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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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第二十話「女官とは」



 うーん、なんだかなあ……。


 ローレンツ様のお部屋から下がり、一階廊下の掃除をしつつ考え込んでしまう私だった。


『死にたくなかった』。


 そりゃもちろん、自分から死にたい人は、あんまりいない。……ゼロじゃないのが哀しいけど。

 でも、生きることに執着しすぎるのも、あんまりよくない気がする。……生まれ変わった私が口にすることは出来ないけど。


 楽だったり、辛かったり、殺伐としていたり、無味乾燥だったり……生きる状況にも色々ある。


 ただ……ローレンツ様は、生き方を選べる生まれじゃなかった。


 王家に生まれるのは羨ましいことなのか、そうでないのかって言えば、私は羨ましくないかなあ……。

 わずかな苦労のある分、適度な自由を得られるって生き方を、知ってしまっているからね。

 ほんと、今なんて贅沢すぎると思う。


 逆に、その日の食べ物にさえ困るような暮らしだったら、私はどうしただろう?

 今のように、ローレンツ様の……他の誰かの心配なんて、出来なかったかもしれない。


 でも、知ってしまったからには、ね……。


「……よし」


 カウンセリングとまでは行かなくても、話を聞くぐらいは私にだって出来る。

 そんな、ほんの少しの普通を積み重ねるのが大事なんじゃないかな。


 ただ、ローレンツ様の問題はやはり放っておけない。


 出会って数週間なのに、私はそんなことを直接お伺いできたんだ、うん、もっと深い悩みを口にして貰えるぐらいの、信用と実績を積み上げよう。


 それに、このことはローレンツ様の為だけじゃなくて、私の為でもある。


 少しだけ前倒しして……未来の上役を支える為に頑張っても、いいんじゃないかな。


「さて……」


 もちろん、ローレンツ様のことも気になるけれど、私の目下のお仕事は、女官になるための努力が一番最初に来てしまう。


 今は休憩時間や夜寝る前に、ローレンツ様が借りてきてくれた『女官指南』という難しい本を読んでいる。

 これがまた、堅苦しい上に考え方が合わなくて、私は四苦八苦していた。


 男尊女卑は平成日本の比じゃないこの世界だけど、目の前に突きつけられると、やっぱり腹立たしい。


 しかしそこに書いてあったのは、その後のローレンツ様を支えるためには必要な知識で、私が王都に来た理由でもあった。




 ▽▽▽




 月光宮にて過ごすこと数日。


 王宮に提出した報告書の評価が下されるまで、ローレンツ様もお暇……というわけではなくて、先日起きた事件の後始末と同時に、何を言われるか分からない『次のお仕事』に備えた根回しなんてものをされていた。


 例えば先日、ローレンツ様が部下として借り受けたメルヒオル様やアンスヘルム様は、気心の知れた仲ではあっても、お二人はそれぞれ商務府の官吏だったり騎士団の所属だった。

 正規の手続きを滞りなく済ませた命令の元ではあるけれど、長期間本業をお休みされている。……こっちじゃ、飛行機で気軽に往復ってわけにはいかないからね。


 これがなかなかの手間で、ローレンツ様はお二人の上役へのお礼状だけでなく、使った馬車や装備の整備を手配して回ったり、報告書の写しを持ってあちこちに顔を出したりと、昼間はギルベルタさんとお出掛けされていることが多かった。


 あんまりお話出来ていないけど、悩みに捕らわれずに済むから、忙しい方がいいのかな……なんて思ってしまう。


 実は私も、身体は忙しいけど、その忙しささえ楽しんでいた。

 月光宮の中は、現代日本生まれでこちらじゃ田舎育ちの私には、目新しいものばかりで張り合いも出る。


 ここ数日の私はと言えば、月光宮で掃除をしたり洗い物をしたり荷物を運んだり、庭の水撒きをしたり……とにかく身体と魔法があればなんとかなりそうな単純作業を、ずんずんこなしていった。


