結末
「皆さんファイリの元に集まってください。セイルクロス護衛お願いできますか?」
「無論だ、任せておけ」
胸を力強く叩き、豪気に構えている。
ライトの指示に従い、クラスメイト達がファイリを囲むようにして密集すると、内側にファイリを含めた助祭見習い。外側を神官戦士見習いで固めているようだ。
「マギナマギナ。『監視の瞳』の効果を妨げているナニかを探れますか? 出来ることなら破壊もお願いしたいのですが」
「ああ、少々時間を有するが、造作もない」
自信満々に頷き、瞼を閉じて精神集中をしている。
「サウスノースさん、これを飲んでください」
「これは……もしや、活力薬かい?」
「ご名答です」
ライトが手渡した蓋つきのガラスの瓶には、薄緑色の液体が詰まっていた。
活力薬というのは、服用者の体力、精神力、疲労を回復する薬で絶大な効果があることで有名である。ただし、それを飲んだことがある者は極少数の富裕層のみである。
「これって確か、学食半年分に匹敵する値段が……」
恐る恐る受け取ったサウスノースが漏らした発言に間違いはない。効能も高く、副作用も全くない優れた薬なのだが、値段が尋常ではない。
高ランクの冒険者や権力者が主な購入者で、ただの聖職者見習いの学生が所持するような物ではなかった。
ライトが何故、そんな高級回復薬を所持していたのか。それは、闘技場の博打で稼いだ人生三回やり直しても充分生きていけるだけの財力である。
「お金云々の話をしている場合ではありませんよ。この逆境を乗り越えるには、貴方の力が必須なのです」
ライトの真剣な眼差しに、覚悟を決めたサウスノースは瓶の中身を一気に煽った。
「くうううっ、力が体中に漲ってくるなっ! 一時共闘戦線といこう」
ついさっきまで重傷だったとは思えないテンションで叫ぶ姿に、敵味方含めた全員が奇異の視線を向けているのだが、当人がそれに気づくことは無い。
「試しに飲んでもらって正解でしたね……律儀に待っていただいていたようで、ありがとうございます」
こちらが作戦を立てて陣形を組んでいる間も、相手の動きはなかった。落ち着きを取り戻す前に、一気に攻めていれば既に決着はついていただろう。
だというのに、1組の生徒に成り替わっている一同は黙って、こちらの準備が整うのを待っていた。
それは慈悲でも優しさでもない。依頼主から相手に全力を出さした上で、圧倒的な力でねじ伏せ、絶望の淵に立たせてから殺せと命令されていただけの話。
2組の生徒たちを半殺しで放置したのも、標的であるライトに恐怖と絶望を与える為の演出に過ぎない。
ライトたちが臨戦態勢に入ったのを見抜くと、敵である傭兵団が行動を開始する。
6組の生徒たちを庇うようにライトが前へ前へと進み出る。相手としても無益な殺生や無駄な争いは好まないようで、倒れている2組の生徒に止めを刺すことも、6組の生徒を襲う者もいない。
全員がライトに向けて歩み寄ってきている。
「戦士系が15。助祭っぽい方々が5……サウスノースさん、貴方を倒した人物と他の人たちも同等の強さなのでしょうか」
「いや、僕が戦った相手は一番強い相手みたいだ。たぶん、BかCランク上位じゃないかな。他のはDぐらいだと思う。ただし、装備品が桁外れだったよ」
一見、彼らの着こんでいる鎧はごく一般的な鉄製の鎧に見えるのだが、その全ては希少な鉱物で作られ、魔法の付与も施されている。
「いったい、どれだけの金をつぎ込んだのでしょうね」
大司教の執念に呆れつつも、無駄な熱意だけは認めてもいい気がするライト。
二人が情報を照らし合わせている間に全身鎧を着込んだ傭兵団が、一気に間合いを詰めて来ていた。
「右の方は任せてくれっ!」
10体以上もの鎧が並んで迫る光景は巨大な壁が押し寄せるような圧迫感があるが、それに怖気づくことなく、サウスノースは重苦しい鉄壁の端に向けて走り出している。
