表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物理特化の回復職  作者: 昼熊
入園編
9/42

マギナマギナ

連続投稿の二話目です

 マギナマギナという女生徒がいる。

 身長は同年代の女性と比べれば高く、スタイルもかなり大人びていた。

 左右の目の色が違うオッドアイと濃い緑の髪という特徴的なパーツは、いつも目深に被っている、つばの大きな深緑色の帽子により隠されている。

 聖イナドナミカイ学園では、制服である白の法衣の着用を義務づけられているのだが、彼女は帽子と同色に染まった法衣を着用し、前を閉じるボタンを外し、開け放っている。

 その法衣の下には、袖のない白いシャツに濃い紺色のローライズ短パンを愛用していた。


 思春期の男子には、その格好は煽情的過ぎて目のやり場に困る生徒が続出していたのだが、本人はその事に気付いていない。マギナマギナは自分の服装が誰よりもカッコいいと信じているので、恥ずかしいと思ったことは一度たりともなかった。

 彼女は親も知らず、首都の孤児院前に捨てられていた。そんな彼女には大きな秘密があるのだが、孤児院の家族は誰も気にすることなく、すくすくと成長していく。

 貧しいながらも穏やかな日々を過ごしていた彼女は、同じ孤児院育ちの魔法使いに、とある才能を見いだされた。


 マギナマギナには魔法使いとしての天賦の才があったのだ。


 この世界の魔法は、火、水、土、風、木、闇属性に分かれているのだが、大抵の魔法使いは一属性しか扱えない。優秀なものは二属性、三属性と操ることも可能となるが、彼女は六属性全てを容易く使いこなしてみせた。

 その才能に多くの人が群がり、誰もが彼女を自分の陣営に引き込もうとした。

 魔法使いギルド、冒険者ギルド、貴族、王国魔法学院、その他もろもろ。彼女は誘いの全てを断り、イナドナミカイ学園を受験したのだ。


 これに一番驚いたのは、イナドナミカイ学園の関係者である。

 魔法の天才が学園を受験した。その事実を知った学園の経営陣は入園する彼女を取り込もうと、規則を破ったとしても見逃す方針を打ち出した。

 彼女が奇抜な格好をして咎められないのも、痛々しく礼儀を重んじていない発言が注意されないことも、そういった理由があったのだ。


 そんなマギナマギナが最も注目している人物が、ライトアンロックである。

 自分と同じように我が道を貫き、凡人を遥かに越える才能を保有している。そんな姿が自分と被り、前々から興味津々であった。

 だが、彼女は人との会話を非常に苦手としている。孤児院の家族相手になら普通に話せるのだが、他の人の前では偉そうな口調になってしまうのだ。

 彼女の人格がこのように形成されてしまったのには、子供の頃に経験したあることが要因となっている。


 幼少の折、魔法の才能を見出されたマギナマギナは、若くして三英雄の一人として挙げられているロジックという同じ孤児院出身の魔法使いを師と仰いでいた。

 ロジックも無限の可能性を秘めた彼女に、惜しみなく自分の知識を注ぎ、魔法の成り立ちから発動、応用までを教え込んだ。

 ロジックが孤児院に帰ってくると、一時も離れず付き纏い、知識を吸収する。努力を惜しまないマギナマギナが頑張り過ぎているのではないかと、ロジックは心配して、時折行きつけの食堂に連れて行っていたのだが――そこで、彼女の運命が大きく変化した。

 いつもの食堂の片隅で弦楽器を掻き鳴らし、見事な声量で歌う吟遊詩人がいた。

 ロジックは折角だからと、子供が好きそうな物語を希望して、何枚かチップを渡すと、その吟遊詩人は黙って頷く。


 彼の口から紡ぎだされた物語は、この国の者で知らぬ者はいないと言われている有名な冒険譚。土塊の吟遊詩人と呼ばれる男の話だった。

 その男は数百年前に活躍した英雄で、物語は大きく二つに分かれている。贄の島編、大陸編となっているのだが、今回の物語はその外伝に当たるもののようだ。


「土塊には家族と呼ぶべき存在がいた。一人は心優しき乙女、一人は美丈夫の益荒男、もう一人は黒き風を纏いし少女~」


 どうやら、黒き風を纏いし少女を主役にした物語のようで、彼女の恋心と、素直になれない気持ち、かなり特殊な話し方。多感な時期のマギナマギナは、その言動と生き様に感動を覚えた。

