決勝戦
「さて、次は決勝ですね」
決勝の舞台もこの公園の為、訓練場には戻らずに近くに建てられた簡易の休憩所で、6組の生徒たちは体を癒している。
第二試合も終わり、今は第三試合が行われているが、放送を聞く限り5組がかなり劣勢で1組の勝利は目前のようだ。
「予想通り1組、2組、自分たちが勝ち残り。決勝は三つ巴の混戦になりそうだ」
重苦しい鎧を脱ぎ捨て、袖のないシャツという露出の高い格好で寝そべりながら、セイルクロスは振り上げた拳をギュッと握りしめている。
「三クラスによる決戦となると、第一試合と作戦を変更した方がよろしいでしょうか?」
頬に指を当てて可愛らしく首を傾げる仕草に、男女問わず生徒たちが思わず見入ってしまっている。それも全てファイリの計算の内だということを、ライト以外は気づいていない。
「しかしだ。我らが領域をライトが守護すれば万全ではないか? 他の皆が壊滅したところで負けではないのだからな」
マギナマギナの指摘は間違いではない。ライトと陣地にあるガラスの箱を守り通せば、100点を失うことはないのだ。
「私が生き残るのは、何とか努力させていただきますが……大人数で攻められたら、ガラスの箱を守る術はありませんよ?」
数人なら問題なくさばける自信はあるようだが、2組と1組が同時に襲い掛かってきた場合、守れると断言できるほど慢心はしていない。
「そうなると、また私たち四人で守るのが一番なのでしょうか」
「ファイリの言う通りだとは思いますが、それだと芸がありませんし、盛り上がりに欠けますよね。折角のクラス対抗戦です。クラス全員で勝利を掴みましょう」
ライトの発言にクラス全員は顔をほころばせると、大きく頷いた。
「紳士淑女の皆様方長らくお待たせしました。クラス対抗戦の最終戦。泣いても笑っても最後の勝負、組戦決勝を始めます!」
訓練所の観客席から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
誰もが待ちわびていたようで、渋い顔をしているのは1組2組の肉親と2年、3年の1組在籍の生徒ぐらいだろう。
エリートであるべき1組が優勝を逃す可能性に、関係者一同は戸惑いと不安を隠しきれていない。
他クラスの生徒たちは鼻につく態度が気に入らなかった1組が学年は違えど、負けるかもしれないという事実に胸が躍り、自分の事のように2組を応援していた。
6組を応援しているのは2年3年の6組の生徒とその関係者ぐらいだろう。1組は倒して欲しいが、落ちこぼれである6組が優勝するのは困る。それが会場にいる大半の人々の本音だ。
ここに一般市民が観戦に来ていれば、また状況は変わっていただろうが、最下層である6組が台頭することによる脅威。それを容認できる者は学園では少数派なのだろう。
「皆さん、準備は宜しいですね。では、名誉ある、クラス対抗戦、最終戦……組戦決勝を開始致します!」
訓練場の中心に集まった何人もの聖職者から『聖光弾』『聖滅弾』の光が天に向かって放出される。宣言とその光が合図となり、決勝の火ぶたが切られた。
「それでライト、我々は1組をまず殲滅すればいいのだな?」
「ええ、2組も先に1組を倒すという情報を仕入れましたので、ここは共闘といきましょう」
池の近くを進み、並走するセイルクロスにライトは息を切らすことなく答えている。
後ろに続くのは、マギナマギナ、ファイリ――だけではない。驚いたことに6組の生徒全員が後続としてついて来ている。
6組の方針は簡潔明瞭だった。全員で敵を倒す。陣地は放置。それだけだ。
ライトとしては姑息な作戦も幾つか思いついたのだが、その考えを全て破棄した。勝つ為なら卑怯と罵られたところで、痛くも痒くもないというのに。
しかし、このクラス対抗戦は自分一人の戦いではない。ならば、答えは単純だ。全員で戦えばいい。この作戦とも呼べない提案を聞いたとき、生徒たちは言葉を失い互いの顔を見つめ合うことしかできなかった。
だが「クラス全員で勝利を掴みましょう」というライトの言葉に後押しされる形で、満場一致で採択された。
「ライトアンロックよ。その2組が1組を攻めるという情報は何処で得たのだ?」
マギナマギナが会話に参加してきた。その疑問はクラスの誰もが抱いていたようで、全員が走りながら聞き耳を立てている――いや、双子の姉妹二人を除いて。
「男って哀れな生き物ですよね……」
