桟橋に寄せてから陸に揚げた。
「女官さま、魚臭くてよけりゃ、組合の倉庫を使ってくだせえ」
「助かります!」
「雨風をしのげるだけでもありがたい!」
馬と馬車は衛兵隊の厩舎へ、荷物の方は組合の倉庫を借りて皆さんの落ち着き先が決まってから、各人で引き取りに来て貰うことにする。
お陰で何とか、日暮れ前に荷役を片付けることが出来た。
「さて……」
今度は陸側の方でもう一仕事、乗り組みの水兵さんを歓待する炊き出しの監督とお手伝いだ。
大型の軍艦ともなれば、何百人もの乗組員がいる。
今日明日で半分づつ、上陸することになっていた。
でも、遊び場所さえないこの街じゃ、せっかく休憩の上陸をしても混乱するだけなので、まとめてお預かりするしかない。
「リヒャルディーネ様、アリーセ様よりこちらを手伝うようにとの指示を受けました」
「ありがとうございます、ギルベルタさん。お疲れさまです。……あの、総督府の会議はもういいんですか?」
「ええ、母が引き受けてくれましたから」
もちろん、私とギルベルタさんだけじゃ足りなくて、衛兵隊や組合の奥さん方の力も借りている。
パン屋さんには、炊き出しが決まってすぐ、アリーセが声を掛けてくれていた。
「さあ、遠来の船の衆よ! 南大陸の酒と言えば、このミレ酒と決まっておる!」
「ハンス! ハンス!」
「エールより癖は強いが、なに、これも海の旅の風情よ! さあ、もう一度乾杯だ!」
「ハンス! ハンス!」
炊き出しの中盤には、総督閣下までもが顔を見せて下さった。
伝説の名艦長『暴風のハンス』の名は、海軍じゃ広く知れ渡っているそうで、上陸した水兵さんが暴走しすぎないようにと、気を遣って下さったらしい。
「リヒャルディーネ様、少し落ち着いたようですわ。私達もいただきましょう」
「はーい!」
メニューは魚と野菜のごった煮に、焼き魚に、魚の素揚げに……あと、リフィッシュと、ノイエシュルム領から急遽取り寄せた山羊のお肉とチーズだ。
時間も限られていたし、材料の調達にも、衛兵隊が四方八方に走り回っていた。
当然、お酒も街の人に頼んで、少々高めで総督府が買い上げている。
この予算だけで、つい先日売れたリフィッシュと干物の利益が飛んでいきそうだけど、こういった『気遣い』はとても大事だ。
「船旅はどうでしたか、ギルベルタさん?」
「いつもより快適でしたわ。船が大きいと、揺れもゆったりなのだと知りました」
今後、本国は『北シュテルンベルク王国』あるいは『南シュテルンベルク王国』として、外国になる。
国力じゃ全然敵わないことは、最初から分かっていた。
水兵さんが持ち帰るだろう小さな噂話と評判でさえ、身を守る盾とせざるを得ない我が『レシュフェルト王国』だった。




