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第三話「決意の朝」

 お爺ちゃんの話は、もう遅いから今日はここまでと締めくくられたけれど、すぐに寝付けるものじゃなかった。


「……ふぅ」


 幸い、色のついた革は出来を褒められた。けれどお爺ちゃんからは、同時に沢山作ろうとするなら、うちの土地じゃ水量不足で普通の革の生産を圧迫しかねないんじゃないかと、ご意見も出ていた。


 オルフ領には小さな小川が一つしかないし、主力商品の革なめしにも大量の水を使うからね。自分一人でお小遣い稼ぎにやるなら好きにしていいと許可は貰ったけれど、これは職人さん達と相談かな。


 でも、問題はそっちじゃなかった。




『帝家は再興せず、また、させず。徒に世を乱すことなかれ。だが、矜持と信義まで捨てるなかれ』




 ちょっと切ないような、苦しいような、でも、少しだけわくわくするような……何だろう? 私の心の中に、言葉じゃ上手く説明できない何かがわき上がったのも間違いない。


 お爺ちゃんは亡国の皇子様と苦労を共にした人達の子孫に、少しでも報いようと頑張ったはずで、皇帝家の暮らしぶり――贅沢三昧に憧れて貴族になったってこともないだろう。


 家訓は十分守られていると思うし、私の現代人的感覚でも、うちは悪い領主様一家や贅沢に慣れた貴族って雰囲気じゃない。


 夜のお酒やパイプぐらいのお楽しみは村の人だってしているし、子供の頃はともかく、私や姉さん達も今は働いているぐらいで……外から持ち込まれる、今年も税が上がったとか、娘が『悪い意味』で召し上げられたとかいうような噂話を知らなければ、貴族という人々は民を導く善意に満ちた働き者だと勘違いしてしまいそうになる。


 うちだって、お金や物を貯めている気配はあるけれど、どちらかと言えば飢饉対策のようだった。届く荷物の仕訳は私も手伝うから、申し訳ないことに色々と分かってしまうのだ。


 でもそれはみんな、うちの村、うちの領地だからこそ……だったんだね。


 領主はご先祖の恩返しを、領民は先祖代々変わらぬ忠義を。


 人の下に人を立たせるって、全部が全部、悪いことじゃないのかもしれないなって、少しだけ思ってしまう。


 私が大人として過ごしていた現代の日本だって、平等が、自由が、人権が……って口じゃ言うけれど、ブラック企業なんてのもあれば、差別も不平等も沢山あって、でもそれで世の中が動いてしまっていた。


 誰かのせいで悔しい思いをすることもあったし、誰かから救われることもあって、私だって気付かずに誰かにそんな思いをさせてたんだろうなと、今になって考えてしまう。


 ごめんなさいもありがとうも、もうあちらには届かないけれど、忘れちゃいけないこと、なんだろうなあ。


 でも同時に、私はこの世界で生きて……生き抜いていかなきゃならない。

 元の世界に帰っても、『あんた誰?』って言われるだろう。私だって言うと思う。


 ……今の家族とお揃いの、黄金の髪に翠玉の瞳。背は高くないけど、くりっとした目と可愛い系の顔立ちには、最近愛着も湧いてきた。十四にしちゃ、くやしくて嬉しいことに、生まれ変わる前よりも出るとこ出てるけど、油断すると脇腹のお肉がつかめてしまう。


 でも中身は、現代日本で暮らしていた頃の私と大差なかった。……外見に合わせて子供っぽい言動を心がけていた時期もあるけれど、こちらの常識にもかなり慣れたと思うし、今じゃもう『私は私だ!』って気持ちが強い。


 お爺ちゃんの話は、私の心にしっかりと火を着けた。


 そりゃ……男と女の差はあるけれど、私には日本で受けた教育や体験、つまりは現代知識ってアドバンテージがある。


 お爺ちゃんのように、戦いの場で活躍するなんて、私にはとても無理だ。

 でも他のことなら……案外いい線行くかもしれないって手応えは、実はもうある。


 製造や検品の手間は掛かっても鹿皮の品質を上げようと提案した時、最初は反対されたけど、品質が評価されて手間以上に利益が出ると分かれば、すぐに誰も文句を言わなくなった。

