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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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挿話その一「第一王女の大胆なる賭け(上)」

挿話その一「第一王女の大胆なる賭け(上)」


 弟の女官を帰した後、それまでの高品質製鉄の呪文を破棄して、複合型の魔力製鉄炉――火力の上昇と断熱にだけ魔力を使い、送り込む風は従来のふいご、基本の熱量は木炭から得る方式――の概念図と必要な術式を一気に書き上げたゼラフィーネは、鉢巻きにしていた手ぬぐいを外して汗を拭いた。


 製鉄の際より分けられる不純物についても、基本的には従来の方法を踏襲しつつ、大凡の分離だけに魔術を用いれば、大幅な木炭や石灰石の節減にも繋がりそうだ。


 そちらもさらっと書き上げ、大きな矛盾がないか確かめる。


「……ふふ」


 着目点をひっくり返してくれたその女官は、まだ世慣れぬのか、ゼラフィーネとの密談に目を白黒させていたが、田舎育ちの十三歳とは思えぬほど、鋭いところも見せた。


 流石はわたくしの弟、人を見る目は大したものねと半ば自賛しつつ、冷え切った茶杯に手を伸ばす。


「失礼いたしますぞ」

「ヨハン」


 夕食を運んできたメイドとともに、執事ヨハンが戻ってきた。


「……こちらを」

「これは……分かっていても、受け取りたくないわね」

「心中、お察し致します」


 表書きも何もないが、差し出された手紙の封蝋は、叔父フェルディナントのものである。

 だが、この時期にゼラフィーネへと手紙を送る意味だけは、すぐに理解できた。


 叔父はついに、手札の最初の一枚を切ったのである。


 ……嫌々ながら三回読み返したが、書式や字体はともかく、内容が酷すぎて頭痛がしてきたゼラフィーネだった。


「ヨハン」

「はい、失礼いたします」


 大きなため息とともに、そのままヨハンに回す。


 自分と、あの馬鹿従兄フェリクスの、結婚……?


 ……しかも独立をする故に、身分は大公妃ですぞとまで書かれてあった。


「ねえヨハン、お父様は了承されているのかしら?」

「さて、先走って明言するには、あまりにも大胆すぎる内容でございます」


 そうよねと、もう一度ため息をつく。

 ゼラフィーネの相手についてうちの息子ではどうかと問うていたが、実質は結婚の『お知らせ』である。


 国王の許しなくこんなことを書けば、王家の子女を私するなど以ての外と、処刑されても不思議ではない。

 少なくとも、お父様とその側近には、話が通っているはずだ。


 だが……大国の王女の結婚ともなれば、本人の意思などほぼ意味がないことぐらいは知っているが、これは、あんまりだろう。


 しかし、嘆いてばかりもいられなかった。

 早期に手を打たねば、本当に状況が押し引きできなくなり、ゼラフィーネは詰んでしまう。


「はあ、このまま行方知れずになりたいぐらいだわ」

「我が侭を仰いますな。……と諫言(かんげん)を申し上げたいところですが、わたくしめもその方が余程宜しいかと思ってしまいました」

「ふふ、それはそうよね」


 ゼラフィーネは、いっそ本当に行方不明になった方がいいかしらと、今日三度目の大きなため息をついた。

 



 ▽▽▽




 叔父から手紙が届いた日より数日、自室から一切出なかったゼラフィーネだが、決して大人しく過ごしていたわけではない。


 複合型魔力製鉄炉は多重詠唱の使えない中級の魔術師二人でも運用が可能になり、自領ゾレンベルクの家臣達とやり取りした手紙は、人数も多かったお陰で四十五通にもなっていた。