「こちらも動くとしますか『上半身強化』『下半身強化』」
一対一ならば、致命傷だけを避けて突っ込むという、いつもの策が使えるのだが、多人数戦となると時間がかかる為、大きな傷を負うと出血で意識を失う方が早い。
そう判断したライトは、正面にいる二体に向けて両手のメイスを投擲した。
対象の二体は黙ってそれを喰らう訳もなく、防御か回避かで迷いが生じる。
風を切り裂き唸りを上げて接近するメイスを、重苦しい鎧を着込んだ状態で避けられないと判断し、その手にしている巨大な盾で正面から受け止める――愚策を犯した。
金属が激突した際に生じた、腹の奥まで浸透する鈍い音が鼓膜を揺るがし、周囲の傭兵団の面々は兜の下の顔を歪め、音の源へと視線を向ける。
彼らの同僚がいた筈の場所には誰もおらず、遅れて襲ってきた風圧に体が揺らぐ。そして、ナニか地面に激突する音がした後方へ振り返った。
大きく陥没し、歪に折れ曲がった盾と仲良く無様に地面を転がり続ける仲間の姿に、傭兵団の面々は息を呑んだ。
「馬鹿どもがっ! 標的から目を逸らすなっ!」
足下に転がっている間抜けな二人を一瞥すると、後方で腕を組んだまま大声を張り上げる傭兵団の親玉らしき男。その怒声に慌てて体勢を整えようと、傭兵団の男たちがライトの方へ目を向けようとしたその時――鉄の壁に開いた穴を抜ける、ライトと目が合う。
「ご苦労様です」
通りすがりに男たちへ言葉を掛けると、ライトは傭兵団の面々を無視して一気に駆け抜けた。
ライトは始めから全員を相手にする気はなかったのだ。相手のリーダーであろう男を速攻で潰し、統率力を奪うつもりだった。
「ほう、先に俺をやる気か。悪くねえ考えだ」
「学生にしては渋い声をしていますねっ!」
鎧の下から響く低く迫力のある声に、ライトは皮肉を飛ばす。
そんなやり取りをしている間にも、二人の距離は縮まっていき、後数歩でライトの手が届く間合いへ入り込める。
「将来が楽しみな人材だが、こっちも仕事でな」
すっと手を挙げると、男の後方から無数の光が飛び出して、ライトに向けて降り注ぐ。後方に控えていた助祭風の仲間からの『聖滅弾』による援護射撃。
そのまま突き進めば『頑強』のスキルを有するライトでも耐えられる保証はない。足を地面に突き刺す様にして強引に足を止め、横へ跳び退く。
光の雨が打ち付ける地面を横目で確認しながら、立ち上がろうとしたライトは急に周囲が曇ったことに気づき。見上げることなく、後方へと一気に跳んだ。
一条の光が鼻先をかすめると、光は地面に到達する前に跳ね上がり、再びライトの顔面へと襲い掛かった。
「くっ、聖光弾!」
太陽の光を受け輝く、流れるような剣の軌跡を目にして、即座に回避不可能と判断した。右手を軌道上に割り込ませ、刃が食い込む寸前にその手から『聖光弾』を放つ。
腕は無残にも縦に二つに裂かれたが、光の球は相手を捉え、全身鎧で包まれた身体を後方へと吹き飛ばす。
「がっ、やるじゃねえか」
「治癒。はああっ、聖光弾」
手を止め感心する相手に対し、言葉を交わすことなく傷を癒し、持続時間を減らし光量だけを最大まで高めた『聖光弾』がライトの手元で爆発した。
目も眩む光の奔流に呑み込まれ、辺りから叫ぶ声がするが、いち早く目を閉じていたライトは誰よりも先に動き出し、兜の外から目元を押さえている男の側面に回り込むと、頭から突っ込んでいく。
「ぐおおおっ、見えねえ……何てな」
男は苦しんでいる振りをしていただけで、迫りくるライトに兜越しの殺気をぶつけると、剣を掲げ迎え撃つ準備は万端だった。
その速度では今から止まることは不可能だと男は判断すると、全身に力を込め、最も得意とする全体重を掛けた上段からの一撃を跳び込んできたライトに向けて――振り下ろす。
ライトは走る速度を落とすどころか、一歩大きく踏み込むと左足で地面に着地して、砂埃を上げながら大地を滑る。だが、勢いがつき過ぎていたので、体は前へ前へと進みこのままでは、自ら相手の凶刃に飛び込んでしまう。
