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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第三十九話「女官の一日?」

第三十九話「女官の一日?」


 レシュフェルトでの一日は、宿舎での朝食から始まる。


「おはよう、アリーセ」

「おはよう、リディ。リディは今日も港だっけ?」

「うん。アリーセは?」


 今日の朝食は、雑穀の多すぎるパンに、焼いた翠玉魚(スマラクト)――鱗がエメラルド色の小さい魚と、カブの煮物だ。


 魚か鹿かの違いはあるけど、実家の朝食と大して変わらない。


「メルヒオル様のお手伝いで、王政府立ち上げの準備よ。ようやく昨日、故郷に帰るのか、独立後もここに残るのか、全員の聞き取りが終わったの。……殆どの官吏と兵士は、『帰国』するわ」

「本国にご家族がいるんじゃ、仕方ないよね」

「そうね。でも、転属の命令を受けてこちらに来ているという面もあるのよ」

「そっか……」


 宿舎は総督府関係者の共用で、小さいながらも公邸がある総督閣下、自宅持ちのゲーアマン政務官、総督府の来客用寝室で過ごされているローレンツ様らお三方以外の全員が、ここで起居していた。


「ごちそうさまでした!」

「はい、いってらっしゃいまし!」


 食事の用意だけでなく、洗濯物も寮母さんにお任せで、お仕事で自分のことが出来ない私達働き手は、とても助かる。


 朝食後は総督府に顔を出して、朝の打ち合わせだ。


 これはそれほど堅苦しくないけれど、一部、正式な命令や人事が発令される時だけは、全員が姿勢を正す。


「女官職三等官、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフ」

「はい!」

「総督府直属の漁業加工品専任担当者を兼職、リフィッシュの製造技術確立を命ずる」

「畏まりました!」


 私達は、遊びに来てるわけじゃない。

 締めるべきところは締める、これもけじめの一つだった。


 リフィッシュこと干し蒲鉾は、まず基礎となるレシピを調え、それに合わせた道具の用意をすることに決まった。


 近日中に管区内へと広めるにしても、本格的な製造に入る前にきちんと準備しておけば、トラブルも減るし品質も安定する。


 その為の手間は、惜しむべきじゃなかった。




 打ち合わせが終わると、早速お仕事だ。


「いってらっしゃいませ、ローレンツ様、アンスヘルム様」

「ありがとう、リディも無理はしないで」

「はい!」


 ローレンツ様は領内の視察……と同時に、各地の代官、領主様と今後についての詳細を詰め、問題点を洗い出すべく、護衛のアンスヘルム様と二人、毎日馬でお出掛けされていた。


 総督府の前でお見送りをすると、鞄を肩に掛けて街に出る。


 領都になるレシュフェルトの街は、アールベルクよりは開放的だけど、もちろん市街を囲う壁などなくて、同時に建物の数も少なく、閑散として見えた。


「おはようございます、女官さま!」

「おはよう、エルミーラ! お手伝いえらいね!」


 新領土管区は全人口四千人だけど、旧ヴィルマースドルフことレシュフェルトの街には、五百人程しか住んでいない。


 ローレンツ様の『現有』されているこのレシュフェルト領には、海沿いの東西にザウケルとノイエフレーリヒという小さな漁村があり、合算してようやく千人の大台になる。


 人口だけなら、一番大きいのは暴れ川の河口にある王領ファルケンディークで、管区人口の半分、二千人が住んでいた。堤防工事の為に人が集まってるせいもあるけれど、完成後には農家が増える予定だ。


 ここに山手の王領リンテレン、ノイエシュルム領、オストグロナウ領が合算で千人、合計四千となる。


 とまあ、並べてはみたけれど、何処を切っても開拓中の田舎としか言い様がない。


「……ふぁあ」


 あくびをかみ殺しつつ港に向かえば、小船はもう全部漁に出ていて、フラウエンロープ号だけが波に揺られている。


 桟橋の手前で横に折れて組合の建物に向い、ウルリッヒさんに挨拶をしてから干しかけのリフィッシュや干物を表に出す。


 私はお洗濯しなくていい分、奥さん方よりも仕事場に到着するのが早かった。

 



 午前中、奥さん方は干物を干すと一度家に帰ってしまうので、組合の机を借りて、レシピのまとめの下書きを作るのが私の日課になっている。


「サメはもう少し塩を増やした方が良さげですねえ」

「ですな」


 リフィッシュは、他の領地でも作る予定だ。でも、いきなりレシピを渡されて『作れ』と言われても困るだろうし、研修に来て貰うことにしていた。




 予算の方も、大まかな試算は出来ている。


 これまで捨ててしまっていた外道のお魚は、元々値段がつかないけれど、漁師さんにも収入は必要だ。


 新鮮な外道の魚肉一プフント――パンで言うなら一日に食べる小麦の重さで、一ポンドに近い約四百五十グラムほどに対して、一ペニヒ、銅貨一枚という最低価格だけど、みんな喜んでくれた。


