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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅴ・謀略編

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第百一話「会議の前に」

第百一話「会議の前に」


 エルク号を見送って数日。


 村人の数は減ったけど、エルク号には負けないぞと、ノイエフレーリヒはむしろやる気に満ちていた。


「あいつらにだけいい思いさせてたまるかい!」

「帰ってきたら、逆に驚かせてやろうぜ!」


 船に乗れなかったことを悔しがる人も多いけど、三ヵ月後の帰還は船員の交代も兼ねている。


 希望者全員を一度に乗せることになれば、男衆の九割は消えてしまうだろう。


 元海の男達だけでなく、久しぶりに都会(まち)へ出る機会だった。


 しかも、領主様のお墨付きが出ていて、堂々と羽を伸ばせる。


 まあ、女性の少ない村だからね、多少の息抜き予算(・・・・・)は、認めていた。


 ……帳簿にもしっかりと書き入れるよう、何度も何度も念を押しておいたけど!


 ひとしきり落ち着いたら、女衆の買い物ツアーも企画したいと思っている。


 男衆にだけ息抜きを認めるのはずるいし、不満も溜まるだろう。


 その為にも、エルク号にはしっかりと稼いで貰わないとね。


おやっさん(ファルコ親分)がいねえ今こそ、根性ってやつを見せろ!」

「おうともよ!」


 沖に出る漁船の数は、いつもの半分以下になっているけど、残る漁師達は気勢を上げて海に向かっていった。


 それを見送り、腰の魔法杖に手を伸ばす。


「【待機】、【浮遊】【倍力】【魔手】、【開放】。……よっこらせ、っと」


 浜に残る漁船のうち、舳先に印代わりの手拭いが結び付けてあるものを、浜の奥へと運んで裏返しにしていく。


 しばらく使わない船は、陸揚げして乾燥させるのだ。


 魔法仕事として請け負ったなら結構な金額になるけれど、流石に計上出来ない。


 でも、この機会を利用して平常なら料金が発生してしまうような領内整備関連の魔法仕事を、一気に推し進めてもいいかもしれないと思いついていた。


 畑の拡張は急ぐけど、働き手も減っているので、バランスを見ながらになるかな。


 じゃないと、維持が出来なくなる。


 中型船が入港できる桟橋の整備も、エルク号の帰航までには必要だ。


 場所は入り江の西寄りに決まり、集落に近くて漁船が使いやすい浜はそのまま残す。


 代わりに荷役用の道を作ることになったけど、ゴーレム工事ならそう大した手間にもならない。


「あ、領主様!」

「おはようございます!」

「はいおはよう、カスパル、マリア。今日はどこ?」

「東の磯だよ!」

「貝取り!」

「ふふ、気をつけてね」

「はーい!」


 すれ違った子供達に手を振り、畑のある崎の高台に向かう。


 昨日、マルセルさんと相談したけど、現地の確認と線引きだけは済ませておきたかった。


 至急の案件は、リンデルマン閣下から受けた蒸留器の製造ぐらいかな。


 今日、クリストフが鉄材を買いに行ってくれているので、明日から手をつける予定だ。


 会議の時にお渡しできれば、丁度いいかもしれないなあ。


 エルク号が戻るまでは、日銭を稼いで食いつなぐ……といいつつも、今のノイエフレーリヒでは貨幣経済がほぼ機能していない。


 経済的には、先代領主が追い出された頃に逆戻りしたノイエフレーリヒだけど。


 今は村人全員が大家族、って感じになっていた。

 



 ▽▽▽


 


 月が替わって長雨月(六月)の一日。


 借りっぱなしになっている荷馬車に蒸留器を積み、王都へ向かう。


 作ったのも二回目だし、横に見本があったので、前ほど苦労はせずに済んでいた。


 蒸気漏れも確実に減っていて、性能が上がってるぐらいだ。


「姉ちゃん、こっちはあんまり雨が降らないんだっけ?」

「そう聞いてるよ」

「長雨月ってより、普通の月って感じだぜ」


 今日は王宮に領主と代官が集められ、会議が行われる日だった。


 戦役が終了して初の会議で、現状の報告と、今後の方針確認が主になるかな。


 護衛はヒンメル号に跨ったクリストフ、御者には大工仕事に使う釘を発注しに行くデトレフさんが、名乗りを上げてくれている。


「お館様、あちらの荷馬車はゲルルフ殿のようです」


 執事のヨハンさんも、もちろん荷台に乗っていた。


 第一王女派としてこちらに来た人が、ヨハンさんの顔を知らないはずがない。


 大騒ぎにならない程度に、探りを入れてみることにしていた。


 但し、私は特に何もしないというか、しちゃいけなかった。


 私に付き従う(・・・・)ヨハンさんの存在と態度が、相手をかき乱すのである。


 ゼラフィーネ殿下は、旧王国の分裂直前、家臣団が落ち延びる先としてレシュフェルトを頼られた。


 それは広く流布されてはいないけれど、派閥内では誰が知っていても不思議じゃないし、ヨハンさんがここにいる理由ともなっている。


 今日のところは小手調べ、これで間諜が動いてくれれば万歳だけど、今のところは疑いの目で見た時、多少でも『私』が怪しく思えそうならそれでいい。


 ……まだ何も、準備できてないもんね。


「おはようございます、ゲルルフさん!」

「いよう、伯爵閣下! ご活躍もめでたいが、あんたのお陰で山羊が三十も一気に売れたぜ! ありがとな!」


 王宮の入り口で、ノイエシュルムのゲルルフさんと、お互い荷馬車の上から挨拶する。


 旧王国の伯爵と男爵なら、絶対にそんなことしないだろうけれど、笑顔も風も距離感も気持ちいいのが困ったものだ。

 

