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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅴ・謀略編

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第九十九話「活気」

第九十九話「活気」


 気が重い深夜の密談を終えた翌日、私は領内の主だった皆さんに声を掛け、『南の風』亭へと集まって貰った。


「おはようございます、皆さん」

「おう、領主様!」

「おはようございます」


 ファルコさんとイゾルデさんに加え、加工場のヘロルドさんや船大工のケヴィンさん、農家のまとめ役マルセルさん、もちろん、洗濯屋を終えた店主マグダレーネさんにも仕込みの合間に聞き耳を立てて貰えるようお願いしている。


 うちからは、ヨハンさんに来て貰っていた。


 クリストフはヒンメル号にまたがり、早朝に出かけている。


 戦役のお陰で製造出来なくなってしまった蒸留器についてどうするか、発注者に再確認する手紙を懐に入れていた。


 他の皆さんは、クリスタさんを護衛しつつ、間諜対策に回っている。


 ザムエルさんまで含めて魔法使い三人、それぞれに練達の傭兵、一流の魔法研究者、『レシュフェルトの悪魔』の弟子と、贅沢な布陣だった。


「しっかし、なんとか乗り切ったな」

「まあ、生きてりゃあのぐらいの騒ぎは……たまに、あるさね」

「そうそうあってたまるかよ、婆ちゃん!」


 仕事の手を止めさせることになってしまって申し訳ないけれど、流石に戦役からこちら、本来優先するべき領内の諸事がほぼストップ、戦役の余波で軌道修正の必要なものも多くなっている。


 今日はそのあたりの意見をすり合せ、変更を余儀なくされた今後の方針について、よく話し合っておきたかった。


 領主になった時、イゾルデさんは『今まで以上に好き勝手すればいい』と言ってくれたけど、その好き勝手に領民の皆さんの協力があれば、もう一段上を狙える。


 それは私を助け、領民を助け、王国を助けることに繋がっていくのだ。




「さて、まずは分かりやすいところから行きましょうか」


 マルセルさんの前にどんと、サトウキビの穂先の束を置く。


 ……まあ、目立つ上に甘いにおいがしてたから、気付いてた人も多かったけどね。


「においから分かると思いますが、サトウキビです」

「おお、ついに……!」

「一応、育て方も聞いてきましたが、二年連作の二年休耕、水はたっぷり、これを守る以外はそんなに難しくないみたいです。但し、最初は植える場所の選定も兼ねて各所でお試し、また、ミレの増産を圧迫しない程度にしてくださいね」

「畏まりました!」

「それから、こっちはラウホの種です。半分持ってってください」

「ほう、ラウホ! 私の故郷の味ですな!」


 もちろん、サトウキビはうちだけじゃなく、国内全ての村に配布されている。


 但し、サトウキビを得たからって、すぐにフレールスハイムのような暮らし振りになるわけじゃなかった。


 運河さえ有する大規模な生産システム、醸造設備や蒸留設備……その整備を行う資金があるはずもなく、投資を引き受ける相手もいない。


 それが分かっていてなお、領内での甘味や『どぶろく』の生産を非公式に推奨するという、おおよそまともじゃない理由で、全ての領地や村にサトウキビが配られていた。


『酒に限らず、嗜好品の重要性は最近、身にしみているよ。特に、人の心に与える影響はね……』


『民心の慰撫というには全く以って足りぬが、国内格差の解消は急務ゆえな。今は地域で甘味が出回ってくれればそれでいいが、砂糖生産の下地になれば、という下心(・・)もなくなはい』


 王政府も苦労と苦悩の真っ最中で、苦肉の策だと仰られていた。


「農業関連ですが、もう一つ。今後は砂糖酒税の掛かっていないミラス酒が、王国内でも流通することになります」

「同じ国内なんだから、そりゃ、道理だね」


 グロスハイムに配慮して、輸出品には砂糖税と砂糖酒税が掛かけられることに決まっている。


 残念ながら大国と小国の差はここでも圧力になっていて、税を下げて安く売るという方法は慎まざるを得なかった。


「待てよ? ってことは……」

「はい。当然、トロップフェンの売り上げに影響が出ると思います。王室御用達の看板がありますから、一定の量はうちが買い上げますけど、一般への販売が本当に読めなくなってしまいました」


