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物理特化の回復職  作者: 昼熊
入園編
7/42

対決

 決闘当日。その情報を聞きつけた生徒たちが、ライトが指定した場所に集まっている。

 イナドナミカイ教団の敷地内はかなり広く、その規模は首都の三分の一を占めているのではないかと、まことしやかに囁かれている。

 教団の敷地は首都の北東部にあり、南に大聖堂、北に墓地、東に迷宮、西に学園の校舎や寮といった施設がある。


 ライトが選んだ戦いの場は敷地内の西側、寮から少し離れた先の生徒たちの憩いの場でもある広大な公園だ。そこは広場や溜池が存在し、休日ともなると仲間内で遊びにくるものや、読書や昼寝に来る者も少なくはない。

 溜池脇の広場に佇むのは、全身鎧を装着したセイルクロスである。

 当人曰く、ライトへ熱意が通じ、勝負を承諾してもらったとのことだが、ライトの心が折れただけだというのは周知の事実である。


 ライトが勝負を受ける際に出した条件があり、一つは場所の指定。

 もう一つは、本気の勝負をしたいので防具は正式な鎧を着込むことだった。

 そして、ライトが勝利を収めた場合、二度と勝負を挑まないこと。これがライト側の条件。セイルクロスはその全てを承諾し、今日の日を迎えた。

 セイルクロスは一族に代々伝わる由緒正しい鎧を着込み、炎の鳥が表面に彫られている巨大な盾を地面に突き刺し、今や遅しとライトの到着を待っている。


「すみません、お待たせしましたか」


 予定時刻より少し早くやってきたライトだったが、セイルクロスは30分前に着いていたようで、ライトの顔を見て獰猛な笑みを浮かべる。


「待ちかねたぞ、ライトアンロック! さあ、勝負だ!」


「はぁ、正直面倒ですが、こうでもしないと納得されないようなので、渋々、勝負を受けさせてもらいます」


 意気込むセイルクロスと、ため息交じりで肩を落とすライト。

 二人の温度差がありすぎて、見物人からライトを同情する声が漏れている。


「自分は準備万端だが、お主はそれで良いのか?」


 ライトは制服である法衣と右手には標準サイズより少し大きめのメイス。それだけである。


「私は助祭見習いの身。鎧を着込んだりはしませんよ」


 実際、助祭や司祭は戦いに参加する場合でも、全身鎧を着込む者は稀だ。鎧を装備するにしても、肩や胸元だけを守る部分鎧を、法衣の上から着るぐらいだろう。


「武器はメイスか。こちらは大剣だが刃は潰している。これで心置きなく思う存分、戦えるな!」


 刃を潰していようが、セイルクロスの力で振り回された一撃なら、打ち所が悪くなくても即死級なのだが、本人はライトなら躱すだろうと深く考えていない。


「まず、戦う前に我がギフトを明らかにしておこう!」


 セイルクロスの宣言に、周囲の生徒たちが驚愕し、顔を見合わせている。

 生徒たちが驚くのも無理はない。神から与えられる贈り物ギフト。それは先天的に与えられた特別な力。誰もが得られる力ではない。ギフトを所有する者は神に選ばれしものとして、聖職者の中では特別視される。

 普通はギフトを所有していることを公表することはあっても、どのような能力であるかは隠すというのが常識だった。人に知られることにより、対策を練られてしまう可能性がある。その為の予防策なのだが。


「自分のギフトは頑強と怪力だ!」


 怪力――ギフトの中でも良く知られているギフトだ。その名の通り、人並み外れた力を発揮することができる能力。戦士系であれば、かなり重宝されるギフトである。

 頑強――体が頑丈になる。病気や状態異常に対しても抵抗力がつく。

 ここで模擬戦の試合を観戦していた多くの者が、ライトが所有するギフトも怪力だと予想していた。

 だが、怪力だったとしても、ライトが見せたあれ程の馬鹿力は規格外すぎるので、会場にいた人々は驚きを隠せなかったわけだが。


「怪力ですか。あ、私のギフトも怪力ですよ。おそろいですね」


 ライトもあっけらかんと自分のギフトをばらしている。

 そもそも、怪力は他のギフトに比べ一目瞭然で、隠していてもあまり意味のないギフトだと言われている。なので、ライトも素直に認めたのだろうと生徒たちは納得していた。


「さすが、自分の見込んだ男だ。ならば、スキルも教えておこう! 剣術、盾術、咆哮を所持している! 気を付けることだ」


 勝負の前にギフトを教えるだけでも論外なのだが、更にスキルも明かしてしまう。その行為に、見物している生徒たちの開いた口が塞がらないようだ。

 殺し合いではないにしろ、自分のギフトスキルは相手に隠すのが常識。手の内を全て明らかにして戦う愚か者が何処にいるのか――ここにいた。

 この世界においてギフトは生まれつき備わっている才能。スキルは後天的に覚えた能力という認識になっている。もっとも数百年前はギフトとスキルの境界線が曖昧だったようだが。