 小さなお屋敷とは言え、これだけの仕事をアマルベルガさん一人で回すのは大変だと思う。


 主人が不在なら仕事が減るとは言え、ギルベルタさんがローレンツ様のお付きでお出掛けされてた間とか、大丈夫だったのかな……。

 ほんと、よくこれまで破綻せずに維持できていたものだ。


 アマルベルガさんからは、普段は出来ない裏方の掃除が捗るのでとても助かりましたと、頭を下げられてしまったけれど、私の方が恐縮するよ。


 そんなこんなで、王都の市街には一度も出ていないけれど、おのぼりさん気分は少し落ち着いてきたかな。


 今日は午後から、私の為にお客様がいらっしゃるというので、ちょっとだけ緊張してるけどね。


 筆記具、よし。身だしなみ、よし。


「リヒャルディーネ様、エルゼ夫人がおいでになられました」

「はい、ありがとうございます。用意は調っています」


 今日のところは顔合わせだけってお話だけど……そう、女官の試験に向けての第一歩が、始まるのだ。




 ご挨拶の後、小さい方の応接室で、テーブルを挟んで向かい合う。


 エルゼ夫人は私の両親と同年輩の貴婦人で、若い頃は王宮の女官勤めを経て、宮内府の女官長をしていらしたそうだ。

 わざわざ私のためにと、ローレンツ様が手配して下さったわけで、気合いも入るよ。


「では、話をする前に……リヒャルディーネ」

「はい、エルゼ夫人」

「女官とはどのようなものか、貴女は理解していますか?」


 女官とは、何か?


 簡潔にして、難しい問いかもしれない。

 一応、下調べはしてあったのでそのまま答えられるけど、求められてる解答じゃないような気もする。


 まあ、いいや。

 間違いでも正解でも、それを教えて貰う為に来て貰ってるんだし。


「女性の官僚のことです。王宮女官であれば陛下にお仕えし、それ以外の女官は個人、あるいは組織、建物などに属します」

「よろしい。ですが、それだけでは満足な答えではありません」


 ほら、やっぱり。


「侍女との違いは知っていますか?」

「侍女は私的な存在で、女官は公的な存在……で、合っていますでしょうか?」

「概ね正解です。侍女との違いは、職掌の範囲が異なるだけでなく、男性と同じく官僚として公務に就くこと、そして所属する組織の外でも通用する地位――官位を、国法によって与えられていることです」


 官位とは、国王陛下を頂点にした階級秩序で、貴族の位階とはまた異なる。




 調べ物をしていてなんとなくは理解したけれど、広く言えば、王政府で働く政務官や書記官、軍隊でも徴用された兵士以外の軍人さんや騎士さんに与えられた位階のことだ。


 大臣や将軍に与えられる勅任(ちょくにん)官を筆頭に、一等から三等の官位があって、一番下に地方官がある。


 中央官僚だと一等書記官とか、二等政務官みたいに、等級が付く。地方職は等級なしで地方官とひとまとめにしてあった。軍隊だと、階級とは別に、小さな部隊の隊長さんクラスが概ね三等、中くらいの部隊の隊長や司令官が二等、それより上が一等になる。騎士はまぜこぜだった。


 現代日本で言えば、公務員に近いはずなんだけど……これが実は、近くて遠い。


 登用試験は『家柄によって』、あったりなかったりだ。


 うちの実家が伯爵家かそれ以上だったら、王宮の女官ぐらいは一声掛ければ試験なしですぐになれた。


 仕事が貰えるかどうかはまた別だし、そちらはそちらで職位というものがあるけど、基本的には所属の中での序列になるし、官位をより細かく分けただけのような順番だから、まだましかもしれない。




 つまり今後の私は、地方領主家の娘という貴族の位階、女官の試験に合格すると贈られる官位、その後与えられた仕事に付随する職位と、三重の階級に縛られる。


 使い分けが面倒過ぎて、今から頭が痛いよ。


「例えば、王宮女官の筆頭たる女官長は、閣僚と同等の勅任官とされています。これはその職責の重さと同時に、発現力や影響力にも繋がりますが……侍女には、それが一切ありません」


 但し、外向き、内向きという仕事の違いだけでは、区分けできないらしい。


 王宮の内向きをまとめる侍従長は女官長と同じく官位を持つし、女官にも王妃陛下やご側室のお世話をする職があったりする。


 エルゼ夫人は手紙を届ける場合を例にして、違いを教えて……くれなかった。


 例えば、国王陛下がとある貴族にお手紙を出される時、同じ王宮に来いという内容でも、御璽(ぎょじ)が押印されていれば公務扱いで王宮女官の仕事、単に御名が記されているだけなら私的な御用で王宮侍女の仕事になるらしいけど……。


「密命や急使ならば、その限りではありません。また、手近な者にお声を掛けられることもありましょう。職掌と立場を把握し、状況を理解した上で、自分に何を求められているかを判断しなければ、本当の女官とは言えません。……無論、それは侍女も同じですが」


 困惑する私を見ながら、エルゼ夫人は曖昧な笑みを浮かべた。


「貴女の場合、恐らくは登用試験に合格の後、見習いを経ずに直接殿下の御許に配されるでしょうから、他の誰かの元で学ぶということが出来ません。そのことは……よろしい、理解できているようですね」


 それも含めて今の内に学べ、ということらしい。

 意地悪じゃなくて、『そういう場所』なんだろうなあ、王宮。


 そりゃあ、ローレンツ様もああなっちゃうかと、私は表情に出さず、内心で嘆息した。


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