 トロップフェンは、残念ながらミラス酒には勝てない。


 味はもちろん、知名度、コスト……そりゃ、珍しいからと買ってくれる場合もあるかもしれないけど、定番にはならないだろうなあと思う。


 特にコスト面では、どうしようもなかった。


 ゴマよりも小さな穀物を煮てから潰して発酵させるより、砂糖の製造過程で出る糖蜜を使った方が、得られる酒精(アルコール)は何倍も多い。


 その上で、私の作った『夏休みの工作』の域を出ないお手製蒸留器と、専門の職人が手がけた業務用の大型蒸留器という差まであった。


「ただ、畑の拡大とミレの増産は、もうしばらく続けて下さい。小麦の価格、やっぱり上がりそうです」

「せっかく上を向いてきたってのに、困るねえ」

「バウムガルテンじゃ、普段の倍になってるそうですよ」

「ああ、北大陸の戦争か……」

「そういうことなら、もちろん増産を続けます」


 これはジークリンデさん一行の持ってきた情報で、バウムガルテンの内戦の影響だった。


 戦いの最中にのんびり収穫なんてできないし、徴兵で働き手が取られることも多い。

 どうせ敵軍に滅茶苦茶にされるからと、青刈りして家畜の餌に出来ればまだ運がいい、なんて噂話も聞かされた。


 こっちじゃまだ影響がないけど、余波は必ず来るらしい。


 ……困ったことに、フレールスハイムの併合もあって、元々低いレシュフェルト王国の食料自給率は更に低くなっていた。




 次に、マクシミリアン・リープクネヒト号のことを話し合う。


「名前ですが、『エルク』号に決めました」

「おお!」

「強そうでいいと思います!」


 昨日、密談の合間の休憩どきに相談したけど、最初に勧められたのは『リヒャルディーネ』とか『フロイデンシュタット』だった。


 もちろん、自分の名前のついた船なんて、乗る時に恥ずかし過ぎて落ち着かないので却下している。


 船の名前は、船主に関係のある人名や地名をつけることが一般的だった。


 その次に多いのが、鳥や動物かな。


 というわけで、実家にもなじみが深く、私も納得できて悪目立ちしないエルク――『大角鹿』の名前を選んでいた。


「で、エルク号はファルコさんに任せることにしましたが……」

「おう!? 何か問題でもあるのか?」

「船員を村人から集めることになるので、村の生産力が一時的に落ち込むんですよ。これをどうするか、悩んでいたんです」

「ああ、そっちか……。確かにな。しばらくは、よく知られた航路を流すだけ……とは言っても最低四十、出来りゃ五十は欲しいぜ」 

「そんなにですか!?」

「日帰りで動かすだけなら二十でいいんだが、飲まず食わずの休みなしになっちまうからな」


 エルク号は三本マストの軍艦なので運行に必要な人数も多く、ついでに船は昼も夜も休みなく進み続けてこそ価値があるので、交代する船員も乗ってなきゃいけない。


 その分、船足はめちゃくちゃ速いけどね。


 聞けば納得の人数ではあったものの、ぎりぎりで食べてきたノイエフレーリヒから働き盛りの男衆五十人が消えるのは、一時的とはいえ非常に痛かった。


 特に、船員に鞍替えするだろう漁師さん達は、干物とリフィッシュの生産を支えている。


「そっちはあたしがやりくりするよ」

「大丈夫ですか、イゾルデさん?」

「食い扶持も五十人減るからね。貯めてた人頭税の積み立てを崩せば、なんとかなるよ」

「ありがとうございます!」

「ファルコ、あんたが稼いでくれなきゃ、みんな揃って飢え死にだ。……頼んだよ」

「おう、任せな!」


 飢え死には私もいやなので、ファルコさんにはほんとに頑張って貰いたいところである。


 先日、カローラ号で一往復分だけ艦長さんを任せたけど、ブランクは全く感じさせなかった。

  