「そうだ、蒸留器の件だが、悪いな、助かった」

「いえいえ。ゲルルフさんもカスパルさんも、商売を狙ったご注文でしたからね。うちも余裕が出来たら発注するつもりです」

「手紙にもあったが、フレールスハイムの蒸留器はそんなに違うのか?」

「はい。一番小さいのでも、大樽の半分を一度に蒸留出来るんですよ。時間は掛かりますし、配管も複雑でしたけど、効率が段違いでした」

「そうか……」


 でも、リンデルマン閣下が個人の趣味だからと発注を継続された話をして、荷台の蒸留器を指差せば、これはこれでありだなあと、ゲルルフさんは考え込んでいた。


「あ、リンデルマン閣下、カスパルさん!」

「ゲルルフ、おせえぞ!」

「やあ、リヒャルディーネ殿」


 王宮入り口のロビーで、暴風のハンスとオストグロナウのカスパルさんが立ち話をしていたので、混ぜてもらう。


 もちろん蒸留器とお酒の話になってしまい、その熱の入りように呆れることになった。


「いや伯爵、ありがとう!」

「これは確かに、発注取り消しの取り消しをするか、悩みどころだな」

「だろう?」


 でも、裏を返せば、それだけお酒が安定した商品だってことでもある。


 元々お酒で一儲け企んでた私であり、トロップフェンを続けて買って貰うにはどうしたらいいかなあと、その会話に耳を傾けていた。


「お館様、そろそろご準備(・・・)を」

「ありがとう、ヨハン」


 ヨハンさんが注意を促してくれたので、背筋を伸ばす。


 ほどなく官服を着込んだ中年男性が、駆け寄ってきた。


「ヨハン殿!」

「久しぶりだな、オスヴィン政務官」


 オスヴィン氏はゾレンベルク領の元政務官で、フレールスハイムで挨拶されていたから顔は覚えている。


 往時は都市整備担当政務官で上下水道が専門、ファルケンディーク近代化の要として、特に期待されて王政府入りしていた。


「無事の到着、嬉しく思うぞ」

「ヨハン殿こそ、良くぞご無事で……!」


 ちらりと視線を向けられたので、にっこりと微笑んでおく。


「今はこちらのフロイデンシュタット伯爵閣下にお仕えしているのだ」

「そうでありましたか」


 ヨハンさんも旧交を温めているといった雰囲気で、オスヴィン政務官の態度や表情に、怪しいところはない。


 王女殿下の話題も一切なく……まあ、うん、一発で私に見破られるような間諜なんて、間諜が務まるはずがないよね。


「では失礼致します」

「うむ。皆にもよろしくな。……お館様、大変お待たせを」


 雑談は、適当なところで切り上げられた。


 もちろんヨハンさんの判断は気になるけど、その場で『どうでしたか?』なんて聞けない。


 私も一旦その場を辞して支度部屋に向かい、何かと大事な場面で忘れがちな女官服にごめんなさいをしてから着替える。


 表に出れば、ヨハンさんと両領主が雑談しながら私を待ってくれていた。


「お待たせしました、ごめんなさい!」


 改めてご挨拶すると、何故か私が両領主を左右に従えた並びで、会議へ向かうことになった。


「あの、落ち着かないんですけど……」

「気にすんな」

「俺達を従えてふんぞり返ってるぐらいで、丁度いいんじゃねえか?」

「だな。なんせあんたは俺達レシュフェルト(・・・・・・・)諸侯の筆頭(・・・・・)で、こっちまで儲けさせてくれるありがたい伯爵様だからな!」

「あはは……」


 にやりと笑うお二人には、苦笑を返すしかなかった。


 緊急の応援要請とか色々とご迷惑をお掛けしたのはうちなのに、期待と信頼さえも感じ取れてしまっては、反論のしようがない。


「なあゲルルフ、今日の会議は戦役の話だと聞いてるが……」

「今後どうなるか、どうするか。それに尽きるな」

「ああ。戦いはすぐに終わってくれたから、うちも悪影響はなかったが、先が読めねえ」

「お二方。本来ならば、リンデルマン閣下にお伺いすべきなんでしょうが、ファルケンディークの様子は如何ですかな?」

「堤防工事を再開したところだが、悪くないようだぜ。うちも何人か出してる」

「さっきは魔法使いがもう数人欲しいと仰られていた。……伯爵は一稼ぎせんのか?」

「ファルケンディークへの出稼ぎは、割と真面目な選択肢に入るんですが、領内もまだ滅茶苦茶なままなので……」

「ああ、そう言やあ、そうだったな」


 謁見用の装飾品が片付けられた大会議室に向かえば、新たに任命された第一王女派の皆さんを含めた王政府の官吏が集っていた。


 小さく会釈して、押し出されるように用意された席へと座る。


 メルヒオル様の隣、アンスヘルム様と並んで座るアリーセの向かい。


 ……端っこでいいのに、会議の席次は三番目へと格上げされていた。


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