 父王にも、面会の許可を得ている。

 好都合にも、希望した通りに兄二人の同席も許可された。


 ……弟ローレンツは既に新領へと旅立ってしまったが、この状況では、巻き込まないだけましだろう。


 市井の噂もそれとなく集めていたが、国が割れるという『公然の秘密』を覆い隠すかのように、ゼラフィーネとフェリクスの結婚話は大きく盛り上がっているらしい。


 いつの間に!? と驚いた反面、叔父なら父を頷かせてすぐにでも、噂のばらまきぐらいはするはずと、ゼラフィーネは見抜いた。


 ちなみに自室から一歩も出なかった最大の理由は、叔父と従兄が城に来ていたので、出歩きたくなかっただけの話である。


「ふう……」


 叔父からの手紙は、誰に憚るような内容ではない。

 うちの息子と結婚しないかと、問うているだけだ。


 裏事情を何も知らない市井の民であれば、王女殿下と王の甥の結婚なら、単なる祝い事と喜ぶだろう。慶事には祭りが付き物で、そこには振舞酒や税の減免が含まれていた。


 しかしながら、実状を知る者にとっては、落胆とともに疑問も生じる組み合わせであった。


 ゼラフィーネの評判はそれなりに流れているが、総じて悪くない。


 貴族層にとっての第一王女ゼラフィーネとは、時に自領を潤してくれる優秀な魔法技術者である。魔法術式の権利料は高いが、買う買わないは自由だったし、特段、政治的な影響を与える人物ではないことも、この場合は良い方に作用していた。


 市井の民にとって、第一王女はそれこそ雲の上のお方だが、新魔法の開発もまた似たようなものである。東の荒れ地が姫殿下の新魔法で開拓されただとか、西の地方で作られる王女様の釉薬を使った高級陶器は大商人がこぞって買い付け外国に売られているだとか……こちらも接点がなさ過ぎて、悪評をつけようがない。

 魔法に優れた才女というだけなら、我が国自慢のお姫様ともてはやしておけばよく、庶民の迷惑にならかった。


 余談だが、弟ローレンツには、噂さえほぼないのが実状である。

 地味なお方と評されるならまだまし、存在を知らない者の方が多いだろうとまで囁かれる始末だった。

 本人の望んだ結果であり、同時にその存在感の希薄さこそがローレンツの身を守る盾となっていただけに、ゼラフィーネとしても何も言えない。


 翻ってゼラフィーネの夫候補、実質婚約者に名が上がったフェリクスはと言えば、理由がなければ会いたくもない相手である。無論、理由があっても会いたくなどない。


 外面(そとづら)はどう取り繕っているのか、市井での評判は悪くなかった。

 だが、貴族の情報網までは誤魔化せない。領民に乱暴を働いた、農家の娘を手込めにしたなどなど、もみ消してはいるのだろうが、聞きたくもないのに、ろくでもない噂話が入ってくる。


 あげく未婚の男爵令嬢に手を出して、莫大な違約金が支払われたものの婚約……まではいいが、その後娘は自殺、『何故か』相手方の家も不祥事による廃絶とされて、違約金が子を産んだどころか空位となった爵位と領地付きで戻ってきたというのだから、ゼラフィーネは呆れた。


 そのような馬鹿公子、親共々処分してしまえばいいのに、とはならないのが、今のシュテルンベルクだ。


 ゼラフィーネの兄達の反目、おもわしくない父王の体調、隣国との不和……。


 その混乱の中でも、叔父は着実に支持者を集め勢力を伸ばしている。

 この状況下、甘い汁を吸うのは容易いことではないのだが、何故か叔父はそのような才に長けており、英才と言われるほどではないが、決して暗愚でもなかった。


 これで息子が馬鹿のフェリクスでなければ、多少はゼラフィーネも婚姻の可否を考慮したかもしれない。

 ……他に候補がいるならすぐに乗り換えるだろうが、考慮ぐらいはしたはずだ。


 ゼラフィーネが見る限り、叔父は……その欲深さや性格はともかく、馬鹿ではない。

 家の格は王弟家とあって悪くないし、自分が産むだろう子の教育に手を出せるなら、遠い未来の巻き返しさえ可能性が見えるだろう。

 少なくとも、ゾレンベルクの家臣団を中核に、民を守る為に手を伸ばすことは出来そうだった。


 ……そんな仮定と夢想で彩られたあり得ない未来はともかく、現実は待ってくれない。


「姫様、そろそろお時間でございます」

「ええ……」


 ゼラフィーネは侍女を呼び、久しぶりに『外出』の用意を調えさせた。


 向かう先は同じ王宮内ながら、父王の居室を訪ねるわけで、それなりの準備も必要なのである。




 シュテルンベルク王国第一王女ゼラフィーネ、一世一代の大勝負、その始まりであった。


 賭けるのは未来、札は自分。

 勝てば見渡す限り苦悩と苦労の続く荒野に放り出されるが、負ければ間違いなく地獄への一本道である。




「行って来るわ、ヨハン」

「はい、姫様。……御武運を」

「ええ、ありがとう」


 勝負の相手は、父王も含めた血族達だ。


 仕込みはこの数日で整えたし、兄二人が同席し、なおかつ叔父親子が同席しないよう、絶妙な調整がなされていた。



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