大学生活2年目②
~2003年GWから夏休み迄~
とまあ、一切学校へもいかずに大学2年生のGWを向かえた一留。
この頃になると引け目もあったのかどうか覚えていないが、GWは東京の居城で過ごすことにした。
GWは相変わらずUOGとスロットをメインに活動。
スロットは賞金首で5000枚位+海一番のハイエナを混ぜつつ、花火百景といったAタイプや野獣・ギャルズマジックといったAT機で遊び打ちをしていた。
この頃の一留の1日のサイクルといえば、
夕方、もしくは昼頃起床。
何故かネトゲを昼間からやるのは嫌いだったため、スロットを打ちにでかけ、
勝てば池袋までタクシーを使って風俗。
負ければタクシーを使って(ry
もしくは家路につく。
帰宅した後は当然ネトゲ。
深夜の3時ごろ腹が減りすきやでにんにく牛丼と豚汁セットもしくは牛合いがけカレーセット(チーズ+ハンバーグ+にんにくトッピング)を食べ、またネトゲという今考えるとかなりうらやましい生活を送っていた。
スロットは遊べて適度に勝てれば良いかぐらいで考えていたため、
満足に勝てるわけもなく、こんな生活をしてる為、常に金欠であった。
ある日、AKTK君とTTM君と、スロット&麻雀をしたとき、AKTK君より「学ロンで金を10万借りたがどうにもならなくなり、父親に切れられながら金を借りて返済した」という話を聞いた。
学ロン=闇金と思っていた一留は非常に恐ろしいことをしているものだ・・・と思っていたが、あることをきっかけに学ロンに手をだしてしまう事となった。
UO本家で遊んでいた時代、アメリカから日本のサーバーにつなげて遊んでいる友人がいたのだが、彼(PGRD君と呼称)帰ってくると話をしてきたPGRD君。
UO本家の財産を全てRMTして、そのお金を日本に帰ってきたら渡して欲しいという話で彼の財産を全てRMに変えて貯金しておいた。
その額実に12万円。
そんな大金がスロット打ちまくりたいが金が無くて打てない一留の手元にあったらどうなるか・・・
答えは簡単、使い込みである。
勝手にこのお金に手を出してはスロットを打ちまくる・・を繰り返していたら1週間程度で残金は0に。
PGRD君が日本に戻ってくるといっていた日、家がないというので我が家に招きいれ、一留も友人と旅行などいくから、1週間部屋を貸してやる、という事を言い、逃げ出した。
その間AKTK君の家に寝泊りし、スロットを打ちまくる事になるのだが、1週間ではなく、計3週間ほどは厄介になった。
その間はスロット漬けであった。新宿のグリンピース本店でのレトロ台を教わってみたり、
吉祥寺グリンピースでのアステカ祭りやねこDe小判という新台に並んだりと非常に楽しい生活を遅らせてもらった。(軍資金は借りた。)
ねこDe小判で確かART1000を引いて3000枚出して、AKTK君への借金は返済。
対してPGRD君は手持ちの金からバイト先を探し、その日暮らしでしのいでいたようだが、当の一留は12万円をどうやって返そうかと考え、AKTK君とTTM君とスロットで取り返して返すという結論に至った。
花火百景やアステカ、花火やサンダー等、昔の台の打ち方を教えてもらいながらまったりだが、楽しいと思い、Aタイプが好きになり始めたのもこの頃。
(当時は爆裂機にしかほぼ興味が無かった)
結果資金が増えたかといわれるとAKTK君への借金がなくなっただけで、PGRD君へ返金するだけの金を得る事は出来なかった。
PGRD君といえば我が家を居城にし、オフ会を楽しんでいたようであるが、金の事にはあまり触れなかった。(彼の優しさだったのかもしれない)
近くでオフ会をしていると聞き、全く関わりをもたなかった、UO本家時代の有名人と顔を合わせる事もあった。
そのうちPGRD君が我が家を出てアパートをどっかに借りるという話になり、その際に敷金礼金を支払わなければならないから金を返してくれといわれ、一留はあせった。
