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第二話「我が家の秘密」


 午後のお仕事も無事に終わって、夕食時。

 うちの食事は、大抵賑やかだ。


「クララ姉さん、来週出せる鹿革は六枚だから、それ以上の注文はお断りしてね」

「わかった。作業中の分は?」

「来月以降になっちゃう。今回の注文で職人さん達を急かしちゃったし、材料もね」

「こっちもかな。クララ、今日注文を出した香辛料が届かないと、並品の仕上がりになって損だわ」

「はーい」

「うちはまだまだご新規だから、品質で評判上げてお客さん呼ばないとね……」


 昼間、お婆ちゃんと母さんは手仕事や家事に追われ、父さんは村人を率いて鹿の世話、クララ姉さんは執務室で勉強を兼ねてお爺ちゃんと一緒に帳簿とにらめっこで、アン姉さんと私は工房でお仕事しているから、顔を合わせたら話すことがいっぱいあった。


「あら、あなた。アールベルクへのお出かけは明後日じゃなかったんですの?」

「それでも間に合うんだが、会合の前に今年の貢納金の話を代官殿に通しておきたくてな。明日、出ることにするよ。父上、こちらのことは頼みます」

「ああ、代官殿や隊長にもよろしく言っておいてくれ」


 鹿肉と僅かばかりの葉菜に根菜たっぷりの煮物がメインの、賑やかな夕食が済むと、私はお爺ちゃんと一緒に執務室――お爺ちゃんの仕事部屋へと向かった。


「お爺ちゃん、手」

「うむ、すまん」


 お爺ちゃんは、足が悪い。


 若い頃、傭兵仕事で名を上げて平民から田舎領主に成り上がったという、近隣じゃ並ぶ者のいない立志伝中の人物なんだけど、膝に矢を受けて引退しなければ今頃うちは男爵だったかもなと、大きな怪我も笑って済ませるような人でもあった。


「お話って革の巾着のこと?」

「それもあるが、今日は違う話が先だな」


 私は小さな頃から、お爺ちゃんの話を聞くのが大好きだった。

 傭兵時代の戦場話からお婆ちゃんとの恋話、領主になってからの苦労話まで、昔はよく膝に乗せて貰って聞いてたっけ。


「開けるよ」

「ああ」


 領主の執務室は、この屋敷の中じゃそれほど広くない部屋だった。私の感覚なら六畳間二つより少し大きいぐらいかな。


 窓を背にしたどっしりと大きな執務机を挟み込むように、書棚と物入れ戸棚が一つずつ。壁には家紋を縫い取った中途半端な大きさのタペストリーと、いまは使われていない数本の剣が飾られていて、手前には来客用のテーブルと椅子が並んでいる。


「リディ、そちらに座りなさい」

「はーい」


 お爺ちゃんは物入れからワインと銀杯を取り出し、私にも勧めてくれた。


「リディも随分大きくなったが……ふむ、酒杯に半分というところか」

「うん、そのぐらい。ありがと、お爺ちゃん」


 お酒は二十歳になってからと決まっている日本と違って、こっちじゃ祝いの席なんかだと十歳ぐらいからワインは出るし、私の方も、飲み慣れてないわけじゃないっていうか、お酒の味を覚えているというか……。


 最近は、大人への入り口なのか、自分の前に酒杯が置かれる回数も増えてきた。


 ただ、身体が未だに子供なのも確かなわけで、美味しく飲める量が前世に比べて少ないのは仕方がない。ワインなら、ボトルに半分も飲めば二日酔いが残ってしまうのだ。


「まだまだ大きくなるだろうリディに」

「お爺ちゃんの健康に」


 小さく乾杯して、姿勢を正す。

 珍しく、お爺ちゃんは真剣な目で私を見つめていた。


「リディはもうすぐ、十四になるんだったか?」

「うん、再来月だよ」

「そうか、そうか。さて……今日は、お爺ちゃんのお爺ちゃんのお話だ。アンやクララにも話したが、お爺ちゃんも丁度リディの時ぐらいに聞かされた、昔々のお話だぞ」

「……うん」


 お爺ちゃんの口調はいつも通りだけど、どこか、緊張感が漂う。


 あんまり重いお話は聞きたくないけれど、お爺ちゃんのお爺ちゃん――四代前なら高祖父だ。多少は興味も出てきた私だった。


「リディ、お前は本を読むのが好きだから……そうだな、昔、大陸全部が一つの大きな国だったことは知っているね?」

「うん。百何十年か前、叛乱が起きて滅んだ大きな帝国で、今ある幾つもの王国を全部合わせたよりも、ずっとすごかったって……」


 我が家の領地はそんな幾つもある王国の中でも一番大きな国、シュテルンベルク王国に属している。


 皇帝の横暴に耐えかねて叛乱を起こした宰相が建国した、自由と平和の国シュテルンベルク……なんて謳い文句があるけれど、うちのような辺境の田舎領地にまで流れてくる噂を総合すれば、眉唾物だとしか言いようがない。


「お爺ちゃんのお爺ちゃんは、その帝国の生まれだった。……とは言うものの、当時は帝国しか国がなかったんだから、当たり前なんだがね」

「その頃、他の国は本当になかったの?」

「さてなあ……。蛮族がいたとか言うことを聞かぬ勢力があった、とは記録に残っているから、もしかしたら帝国とは差がありすぎて国とは思われていなくても、国みたいなものはあったかもしれないな」


 お爺ちゃんの答えには、私も納得が出来た。


 今でもたまに、同じシュテルンベルク王国の中で領主同士の戦争があったりするぐらいなので、最近じゃ、王国も昔の帝国も、領主が治める小さな国の集まりなのかなと思うようになっている。