 最後に、報告と言うか、半分は雑談になっちゃったけど、拝領した領地の事を話題にしてみた。


「それから、拝領した三つの領地なんですが……」

「ああ、そうでしたな」

「しばらくは、忘れててもいいぐらいなんですけどね」


 本当に、それどころじゃなかった。


 南の王領は材木でお世話になってたけど、その他は王政府の資料に書いてあったことぐらいしかほんとに知らない。


 ちゃんと名前があったんだなあって、感心したぐらいだ。




 ノイエフレーリヒから見て南のオストディンゲン領は、特に材木調達でお世話になっていた。


 小川の上流、ノイエシュルム男爵領へ向かう道をもう少し越えたあたりが領境になるそうだ。


 踏み分け道も出来てるし、今後は王政府に入会(いりあい)料を払わなくていいのが、地味にありがたかった。


 


 西の海岸沿いにあるヘルセ領は、風景だけなら未開発のノイエフレーリヒって感じかな。


 海から見た限りじゃ、似通った海岸線に似通った風景で、そこそこ大きな入り江まであった。

 王政府で見せてもらった地図では、領地の真ん中あたりに少し大きな川が流れている。


 第二の漁村を作るならここだけど、開発するならもちろんノイエフレーリヒが先だった。




 残る南西の領地、ハインバッハ領は、領地の西にこんもりとした大きな丘があって、ヘルセ領に向けて流れる川が領地を二分している。


 王政府の資料にも、外から見て分かるその一言が書かれていただけで、まともな調査もされていなかった。




 ちなみに面積はそれぞれノイエフレーリヒのそれよりも大きく、オストディンゲン領が二倍、ヘルセ領が三倍、ハインバッハ領は六倍近くあった。


 フロイデンシュタット『伯爵領』は、男爵領時代に比べ、合算して十二倍もの広さになってしまったけど、もちろん理由はある。


 川が流れているか、最低限の農地が確保できるか、その代わりになりそうな資源、たとえば漁業や林業、資源採掘が成り立つか……つまり、入植したときに領地が経営出来そうかどうかが、領境を決める基準になっていた。


 ……水が確保できなかったり、農地にも困る岩石砂漠のような、ほんとに何もない領地もあるけどね。


 メルヒオル様曰く、緩衝地域にされたり、政治的な理由で下賜されたりと、そっち方面での使い道があるので、全くの無駄じゃないらしい。


 その点から眺めて見ると、この三つの領地は境界を決める時、小川を基準に線引きされたようだった。




「しばらくの間は、南のオストディンゲン領の材木ぐらいしか用事はないですね」

「昨夜、お館様とも話し合いましたが、当面は放置、余裕が出来てから調査を行いたいと考えております」


 オストディンゲン領への入会料については今年いっぱい無料、材木などの大物は別途計算と発表したけど、領地についての質問はなかった。


 活用がどうこうというより、存在自体が忘れられていたぐらい、日々の暮らしにはほとんど無関係だった場所でもある。


「それから、戦役からこちらの給金についてですが……」

「ああ、そりゃしょうがないじゃないかね?」

「それはそうなんですが……」


 炊き出しが維持されていて今も食事は領主家が負担してるけど、給金は一切支払われていなかった。


 パン屋のデニスさんは在庫の麦とミレを提供してくれてるし、炭焼き職人のジーモンさんもただ働きが続いている。


 もうずぶずぶ(・・・・)というか、我が家の資金もエルク号の稼ぎに賭けてしまったので、結果を待つしかないんだけどね。


 年末までにもう一度話し合うことを、皆さん了承してくれた。


「じゃあファルコ、あんたは船乗りを選びな。あとで相談だよ」

「悪いがケヴィンは貰って行くぜ。船大工は乗せときてえ」

「まあ、しょうがないね。代わりにヘロルドは置いてっとくれ。それから、中堅どころを全員引き入れるのはなしだよ!」

「分かってらあ!」


 この人選もファルコさん任せになるけど、イゾルデさんのチェックがあれば大丈夫かな。


 流石にパン屋のデニスさんや農家のマルセルさんを引き抜かれると、村が回らなくなる。


「今日はこのあたりかねえ?」

「ですね。皆さん、お疲れさまでした! 次はエルク号の出航直前に、もう一度打合せしたいですね」


 とりあえず、この人選が終わらないと船が出せないし、住人の再配置も出来ない。


 たぶん、新たな混乱も起きるだろう。


 でも……。


「さて、やるか!」

「おうよ!」

「若くもねえ若い連中と、後は……誰にするかな?」


 今のノイエフレーリヒ村は、活気に満ちている。


 それはとても強く、感じられた。



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