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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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第十八話「微妙な立場の王子様」


 王都に到着した翌日、私は自分から掃除を願い出た。


 今後がどうあれ、しばらくは月光宮でお世話になることだけは決まっていたから、配置と注意点を覚えるのには丁度いい。


「ローレンツ様は昼前までお休みになられると思いますので、お静かにお願いします」

「はい、アマルベルガ『様』」


 昨日聞いた身分の線引きの話は、職位職階の線引きにも直結する。


 今のアマルベルガ様は直属上司かつ『お仕事中』なので、私も安心して『お仕え』することが出来た。


 ……とにかくね、田舎暮らしとは緊張感が違いすぎる。

 何から馴れていけばいいのかさえ、これだというものが思いつかず、私はまだ混乱中だった。




 朝の内は静かにアマルベルガ様の後ろをついて回り、階段の手すりやドアノブの拭き掃除など、素人にも丁寧さと根気があれば何とかなりそうな仕事を回して貰う。


「では、これもお願いいたします。【浮遊】」

「はい、アマルベルガ様。……【浮遊】」


 あと、力仕事とか。


 浮遊の魔法は慣れっこだし、並以上に使えるのはすぐに認めて貰えた。


 盛夏の絵柄の入った大壷を、手を添えながら運ぶ。


「季節物を入れ換える時期で、助かりましたわ」

「お役に立てて何よりです」


 ローレンツ様はまだお休み中だけど、ギルベルタさんは借り物の返却をするべく、エメリッヒさんと一緒に朝一番でお出掛けだった。ローレンツ様一行が使っていた旅道具の殆どは、調査の命令を受けてすぐ、方々の伝を使ってかき集めたそうで、これは……なかなかの懐事情だ。


「あの、アマルベルガ様」

「はい、リヒャルディーネ様?」


 ついでに、気になっていたことを聞いてみる。


 王都への道中、ギルベルタさんから受けた注意の中に、『外ではローレンツ様や月光宮の名を出さないように』というものがあった。

 お立場が微妙なのですと付け加えられたけれど、どうもそれだけじゃないと思っている。


「ローレンツ様のことなのですが、私は、何をどうすればいいんでしょうか?」

「……と、申されますと?」


 特にね、最近になって気付いたのが……いくらローレンツ様の立場が微妙にしても、田舎の一地方の横領事件に、王子様がわざわざやって来るんだろうかっていう疑問だ。


 もちろん、若い王族に経験を積ませるために、小さな事件の解決を采配をさせる、なんて理由なら納得できる。

 けれど、それにしては補佐の二人も二十代前半と若すぎる気がしたし、連絡役は絶対の信頼が置けそうなギルベルタさんだったけど、やはり本職はメイドさん兼業の秘書さんのようで……。


 改めて整理してみると、人の配置が無茶苦茶だったんだよね。

 それこそギルベルタさん以外は、全て借り物だった。


 ……お屋敷に執事すらいないとは、流石に思わなかったけど。


「今のところは頂戴したお言葉のままに、秋口に試験を受けてローレンツ様の女官になればいい……とは思うのですが、殿下のお立場も、私の立ち回り方も、王都のことも……何も知らないのが、恐いのです」