 アン姉さんに、干し肉の味付けを二種類にしたらどうかなと提案したら、両方を一緒に買う人が増えて、売り上げが五割り増しになった。


 ちょっとずるいかなと思わなくもないけれど、その場限りの工夫から先を見据えた販売戦略まで、雑貨屋の勤務では随分と鍛えられたわけで……。


 家訓を守って真面目に働くなら家族に大きな迷惑を掛けないだろうし、誰かから後ろ指さされるような後味の悪さもないはずだ。


 それからついでに……。

 どこの誰かも知らない何某家のご子息に嫁ぎ先が決まったよといきなり言われるのは、こっちでは普通だとしても私は嫌だった。


 ぼーっとしてたら、お見合いすっ飛ばしていきなり『決まる』からね、こっちの結婚。


 アン姉さんは幸い、近所の領主一家の跡継ぎで幼なじみのお兄さんがお相手ってことで、素直に喜んでたし私もお祝い気分だったけど……。

 クララ姉さんは、まだ結婚したくないらしい。『うちの家を継いで貰うんだから、それなり以上の人でないと困る』なんて方便で、自分からハードル上げて抵抗してる。でもねえ、今は選定中ってことになってるけど、そろそろ決まっても不思議じゃない。


 私はまあ、特に意見がないなら、どこか似たような家格の家へとお嫁に出されるはずだ。


 それが即悪いとは言わないし、大当たりの旦那様を引き当てる可能性だってゼロじゃない。もちろん残念な結果になるかもしれないし、平凡な相手でも、それはそれで悪くないだろう。


 でもそれじゃあ、何かが違う気もしていた。


 せっかく色々と面白いことが出来そうな環境を放っておくなんて、勿体ないにもほどがある。

 ……それこそ魔法だってもっと覚えてみたいし、自分の持ってる知識や知恵でお爺ちゃんのように世間と真っ正面から渡り合い、何かをもぎ取ってみたくもある。




 だから、私は……決めた!




 ▽▽▽




「あのね、私……お爺ちゃんみたいに、なる!」


 次の日の朝食時、私の決意表明に家族全員の視線が集まった。

 そりゃ、うん、仕方ない。


「リディ、お爺ちゃんみたいにって、傭兵仕事はお勧めしないわ……」

「魔法を使えるだけじゃ駄目なのはリディもわかってるんでしょう? それでもその道を選びたいの?」


「女の子でも出来ないって事はないが、十四、五でその仕事を選ぶような子は、小さい頃から鍛えてるからな」

「傭兵じゃないけどさ、確か、女の騎士様っていつだったか噂になってたわよね?」

「王都の騎士団だっけ、アン姉さん?」

「いや、女傭兵もおったぞ。貴婦人の護衛などには彼女達が欠かせんのだ。あれはお爺ちゃんの若い頃……」


 これもうちの家族のいいところ、なのかなあ。

 頭ごなしに『駄目だ!』なんて言われたことは、一度もない。


 ……テレビも民主主義もない時代にしちゃ進歩的すぎる気もするけれど、皇帝家の血筋らしい鷹揚な部分があらわれてるんだったりして。


 でも、話の筋道が少しずれているから、きちんと訂正しなきゃね。


「あの、お爺ちゃんみたいなって言っても、傭兵になりたいんじゃなくて……」

「おや、違うのかい?」

「フリードリヒ様の家訓はもちろん守るよ。それでいて、自分の力で何かを……大きな事をしてみたいって、昨日思ったの」

「ふむ……」

「でもリディ、大きな事って、何をするの?」


 すうっと大きく息を吸い込んで、精一杯に胸を張る。


 一世一代の大勝負……ってわけじゃないけれど、気合いは十分だ。


「とりあえず……成り上がれるところまで、成り上がってみる!」

「ほう? リディはどうやって成り上がろうと考えているのかな?」


 間髪入れず、お爺ちゃんから質問が飛んできた。

 もちろん、答えは用意してある。


「戦ったりするのはとても無理だから、真面目に働いてお金を貯めるの。それで最低限の領地を買って、お爺ちゃんみたいに頑張るよ」

「そりゃ、建前はそうなってるがな……」

「うちは貴族だから、領地って私にも買えるよね?」


 父さん達は、揃って顔を見合わせた。


 最初はそれこそ、行商人かどこかの商家の下働きがせいぜいだろう。


 でも、知恵と工夫なら、並の商人には負けないはず。うろ覚えながらも、現代知識に支えられた効率のいい工夫と既知の発明発見の知識があるもんね。再現が簡単なものから作っていけば、そのうち凄いものも売り出せるんじゃないかな。……魔法だってあるし。


