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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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第三十話「王弟殿下の策謀」

第三十話「王弟殿下の策謀」


「まあ、本当に今更だな。状況が落ち着くまで、この件は保留としよう」

「殿下……」

「元々疑いは持っていた。それが確定しただけのことだ」


 ローレンツ様は、すぐに自分を取り戻された。

 そんなドライな……とも思ったけれど、お母上リースヒェン様の事に意識を傾けている時間は、本当になかったのだ。


 明日はとにかく月光宮を引き払う準備、平行して追加の馬車を調達することが決まった。


 命じられた月光宮の退去期限には、もう少し余裕もある。


 けれど、残された用事も少なく、未練もあまりないと、ローレンツ様は小さく笑みを浮かべられた。


「では、解散だ。出発は王城での話し合い次第となるが、この状況だ、可能な限り早くレシュフェルト領を掌握したい。……頼むぞ」

「はっ!」


 気付けば、夜も遅い時間になっていた。


 ローレンツ様にお休みなさいのご挨拶をして、お帰りになるメルヒオル様らを見送ると、私もすぐに寝た。




 激動の一日の、その翌日。

 私は厨房を綺麗にした後、月光宮の調度品を倉庫に片付けるお仕事に追われていた。


 新しい杖が抜群に使いやすいことだけが、モチベーションになっている。


「【浮遊】」


 月光宮は下賜された宮で、持ち出す荷物は元からそれほど多くない。


 ローレンツ様の引っ越し準備は既に整えられていたし、調度品の殆ども宮に付属する品物なので、倉庫に収めておけばそれで良かった。

 でも、小さいながらも離宮には違いなく、高価だろう壷や置物に気を遣いながら、宮内のあちこちと倉庫を往復する。


「あーあ。……【浮遊】【魔手】」


 今はお留守番兼お引っ越し係の私しか、月光宮にはいなかった。


 ローレンツ様は、ギルベルタさんと王宮に向かわれている。

 領地――国土の分配案は決まったけれど、まだ王家の財産の権利について兄上方が揉めていて、立ち会う必要があるそうだ。『おこぼれ』は期待しないで欲しいと、冗談を飛ばされていた。


 メルヒオル様は王国の分裂を見越した仕込みと情報収集に王政府内の各所を奔走中、アンスヘルム様は騎士団に寄ってから追加の馬車の調達に出られるという。


 アリーセは朝早くから引っ越しを手伝ってくれてたけど、今は離宮を返上する手続きの為、宮内府へと行っている。

 明日役人が来て確認を取られれば、それで月光宮とはお別れだった。


 アマルベルガさんは、特に許されて……というか、ローレンツ様の代理でリースヒェン様のお墓参りに向かわれた。元はリースヒェン様の侍女だったアマルベルガさんには、思うところもありすぎるぐらいあるんだろうなあ。


 ちなみにマルレーネさんは、やはりお仕事を辞めてしまった。


 王都の離宮に勤めるメイドという条件で雇われたはずが、海の向こうの辺境が勤務地になってしまっては、契約違いも甚だしいもんね。……近い将来、レシュフェルトも『王都』になるけど、そうじゃない。


 せっかく東京のビジネス街にある大企業のグループ会社に就職したのに、『来週から海外勤務です。スマホも使えませんし、通販も届きません』って言われたようなもので、まあそりゃしょうがないと、私も思う。


「これは、持ち出しかな」


 流石にもう少し、人手が欲しい。

 けれど、この急激な変化の最中に慌てて人を増やすのも、なんか余計な心配を連れてきそうだった。


 スパイに潜り込まれるんじゃないかなと、私でさえ思いついてしまう。


「……【浮遊】」


 ほんのひと月と少ししか居られなかった月光宮だけど、意外に愛着も……愛着はあんまりないかな。


 皆が集って楽しい我が家、なんて感覚は、ほぼなかった。




 日がな一日、荷運びの魔法を唱え続け、疲れるよりも先に飽きてきた夕方、ようやく皆さんが月光宮に戻ってきた。


 夕食は作り置きのオープンサンドとスープしか用意がないけれど、食事も昨日よりは明るい雰囲気だ。


「殿下、気になる情報が手に入りました。フェルディナント王弟殿下が、自領の独立を画策しておられるそうです」

「……それは初耳だな」


 メルヒオル様が酷いニュースを仕入れてらっしゃったけれど、ローレンツ様は大して驚かれず、どちらの兄上が狙いかなと、軽く首を傾げられた。


「どちらも引っかけられて叔父上の一人勝ちという予想も、大穴ではないと思える」

「あるいは、バウムガルテンと結びますかな?」

「ない、とは言えないな……」


 フェルディナント殿下の領地は丁度、二王子による国土分割線に接しているそうで、判断がつかないらしい。


 矛先がこっちじゃないならまあいいかと思いたいところだけど、面倒くさそうだ。


「それから、元同僚の数名に『行き先』を告げております」

「自分も部下と団長には同じく、『行き先』を告げました」

「うん、分かった」


 ……『行き先』はレシュフェルト領のはずだけど、何かの暗号かな?


