第二十二話「困惑の面接」
「アリーセ、紹介しておくよ。彼女も僕の女官になってくれる予定で――」
「お集まりの皆様方に申し上げます! 試験の時刻となりましたので、お付きの方は別室に移動なされるようお願いいたします!」
「もう時間か。二人とも、頑張って!」
自己紹介も交わせず、美人さんが肝心の何処の誰か分からないまま、ローレンツ様は笑顔で退室された。
アリーセ『様』なのか、アリーセ『さん』なのか……多分前者だろうけど、その確認も取りにくい。
「あの……」
「あなた……」
美人さんは見た目ならローレンツ様と同い年ぐらい、グラマーなお体に勝ち気そうなお顔は、こちらの人の好みすぎる。
お互いに話し掛けようとしたところで、もう一度邪魔が入った。
「受験者の皆様方に申し上げます! 準備の出来ている方より会場にご案内いたしますので、係の者にお声を掛けていただくようにお願いいたします!」
係のお役人さんがすごく丁寧だけど……そうだったね、公爵家とか伯爵家のご令嬢も、ここにいて不思議じゃない。
「また、後にしましょう」
「……はい」
美人さんはそのまま係の人をつかまえ、部屋を出ていってしまった。
「ふう……」
私はそれを見送って、控え室の様子に目を向けた。
流石に心をかき乱された自覚があって、休憩が欲しかったのだ。
あの人が誰なのか詮索したい気持ちを一旦忘れ、試験の事も横に置き、控え室内を眺める。
深呼吸をしている人、持ち込んだだろう本を読んでいる人、壁に向かって挨拶の練習をしている人。
うん、数百人もいれば、色々だね。控え室もどこの舞踏会場かってぐらい広いし。
エルゼ夫人から聞いた限りでは、合格率は毎回一割前後で、割と狭き門だった。
合格者の内、三割は爵位持ちの上級貴族の子女枠で、こちらはよっぽど問題がない限りは最初から合格とされている。名門の血筋が担保になり、同時に武器にもなる彼女達だった。
残りを私のような下級貴族や平民が、実力を掛けて争うんだけど……。
流石に合格は難しいのではという受験者が、結構な割合で混じっていた。
背も小さく、服装からして平民であろう十歳と少しの子供に、女官になるべく習い事や勉強を重ねてきたような、十代中盤から二十歳ぐらいの貴族の子に打ち勝てとか、無茶にもほどがある。
私のように特技があれば、まだなんとかなるかもしれない。
でも、どうだろう。
家族の期待を一心に背負ってやってきたのかもと、小さくため息をつく。
でも、王宮女官に限らず、官吏登用の門戸が広く平民にまで開かれているのにも、きちんと理由があった。
『俺も出世するぞ!』
『もしかしたら私にも!』
平民の不満のガス抜きになっていると同時に、一芸枠、特に魔力の高い者は本当に採用したいのだという裏側を、後になって知った私だった。
▽▽▽
五分ほどを控え室で過ごし、落ち着きを……まあ、これぐらいなら大丈夫、というところまで取り戻した私は、誰かを案内して戻ってきたばかりの女官に声を掛けた。
この女官さんの歳は年の頃なら二十代半ば、一番仕事に脂がのっている時期と見た。
「準備が整いましたので、試験場への案内をお願いします」
「はい、畏まりました。では一度、別室にご案内いたします」
案内係には男性の官吏もいたけれど、本物の女官はエルゼ夫人しか知らない私だ。
……歩く姿勢や言葉遣いを、確認したかった。
「こちらの建物になります」
「はい」
控え室を出て、屋根付きの回廊を渡った先、二つ隣の棟まで歩かされる。ちらりと見えた庭園は綺麗だったけれど、途中には、表情を消したままこちらを鋭く見る騎士や兵士が立ち番をしていた。
案内役が居るのに迷わないだろうと思ったけれど……ここ王城は国の中枢にして、王様の家でもある。
受験者が悪いことを考えないように、そして、間者がいた場合に備えているのだ。
「どうぞ、こちらの部屋です」
「失礼いたします」
別室とやらは極狭く、四畳半二つを縦に繋げたぐらいで、真ん中にテーブルがあった。
「書類を作りますので、どうぞお掛け下さい」
「はい、お願いします」
勧められるまま、背もたれのない三本足の椅子に座り、姿勢を正す。
まだ試験の前だけど、気持ちを引き締めておかないとね。
「お名前をお願いいたします」
「はい、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフと申します」
「ご出身はどちらでしょうか?」
「東方辺境アールベルク管区、オルフ領になります」
お年は? 特技は? 家業は? ……と、お決まりの質問が続き、最後に書類が間違いないか確認をして、サインを入れた。
家で書かせて持ってきた方が、早い気もする。
でも、ここは日本じゃない。平民の識字率なんかも影響しているのかな。
それに、忘れ物云々で騒ぐよりは、余程いいかも。
「では、試験場にご案内いたします。特技は魔法とのことでしたので、そちらは後ほど、別の者が案内いたします」
今度は同じ建物の二階で、廊下に机が出されていて、役人と騎士が待ちかまえていた。
女官さんに合わせ、私も同じく頭を下げて礼をする。
「バルツァー殿、次の受験者です」
「うむ。……特技、魔法か。西の三番を」
「はい。どうぞ、こちらです」
バルツァーと呼ばれたお役人はこちらをちらっと見たけれど、口に出しては何も言わなかった。
私はもう一度、廊下のお二人に小さく会釈して、女官さんについていった。
西の三番……。
部屋に名前があるってことは、試験場になっている部屋は複数あって、それぞれに誰かが待ちかまえているっぽい。
どうか、外れじゃありませんようにと祈りつつ、女官さんについていく。
「失礼いたします」
「……失礼いたします」
三つ向こうの扉、中にいたのは白いお髭を蓄えたお爺ちゃん魔術師と若い文官、それに、片眼鏡を掛けた貴婦人だった。
案内してくれた女官さんが、書類を置いて静かに退室する。
ちらりと若い文官さんがこちらを見た。
「名前は?」
「は、はい! 東方辺境はアールベルク、オルフ領主ランドルフ・バルド・フォン・オルフが三女、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフと申します」
前置きなしで、いきなり面接が始まったので、少し慌てた。
三人の視線は、いかにも私を品定めをしているような目で……って、そうだ、試験なんだから、正に品定めだよ。
「うむ。年は十三とあるが、間違いないかね?」
「はい、来月、十四になります」
「これまで、公務に携わったことはあるかね?」
「見習いでしたが、アールベルクの代官庁舎にて、古い資料の整理を手伝わせて頂いたことがあります」
「では、一つ五グルデンの農書を十五冊買うと、金額は幾らになる?」
「は!?」
問いかけの切り替えがあまりにも唐突過ぎて、私は思わず声を上げてしまった。
ううん、そうじゃなくて、私を慌てさせるのが狙いなのかも!?
