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大学生活1年目⑤

~2002年年末休暇①~


その頃の一留と絡みのある人間といえば、UOのメンバーのみ。

そのメンバーとしばらく離れ離れになってしまうのは名残惜しいが、地元に帰る為の挨拶(IRCで)をし、岐路につく。

この頃、キセルが流行っていた(確か180円で地元まで東京から帰れる)が、私はそのような事はせず、正規の金額を支払い地元まで帰っていた。

ただ、毎度新幹線はなかなか贅沢だったので、

居城の最寄り地下鉄⇒山手線⇒新宿⇒小田急線ロマンスカー⇒熱海⇒東海道線

これでかなり安く帰れた事を記憶している。

小田急線を鈍行ではなく、ロマンスカーにしたのは、鈍行ではあまりにもだるい為、せめて少しでもストレスを軽減したい、コストと折り合いをつけるための苦肉の策だった。


前章ではこの連休でその後の自分の人生を一変させるような衝撃的なものに出会うと記載したが、

そのことを記載することにしよう。


忘れもしない2002年12月22日、先述したルートで帰省するためロマンスカーで優雅な時間を過ごしていた一留に一本の電話がかかってきた。

地元のちょい悪系の友達(小、中、高でそこそこ遊んでた)KT君からだった。

内容としては

「KZY君という地元No.1頭の悪い友達(何回か出てきているナンパマン)とTTM君と一緒にいるから遊ぼう。迎えにいくよ」

という内容だった。

KT君とは1年ほど会っていないこともあり、特に予定もなかった一留は地元の駅から家まで車で帰る足ができるという思惑もあり、2つ返事で遊ぶ約束を取り付けた。


駅に着き、ロータリーに出ると、「おーい一留」と呼ぶ声が聞こえた。

声のほうに振り向くと白のアコードワゴン(当時ステーションワゴンが流行ってた気がする)からサングラスをかけながらこっちを向いて手をふるKT君がいた。


車にのるなりKT君は一留にあるものを手渡しながらこういった。

「金、出来たから返すよ。ほれ。今までありがと」

と言いながら4万円を手渡してきた。

KT君とKZY君はパチンカスである。

たぶん、中学3年くらいから地元にあるパチンコ店に通っていたんではないだろうか。

話はそれてしまったが、その4万円というのは、高校3年の時に彼らがパチンコで金がなくなったので貸して欲しいといわれ、2万円を貸していた事を思い出した。

その返金だと理解した一留だったが、なぜ4万円なのかを聞いた。

回答としては「勝ったから」という事でまあ本人が良いなら良いかと思い4万円の返金に応じた。


遊ぶといっても時間は16時頃だっただろうか。

食事をするにしても中途半端な時間であったが、目的地はどうやら決まっているらしい。

車が到着した先は案の定というかパチンコ屋だったのだが、

当時の一留はギャンブルなど微塵も興味がなく、「まじか・・だりい」と思っていた。


人生初のパチンコ店へ入店した一留はそのあまりのやかましさに耳をふさいだがそれも暫くしたらなれた。

KT君TTM君KZY君どいつもこいつも打つ台は決まっているようで

それぞれ「そこのソファーで腰掛けて漫画でも読んでれば?」と言いながら打ちたい台のほうへ消えていった。

しょうがないのでソファーで漫画を読むことにしたのだが、興味の無い漫画ばかりでそのうち暇になった。


暇というのは恐ろしいもので、30分前までは「ぱちやなんてやかましくてたばこ臭いところ」という印象しかなかったが、そのうち「俺も打ってみるか」という気持ちになってきた。