 つまり、セイルクロスはその若さで、剣術、盾術、咆哮を習得しているということになる。これはかなり珍しい事で、十代半ばの若さで三つも戦闘系スキルを得ているのは、並々ならぬ努力の結果だろう。


「これは見る目を改めないといけませんね」


 ライトはいつもの微笑を浮かべながらも、その瞳は鋭い光を放つ。

 セイルクロスに対する評価が上方修正されたようだ。


「では、勝負開始と行きたいところだが。完全武装の自分とお主では差があり過ぎるか。ふむ、ならば、最初の一撃を譲ろう! 防御に関しては中々の腕だと自負している。一撃目は一切反撃をせず受け止めてみせようではないか!」


 巨大な盾を構え、防御の構えを取る。


「では、お言葉に甘えて、先手を頂きますね」


 ライトは物怖じ一つせず、セイルクロスの至近距離まで歩み寄ると、メイスを大きく振りかぶる。

 セイルクロスは天を突くように掲げられたメイスの先端を見つめ、盾を操る左腕に全神経を集中した。


「どんな攻撃であろうと、防いでみせる!」


 先々代の聖騎士団長を務めた祖父から、お墨付きをもらった盾による防衛術に絶対の信頼を寄せるセイルクロスは、攻撃を受け止めた後の切り返す流れまで、既に頭に描いている。