そして考えた挙句(1時間ほど)学ロンに電話。
当時、仲介業者詐欺みたいなのもがはやっており、そういった所に電話すると○○という金融機関を紹介してくれて、そこに電話してくれと、お金が借りられたらすぐにその20%を手数料として振り込んでくれなどという疑問の残る手口が横行していた。
それでも何とか良心的な学ロンを見つけることが出来、20万円を借り入れ、12万円をPGRD君に、残り8万は手元に残した。
そこでPGRD君とはしばらくお別れ。
自分の居城に戻ることとなった。
人間不思議なもので借りたお金であるにも関わらず銀行残高があるとそれが自分のものとして錯覚して使いだす。
こうして8万すらも使い切り、追加融資をお願いするも不可回答。
次の学ロンを探した。(この頃は本当にどうにかしていた・・・)
ようやく融資してくれる学ロンを見つけ、10万円借り入れ。
借りた瞬間風俗へいったのは今でもいい思い出である。(馬鹿)
この頃から以前3千円をオフ会で奢ってやった27、8歳の男(RR君)がUO本家を一留と一緒にやりたかったらしく、頻繁に誘ってきた。
その熱に負けて軽くやる事になったのだが、ゲーム内でスロットで金がなくなった事を話をしたときだった。
RR君は当時働き出したらしく、焼肉を食わせてやる・・という
お言葉に甘えて食べさせてもらった。
その後も何かある度に食事をおごってもらったり、PCの調子が悪いといえば、即飛んできて
調子の悪い部位を見定め、そのパーツを買ってくれたり、大盤振る舞いをしてくれた。
その頃金が数百円レベルしかない状態で生きていけたのは、RR君のおかげだといっても過言ではない。
その恩もあるため、UO本家も昼間にやることになり、元々行ってすらなかったが、大学へも行けず、
大学2回生の前期テストも放棄。
この頃から通知表はどうなってるんだ?と時々深く考えるようになるのだが、
都合の悪いことは忘れるようにし、目の前の欲を満たすべく都内を動き回った。
この頃2回目の旋風の用心棒大爆発を経験(7000枚くらい)AT開始時のカジノ列車のライトと旋風チャン中のJACゲームの音楽、旋風チャン中の音楽にはまり、その事をネトゲ仲間のGGG君に話をすると「アニメもあるよ。」と教えられ、
そのアニメを集めまくって一日中見るという事もしていた。
この頃、一留は誕生日を迎え、20歳を迎えた。
20歳を迎えたのでなんとなく、パチ屋の帰りに、たばこの自販機でたばこを購入する事にした。
購入したタバコの銘柄はCABIN。
一本吸ってみたが、一口で、ギブアップ。
こんなもの絶対吸うものか、と決意をした。
そのままCABINをPCデスクに放置していたのだが、高いかねを払って購入したのだから、吸いきってしまおうと思って、毎日少しずつ吸い始めたのがいけなかった。
たばこがやめられなくなってしまったのだ。
次に購入した銘柄は、キャスター。
甘い香りに少しはまるも、他の味も試したいとやめた。
これはこの頃もちょくちょく遊んでいたKH君が吸っていた影響もあり、ラッキーストライクを購入。
都会人ぽいふるまいをするKH君に少しだけ憧れ、しばらく吸っていた。
しかし、根本的に合わなかったのだろう、気持ち悪くなったので、やめた。
その後、東京限定の銘柄「アルファベットシリーズ」が出たのだが、
Hはちょっと重すぎ・・Cは基本的にメンソール系は嫌いという事もあり、Rにおちついた。
このたばこで1年くらい過ごしたはず。
また、エロゲーやエロアニメの収集にもはまり、集めては抜き、集めては抜き、を繰り返した。
エロゲーはゴアスクリーミングショウ
エロアニメは臭作、鬼作、夜勤病棟など・・
一般的なもので言えばIWGPや木更津キャッツアイ、踊る大捜査線を集め、毎日学校へ行かず、
ゲームもしていない時は鑑賞していた。
こんな事をしながら、テスト期間を過ごし、夏休みへ突入。
7月末に帰省を果たす。