 それ以来、その少女を題材にした書物を買い漁り、彼女の存在は憧れを通り越し、崇拝に近い対象となる。

 影響を受け過ぎたマギナマギナは彼女の言動を真似ながらも、自分のオリジナルも加えることにより、事態が更に悪化した結果、こんな言動とファッションを好む、少し痛々しい人格が形成されてしまった。


 独自のセンスでカッコいいと思う言葉を口にし、常に孤高の存在であり、強者にもこびずに悪態を吐く――それがマギナマギナの理想である。

 ただし、自分が実力を認める者に対しては、強敵と書いて親友と呼ぶ間柄になるのも、まんざらではないと考えていた。

 そんな、マギナマギナのお眼鏡にかなう人物は中々現れない。自分を貫き、他者に媚びず、自分を上回る何かを持つ者。そんな相手を探し求めていた彼女は試験日にライトの戦いを目撃してしまう。

 権力に屈せず、相手を叩きのめす圧倒的な力。


 その光景に魅了され、自分の相棒に相応しいと勝手に決めつける。その日以来、彼女はライトを観察し続けていた。

 多種多様の魔法を操れる彼女は、ライトの目の届かない場所から魔法を使い、おはようから、お休みまで見つめ続けていた。


 雨の日は水属性の魔法を使い、ライトの体に水滴を纏わせその体格を調べる。


 風の強い日はライトの声を風に乗せ、自分の元へと運ぶ。


 晴れの日は、土属性魔法によりライトの歩幅や体重を測定する。


 陽が沈むと、闇属性魔法を使い闇に溶け込み、ライトの跡をつける。


 本人は自覚していないのだが、完全に変質的な犯罪者である。

 ライトのことを隅々まで調べ、日常の些細な出来事にも監視の目は行き届いている。そこまで調べ尽くしたのはいいのだが、彼女から接触を図ることはない。

 マギナマギナもライトと同じく、外向性が皆無に等しかったからだ。興味はあるが親しくなる切っ掛けが無い。

 そんな関係を続けていた二人は、今日も迷宮探索組に取り残されていた。





 ライトはいつものように、逆立ち片手腕立て伏せをこなしていると、逆さに映る学校の校舎に、一人の生徒が慌てて跳び込んでいく姿が見えた。


「あれは、うちの組の人ですよね」


 鉛色の鎧を着込んだ生徒の顔にライトは見覚えがある。

 確か、ファイリとセイルクロスが加入しているチームメンバーだった筈だと、ライトは思い出す。今日は、ライトとマギナマギナを除いた6組全員で、階層を守る門番を倒しに行くと、ファイリたちが話していた。

 階層には門番と呼ばれる特殊な魔物が存在する。その魔物は固定で、各階層を繋ぐ門の前に陣取る敵である。門番を倒さなければ次の階層に進めないのだが、門番は強力な魔物が多く、討伐には他のチームと組み20名までなら同時に戦っても良いとされていた。

 今日は記念すべき門番との戦いらしく、クラスメイト全員で挑む予定だった。


「あの顔、何かあったようですね」


 ライトは片手の逆立ち状態から、腕力のみで跳躍すると空中で一回転をして、着地する。

 手の土を払いながら校舎へ向かうライトを観察していたマギナマギナも土の中から姿を現し、後を追っていった。





 校舎一階奥にある教職員室が騒然としている。

 6組の生徒からもたらされた情報について、急遽会議が行われていた。


「生徒たちが2階層に取り残されているなんてっ!」


「まさか、2階層にそんな魔物が……」


「階層越えでしょうが、それにしても、階層が違い過ぎる!」


「迷宮の情報が正しければ、あれは10階層よりも下でしか目撃されていない筈です。2階層に現れるなんて前代未聞ですぞ」


 取り乱す教師陣が室内で慌てふためくさまを、ライトは廊下の窓越しに眺めている。

 教師の騒いでいる内容を頭で簡潔に整理しながら、情報収集を続けていた。階層越えは確か、本来ならもっと下の階層にいる筈の魔物が、上の階層に上がってくることでしたか。つまり2階層に桁違いの魔物が出現したと。