「だがな、リディ。お爺ちゃんは軍功があったから領地もただで下賜されたが、うちみたいな山際の田舎領地でも、買うとなると並大抵の金額じゃ済まんぞ……」

「領地の収入の、えーっと……三十年分から百年分ぐらいが相場だったかな」

「流石クララ姉さん。……詳しいね?」

「隣に無人の王領があるでしょ、それを買い足そうかなんて考えたことがあるのよ」

「おいおい……」

「高すぎて諦めたけど、今も惜しいかなって思ってる。王領にある谷の手前まで牧柵が延ばせるなら、色々と楽なのよね……」


 そんなこと考えてたのか、クララ姉さん……。

 ああでも、前に、鹿の数をどーんと増やしたいなんて口にしてたっけ。


「でもリディ、『領地を買う』っていうのは家を立てたり畑を開墾するために『土地を買う』のとは、全然違うのよ」

「うむ。徴税権や裁判権なんていう諸々の支配権をひっくるめて、国から、あるいは国の許可を受けて他の領主から一定の地域を得るってことで……お金があるからって、売って貰えるとも限らないよ」


 と、これはクララ姉さんと父さん。


「今からでも鍛錬して、お爺ちゃんのような傭兵魔導師にでもなる方がいいんじゃないかい?」

「魔法なら三姉妹で一番だものね」

「傭兵じゃなくて、国の魔法使いになる方がいいんじゃないかしら」

「でも、試験がとても難しいんでしょう?」

「そうねえ……」


 お婆ちゃん達は、魔法で身を立てる方がお勧めらしい。

 これも悪くないかなあ。魔法楽しいし。


「父上はリディの言葉について、どう思われます?」

「そうだなあ……」


 話し合いこそしたものの、決定権は家長であるお爺ちゃんが握っていた。領主の地位こそ父さんに譲っているけれど、実質的には代替わり前と何も変わっていない。


 もちろん、父さんは領主の仕事を投げ出して遊び呆けてるんじゃなかった。


 足の悪いお爺ちゃんに代わって鹿追いの村人をまとめ、領内の山野を走り回るのがお仕事で、我が家じゃ一番忙しい人だと私も思う。せめて、三姉妹の誰かが男だったらもう少し楽をさせてあげられるんだけど、鹿追いは体力勝負だからね……。


「ふむ、リディも……大人の仲間入りが近い歳にはなったが、いきなり一人立ちというのは反対だ。だがこの子は、祖父の目から見ても光るものを持っている」


 お爺ちゃんは、腕を組んで目を閉じた。


「しかし、いきなり将来への道を決めてしまうのもどうかとも思うのだ」


 ……あれ?


「クララだって、書類仕事を教えるまでは、あれほど算術に長けているとは誰も気付かなんだだろう? アンもそうだな。魔法薬に才を発揮したのは十五の頃で、以来我が家は随分と楽が出来るようになった」


 まあね、うちの三姉妹は揃って出来がいいと、家族からはよく褒められる。

 でも、私はともかく、姉さん達は確かにすごいんだよね。


「そこでだな、一度、短い期間に限って公務に出仕させてみるのはどうだろう。アールベルクであれば知り合いも多いし、代官屋敷か庁舎ならリディの目指す先にあるものの一端に触れることも出来よう」

「アールベルクなら片道一日半、それほど遠くもありませんし良いと思います。私の方から話を通しておきます」

「では決まりだな」


 お爺ちゃんの提案に父さんが頷いて、期間限定ながら、私の進路はあっという間に決まってしまった。


「ありがとう、お爺ちゃん!!」


 もちろん私も、大賛成だ。


 お爺ちゃんは、わたしのわがままにきちんと理由を付けて人生のお試し期間を設けてくれただけでなく、隣街に住む許可までくれたのだから。

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