そこで、ライトはまだ自分の攻撃が届く範囲ではないというのに、右脚を全力で蹴り上げる。
大剣を振り下ろした男は確かな手応えを感じていた。何かを両断した感触。あの金持ちから譲り受けた、この魔剣は鉄すらも容易く両断する。鎧も着込んでいない法衣のみでこの斬撃から逃れる術はないと。
「良くやったぜ、小ぞ――何っ!?」
確かに男の一撃は人を真っ二つに切り裂いていた――仲間を。
ライトは自分が投じたメイスにより倒れ伏していた、男の仲間を蹴り上げ自分の身代わりとしたのだ。
「聖職者のくせに人を盾にしやがった!」
剣を振り下ろし、勝利を確信していた男の兜の隙間に手刀を突き刺す。
目元のバイザー部分の隙間は細く、ライトの指が完全に潜り込むには足りていないのだが、そのまま力任せに一瞬の躊躇いもなく押し込む。
指の肉と爪が上下の鉄に遮られ削がれていくが、骨が剥き出しになった指が通る広さは確保されていた。
ライトの辛うじて肉が残る指先の骨が男の眼球を貫き、奥まで潜り込む。
「うがあああああっ!」
絶叫を上げライトを振り払うと、剣を放り投げ兜の留め金を外す。目からは鮮血が涙のように零れ落ち、目を押さえた指の隙間から血が溢れている。
「俺の俺の目がああっ! てめえら、そいつをこ――」
男の言葉はそこで遮られた。言葉を発しようにも、熟れ過ぎた果実のように頭が弾けては、どうしようもない。
失われた頭の代わりに首から血が、間欠泉のように吹き出す向こう側には、足元のメイスを拾い横薙ぎの一撃を振るった格好のライトが佇んでいた。
黒い法衣と顔を血で濡らし、微笑むライトの姿に、敵味方含めた全員が戦慄する。
ライトの怪力と破壊力を理解し、共に戦ってきたファイリ、マギナマギナ、セイルクロスですら、その凄惨な光景に言葉を失い、呆然としている。
しかし、ファイリは真っ先に立ち直ると、頭を左右に振り、大きく息を吸いこんだ。
「皆さん! 学園の人たちが近くまで来ています! もう少し頑張ってください!」
絶対の信頼を寄せていた男の死に、傭兵団に動揺が走り、そこでファイリの放った一言が更なる追い打ちとなった。
「撤退だ!」
大声で指示を出した男は殺された男に次いで傭兵団で発言力があったのだろう。全員が頷くとライトたちを警戒しながら後退り、ある程度距離を取ると背を向け、一気に走り去っていく。
遠ざかる背に命の危機が去ったことを喜び合う6組のクラスメイトを尻目に、ライトは地面に落ちていた2組の生徒の武器を拾っては、傭兵団の背に投げつけていた。
距離が離れているので、命中率は程々だったが、それでも数人は餌食となり倒れ伏している。
「何人かは逃がしてしまいましたが、上出来な結果ですね」
血塗れの状態でしれっと呟くライトだったが、そんなことをしている場合ではないと、倒れている2組の生徒に近寄っては『治癒』を掛けて回っている。
その姿を見て、我に返った6組の生徒たちも生存者の確認と治療に当たっている。
そうこうしている内に、マギナマギナが妨害していた魔道具を破壊したことにより、事態を察した教師や職員が合流し、この一件は表向きだが一先ず終わりを告げた。
「くそ、くそ、くそ、くそっ! 何故、ワシがこんな目に、こんなことにっ! あの小僧必ず殺してやるぞ、必ずっ! 肝心な時に、あの女は何処に行った! 全てはアイツの計画だろうがっ!」
大司教は悪態を吐きながら、倉庫にある金目の物を掻き集めている。
目は血走り荒い呼吸を繰り返しながらも、何かに怯えるように周囲を見回していた。
子飼いの傭兵団が捕まり、自分との繋がりが明るみに出るのも時間の問題。今は金品をまとめていざという時の為に準備しておいた、隠れ家の一つに逃げ込むしかない。