 この値段は、私とウルリッヒさん、メルヒオル様で相談の上決めたけど、ローレンツ様や総督閣下にも了承をいただいている。

 そのうち、商売がきちんと成り立つようなら、値上げも検討しようとのお言葉も頂戴していた。


 ここに塩代や薪代、奥さん方の手間賃が加わり、仮に試算した道具類の償却費を乗せると、完成した一プフント分のリフィッシュは、だいたい十二ペニヒになる。


 もちろん、これをそのまま売ったら大損だ。


 ここから先はメルヒオル様が何か考えていらっしゃる様子だけど、最低でもこの三倍で売りたいところだった。


 ……ちなみに新大陸領土管区、予算が国から与えられる総督府はともかく、市井での貨幣流通は母国シュテルンベルクに『準じていない』。


 経済圏としてはグロスハイム都市国家同盟に半分従属しているような感じで、ペニヒ銅貨六十枚に相当するグロート銀貨、貿易の決済にも使われる高額のマルク金貨が、母国のグロッシェンやグルデンと混じり、必要に応じて使われていた。


 大きな混乱がないのは、ペニヒ銅貨が名前も価値も、両国で共通しているお陰だ。


 旧帝国を引き継いだそれぞれの国家は、貨幣発行益が少ないながらも庶民生活に欠かせない少額の貨幣に大きな魅力を感じず、そのままの規格で製造と流通を引き継いでいた。


 その代わり、銀貨以上の貨幣は各国の当時の担当者を集めて三日三晩お説教してやりたいぐらい、複雑怪奇な状態になっている。


 ……レシュフェルト王国が貨幣を発行する時、私はなんとしてでもローレンツ様やメルヒオル様を説き伏せ、単純な貨幣制度を採用するよう進言しようと、心に誓っていた。




 さて、お昼になったら漁船が戻ってくるので、奥さん方も増えて作業場は賑やかになる。


 干物組とリフィッシュ組に分かれてお仕事するけれど、練りの作業だけは頻繁に交替が組まれていた。……というか、私がそうした。


「疲れる前に交替ですからね」

「はい、もちろん!」


 作り始めて数日、私だけでなく皆さんがリフィッシュ作りに慣れてきたけれど、まだまだ改良したい点も多い。


 練りの作業以外に、小骨の抜き取りもかなりの面倒だ。


「リディ様、これ、どうでしょうか? 燻製を作る時、一緒にリフィッシュも(いぶ)してみたんですけど……」

「随分茶色くなっちゃいましたけど……あ、匂いはいい感じですね」

「味も悪くないと思いますよ」

「ちょっと失礼して……。ん、あ、これはこれで行けますよ!」

「でしょう! うちの旦那が燻製好きで――」


 奥さん方もアイデアを出してくれるし、毎日少しづつ持ち帰って貰い、料理のレシピの模索もはじめていた。


「おーい、船が戻りはじめたぞ!」

「はーい、今行きます!」


 午後の漁は、潮の満ち引きにもよるけど、早めに船が帰ってくる。


 夜に沖合で明かりを点し、魚を寄せて獲るような漁法もあるけれど、危険と利益の天秤が釣り合わないそうだ。


 このご近所、昼間でも、大きなサメがいるぐらいだもんね。


 うん、無茶は絶対に駄目だ。




 夕方、片づけと掃除をして干物とリフィッシュを取り込み、作業場で奥さん方と一緒にたらいのお風呂で行水して汗と汚れを落としてから、総督府に帰る。


 王室公爵家の女官とはとても思えないような一日だけど、目の前の仕事や奥さん方との何気ない会話……適度な気楽さに、救われてもいる私だった。


「お疲れさまでしたー!」

「また明日!」

「母ちゃん!」

「ハルト!」


 宿舎に鞄を置き、溜まってきたレシピの束を整理していると、すぐ夕食の時間になる。


「リディ、戻ってる?」

「はーい」


 夕食は、その日一日の報告も兼ねて、ローレンツ様達と一緒に食べる決まりだった。


 献立は宿舎の食堂と変わらない庶民向けの食事で、今日なら少し癖が強いけど慣れると割に美味しく感じる山羊のシチューに、サニーレタスの親戚のような葉野菜のサラダ、もちろんパンは朝と同じ雑穀パンである。


 けれど、ローレンツ様と一緒なら、少しは美味しい夕食になるというものだ。


「ローレンツ様、再検討いたしましたが、当面は税制も現状のまま、割り引いておくしかないようです」

「人頭税は半額、それ以外の税は理由を付けて一切を免除……だったか?」

「はっ。リフィッシュに関する利権はこちらで管理、卸売りは組合に限り、記録も徹底させるとしましょう」


 この南大陸新領土管区、恐ろしいことに、まともな税制が施行されていなかった。


 普通なら、船一艘網一枚につき幾ら、住居は部屋数と面積に対してこれだけ、商売は規模に応じて規定の額か物納と、呆れるぐらい細かく決まっている。


 実家のオルフ領でさえ、人頭税以外に、住居税と商税と農地税は納めて貰っていたけれど……理由は簡単、本土と同じく四角四面に税を取ってしまうと、領民生活が成り立たないのだ。


「メルヒオル、やはり代官殿も帰るそうだ」

「そうか……。俺やアンスヘルムが殿下のお側を離れることは、避けたいのだがな」


 これも問題で、管区を動かしていた官吏の大半が、『帰国』してしまう。


 お給金がどうのというわけじゃなくて、国に残した家族のことや、元は国からの命令でこちらに来ていることが理由なので、引き留めようもなかった。

 まさか、ご家族に本国での安定した暮らしを捨てさせ、こちらで一から生活を立てて欲しいとは言いにくい。


 今はまだ、国王陛下崩御の報せは届いていないけれど……。


 それまでに出来るだけの準備をしないと、ローレンツ様の国は建国直後、本当に崩壊して再起不能になる可能性があった。


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