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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅴ・謀略編

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第九十八話「王女殿下の過去と今」

第九十八話「王女殿下の過去と今」


 シュトッシュ号を無事に送り出した日の夜。


 領主の館には、ノイエフレーリヒ在住のオルフ組が集まっていた。


「ただいま! ザムエルさんとオクタヴィアさん呼んできたよ」

「よう、邪魔するぞ」

「どうぞー。グレーテ、お茶をお願い」

「はい!」


 残るオルフ組、エッカルトさんとユールヒェンさんの若夫婦は、ファルケンディークに借りた集合住宅にいる。


 南方辺境戦役が起きなかったら、普通にノイエフレーリヒへ引っ越してくる予定だったんだけど、これはまずいってなったらしい。


 ザムエルさんからお二人に指示が出され、今後はフレールスハイムとレシュフェルトを行き来する商人として国内外に足を運び、ついでに情報を集めるのがお仕事になった。


 情報を知ってたからって、あの戦役を回避できたかどうかはともかく、確かにそっち方面では弱い気がしないでもない。


 もちろん、情報は大事だ。


 贅沢すぎるかなとも思うと同時に、伯爵家になってしまった我が家の将来を見越すなら、今のうちに種を蒔いておかなきゃ、収穫は得られなかった。




 軽く近況を交わし、二杯目のクナーケ茶が淹れられる。


 私が小さく頷くと、グレーテとクリストフは一礼して館の外に出た。


 魔鈴(まれい)の結界はさっき仕掛けておいたし、うちの村人に不届き者はいないはずだけど、念には念を……というか、流石に無警戒ってわけにはいかない。


 深呼吸して心を落ち着かせてから、皆さんと視線を合せる。


「昼間は口に出来ませんでしたが、大事なお話があります」 


 第一王女殿下の元家臣団の到着と登用、それに伴う王政府や総督府の改組。


 そして。


 到着した元家臣団の中に、間諜(スパイ)が複数混じっていること。 


 全員がそれぞれの表情で、大きなため息をついた。


「――という感じで、今日今すぐ危機が迫っている、というわけじゃないんですけど、気の抜けない状況になってるんです」

「そう、間諜が……」


 家臣団第一陣の到着には喜んでいたクリスタさんだけど、その中に間諜が含まれているということに、大きく落ち込んでいた。


「ジークリンデが申しているなら、間違いはないかと」

「……ふむ、あの時を思い出しますな」


 ヨハンさんとザムエルさんは、難しい顔をしている。


「『親父さん』、第一陣で確実に信用出来そうな面子は?」


 オクタヴィアさんは、私が藁紙に書き写してきた新しい王政府人事をひとしきり眺めてから、机の上に広げなおした。


 ヨハンさんがそれに軽く目を通し、小さくため息をつく。


「王国が分裂した今、全員とは言い難い。本人の性根はともかく、家族を人質に取る、不名誉を盾に脅す、……金に目が眩む者も皆無とは言えぬが、ふむ、絶対確実となればジークリンデを含め、三人というところか」

「……喜んでいいのか嘆いていいのか、分からない人数だね」

「明白に他派閥だった者はとうに抜けているし、それでも来たなら黒ということ。分かりやすくなったとも言えよう」


 オクタヴィアさんの言うとおり、二十人のうちの三人も信用できると喜ぶべきか、微妙だ。


 もちろん、大国の貴族社会のその中枢なんて、権謀術数渦巻くどろどろした世界なんだから、そのぐらいでも仕方がないのかもしれないけどね。


「まず、ジークリンデだが、彼女は姫様が直接お選びになった家臣団中枢の一人だ。実家は典型的な地方領主で、当主も彼女の兄弟も実直。親族も派閥色が薄い上、出仕も例の事件の後でな」

