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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅰ・アールベルク編

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第十五話「種明かし」


 無事に帰宅した私は、こちらへと来た時に与えられた男爵屋敷別棟の小部屋で考え込んでいた。

 今日は休むようにと無理に返されたんだけど、気持ちが高ぶっているので寝付けない。


「あーあ……」


 窓の外、代官屋敷の本棟には、夜中にも関わらず明かりが灯されている。

 まだまだあちらはお仕事中、なんだろうなあ……。


 勢いは混じっていたにしても、ローレンツ様と共に行きたい気持ちに、嘘はなかった。


 男爵閣下のことも心配だけれど、結局聞けずじまいで、今の悩みの種は、家族の説得だ。

 特にお爺ちゃんと父さんの許可はきっちり取っておかないと、後から辛い思いをするのは私になってしまう。


 下手な嘘はつけないし、これだけ大きな騒ぎなら当然、噂が広まるのも早い。誤魔化すことは出来ないだろうと覚悟を決める。


 結局、恋心以外は一切合切を包み隠さず、全部手紙に書いた私だった。




 翌朝になって、眠い目をこすりながら別棟の食堂に降りると、笑顔のギルベルタさんが私を待ってくれていた。


「ギルベルタさん! 良かった、無事で……」

「ご心配をおかけいたしましたね、リヒャルディーネ様」

「ほんとに、大丈夫でした?」

「ええ、もちろん。……改めまして、リヒャルディーネ様にご挨拶申し上げます」

「ギルベルタさん?」


 最初に合ったときのように、丁寧に膝を折って挨拶される。


「私はローレンツ様付きの侍女、ギルベルタ・フォン・グリースバッハです。今後ともよろしくお願いいたしますね」

「は、はい、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフです、ギルベルタ様!」

「ふふ、敬称は不要ですわ、これからも。今度、身だしなみを調えるあの魔法、教えて下さいね」

「は、はいっ、喜んで!」


 昨日までは、ローレンツ様の連絡役として身分と所属を偽っていたそうだ。

 ……極端な失礼はしていない、とは思うけれど、ちょっと心配になってきた。


「では、参りましょうか」

「はい?」

「男爵閣下とローレンツ様がお待ちです」

「……へ!?」

「お二方は、リヒャルディーネ様と朝食をご一緒したいと仰られています。あまりお待たせすると、おかわいそうですよ」


 くすりと笑ったギルベルタさんに、続けようとした質問はさっとかわされてしまった。


 逮捕された男爵閣下が、どうしてローレンツ様と一緒に私を待っているんだろう?


 顔に出すなと言われても、多分無理だ。


 仕方なく後ろを付いて歩き、本棟の小食堂へと通される。

 疑問は尽きないけれど、私もお腹は空いていた。今朝はしっかり食べて、それから質問責めにしよう。うん、決めた。それがいいや。


「失礼いたします。リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフ、参りました」

「おはようリディ、昨日は大活躍だったそうじゃないか! さあ、こちらに来て座りなさい。『殿下』もお待ちかねだ」

「はい、男爵閣下。……え、殿下?」


 上機嫌な男爵閣下の声に、礼をとったまま下を向いていた顔を上げれば、テーブルの上座にはローレンツ様が座っていらした。


「おはよう、リディ」

「はい、おはようございます、ローレンツ様……? って、まさか!?」


 そのローレンツ様の左右はメルヒオル様とアンスヘルム様で、何故か男爵閣下が下座にいて、その向かいの席が空いている。……あ、私の席か。


「うん、今日はそのあたりの話もしたいと思っているけれど、とりあえず、朝食にしようか」


 席順を考えれば、間違いないんだろうけど。


 殿下なんて、聞いてない。




 味のしない朝食は、いつの間にか味の分からないお茶に代わっていたけれど、状況が変わったわけじゃなかった。


「改めて一番よく使う名乗りなら、僕は第三王子ローレンツ」

「は、はあ……」

「ヴァルケ男爵家は王家の持つ従属家名の一つで、その意味では男爵家子息ともなるかな」


 頭がパンクしそうだ。っていうか、してるんじゃないかな。


「まあ、それは横に置いておこうか。今回の一件、きっかけはベーレンブルッフ男爵から財務府へと寄せられた、一通の密書だったんだ。ああ、もちろん、男爵はこの事件の犯人じゃないからね、リディ」

「は、はい」


 一番大事そうなことが横に置かれてしまったけれど、続きを待つしかない。


「税に不正があることに気付いたベーレンブルッフ男爵は財務卿の元に密書を送り、これが王政府を動かした」

「戦働きならばまだまだ若い者にも負けませぬが、儂はどうにも謀りごとが苦手でして……。まさか、怪しそうだからこいつだろうなどと、勝手に決めるわけにも行きますまい」

「男爵、貴殿の判断は悪くない。手柄目当てに下手な決断などして醜態を晒す輩より、余程信用できる」

「目星をつけた相手は確かに犯人だったものの、主犯ではありませなんだからな。恥などこの老いぼれには今更、躊躇わずに届けを送ってよかったと、胸をなで下ろしておるところです」


 管区内の税収のうち、売り上げが伸びているはずの特産品の税収が減っていることに気付いた男爵閣下は、調べようとして下手に逃げられるよりはと、直接王都の偉い人――王国全土の税制や税務を預かる財務卿にねじ込んだのだという。