 国内で戦争するって方がおかしく感じるけれど、迷惑そうだったり心配そうな顔をする人はいても、こっちじゃ誰も疑問には思わないようだった。


 もちろん、そのぐらい頻繁に戦争の話が聞こえてくることの裏返しなわけで、幸い、オルフの近くじゃ起きていないけれど、今後も絶対に争いがないかと言われれば、考え込んでしまうぐらいには遠いようで近いものなのだ。


「でだ、このお爺ちゃんのお爺ちゃん、名をフリードリヒという。……家名入りの長い名前もあったんだが、それは話の最後でいいか」

「家名って、フリードリヒ……様は、貴族の出だったの?」

「貴族、ではなかったな」


 うちの家は、目の前にいるお爺ちゃんが貴族に成り上がって、オルフ村の領主になった……と聞いている。現在は隠居したお爺ちゃんに代わり、父様が二代目として当主を継いでいた。


 三代目は多分、次女クララ姉さんの旦那様だ。誰になるかは、まだ分からないけれど。


 長女のアン姉さんは、子供の頃に嫁ぎ先が決まっていて、来年か再来年ぐらいには家を出る予定だった。近所にあるうちと同じような領主家の長男がお相手なんだけど、少し遠い場所に代官として赴任中で、任期が終わるまで帰ってこられないらしい。


「フリードリヒは帝国が叛乱で滅んだ頃、追われる身でね。名を変え姿を変え、仲間と共に各地を放浪していたそうだ」

「フリードリヒ様は、何か悪いことをしたの? ……それとも、悪いことを『したことにされた』の?」

「リディ、お前は本当に聡い子だね」


 ぷかりと煙をわっかにしたお爺ちゃんは、降参のポーズを取った。


 ……お爺ちゃんは誤解してるけど、別に私が賢くて気が付いたんじゃない。今日のように、特別に呼ばれて聞かされるような話には絶対裏があると思っていただけなので、あまり褒められたものじゃなかった。


「フリードリヒは、もちろん悪事を働いて追われていたわけじゃない。……息をしているだけで邪魔だったんだ。シュテルンベルクだけでなく、バウムガルテンにも、グロスハイムにも」

「他の国も!?」


 うむと頷いて、お爺ちゃんは指を三本立てた。


「叛乱の旗手となった宰相が興したシュテルンベルク王国、西方の貴族をまとめ上げたバウムガルテン家が宰相への協力の見返りに興したバウムガルテン王国、叛乱に協力こそしたがその後宰相と仲違いした商人達が立ち上げたグロスハイム都市国家同盟、もちろん、他の国も合わせたその全部だ。……彼は皇帝の四番目の息子、貴族の上に立つ皇帝家の生まれだったからね」

「えー、つまりうちの家は……」

「我が祖父フリードリヒこそ、偶然辺境にあって難を逃れた第四皇子フリードリヒ・カール・フォン・コーレンベルク殿下、とまあ、オルフ家は皇帝陛下の血を継いでいるわけだ。しっかりと」


 どうだ驚いたかとでもいうように、お爺ちゃんはにやっと笑みを浮かべた。


 ……。


 そっか、世が世なら、私は『お姫様』だったわけか。


 今の『お嬢様』ですら、前世じゃ普通の家の娘だった私にはかなりすごいとは思うんだけど……うーん、でも、お姫様までいくと窮屈そうだ。

 いくらやる気十分でも工房でお仕事なんて任せて貰えそうにないだろうし、今ぐらいの健康的な暮らしと適度な仕事量が、居心地良すぎて申し訳ないぐらい気持ちいい。


「ところがな、リディ」


 お爺ちゃんの話には、もう少しだけ続きがあった。


「皇帝家の血を引くからと、今のオルフ家では何か得をするわけがない。追われた皇子のその子孫じゃあ、隠れて住むのがせいぜいだな。フリードリヒ皇子からは子孫に向け、『帝家は再興せず、また、させず。徒に世を乱すことなかれ。だが、矜持と信義まで捨てるなかれ』などという家訓が残されている」

「へえ……」


 ちょっと驚いたけど、いい家訓だと思う。


 少なくとも、うちの家が『まともな』貴族だってよく分かるね。

 でも、特権は捨てるけど心意気は捨てないなんて、なかなか言えることじゃない。


 フリードリヒ様は、流石お爺ちゃんのお爺ちゃんだ。


「だが、忘れちゃならんこともある。……フリードリヒ皇子には、逃避行で苦楽を共にした部下、いや『仲間』がいた」

「そうなんだ」


 まあ、たった一人で三大王国から逃げ続けるなんて、無理……だよね。

 お爺ちゃんは、また指を三本立てた。


「鹿追のカールは近衛騎士の、職人頭のフークバルトは政務官の、執事のクルトは元宮廷女官の、それぞれ子孫でな。栄誉も名声も、何も得られぬと分かっていて今なお我が家に忠誠を捧げ続けている、そんな者達なのだ。ふふ、これでもお爺ちゃんは頑張ったんだぞ」

「……?」

「せめて、付き従ってくれる皆の暮らしぶりが少しでもよくなるよう、盗賊退治に魔物狩り、傭兵仕事に探検行に……軍功を稼ぎに稼ぎまくってシュテルンベルクから小さな領地を一つ、もぎ取ってやったわけだ。それまではあちこちに隠れ住んでいたんだが、ようやく一つところに居を構える事が出来て……まあ、暮らしぶりも前よりはちょびっとだけ良くなったかな」


 どうだと笑うお爺ちゃんには、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

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