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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅰ・アールベルク編

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第十話「産物調査デート」


「おはようございます、ローレンツ様」


 私はいつものメイド服を身に付けて腕章を巻き、約束の時間の少し前に、代官屋敷本棟の玄関前で一行を待ちかまえていた。


「おはよう、リディ。今日はよろしくお願いしますね」


 ところが、現れたのはローレンツ様ただ一人である。

 お忍び姿って言えばいいのかな、庶民的な服装だけど腰には細い剣があって、若くて身軽な傭兵にも見える。


 でも、氷の貴公子と黙々騎士の姿が見えない。


「じゃあ、早速行きましょうか」

「あの、お二方は?」

「アンスヘルムは馬車の整備、メルヒオルは昨夜、代官殿からご許可を戴いたので、こちらの書庫で調べ物をしています」

「は、はあ……」


 お仕事なら、仕方ない……のかな?


 文官のメルヒオルさんはともかく、護衛のアンスヘルムさんなしで大丈夫なのかなと、少し考える。もちろん、私が夕暮れに一人歩き出来る程度には治安のいいアールブルク、衛兵さんも見回っているし、問題にはならないとは思うけど……。


「で、では参りましょうか!」

「ええ」


 会話が途切れたら、どうしよう。

 余計なことを思いついて、ちらっとローレンツ様を見上げてしまう私だった。




 私が最初にローレンツ様を案内した先は、衛兵駐屯地だった。代官屋敷からは庁舎経由で市壁の外周沿いを回ればすぐに到着する。


「リヒャルディーネ様、お待ちしておりました!」


 衛兵さんは私にも敬礼を向けてくれたけど、もちろん、頭を下げるだけに留める。


 日本でなら、同じように敬礼を返して――答礼しても好意的な冗談とみなされる場合の方が多いけど、こっちじゃそうもいかない。


 特に、公の場で軍隊式の敬礼をしていいのは、現役の兵隊さんと軍務に就いたことのある貴族、それから軍を退役した者のみと、厳格に決まっていた。身分制度がしっかりとあるこちらでは罰則も厳しいので、絶対にしちゃいけない。


「こんにちは、マルヴィンさん、フンベルトさん。隊長さんに見学をお願いしていたと思うんですが……」

「はっ、ご訪問は四名様だとお伺いしておりましたが……あの、お二人であられますか?」

「はい、ごめんなさい。実は、ご一行のご予定を見過ごしていたんです。本日は私と、こちらの騎士ローレンツのみになります」


 紹介に頷いたマルヴィンさんとフンベルトさんが、きちっと姿勢を正した。

 軍隊の階級は私もまだ覚え切れていないけど、衛兵さんよりは騎士様の方がずっと偉いのは間違いない。


「王国騎士ローレンツ・フォン・ヴァルケだ。部下は馬車の整備や書類仕事に手を取られていてな」

「はっ! アールブルク衛兵隊は、王国騎士ローレンツ殿のご訪問を歓迎いたします!」


 おお、答礼するローレンツ様が、やたら格好いい。手慣れてる雰囲気だ。


 ……文官コースかと思っていたけど、案外、本職は騎士なのかな。よくよく思い出せば、歩くときの姿勢もよかったっけ。


 近所の貴族家と違って家名から家風までは分からないし、うちのように、初代のお爺ちゃんは武闘派でも孫の三姉妹が揃って内向きって家もあるからね。


 それに貴族の跡継ぎ息子なら、基本的には文武両道を要求されるのが普通だった。向き不向きもあるし、こなせるかどうかは別だけど。


「では、こちらへどうぞ!」

「はい、お願いします。ローレンツ様、行きましょう」

「リディ、ここには何があるのですか?」

「見張り所にもなっている塔の見学を申し込んでおいたんです。街で一番高い建物ですから、最初に見ていただければ後ほどの街区の視察でも、場所が分かり良いかと思いまして」

「なるほど、ありがとうございます」


 挨拶に来た時、私も登らせて貰っていた。今日のように難しい考え事なんかせず、見てるだけでも楽しいけどね。


 もちろん、エレベーターなんかないので、百段以上はある階段は自力で登らなきゃいけない。魔法ですいっと一飛びで……というのも出来なくはないけど、お行儀が悪すぎる。


「どうぞ、お二方」

「ありがとうございます」


 ふうふうと息を切らすほど急ぎはしなかったけれど、それなりに疲れる数の階段を登り切れば、目の前には絶景が広がっていた。


「いかがでしょうか?」

「うん、いいね」


 あれが代官屋敷、こちらが庁舎、教会はあそこと、順繰りに指を差す。

 街を囲う石造りの城壁と赤煉瓦の屋根のコントラストが美しいので、私はこの塔が一度で好きになってしまっていた。


「あちらが次に向かう商業区になります。小さいながらも街で一番活気のある場所で、近隣の主要な産物なら、時期はずれの物以外は全て見られると思います」


 うちの領地も遠くに見えるはず……だけど、山並みからそのあたりって分かる程度で、特徴的なものは何もない。


「ふむ、施設もよく調っていますね。ですが、市壁は新設されないのですか?」

「どうでしょうか。特に伺ったことはありませんが……」


 アールブルクは、形骸化していながらも立派な城塞都市だった。

 大昔の市壁が残されてはいたけれど、その市壁の外側に、代官屋敷や庁舎、衛兵駐屯地があるという変わった作りになっている。多分、手狭になって引っ越したか後付で建てたように思えるけれど、大事な物が外にあってちぐはぐだった。


