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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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第二十六話「思わぬ散財」

第二十六話「思わぬ散財」


「女官候補アリーセ・フォン・ヴォルフェンビュッテル、同じく女官候補リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフ。本日ただ今を(もっ)て両名を女官職三等官に任じ、レシュフェルト王室公爵家への出向を命ずる」


 ローレンツ様がレシュフェルト公爵に就任された翌日。


 私はアリーセと二人王宮に赴き、女官任命の諸々に追われた。


「アリーセ・フォン・ヴォルフェンビュッテル、謹んでお受けいたします」

「リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフ、謹んでお受けいたします」


 内務府の奥の方の小部屋で何枚もの書類にサインをさせられたけど、任命式その物はものすごく簡単に終わり、拍子抜けしている。


 でも、その後が少々大変だった。


「さて……」

「まずは、宮内府の被服部よ!」


 被服部の受付で申請書を書いて、女官服の支給手続きを願い出る。


 こればかりは、出来合いの似たような服、ってわけにはいかない。

 女官服に限らず、官服は身分を示す物だ。偽物が出回らないように、王国できっちりと管理されていた。


 上は男性用の官服とよく似ている。濃緑の短い上掛けに黄金に近い小麦色のベスト、その下はフリルのついた白いブラウスで、スカーフのようなひらっとしたネクタイがとても目立つ。


 下は足元までベストと同じ色のスカートだけど、長さやデザインが選べるようになっていた。

 一番長いのは、そのままダンスが出来そうなひらっとした……ああ、人によってはお仕事の一環で踊るから、必要に応じて使い分けるわけだ。


 私は普通のでいいかな。

 季節に合わせて変えられるよう、少し長めのを追加で注文する。


「リディも一着は長いのにしておくのよ」

「うん、そうする」


 任官されたばかりで手元不如意な新人女官も、仕事で必要な夜会着を買わずに済むわけだ。ありがたいありがたい。……田舎じゃ出番があるかも怪しいけどね。


 急ぎ寸法合わせしてその場で着替えると、予備の三着は出発前に仕上げて貰えるようお願いをして、今度は挨拶回りに向かう。


「ほらリディ、こっちよ」

「アリーセ、ずいぶん詳しいね?」

「王宮のことは、元女官のお母様からしっかり教わってるわ」


 女官長様、侍従長様を筆頭に、アリーセが言うまま各所で任官の挨拶をして、ヴォルフェンビュッテル家のコネ……というか、アンスヘルム様の元部下の騎士さんと落ち合い、先日もお世話になった食堂でお昼を頂戴した。


「さあ、次よ次!」

「うへえ……」


 午後からは、財務府の俸給窓口で支度金を兼ねた一番最初のお給料を受け取ってから、内務府需品部の詰め所に走って申請書類と格闘だ。


 初めて手にした五グルデンなんて大金なのに、浮かれている暇なんて、どこにもない。


 公用鞄の貸与手続きや封蝋の色の登録、それから任地までの旅費申請などなど、数が多すぎてうんざりする。


 女官に限らず、官位を持つ官人は王国に所属するという表書きがあった。官位は国が保証した身分で、だからこそ国内のどこででも通じるのだけど、それはともかく。


 私とアリーセ、そして三等官ながら法務職と政務職、二つの職位をお持ちのメルヒオル様は、実質的には直臣でも、王政府からレシュフェルト公爵家に『貸し出される』――出向扱いなので、仕事に必要な用具や消耗品類の貸与や支給が、ある程度までは認められていた。

 同様に、アンスヘルム様も騎士の身分はそのままだけど、やはり国王陛下からの貸し出しである。


 ただ、全員が借り物だからって、悲観する事はなかった。


 もしもレシュフェルト公爵家だけが圧力を掛けられているのなら、私も不満に思ったかもしれない。


 でも、他の貴族家に於いても同様で、官位持ちの臣下は全員が出向扱いになっている。


 官位や爵位を含めた身分制度は、そもそも王国が運用しているわけで、全ては王政府や貴族院の管理下にあった。


 


 ▽▽▽




 出発前の数日は、こんな感じで各々が必要なことを済ませる為に、王城の各部署や王都のあちこちを走り回っていた。


 私も早速、ローレンツ様のお手伝いでお手紙を代筆したり、屋敷から持っていく荷物の梱包をしたりと、忙しくしている。


 でもローレンツ様にお呼び出しが掛かると、予定が一時ストップした。


「今日は向こうで泊まることになると思う。留守を頼むよ」

「はい、いってらっしゃいませ、ローレンツ様」


 お父上たる国王陛下の召喚状に逆らえるはずもなく、出発が延びる。

 ギルベルタさんだけが、王宮に同行すつことになった。


 最近は忙しかったし、丁度いいから今日と明日は休憩日にして構わないとのお言葉を戴いたので、私は後回しにしていた実家への手紙を書くことにした。


「……何書こうかな」


 いつ里帰りが出来るか本気で分かったもんじゃないので、書かなきゃいけないことは多い。


 でもレシュフェルト公爵領、位置はともかく、どんな場所かが今一つ分からなかった。


『旧ヴィルマースドルフ領は王国から見て南東、多島海に面した小さな領地で、政治的にも軍事的にも注目すべき要素がない。お陰で貴族院どころか徴税を司どる財務府にさえ、まともな資料がなかった』