返ってこないと計算にいれていなかった2万円と上乗せの2万円計4万円があぶく銭として財布にあるのである。

そして、人生初のスロット台に着席した。

選んだ台は「イレグイ」

当時人気だったのか一島丸々イレグイが導入されていた。

が空台は1台のみ。

そんな中でど素人がイレグイに座るという暴挙に出たわけだ。

コインの買い方は回りを見ることで、コインの投入の仕方は高校時代にKZY君とゲーセンのスロットゲームで遊んでいたためなんとなくわかっていたのでいざ実践。

当時素人がこの台に手を出すなど無謀といわれるような台を打ち始めた一留。

気づくと8千円ほどなくなっていた。


そのうちにソファーにいなくなった一留を探しに来たTTM君が

「おまえ何て台を打っているんだ・・・」と言いながら「おっ?」と声をあげた。

後ろから台に乗り出してレバーをたたき、ボタンを押すとバー図柄(なまずだっけ?)がそろってボーナスゲームが開始された。

「ははは」と苦笑いしながら「音楽がとまったらメダルを持ってソファーに集合」というので、ボーナスゲームを消化し、獲得したメダルを手に持ちソファーに集合した。

人生初スロットはイレグイで1万円使い、バーを引いただけだった。


集合場所につくと、

「何であんな台をいきなりうってるんだw」といわれ、

「お前らが一留を置き去りにして楽しそうなことしてるから暇つぶしだよ!!」と反論。

仕方ないといった表情で玄人3人は一留をある台の置いてあるシマに連れて行った。

当時は既に人気がなくなっていたのかその島には人が誰もいなかったが、

玄人3人に教わりながらその台を打つことにした。

その台とは名機中の名機と呼ばれるアルゼから販売されていた「大花火」であった。


教わりながら打っていると左右から「入った、入った」と訳のわからない言葉を連呼し始め土方男の絵柄を3つそろえた。人生初ビッグは千円で引くことが出来た。


しかし、玄人三人組は自分も打っているからか、教え方が雑である。

KT君「上のリールに赤の土方が止まったら左から押して青の土方が止まったら右から押して最後のリールは土方の塊を狙え」

←結構アバウトだが、まあ、こんな打ち方か。

TTM君「右リールと左リールはKT君と同じ、一番左のリールだけ、この黒い棒をここに狙って押せ」

←今考えてみるとビタ外ししろって言ってるよね?ばかなの?こいつ。

KZY君「%''$%$%$&%#$"$%&'」←バカすぎて何言ってるかわからない


結局KT君の消化方法でボーナス消化を行う事になる。

その後もビギナーズラックで、何回かBIGを引き、その日は4万円勝ちという結果に。

数時間前、新宿駅にいた時には数千円しか財布にはいっていなかったのに、今は諭吉が8人も財布にいる。

ギャンブルにのめりこんでしまう典型的なパターンで見事大勝を収めた。

そのあとは食事をして、解散となったが、1時間で諭吉が4人増えた興奮になかなか眠る事が出来なかった事を覚えている。


そして翌日、SWTR君MRYM君FRY君一留のいつものグループが集合。

といっても、別段特にする事も無くいつも通りドライブをしていた。

いつも通り馬鹿話をしていたが、不意に昨日の事を思い出し、1時間ほどで4万円勝った事を自慢すると「じゃあいこう。」と目の前にあったパチンコ屋に車を移動。

ど素人4人組での勝負をする事となった。


その当時、最盛期は過ぎていたが、どこの店にも大花火が入っていた事もあり、

打つ台は大花火に決定。

と、いうか打ったことがあるのがこの台しかなかった。


KT君たちに教えられたのと同じように、通常時は土方の塊を左リールに狙い、土方が3人左リールに出てきたらほかのリールも土方を狙えと3人に伝えた。


そのうちSWTR君の台が激しく光りだしたためボーナス中の打ち方を教える(昨日教わった適当な消化方法である)


その後もしばしの間打っていたが、一留は1万円ほど使ったところで勝負をやめ、

SWTR君以外の二人も同じように1万円使ったところで勝負を終えた。


SWTR君は2万円~3万円ほど勝利し、興奮覚めやらぬ表情で「スロットおもしろい」と興味を持っていた。

他2人は負けたため「こいつらは2度とスロットをする事はないんだろうな」と思っていた。


その後はスロットの話をしながら、ドライブし、食事をして解散

翌日またSWTR君と遊ぶこととなった。


ここからSWTR氏と一留のスロット狂いの人生がスタートした。

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