 そんなことになっている一番の理由は、多分、予算だ。

 今の市街地全部を囲う壁なんて、どれだけのお金がかかるやら。

 資材も大量にいるだろうし、作業する人数もすごいことになるはずだ。


 ただ、私が『予算の都合です』なんて口にするわけにはいかない。男爵閣下に恥を掻かせることになるし、もしかしたら別の理由があっても不思議じゃなかった。




 見張り塔を降りた私達は、そのまま駐屯地前にある西門をくぐり、市外へと入って南に折れた。


「どうかされましたか、ローレンツ様?」

「いえ、なんでもありません。行きましょう、リディ」


 ローレンツ様が何か後ろを気にしていたけれど、疑問に思うようなものは何もない。

 残念ながら、落とし物までは責任取れないです、はい。


「……あ!」

「どうかしましたか、リディ?」

「今日は露店市の立つ日で、いつもより混んでいるのを思い出したんです」


 アールブルクでは週に二度、市が立つ。

 両側に商店が並ぶ商業区、その通りの真ん中に敷物や屋台のお店が連なり、人もどーんと増えて歩きにくくなってしまうのだ。

 産物を見て回るだけなら、資料調査の日と入れ換えた方がよかったなあ……。


「じゃあ、はぐれると困りますね。失礼」

「……!」


 照れた様子もなく、ローレンツ様は自然に私の手を取った。

 子供扱いだろうな、とは思いながらも。


「い、行きましょうか」

「ええ」


 私は照れくささのあまり、ローレンツ様から視線を外した。




 露店の並ぶ商業区の通りを端から端まで軽く流してから、目的の店へと向かう。


 よく考えなくても、別にローレンツ様の気持ちが私に向いてるわけじゃない。そう気付いて、ちょっと冷静になれた。


 手は確かに繋がれていたけれど、キョロキョロと視線を動かして店や人を見ていらしたから、私は完全に視界の外だ。


 ……その割には、自分から人避けになってくれたり、背の高くない私の歩幅に合わせてくれてたりと、自然な気遣いが見え隠れするのでなんだかなあという感じだ。


 良くも悪くも二度目の私には少女時代だから、完全に仕事を忘れて舞い上がったりせずに済んでいるけれど、デートだったら完全に負けだよ。


「あ、あのお店です」

「はい」


 男性とデート的な意味で手を繋いだのなんて、それこそ高校二年の冬、あれは――って、思い出してる場合じゃないや。


 鉄看板がぶら下がった、両開きの大扉が目立つお店に入っていく。


「いらっしゃいませ!」

「失礼します、トルベンさんはお店にいらっしゃいますか?」

「はい、呼んで参ります!」


 分かりよいかと選んだのは、うちの村の取引先、トルベンさんの雑貨屋だ。卸商が主体なので、その他の村とも取引が多い。


 店先を見渡せば、並んでいるのはワインの樽ばかりだった。焼き印を見れば、南の方から運ばれてきたのだと分かる。


「リヒャルディーネ様、お久しぶりです! 庁舎でしたら、お呼びいただければすぐ参上いたしましたものを!」

「ありがとうございます。でも、今日はトルベンさんだけじゃなくて、トルベンさんのお店にも用事があったんでお伺いしました」

「うちの店、でございますか?」

「こちら、王都から産物の調査に来られた騎士ローレンツ。商務府の調査官殿でいらっしゃいます」

「王国騎士ローレンツ・フォン・ヴァルケだ。世話になる」


 ローレンツ様の挨拶に、びくんと緊張したトルベンさんだった。

 これは補足しておく方がいいだろうなあ。こんな些細なことでうちの村との取引がこじれちゃ、お爺ちゃんに合わせる顔がなくなる。


「ごめんなさい。別に、トルベンさんのお店がどうのってわけじゃないんです。私が知ってるお店の中じゃ、一番品数が豊富ってだけで、王都にお住まいの調査官殿なら、産物の実物に触れる機会も少ないだろうなあと……」

「へ、へい……」

「誤解されているようなのでもう一つ付け加えておきますが、騎士ローレンツは税務の調査官じゃなくて、産物の調査官でいらっしゃいます」

「それを先に仰ってくださいや、リヒャルディーネ様。寿命が二年半は縮みましたぜ……」


 やれやれと汗を拭うトルベンさんに、もう一度ごめんなさいと謝っておく。


「税務の方なら私じゃなくて徴税官の人が一緒に来ますって。私、資料室勤務だって言ったじゃないですか」

「……それもそうでやすな。宜しゅうございます、倉庫の方にご案内します」

「はい、お願いします。ローレンツ様、行きましょう」


 今度は私の方から、手を差し出してみた。

 もちろんローレンツ様は、そっと握ってくれた。

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