 具体的にはうちの特産品、鹿の革だ。出荷量が伸びているとお爺ちゃんが手紙で自慢してたのに、報告される税収は何故か数年前から減少していて、男爵閣下は首を傾げたわけだ。


 その後、王国の上の方で相談の結果、ローレンツ殿下の元に今回のお仕事が回ってきたらしい。


「でも、大変だったんだよ、リディ。財務府の調査官ではあからさま過ぎるから商務府の調査官として身分を調えたり、先に連絡役としてギルベルタを潜り込ませたり、複数の騎士団や近隣の衛兵隊と交渉して人をまわして貰ったり、偽装を兼ねてアールブルクの三つほど手前の街から本当に産物調査をしたり……」

「お諦め下さい、殿下。仕事の下準備とは、そういうものです」

「うん、それは……よくよく学べた、と思う」


 やれやれ顔でため息をつくローレンツ様に年相応の姿を感じ、やっぱりこっちの方がいいなあと、つい見とれてしまう。


「でも、アールブルクに到着して驚いたよ。ギルベルタ経由で、絶対に信用のおける者を案内に付けますと聞いていたからね、なのにかわいい女の子が出てきたから、流石にどうしようかと思った」


 へ、へえ。『かわいい』だって。


「リディは儂の親友にしてアールブルクの英雄、『雷剣』アロイスの孫娘ですからな。この子に裏切られるようなら、どちらにせよ儂はお終いです」

「いや、男爵。信用の度合いはともかく、外見で彼女のことを侮り、見誤ったのは我らの方です」

「ふふ、確かにメルヒオル殿の仰るとおり。儂もここまでやるとは、思いもしませんでしたぞ」

「市中にて、殿下の護衛についていたアンスヘルムを巻いてしまった手際、あれも見事でした」

「危険はないと、こまめに手で合図はしていたんだけどなあ……」


 ……あ。


 産物調査の時のあれって、護衛のアンスヘルム様だったんだ。

 もう怒られはしないだろうけど、まずかったかも。


 目があってしまったアンスヘルム様に頭を下げると、小さく笑顔を見せて横に首を振ってくれた。


「殿下からお伺いしたが、昨夜の襲撃者を撃退した手際、あれも素晴らしいものだった」

「いえ、知らなかったとは言え、申し訳なかったです」


 アンスヘルム様、ほんとにごめんなさいです……。


「私としては資料室の目録、あれこそがリヒャルディーネ嬢の本領であろうと思う。三日は覚悟していた調査が、半日で済んだ」

「そう言えば、メルヒオルは随分と褒めていたな」

「出来ますれば、私の部下に付けていただきたいほどです」

「それは困る」


 ローレンツ様、即答です。


 うへ。

 顔がにやけそうだ。


「話を戻そうか。一昨日の時点で幾つかの証拠は見つかっていたけれど、手がかりにはほど遠く、犯人を燻り出すには少し決め手に欠けていたんだ」

「そこで予定通り、儂は逮捕されましたな」

「あの、ものすごく驚きましたけど、予定の内、だったんですか?」

「うん。真犯人を混乱させることが目的だった。男爵を逮捕すれば、それを理由に庁舎内全ての調査が堂々と出来るからね。犯人に慌てて貰おうと、証拠の裏付けの名目で引っかきまわしたんだ。慌てれば、何か行動を起こすだろう? ……例えば、調査官の身近にいた誰かに様子を聞くとか」

「あ!」

「うん。リディのお陰で、すぐに目星がついた」

「えっと、やっぱり……政務官様が犯人でした?」


 ゾマーフェルト政務官との会話について、メルヒオル様から詳しく聞かれたことはよく覚えている。


「うん。朝方、逮捕した。昨日の覆面に彼の部下が混じっていたよ」

「共犯者の自白が得られていては、言い逃れ出来る筈もない。押さえた自宅には、政務官の報酬だけでは貯めようもない金額の財貨があった」


 と、これはアンスヘルム様。

 昨日も黒尽くめの襲撃者の後始末はお任せしてしまったし、荒事、お疲れさまです。


「ともかく、これにて一件落着、というあたりですな。後処理は長引きそうでありますが」


「失礼いたします」


 一度席を外していたギルベルタさんが、いつの間にか戻ってきた。


「何事か?」

「オルフの前領主、アロイス様がいらっしゃっています」

「ほう?」

「お爺ちゃんが!?」


 たぶん、男爵閣下の逮捕を聞いて、こっちまで来たんだろうなあ。


 私の野望を手紙に書いちゃうぐらい、仲良しだもんね。……あ、昨日書いた手紙が、無駄になっちゃった。


「殿下、如何いたしましょうか?」

「リディの祖父殿なら構わない。こちらに案内してくれ」

「畏まりました」


 ローレンツ様のお言葉に、小さく頭を下げ……。


「あ!」


「リディ!?」

「どうかしたのか?」

「い、いえ、何でもありません」


 まずい、かも。


 すっかり忘れていたけれど。


 うちは滅んだはずの皇帝家の血筋で。


 ローレンツ様は、うちの家を滅ぼした宰相の子孫だった。

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