「ああ、そりゃ……」

「なるほどね」

「あの、例の事件って、何かあったんです?」


 皆さんは納得顔だったけど、例の事件と言われても、私は知らない。


「今から十数年前、王宮は非常に混乱しておりましてな。勢力争いの発露した先が後宮であり、姫様もお命を狙われました」

「お嬢はまだ小さかったから覚えてねえだろうが、オルフに依頼が来てな……」




 護衛対象はシュテルンベルク王国第一王女ゼラフィーネ、依頼者は第一王女専属侍従ヨハン。


 当時のオルフは、やっと鹿で食べていけそうな暮らしぶりを確立しつつあったけど、うちのお爺ちゃんは、この仕事を請け負う決断を下した。


 ザムエルさんやオクタヴィアさんら十人が王都に向かい、ヨハンさんの指揮下、近衛騎士と共に離宮の守りを固めて半月。


 ついに、襲撃が起きた。


 一度目はやたらと人数の多い食い詰め盗賊で、侵入こそ許したけど撃退に成功した。


 特に、離宮の外周へと配置されていたオルフ傭兵の活躍は素晴らしく、寡兵ながら奮闘、五十以上の盗賊を下している。


 二度目はその直後、怪我人の手当てや警備体制の見直しに忙しかった最中に起きた。


 今度は近衛に潜り込んでいた裏切り者で、何人もの騎士が混乱の中で斬られている。


 でもどうにか、お姫様は守られた。


 他ならぬ、近衛騎士の手で。


 近衛騎士は、最後の最後で己の近衛たるを示したのだ。


 その後、事件を知った国王陛下が激怒、徹底的な調査が行われている。


 外国の気配が見え隠れしたところで、真の首謀者は不明ながら証拠を押さえられた貴族数人の首が飛んでいた。




「そうですか、お爺ちゃんが……」

「アロイスとは知人……いえ、今更隠すことではありませぬが、当時、陛下の侍従長(・・・)でありましたわたくしめの伯父(・・)を通して、知り合っておりましたのでな」

「え、それって!?」

「はい、お察しの通りかと」


 えーっと、それって、つまり。


 うちのご先祖様であり、帝国が滅んでからずっと逃亡していたフリードリッヒ様の居場所を、シュテルンベルクの中枢に居た人が知っていたってことになるのでは……。 


 知っていてなお、逃亡の手助けをしてくれていたのかもしれないけど、どちらにしても大昔の話すぎて、確かめようがない。


 でも、そんな過去があったから、ヨハンさんの依頼をお爺ちゃんが受け、私は今、ローレンツ様やクリスタさんと仲良く出来ているのかもね。


「旅の途中、ザムエルも離宮にいたと聞いて、驚いたわよ」

「俺の方こそ驚きましたぜ」

「改めて御礼を言わせて頂戴な。本当に、ありがとう」

「こちらこそ。……あの報酬で、我が家には馬が一頭増えましたんでな!」

「まあ!」


 禍福は(あざな)える縄の如し、人間万事塞翁(さいおう)が馬。


 ほんと、何が今に繋がるか、分からないね。




 で、話を戻して、その()のことだけど……。


「その写しにあるように、ジークリンデさんはフレールスハイム総督府の首席政務官を拝命されています。総督職は当面置かれないそうで、実質的には代官ですね」

「ふふ、ローレンツも大胆ね」

「適材適所、といえばその通りですな」

「会えないのが残念だけど、仕事ぶりが目に浮かぶようよ」


 距離も立場もあるから、こっそりと呼んで情報や意見を聞くわけにはいかなかった。


 もちろん第一陣の代表者だし、目立つ行動は避けなくちゃならない。


 他の間諜に隠れられちゃうと、困るのは私達だった。


「で、残りの二人は誰です?」

「騎士ベルントと、その妹ノーラ」

「ベルントが、来てくれたのですか!?」


 クリスタさんが、驚いた様子で顔を上げた。


 ヨハンさんが、恭しく書き付けを捧げる。


 受け取るクリスタさんの手が、震えていた。


「ジークリンデが、頑張ってくれたんだわ……」

「ようございましたな、姫様」

「……ええ」


 小さく涙を拭ったクリスタさんが、書き付けに顔を埋めた。


 それを優しく見守ったヨハンさんが、ザムエルさんに視線を移す。


「ザムエルやオクタヴィアは覚えているか? ベルントはあの夜、姫様を(かば)って背中を斬られた騎士だ」

「ああ、あの若者ですかい」

「……『忠義の騎士』だったかね?」

「ああ、その『忠義の騎士』だ。妹は元王宮侍女で、その後はゾレンベルク城の侍女頭を任せていた。筆頭侍女マルガレーテの腹心だ」


 騎士ベルントがどんな人かは分からないけど、クリスタさんの表情を見ると、呼んだほうがいいのかなって思ってしまう。


 まあ、野暮は言わないけど、今のクリスタさんは『恋する乙女』だ。


 いつだったか、恋人が来るって言ってたっけ。


 それに騎士なら、護衛にもいい。


 けれど呼んでしまうと、ここに王女殿下がいますよって、宣伝してるのと変わらない気もして……。


「しかし、当面は警戒する以外にないですな。……領内の諸問題も山積みになっておりますれば」

「それもありましたねえ……」


 確かに、領地もほったらかしになっている。


 好きで放置してたんじゃないけど、加えて三領拝領に陞爵に軍艦に……ああもう、こっちはこっちで頭が痛いよ。


「なあ、リディお嬢」

「はい?」


 しばらく考え込んでいたザムエルさんが、にやっと笑った。


ゼラフィーネ(・・・・・・)王女殿下(・・・・)って、魔法で有名だよな?」

「はい」

「リディお嬢も、魔法で有名になっちまったよな?」

「……そうですね」


 ザムエルさんが何を言いたいのかは、すぐに分かった。


「北大陸から国王陛下に付き従ってきた無名の女官が、建国した途端にぽんと男爵の位を与えられて、今じゃ伯爵様だ。しかも第一王女殿下の元侍従を連れ回してるわけで、こりゃあ、知らない連中が『誤解』してもしょうがねえと思わないか?」


 クリスタさんが心配そうな顔してるけど、これは本当に考えておいた方がいいかもね。


 意識したことは全くなかったけれど、私の足跡はこれ以上ないくらい、王宮を逃げ出した第一王女殿下っぽくもあった。 


「ヨハンさん。この『誤解』、助長するのとしないのと、どちらがいいと思いますか?」

「……ふむ、国王陛下も動いておられるのであれば、示し合わせるのが肝要かと。連携なくば、無駄も隙も多くなりましょう」

「親父殿、姫さんはしばらくうちで預かるか? 機織の手習いとかなんとか理由をつけて、オクタヴィアか俺が、必ず付くようにする」

「そうだねえ、親父さんとリディお嬢は攻め手、あたしら夫婦とグレーテは守り手、クリストフが遊撃ってところかね?」


 結局は警戒ぐらいしか出来ないし、それ以上の行動は目立ちすぎる。


 ローレンツ様には騎士ベルント兄妹の話を通しておくこと、それから、当面は予定通り領内の開発や諸問題の解決に力を入れることが決まった。


「ありがとう、そしてごめんなさい、リディ」

「気にしないで下さいってば。領主が家臣を守って、何が悪いもんですか」


 危険を伴う秘密を受け入れ、それでもなお力になってくれる人がいる安心感に、私は大見得を切ってみせた。


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