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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十話「商人と特権」

第四十話「商人と特権」


「うちは雪深い山裾の暮らしだったんで、今の時季だともう、お婆ちゃんの作ってくれた上掛けが手放せない寒さでしたねえ」

「上掛けなんて、こちらじゃ風邪の時ぐらいしか使いませんわ」

「うちの子にも、一度ぐらいは雪を見せてあげたいわねえ……」


 流石は南大陸、まだまだ薄着でいいなあ、なんて、リフィッシュを作る傍ら、奥さん方と世間話をしていると、組合の鐘がからんからんと鳴らされた。


「あの、何かあったんでしょうか?」

「珍しく、船でも来たんじゃないですかねえ……」

「危険を報せる時は、もっと、がんがんうるさい音ですから」


 なるほど、危険がないならまあいいか……と思いかけ、やって来そうな船に心当たりがあることを思い出す。


 ギルベルタさん達の到着だ!


 これで、内向きのことが楽になるし、兵隊さん達の帰国より先に騎士さんが来たってことで、引き継ぎが出来る!


「たぶん、ムッシェルハーフェンから、後続組の皆さんが到着したんだと思います!」

「でもあれ、グロスハイムの船みたいですけど……?」

「え!?」


 奥さん方のまとめ役、カティアさんに促されて窓から覗いて見ると、確かにグロスハイムの旗を靡かせた船で……。


「あ!」


 そう言えばもう一隻、こちらに来るかもしれない船があったのを、思いだした私だった。


 事情を説明して作業用のエプロンを外し、ゆっくりと桟橋に近づく船を見守る。


「女官さま、グロスハイムの商船です! 総督府にはもう、人をやってます!」

「ありがとうございます、ウルリッヒさん」

「しっかし、こっちにゃ商売相手だっていねえだろうに、なんでグロスハイムの船が……」

「あーっと、たぶん、遊びに来てくれたんですよ」

「は……?」


 やって来た船の名はホヴァルツ号、プリンツェス・ルイーゼ号で南大陸に来る途中に海賊から助けたグロスハイムの商船だ。もちろん、見覚えがある。


 ウルリッヒさんに海賊退治の話をすると、目を丸くして驚いていた。


 ……そう言えば、初っ端は漁師熱の騒動があったし、世間話をする暇もなかったもんね。


「グライフ一家と言やあ、この近所……ってか、グロスハイムの東端で一番の海賊衆だったんですがね。この辺りはほんとに田舎で、航路も渋いが上がりも渋い、お陰で海軍も軍艦を出し渋るって具合でさ」

「あの……ここは、大丈夫だったんですか?」

「へい、一応は。フラウエンロープ号は総督府の所属、国の持ち物って事で軍艦同然な上に、うちの親玉……っと失礼、総督閣下はその昔、『暴風のハンス』と呼ばれた名艦長、余程の阿呆でない限り手出しはされないってもんで」