 ライトの頭上に持ち上げられたメイスの先端が徐々に小さく、小さくなり、終いには穀類の粒の様に小さな点となった。


「えっ?」


 ライトを除いた全ての人々の口から、声が漏れる。

 メイスを振り下ろすと見せかけて、何を思ったのかライトは天高くメイスを放り投げたのだ。

 その意味不明な行動に見物人と同じく、呆気にとられていたセイルクロスの視界が大きく揺れた。


「な、なにをっ!」


 全員の視線がメイスに注目している隙に、ライトはセイルクロスの背に回り込むと、その巨体を鎧ごと持ち上げた。

 何も着ていない状態でもかなり重い体に、全身鎧。怪力を所有していたとしても、普通は持ち上げるなんてことは不可能だ。

 だというのに、ライトは軽々と持ち上げている。


「せ、正々堂々の勝負だというのに、何をする気だ!」


「正々堂々、勝ちにこだわるだけですよ」


 頭上で暴れるセイルクロスへ悪びれもせずに言い放つと、そのまま溜池に向けてセイルクロスを放り投げた。

 水面に激突する音と水飛沫が上がり、セイルクロスの体が溜池に落ちた。


「くっ、鎧が重くて、水から出れ……お、溺れるっ!」


 全身鎧を着た状態で泳げるわけもなく、セイルクロスの体が徐々に水面へと消えていく。

 必死になって手をばたつかせているが、効果は殆どなく胸上まで水面が到達している。


「ご安心ください。そこは結構浅くて、底が泥状にはなっていますが、そろそろ脚が付きませんか」


 ライトに言われ冷静さを少し取り戻したセイルクロスは、これ以上沈まないことを把握した。


「ということで、私の勝ちで宜しいでしょうか」


 セイルクロスは水につかったまま、唸り声を上げ悩んでいるようだが、暫くして顔を上げると、そこには笑顔があった。


「ああ、自分の完敗だ! 戦いはどんな手段であれ勝たなければならない。祖父の教えを今になって噛みしめている!」


 あっさりと負けを認め、卑怯だと罵りもしないセイルクロスの態度に、見学していた生徒たちからの評価が急上昇する。

 そして、まともに戦おうともせず、池に落としたライトの評価が急降下する。

 この日以来、ますます生徒たちとの距離が遠くなるライトだった。





 学園内での孤立が進むライトだったが、そんな境遇は慣れ親しんだ日常だったので、いつもと変わらず真面目に授業を受けていた。

 ライトが午前中の授業で最も楽しみにしていたのが、神聖魔法の授業だった。

 神聖魔法には初期魔法と呼ばれる魔法が5種類ある。あらゆる神聖魔法の元であり、これらが覚えられなければ、聖職者への道は閉ざされたも同然だと言われている。

 その5種類とは『治癒』『聖光弾』『聖属性付与』『上半身強化』『下半身強化』


 『治癒』は文字通り、対象の傷を癒す魔法。初歩中の初歩であり、神聖魔法を学ぶものが一番初めに覚える魔法だ。


 『聖光弾』は回復や補助に秀でた神聖魔法の中で、数少ない攻撃魔法の一つ。手のひらサイズの光の弾を相手に撃ち込む。


 『聖属性付与』はそのままで、武器に聖属性を纏わせることができる。魔法でなければダメージを与えられない敵や、闇、不死属性に絶大な効果がある。


 『上半身強化』と『下半身強化』は二つで一つの括りになっている。魔法を発動した者の上半身と下半身の身体能力を向上させる魔法で、補助系魔法の基本である。


 大抵の生徒は初期魔法すら使えない状態で入学している。親が聖職者や教えを乞う相手がいた者は、入学時に治癒は覚えている者も少数ではあるが見受けられた。

 ただ、才能があり優秀な講師から学んでいた者であったとしても、入学前に扱えるようになる神聖魔法は、治癒、聖光弾、聖属性付与までだ。

 ずば抜けた才能と聖女と呼ばれる姉に直接教えを乞うファイリであっても、その三つしか覚えることができなかった。

 ちなみにライトは治癒しか発動させなかったのだが、治癒力の高さはずば抜けて高く、教師陣さえ上回っていた。


 神聖魔法の授業が始まり一か月が過ぎた。

 誰もが悪戦苦闘をする最中、ファイリは初期魔法を全て覚えてしまう。

表面上は謙遜しながら、心の中ではドヤ顔で高笑いを上げていたファイリだったのだが、次の番であったライトが事もなげに、初期魔法5種類全てを、それも教師が驚くほどの高威力で発動させたのだ。

 そんなライトの後方で「凄いですわ、ライトさん」と褒め称えながら、嫉妬全開のどす黒いオーラを吹きだすファイリだった。


「神聖魔法と相性が良かったようです」


 平然と返すライトを見て、益々、ファイリのライバル心が胸の奥で燃え盛っているのだが、それをライトが知る術はない。

 ライトが初期魔法を楽に覚えられたのには理由がある。5歳児から治癒を覚え、毎日の様に自分を癒す為に使い続けていたので、生徒の中で誰よりも神聖魔法が体に馴染み、扱いに慣れていたのが大きな要因である。

 何故、5歳児で治癒を覚え、毎日、発動させていたのか。

 それを説明するには、彼がこの世に誕生した日に遡らなければならない。



 ライトアンロックは人口100名ほどの小さな村で産声を上げた。

 父は農業を営む平凡な男。母は雑貨店の手伝いをしながら、家事をこなす主婦だった。

 特に変わったところもない平凡な家庭に生まれた赤子は――異様だった。

 顔はまさに赤子といった可愛らしい感じだったのだが、首から下が筋骨隆々だったのだ。赤子の柔らかくハリと弾力のある体はどこにもなかった。

 腹筋は八つに割れ、体中の筋肉が皮膚を引き裂くのではないかと周囲の人々が騒めくほど、歪に盛り上がっていた。

 両親と共に出産に立ち会っていた産婆と司祭は、驚きのあまり息をするのも忘れていたぐらいだ。そして、その後の出来事により更に驚愕することになる。


「なんにせよ、無事に産まれてきてなによりだぁ。ほれ、旦那も抱いてやらんね――ぎゃああああああああっ!」


 表情を取り繕い、穏やかな笑みを浮かべていた産婆の口から絶叫が響く。

 産婆は綺麗な布で赤子を包み、父親に渡そうとしていただけのはず。なのに、産婆は赤子を布団に落とし、両膝を地面につき右手を抱えてうずくまっている。


「どうなさいました!」


 司祭の声に、ゆっくりと顔を向けた産婆の表情は、痛みと恐怖をこらえているように見えた。


「その赤子がわしの指を……わしの指を握って折りおった!」


 産婆が震えながら差し出した手は、小指と薬指が本来曲がってはいけない方向に折り曲げられていた。

 司祭は生唾を飲むと、赤子へと視線を移す。

 赤子はただ産声を上げ続けているだけだった。


 その日以来、ライトは悪魔の子と呼ばれ、村人だけではなく両親までも恐怖に怯え、ライトを育てることを放棄する。見るに見かねた、村に駐在している女司祭が「代わりに、この子を育てる」と、村人の前で宣言し、それ以来、ライトは司祭の手で育てられることとなった。


 女司祭による育児は苦難の連続だった。

 ライトの発達しすぎた筋肉は骨と内臓を圧迫し、何もしなければ己の筋肉に潰されて死ぬような状態で、司祭は昼夜問わずライトに回復魔法を微量に流し続けた。

 毎日必死に育児と治癒を続け、体を丈夫にする為に効果があるという食べ物や、貴重な薬を惜しみなく使い、何とかライトを5歳まで育て上げる。

 そこで女司祭はライトが独りでも生きていけるように、治癒魔法を徹底的に教え込んだのだ。幸運なことにライトには神聖魔法の適性があり、思いのほか早く治癒を覚えられた。

 その日以来、ライトは自分に治癒を掛けることが日課となった。それは内臓や骨が筋肉に負けない頑強さを得るまで続けられることとなる。


 その成果がこうして現れている。

 怪力だけではなく、魔法の才能もある天才として、益々有名になったライトは二年生や三年生からも注目を浴びるようになる。

 そして、更に三ヶ月が経過し、一年生に迷宮探索の許可が下りるようになった頃には、ライトアンロックは――落ちこぼれとして有名になっていた。


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