『当地の様子を知る者が居ないか、伝を当たり聞いて回ったが、近隣の出身者さえ見つからなかったな』


 メルヒオル様達にお伺いしたけれど、人口が千人程度の海際の領地ってこと以外、調べがつかなかったらしい。


 お陰で手紙の締めくくりは、『現地に着いたらまた手紙を書きます』になってしまった。


「リディ、入るわよ!」

「いらっしゃい、アリーセ。どうかした?」


 手紙を書き終えてのんびりとしていたら、アリーセが訪ねてきた。


「お買い物に行かない? ずっとお仕事続きで、街にも出たことがないんでしょ?」

「あ! 行きたい!」

「よろしい!」


 そのままヴォルフェンビュッテル家の馬車に便乗させて貰い、商業区の方に向かう。


「アリーセ、実家に手紙を出したいんだけど、王都でも組合に行けばいいの?」

「組合でもいいけど、専業の郵便屋が……ああ、組合じゃなきゃ駄目ね」


 王都ハインスベルクとその近郊なら、郵便配達業者に頼む方が安くて早いらしい。

 羨ましい限りだけど、そもそもオルフの近郊には、郵便屋さんがお店を出すほど仕事がないだろうなあ……。


 組合の支所なら商業区の入り口にあるというので先に寄って貰い、手続きを済ませる。

 東方辺境アールベルク管区と告げただけで、きちんと料金表をめくって貰えたのが地味に嬉しい。

 宛所の実家は領主屋敷なので、詳しい位置などは聞かれなかった。……王都ですら通りの名と街区、主人の職業で大凡の話が済むし、そもそも地方の農村には手紙の宛所に使うような住所が存在しないけどね。


「どこか、行きたいところはあるかしら? わたくしは頼んでおいた魔法の指南書を取りに行ければ、あとはリディに付き合うつもりで出てきたんだけど……」

「ありがと。でも魔法屋さんなんて田舎にはなかったから、一緒にお店の中までついて行きたいかも。後は……本屋さんがあるなら見てみたいかな」

「じゃあ、それで行きましょ」


 私が持っている魔法の発動体は指輪型で、持ち運びには悩むことがないし寝る間も身につけておける。

 でも普通は、予備の予備として持つものだった。


 指にはめるその大きさに起因するから仕方がないけど、魔法補助の効率はあんまりよくない。


 もちろん、傭兵仕事で名を為したお爺ちゃんが使っていた予備の予備だけあって、品質そのものは悪くないんだけどね。


 だから短くてもいいから杖が欲しいとは思っていたけれど、我が家は孫に魔法の杖を買い与える余裕があるなら、救荒対策の雑穀を仕入れないとやっていけない。

 当然、大して稼いでもいない私が、魔法仕事をするわけでもないのにもう一つ魔法の発動体を強請るのは、アウトだ。


 でも今なら、アールベルク代官庁舎の資料室整理で戴いた支度金と給金に加え、先日貰ったばかりの三等女官の魔法手当付き給金も手元にあるわけで……。


「リディ、こちらは終わったけれど、良さそうな杖はあったかしら? ……って、どうかしたの!?」

「うん、それがね……」


 アリーセが指南書の受け取りをする間に店員さんを捕まえると、先に魔力を検査され……ちょっとした騒ぎになってしまった。


「君、どうかしたのかね? こちらのお客様に何か失礼でもしたのであれば……」

「支配人! 今お呼びしようと思っていたところです!」


 奥の商談室でアリーセの相手をしていた支配人さんまで、何事かとこちらにやってくる。


「本当にどうしたのよ?」

「魔力が大きすぎて、適当な杖がお店になかったのよ……」

「……忘れてたわ。リディの魔法って、規格外だったわよね」

「ちょ!?」


 そのまま私はアリーセと支配人さんに商談室へと引っ張られて行き、魔法杖の収集家でもあるという支配人さんから幾つかの杖を見せて貰うことになった。


「いえ、あの、店頭に飾ってあった杖でも、お伺いしたところ予算ぎりぎりなんですが……」

「ですがリヒャルディーネお嬢様、貴方様のような尋常でない魔力をお持ちの方に当店の杖をお使い戴けるとあれば、これは箔がつくこと間違いなしというもの。わたくしども『ディートヘルムの杖』商会の為にも、是非、この場でお選びいただければと!」

「リディ、このお店とは曾お爺様の代からおつき合いがあるの。杖に掛ける情熱は、間違いなく本物よ」


 結局、示された杖を軽くお試しして、アリーセが使っているのと同じく持ち手に皮が巻かれたオーケストラタクトのような一本を、通常では考えられない五グルデンという低価格で『買わせて貰う』ことになった。


 この金額、三等女官の一ヶ月分の俸給と同じで、私にとってはとても高い買い物だ。


 もちろん、懇意にしているヴォルフェンビュッテル家のご令嬢に紹介された新しいお客さんだし、お店の方も私が名を挙げれば宣伝になるってことなんだろうけど……。


「この杖、普通に買えば、五十……いいえ、七十グルデンはすると思うわよ」

「……は!?」

「よかったわね、リディ」


 馬車に乗ってから元値の予想をアリーセに囁かれ、びくっと固まってしまった私だった。


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