「あいつは、あのバカ息子はもうどうでもいい! そもそも、あいつのせいでわしがこんな目にあっている! 大司教である、偉大なる神の僕である、このわしがっ!」
涎を垂らし、唾を撒き散らす姿は狂人そのものなのだが、その姿に眉を顰める者も声を掛ける者もいない。
企みが失敗に終わったことを知り、慌てて屋敷へ戻った大司教の屋敷には、人っ子一人存在していなかった。常駐している何十人もの使用人が消え、静まり返った屋敷内を喚き散らしながら倉庫へと向かい、今に至る。
「何処にいったのだ、使用人共はっ! 主を見捨てて逃げたとでも言うのか……所詮下劣な平民だということかっ!」
「あら、お忙しそうですね。夜逃げですか?」
必死になって蓄えた財の中から価値のある逸品を物色している大司教の背に、この場に似つかわしくない、無邪気で呑気な声が投げかけられた。
慌てて振り向いた大司教の前には、まるで幼子を慈しむような優しい笑みを浮かべる、女秘書の姿があった。
「き、き、き、貴様っ! 何をしていたっ! ワシの秘書なら手伝わんかっ! そもそも、全て貴様の案だろうがっ! この落とし前どうしてくれるっ!」
唾を撒き散らし、女性の首元に掴みかかろうとした大司教の顔面に、一切の躊躇も見せず前蹴りを放つ女秘書。
「ぐべらあああぁぁ! な、何をする! ワシが誰だかわかっているのかっ!」
「ええ、承知しておりますよ。哀れな操り人形ですわ。そもそも、誰が秘書なのです?」
踏み潰されひしゃげた鼻を押さえ、尻餅をついたままじりじりと後退りながらも、大司教は驚きや悔しさよりも怒りが優っている。
「貴様に決まっておるだ……ろ……え、あ、お前は誰だ? な、何故ワシはこんな見ず知らずの女を秘書に? ど、どういうことだ、どうなっている!?」
頭を掻きむしり、混乱する記憶を整理しようと必死になっている大司教を、女秘書は満足げに見下ろし口角を吊り上げている。
「あらあら、思い出せませんか? まあ、私が記憶を捏造して、洗脳しましたから当然と言えば当然ですが」
女の言葉を否定したかったが、自分の中に女と出会う以前の記憶が無いことを知り、愕然とする大司教。呆けた顔でもう否定の言葉をする気力すらないようで、ただじっと女秘書を見つめていた。
「大司教の地位にいるぐらいですから、凄腕の神聖魔法の使い手かと思えば、碌に魔法も使えない、ただの薄汚い豚だったとは。権力だけはあるようでしたが、人望も皆無だなんて、外れもいいところでしたわ」
女秘書は倉庫の中を優雅に歩きながら、大司教を睥睨している。
その大司教は虚ろな目で女の動きを追うことしかせずに、何も発しようともしない。
「まあ、新入生に面白い人材を発見できたのは幸運でしたが。さてと、この出汁を絞り切ったカスはどうしましょうか。記憶をまた捏造するのも面倒ですね……ゴミは責任もって掃除しておこうかしら」
不穏な言葉に普通ならば命の危険を感じ、何かしらの抵抗を見せるのだろうが、大司教はそんな考えも働かないようで、ぼーっと女秘書を眺めている。
女秘書が大きく両腕を広げると、その動きに合わせて背から二枚の黒い翼が現れた。
闇を具現化したような、それを目にした者の心に浸透し、染められてしまうのではないかと錯覚してしまう程の漆黒。形は渡り鳥の羽に酷似している。
「あ、く、ま」
感情が抜け落ちていた大司教の顔に浮かぶのは、恐怖。全身が小刻みに揺れ続け、歯が煩いぐらいにガチガチと鳴らされている。
悪魔――闇の神を崇拝し、人を超えた圧倒的な魔力を有する人外の化け物。
「ご名答。あの御方の贄にもなりませんでしたが、それなりには楽しめましたよ。それでは、ごきげんよう」
大司教が最後に目にしたのは、艶やかな笑みを浮かべ手を振り下ろす、美しくも恐ろしい女の姿だった。
一区切りつきましたので、また暫く間が空くことになります。
この作品はのんびりマイペースでやる予定ですので、またある程度書き溜めできましたら更新します。