 私はあまりにも、ローレンツ様を取り巻く状況を知らなさすぎる。


 このままじゃ、知らずにでっかい地雷、踏みそうな気がするんだよね……。


 ろくに部下も付けずにちいさなお屋敷を与えてそれっきり、なのに無茶な命令が下されて地方政務官の逮捕なんかをさせられてるんだもんなあ。


 勝手な想像がどんどん広がるけど、ほんとにお兄様達から虐められてたりして。

 第三、ってことは、お姉様は分からないけど、二人のお兄様が上にいらっしゃるからね。


 いやもちろん、お兄様達が悪人って決まったわけじゃないけどさ。


「……。

 後で少し、お時間を作りましょうか」

「是非、お願いします!」


 ……うん。

 壷を浮かせたままするお話じゃ、なかった。




 それにしてもこの月光宮、良くできている。

 見かけは小さいけれど、感心するほど上手い造りだ。


 本館は両翼――左右の棟のない小さな造りだけど、辛うじて体裁は保たれていたし、内装なんかはすこぶる上等だった。


 前庭はごく小さく、裏庭はなくて代わりに馬房や別棟になっている倉庫があり、少人数が過ごすには十分な配慮がされている。


 一階には玄関ホールがあって小さいながらも巻き階段が配置され、天井に段差付きの枠を取った細密画を配置することで、より高く見せるようになっていた。

 小さな客間二つの他は厨房や作業場など使用人の領域で、地下室もあった。……まだ入ってないけどね。


 二階はサロン風の応接室と執務室、それにローレンツ様の私室で占められていた。私達の控え室もあるけれど、小さな台所と同居している。一番よくあるタイプの貴族屋敷なら客間も二階や三階に配置するだろうけど、この月光宮にそんな余裕はない。


 ……当初から、お客様を迎えることが排除されてるって感じなのかな?


 主人の格に対して、客間の扱いが悪すぎるような気がした。


 国内外から来た賓客の寝所に提供されるもの、夜会のためのもの、お茶会のためのもの……離宮にしても、色々な形式がある。


 他にも、王族の住居や避暑地の別邸、お妾さんの引退後の住まいなどなど、目的に応じて作りも違っていて当然だ。


 じゃあ、世界に冠たる……って程度には大きなこの国の、第三王子様の居館という位置にある月光宮は、どうなんだろう?


 一番近いのは、隠棲した王族のお屋敷っぽいんだけど、あまり格式の高くない人向け……と、私は勝手な想像をつけている。


 ただ、それが何故、王様は無理でもそれなり以上の未来が約束されているはずの王子様のお屋敷になっているのかは、ちょっと不明だった。




 ▽▽▽




 アマルベルガ様と交替での昼食を終えて、少し気を休ませていたお昼過ぎ、厨房の呼び鈴――親鈴を振ると対応する別の部屋の子鈴が鳴る魔法の仕掛け――が澄んだ音を立てたので、さっと身だしなみを調えて二階へと向かう。


「おはようございます、ローレンツ様」

「おはよう、リディ」


 ローレンツ様はもう部屋着に着替えられ、アマルベルガ様の淹れたお茶を味わっていらっしゃった。


 ……ちょっとだけ、寝癖がついてるのはご愛敬。


 遅れての到着にはなってしまったけど、休憩中のお呼び出しだったから甘く点数を付けて貰えたのかな……と思っていたら、そちらはどうでもいいらしい。


「リディ、アマルベルガから聞いたよ。色々と心配事があるそうだね」

「えっと、その……」

「ああ、ごめん。咎めてるわけじゃないんだ。その心配はもっともだし、幾らかはギルベルタからも聞いているだろうけど、確かに……僕の立場は微妙だ」


 話の途中だけど、アマルベルガ様が小さく一礼して退室された。……私の分もお茶を淹れてから。


 後で時間を作るからと仰っていたから間違いじゃないんだけど、直接ローレンツ様からお話が聞けるように、気を遣ってくださったのだろう。


「僕は妾腹の、それも第三王子だ」

「はい」


 それは初耳。

 でも、みんなが知っているだろうけど、改めて口にはしないようなことだった。


 つまり、王都育ちじゃなく、聞こうにも伝のない私の耳には、そのままだと入ってこないお話でもある。

 貴族が交わす噂話なんて……碌でもないと、決めつける気はない。

 どうしてかというと、それで物と人とお金が動いてしまうからだ。


 これがなかなか、馬鹿に出来ない。


「兄は二人とも正腹でね。……僕にとっては幸い、かな。

 お陰で継承権争いには加わらなくてもいい立場の筈なんだけど、気楽な王子ってわけでもないんだ」


 大きすぎるため息が、ローレンツ様の口から漏れた。

 

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