 フラウエンロープ号じゃ、上がりが少なすぎるって理由もありますがねと、ウルリッヒさんは肩をすくめた。


 そうこうするうちに、するするとホヴァルツ号が近づいてくる。


 すぐに、互いの顔が分かる距離になった。


「おお、女官殿! その節はお世話になりました!」

「お久しぶりです、ヘニング船長!」


 お礼に来てくれたのは嬉しいけれど、最近になって、この南大陸新領土が想像以上に地の果てだということも分かってきたので、申し訳なさも多少はあった。


 約束通り、お土産もたっぷりと積み込まれているそうで、早速総督府へと案内する。


「ごめんなさい、荷馬車も出払っているみたいで……」

「いえ、すぐそこでしょう。お気になさらず」


 港から総督府までは五分も掛からないけれど、気持ちの問題だ。


 せっかく訪ねてきてくれたんだから、少しぐらいは見栄を張りたい。


 ああでも、ローレンツ様は視察に出られてる。総督閣下とメルヒオル様にご紹介して、上手く取りはからって貰おう。


 メルヒオル様は、船の上では船酔いでずっと寝ていらっしゃったから、多分ヘニング船長の顔はご存じ無いはずだけど、何とかなるだろう。


「アリーセ!」

「リディ! まあ、ヘニング船長! よくおいで下さいましたわ!」


 ウルリッヒさんが連絡してくれていたお陰で、アリーセが出迎えてくれた。


「お願いアリーセ、応接室、特上で!」

「了解!」


 小声で囁いて、心得た風のアリーセに応接室への案内とお茶はお任せして、代わりに総督執務室へと向かう。


「失礼いたします、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフでございます」

「ああ、リヒャルディーネ嬢も戻ってくれたのか。船が入港したと聞いたが、何か問題が?」

「いいえ、閣下。こちらに来た船は、先日海賊より助けたホヴァルツ号と、ヘニング船長です。お客様としてお迎えしたのですが、ローレンツ様がご不在ですので、総督閣下とメルヒオル様、お二方にお出ましいただきたいと思うのですが……」

「ほう?」

「上客としたその判断、助かる!」

「メルヒオル殿?」

「総督閣下、よい機会です。その船持ち商人、こちらに引き入れましょう。リヒャルディーネ嬢、済まないが、リフィッシュの生と完成品を用意して貰えるか?」

「畏まりました!」


 メルヒオル様は、ヘニング船長をリフィッシュの売り先にする気のようだった。


 ローレンツ様から一切を任されておいでだったし、運賃と手間賃の圧縮を考慮しても、売りに行くより買いに来て貰う方が、うちとしても助かる。


 どうしてかと言えば、南大陸新領土管区には、外洋船が一隻しかないからだ。


 ……ならここは、私も本気を出そう。


 高く売れてくれると、ローレンツ様がとても助かるはずだからね!