「6組の生徒たちにまだ犠牲者は出ていないようですが、このままでは彼らもそうですが、他のクラスの生徒たちも危険にさらされます! 他のクラスの生徒は3階層にいるらしく、不幸中の幸いではありますが……」


「どうします! 間が悪いことに、現場担当の教師は2年、3年と共に死の峡谷へ現場研修に行っていますぞ!」


「あ、フォルドル先生は神聖魔法をかなり高レベルで扱えましたよね!」


 ライトたちの神聖魔法の授業を担当している、やせ気味で神経質そうな教師が、胸の前で手を振り慌てた様子を見せる。


「い、いえ、わ、私は魔物退治が苦手でして……」


 日頃から実戦経験は豊富だとか、魔物に対して臆したら、そこを付け込まれる。と堂々と言い放っていた人物とは思えない狼狽え振りだ。

 他の教師陣も現場から遠ざかっていた者が多く、実戦経験が豊富な人材は全て、死の峡谷へ生徒と共に向かっているという、最悪な状況だった。

 今から冒険者たちへ助力を頼みに向かうようだが、それで間に合うのか疑問だとライトは思案する。

 ならば、自分が行くべきだ。そう即決すると校舎を飛び出し、迷宮の入り口を目指して一目散に駆けていく。


 ライトは走りながら、訓練中の水分補給用の水筒やタオルを入れておいた背負い袋に手を入れると、そこから闇のように黒く染め上げられた法衣を抜き出した。

 この法衣は母が餞別に与えた物の一つだった。ライトたちが日頃着ている制服でもある法衣とデザインが殆ど変わらないのだが、純白とは正反対の黒。

 白の法衣を着ることは学園の規則ではあるが色違いを着用しても校則違反ではない。実際、マギナマギナの奇抜な服装を黙認しているので、白の法衣以外を着たところで咎められることは無いだろう。

 そこはライトも理解していたのだが、益々悪目立ちするのは確実なので、今まで黒の法衣を着ることは無かった。


 だが、今は非常事態であり、そんなことに構っている場合ではない。それに、この法衣は母が冒険者の現役時代に大枚をはたいて購入した物らしく、かなり高性能の法衣で、金属鎧を着込むよりも優れた防御力を有している。

 足を止めることなく汗ばんだシャツの上から黒の法衣を着こみ、走る速度を更に上げた。ライトの後方に続く人影があるのだが、その距離がどんどん引き離されていく。密かに後を追っている――マギナマギナは驚きを隠せないでいた。


「なに、この、脚の速さ……全身強化魔法と風の魔法を併用しているのに、差を縮められないっ」


 ライトが怪力であることは知られていたが、本気を出した彼の身体能力を知る者は誰もいなかった。今、彼は学園に入学してから初めて本気で駆けている。

 彼は腕力だけに優れているのではなく、全身の筋肉、身体能力が常人の常識から遥かに逸脱していた。一歩踏み出すごとに、地面が足裏の形に陥没し、腹に響くような重低音がマギナマギナの体を突き抜ける。

 彼が通った後には風が遅れて巻き起こり、砂塵が舞い踊る。

 尋常ではない速度で駆けていたライトは、通常なら駆け足で10分はかかる距離を2分もかからずに駆け抜け、迷宮の入り口に到達する。


 迷宮の入り口には兵士が四名と、法衣を着こんだ聖職者らしき人物が三名いた。

 ライトは聖職者の顔に見覚えが無く、学園の関係者ではないと即座に判断する。

 走る速度を落とし、入り口の前で警戒している彼らに歩み寄ると、頭の中で組み立てておいた設定を口にした。


「迷宮で階層越えが現れたと聞き、先に偵察と生存者の確認に向かえと指示されてやってきました。一秒を争う事態だと聞いています。通してもらっても良いでしょうか」


 ライトの体格、落ち着いた態度と黒の法衣という出で立ちに、生徒だとは誰も思わず、非常事態ということもあり中へと通してしまう。

 こうして、ライトは歪な形ではあるが、初めての聖者の迷宮探索を開始することとなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