「失礼いたしました、合計で七十五グルデンになります」
五十に五五二十五、流石にこれぐらいなら間違えない。
「先ほど領主の娘と名乗ったが、領地の特徴は?」
「はい、ありきたりな寒村としか申し上げようがございません。山深くして麦が育たず、鹿追いで食べております」
「今年の鹿革の価格は如何ほどだ?」
「上物の卸値が、二十五から三十クロイツァーほどでございました。市価はそれよりも高くなると思いますが、地元では取引がなく、相場が成り立ちませんでした」
十分ほどこの調子で問答が続き、飽きてきた頃になって、それまで黙っていた老魔術師が、口を挟んできた。
「何か魔法を使ってみよ」
「魔法、でございますか? ……あの、建物の中では、使用禁止と厳しく教わったのですが、よろしゅうございますか?」
「よい。筆頭宮廷魔術師のわしが許可する」
やばっ。
そんなに偉い人だったのか、このお爺ちゃん。
というか、そんな人が面接に出てきていいのかな……。
「はい、では……光の魔法を使ってもよろしいですか?」
「うむ」
「失礼いたします」
私は立ち上がって一礼し、右手の指輪を意識した。
「【待機】。【光明】。……【多重】【十層】。……【開放】」
ぽぽぽぽんと、光の魔法が私の周囲に現れる。
これなら少々暴走しても部屋の中が火事にならないし、見て分かりやすい。
「採用!!」
「シンメンタール殿!?」
お爺ちゃん……もとい、筆頭宮廷魔術師殿が、くわっと目を見開いて叫んだ。
「採用じゃ! 魔術が得意じゃと言うて、のろのろと単純呪文を繰り返す魔力馬鹿ならよう見るが、予備詠唱付き多重詠唱をここで見るとは思わなんだ!」
そんな大したテクニックでもない気がするけれど、エルゼ夫人も魔法だけで合格出来ると言ってくれてたし、実は私の魔法、すごいのかも?
うちのお爺ちゃんのお陰だけどね。
「はあ、礼儀もしっかりしていたし、クラリッサも優の評価を書き入れていたものだから、こちらで引き取ろうかと思いましたのに……」
「計算も速かったですね。僕としては、商務省に来て欲しかったです」
三者三様の評価に、プラスだろうと思いつつも、小さく手を挙げる。
クラリッサさんは、案内の女官さんかな?
やっぱりというか、書類を作る間の態度も、試験に入っていたらしい。
「どうかしたのかの?」
「あの、私、採用先がもう……」
「なんじゃと!?」
「……まあ、この優秀さなら、お手つきも頷けますけどね」
筆頭宮廷魔術師殿は、机にがたんと突っ伏した。
やれやれと、若い文官さんが肩をすくめる。
この場合のお手つきは、男女のごにょごにょじゃなくて元の意味、『殿下のお声掛かりで女官の試験を受けに来て、合格後の採用部署も決まっていますよ』という意味だ。
「でも貴女を見出したのは、どこのどなたなのかしら?」
「えっと……」
口に出しても、いいんだろうか。
あまり、他所では月光宮やローレンツ様の名前は出すなと言われていたけれど、この流れは予想していなかった。
でもこのままじゃ、少なくともローレンツ様と引き離されてしまう。
「第三王子ローレンツ殿下であらせられます」
「ローレンツ殿下か! あのお方はまたも……くううう!」
あ、お爺ちゃん――もうおじいちゃんでいいや――が復活した。すっごい悔しそうだ。
それを横目に、貴婦人がくすりと笑って私へと視線を向けた。
「朝一番にもね、貴女と同じような魔術の得意な受験者がいたのだけど、その子もローレンツ殿下のお手つきだったのよ」
……たぶんそれは、あの美人さんだ。
あの人も魔法が得意なのかと、私は内心で小さくため息をついた。