 旅程はほぼ、選択の余地がなかった。王都を出た後は街道をひたすら南下して、海を目指す。

 わざわざ遠回りする理由はないし、早く現地に入りたい。


 途中の都市で休憩日ぐらいは設けるけれど、馬の休憩が優先で人は二の次、可能な限り急ぐ予定だった。

 場合によっては、この少ない人数を更に二手――先行組と荷物組に分ける。


 何故かと言えば、出来る限り早くローレンツ様がレシュフェルト領を掌握しないと、『中央の状況』が先に届いて、いらない手間と混乱を呼び込んでしまうからだ。


 とにかく……政治的なことは、両輪たるお二方にお任せしたい。


 私は私に出来ることを、精一杯頑張りたいと思う。


「殿下、そちらのご様子は如何でしたか?」

「うん、まあ、悪くなかった」

「……と、申されますと?」

「おこぼれさえ貰えないと思っていたが、王冠と王錫、宝珠は新しく作ってくれるそうだ。それから、現地までの旅費は公費になった。先払いでせしめてきたぞ」

「それは……お疲れさまでございました」


 でも、『王様セット(レガリア)』は本当に手元に届くか怪しいって、苦笑されていた。




 次の日は、王都で過ごす最後の日になった。


 ……その筈なんだけど、旅の準備だとか、その後の王国分裂騒動だとかで、感覚が麻痺している。


「行軍訓練に比べれば、屋根があるだけましだよ。パンも柔らかいし」


 厨房も閉めてしまったので、今朝なんて、ローレンツ様の朝食でさえパンのみだった。……馬車には非常食の堅焼きパンが積んであるけど、副食にはならない。


 燻製肉のひとかたまりぐらいは残しておいてもよかったなと、反省しきりだ。

 流石に申し訳なくなって、魔法でお湯を沸かしお茶を淹れている。


 せめて、インスタントのスープでもあればなあ……。


「さて、最後の締めくくりだ」

「はい、殿下」


 忘れ物はないと思うけれど、皆でもう一度屋敷の隅々まで確認していると、お昼前だった。

 屋敷前に引き出した荷馬車には、もう荷物が積んである。


 時間通りに宮内府の役人がやってきて、ローレンツ様立ち会いの元、庭の様子や調度品の管理簿など、幾つか確認が取られた後、鍵が返却された。


「確かにお預かりいたしました」

「ああ、よろしく頼む」


 正門の外扉が、役人によって閉じられる。


 その役人らの馬車が去ってしまうと、誰ともなく、ため息が漏れた。


「……行こう」

「はっ」


 ローレンツ様は、特に感慨のないご様子で月光宮を一瞥(いちべつ)されると、馬車に乗り込まれた。


 ただ一人の見送りさえないけれど、それでいい。


 代わりに、未練もないからだ。


「リディ」

「うん」


 私達も、それぞれの配置についた。


 箱馬車はイルミンさんが操り、ローレンツ様と、ギルベルタさん親子が乗る。

 用意した荷馬車は二輌、それぞれに大荷物が積まれ、メルヒオル様とアンスヘルム様が手綱を握っていた。


「では、出発します!」


 私とアリーセは、お二人を差し置いて騎乗する。


 アリーセはアンスヘルム様の愛馬『ユッテ』を預かり、私にはローレンツ様の『ラウレア』が貸し与えられていた。

 ついでに私の乗馬服は、アリーセのお下がりをありがたく頂戴している。


 もちろんこの配置には理由があって、御者の出来る人がイルミンさん、メルヒオル様、アンスヘルム様の三人しかおらず、最大限荷物を運ぼうとすれば、こうするしかなかったのだ。

 月光宮がそのままなら、荷馬車も一輌の予定だったもんね……。


 とにかく……まさか、護衛対象であるローレンツ様に露払いや警戒をさせるわけにはいかないし、魔法の腕前なら、私もアリーセも十分手練れの範疇に数えられる。


 ……襲撃の可能性も全くのゼロじゃないけれど、『戦力』を考慮するとそれほど悪い配置じゃないらしかった。


「アリーセ、道は分かるの?」

「王都周辺はね。その先は、毎日宿で聞くしかないかしら」

「はーい」


 それもそうだと頷いてラウレアの手綱を引き締め、三輌の馬車が連なったその最後尾、殿(しんがり)につく。


 今日のところは距離も短いけれど、護衛だからね。馬を並べて楽しくお喋り、ってわけにもいかないのだ。




 でもその日泊まった王都郊外の宿で、想定外のニュースに行き会ってしまった。


「ゼラフィーネ様のお輿入れが決まったってよ!」

「あらまあ!」

「ほう、そりゃあ乾杯だ! 俺の兄貴はよ、お姫様のお陰で陶器職人になれたんだぜ!」

「で、相手は何処のどなたなんだ?」

「フェルディナント王弟殿下のご子息、ご従兄のフェリクス殿下だとさ!」

「へえ、二重にめでたい話だな!」


 ……これは流石に、どう受け止めたものかと、顔を見合わせた私達一行である。


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