 港の作業場に駆け戻り、急遽、支度に取り掛かる。


「食べ比べして貰う分と、それから生は二種類、えっと……」


 大荷物になってしまったリフィッシュを抱え、今度は総督府宿舎の厨房だ。


「リヒャルディーネ様!?」

「緊急です! 隅っこでいいので、厨房貸して下さい!」

「ええ、それはもう!」


 先日来、リフィッシュ関連でちょくちょく無理をお願いしているけれど、すぐに許可が出た。


 夕食の材料から、チーズやタマネギ、それから作りかけのスープをお借りして、さらっと準備する。


 そのままの一品の他に、生のリフィッシュの上にチーズを炙ってとろけさせたものや、晒しタマネギと一緒に葉野菜でくるっと巻いたおつまみ風の一口サラダ、それから……。


「何をお作りになってるんです?」

「リフィッシュありとなしで、どのぐらい差が出るのか、食べ比べて貰うんです。だから少し、スープは薄めにしてたんですよ」

「ああ、なるほど!」


 スープは借りたものを味見して、少し薄めていた。 

 リフィッシュって、案外、塩分が多めだからね。


 でも、汗かき仕事の人には需要があるのかなと、行軍食にもいいと仰っていたアンスヘルム様の言葉を思い浮かべる。


 もちろん、私が想像しない方向で食べ方や調理法が発展する可能性も、大いにあった。




 ワゴンを押して、応接室に向かう途中、視察から戻ってこられたローレンツ様とばったり出会った。


「リディ!」

「おかえりなさいませ、ローレンツ様!」

「ただいま。ホヴァルツ号が来たと聞いたけれど、その料理は、おもてなしかい?」

「はい、味見してもらうリフィッシュです。メルヒオル様が、『こちらに引き入れましょう』と仰っていたので、出来れば気に入って貰いたいなあと、頑張りました」

「うん、ご苦労様。荷物を置いてからすぐに向かうよ」

「畏まりました、お伝えしておきます」


 配膳に行き、簡単な説明を加えて、ヘニング船長に味わって貰う。


 交渉はメルヒオル様にお任せ……というか、あんまり立ち会いたくない。


「ほう、確かにこのリフィッシュという加工品は、私めにも初めての品ですな……」

「今であれば、貴殿とその商会のみ、こちらのリフィッシュを扱えることになるが、如何かな?」

「……むう」

「無論、こちらも便宜は図るし、同じく図っていただくことになるが……」


 私だと考えが顔に出過ぎてしまうので、美味しいですよと懸命のアピール『だけ』をするのが、一番無難なのだ。




 結論から言えば、メルヒオル様は相当に上手く、交渉をまとめてしまわれた。


 その日の夜、小さな会議が執務室の方で行われると……。


「さて、どうなった、メルヒオル?」

「はっ、リフィッシュの卸値は、当面、半グロートと致します」


 グロート銀貨の半分なら三十ペニヒ、ここだけ見れば当初目指した一プフント分の卸値よりは、六ペニヒも安くなってしまっている。製造原価がだいたい十二ペニヒになるので損はしていないけれど、うーん、少し残念かな。


「他の条件は?」

「リフィッシュについては、専売の契約を結んでおります」

「……呼び水か?」

「はい。元より商船の寄港など望めぬ地、この機会は逃すまいと、勝手ながら札を切らせていただきました」

「メルヒオルには、既に一切を預けてある。構わない。……それだけではないのだろう?」


 ローレンツ様の問いかけに、メルヒオル様が明るい笑みを浮かべられた。


「無論です。ヘニング船長には、レシュフェルト王国成立後について、リフィッシュに対する特別税免除の特権を与えました」

「……うむ?」

「メルヒオル殿、それではヘニング船長が得ばかりしておるような気もするのだが?」

「ええ。無論、閣下の仰るように、ヘニング船長は大層な得をすることになりましょうな。しかしながら……」


 私もアリーセと顔を見合わせたけど、総督閣下の疑問ももっともだ。


 メルヒオル様は、涼しいお顔で続きを述べられた。


「リフィッシュの値付けは干物より少々高いながら、庶民の手に届かぬ高級品というわけでもありません。実際に食した我々、また、領民やヘニング船長の反応から見ても、売れ行きや反響は、おそらくこちらの予定を超えるでしょう。その上で、彼には専売と免税の特権を与えております。……どう動こうと、レシュフェルト王国からは足抜け出来ますまい」 

「ほう?」

「我々は、レシュフェルトと他の港を行き来してくれる商船を、新たに手に入れたも同然なのです。何を置いても外貨を稼がねばならぬ今の状況を考慮いたしますと、フラウエンロープ号と足せば倍の二隻に増えたわけで、まことに頼もしくございます」


 ヘニング船長は新たな商品が手に入る上、儲かってうはうは。


 レシュフェルト王国は、手間を掛けずに販路が維持できて、外貨も稼げる。しかも、今後の展開に期待が持てた。


 もちろん、ヘニング船長も喜んでいたし、損をするわけじゃない。


 けれど、与えるだけと見せかけて、しっかりとこちらの都合に合わせて囲い込んでしまうメルヒオル様は、やっぱりローレンツ様の右腕だけはある。


「そうだ、リヒャルディーネ嬢」

「はい、メルヒオル様?」

「二カ所目の作業場開設は、予定だけにして、少し待ってくれ」

「……はい!?」


 売れ行きは予想以上になると言ったその舌が乾かない内に、この提案。


 流石に身構えてしまう。


「次にヘニング船長が来た時、君から頼んで欲しい。予算が足りなくて建てられないとでも言えば、二つ返事で援助を申し出てくれるはずだ」


 捕らぬ狸の皮算用。


 ……ってわけでもなく、メルヒオル様にはもう、『予定』されていることなんだろうなあ。


 ああ、これが囲い込みかと、私は妙に納得してしまった。


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