遠くを見つめ、大きく息を吐くライトの姿を見て察する者と、全く理解できない者とに別れた。ちなみに、余談ではあるが双子の姉妹は疲れたように肩を落とし俯いて、頭を左右に振っている。
「何となくわかったけど、酷いことさせていませんよね?」
セイルクロスとの間に割り込んできたファイリは笑顔なのだが、その奥にあるどす黒い何かを感じ取ったセイルクロスとマギナマギナが離れていく。
「私が非道な行いをするわけがないじゃないですか、神に仕える者ですよ。嫌いな言葉は嘘、卑怯ですからね。この目が嘘を言っている目に見えますか?」
悪びれもせずに、その言葉を口にしたライトをファイリが半眼で見つめている。ライトの瞳を直視する形となったファイリは、真剣な目つきに見えるライトの瞳から不意に顔ごと目を逸らした。
「くそが、卑怯者め……」
自分の頬が赤くなっていることを自覚しているファイリは、苦々しげに汚い言葉を吐くが、その顔は何処か嬉しそうだ。
「っと、喧騒が聞こえてきましたね。2組の方が私たちよりかなり1組に近かったので、先に戦闘に入っているようです。便乗……加勢しましょう!」
不審な言葉は無視して、6組の生徒たちは戦場へと乗り込んでいった。
時を少しだけ戻そう。
試合開始時の2組は全員で1組の陣地へと向かっていた。
6組と同じ作戦を実行したのは偶然ではない。2組の要であるサウスノースに1組に総攻撃を仕掛けようと助言した人物がいたからだ。
「しかし、提案しておいてなんだけど、本当にかまわなかったのかーいっ?」
ウェーブのかかった金色の髪を手櫛で整えながら、妙に顎が鋭くまつ毛の長い男子生徒が、前方のサウスノースに話しかけている。
後方の声に振り向くと仲間が少し遅れ気味なようなので、速度を落として声を掛けてきた生徒が追い付くのを待っていた。
「1組を残しておくと、ライト君との勝負の邪魔をされそうだからね。それに6組も1組に向かっているのだよね?」
「ああ、それは間違いない、さっ。僕のファンだって言う6組の麗しい乙女たちから、教えてもらったから、ねっ」
いちいち語尾を強調しながら髪を掻き上げる仕草が必要なのか。サウスノースは以前からずっと疑問なのだが、それを指摘しないのが優しさだと理解していた。
この口調と仕草が若干面倒な男はケイメンといい、鋭利な刃物のような顎は無視するとしても、かなり整った目鼻立ちをしていて女子の人気は高い。
ケイメンの親はこの国でかなり地位の高い職についているそうなのだが、それを鼻にかけず、どんな身分の相手でも分け隔てなく接するので、その独特な口調も好意的に受け入れられている。
「それが罠である可能性も捨てがたいけど、たぶん、6組も1組を先に倒したいと思っている筈だよ。もし、共同戦線を組むなら1組より僕たち2組だろうから」
「それは、同意する、よっ」
顎をくいっと上げ、両腕を広げるポーズに意味は無いのだろうなと、友人の奇妙な行動に目を細めている。
今年の1組の面子は例年に輪を掛けて、相手を見下し、権力を振りかざす者が多かった。
1組の全てではないのだが、そういったクラスメイトの態度に苦言を呈する勇気のある者はおらず、他クラスの誰もが1組を毛嫌いしている。
2組にもそういう傾向のある生徒が少数ながら存在しているのだが、クラスを仕切るサウスノースの存在が大きく、内心は快く思っていなくても息を潜め追従していた。
「っと、そろそろ、1組の陣地の近くだけど……おかしいな。守りに徹しているのかな。誰とも遭遇しなかったし、偵察がいるような気配もない」
2組はサウスノースを先頭に翼を広げるように、左右に生徒たちが広がり広範囲をカバーしているのだが、誰も1組の生徒を目撃していない。
全員で守りにあたるのは愚策だ。圧倒的な力の差があるなら、それもありなのだが、今回はライトアンロックの存在が大きい。個人戦でライトに勝てる、もしくはいい勝負ができるのは自分ぐらいだろうと、サウスノースは考えている。
あの怪力と、それだけではない格闘センスを見抜いたうえで、それでも自分ならどうにかできると確信していた。それは慢心ではなく、相手の力を見抜いたうえでの計算。自己評価が高い訳でも、ライトアンロックを甘く見ているわけでもない。
冷静に判断して無茶ではないという結論に達していた。
「頼もしいリーダーだ、よっ」
まるでサウスノースの心を覗いたかのようなタイミングで相槌を打たれ、頬を指で掻く。
「ありがとう。皆、気合入れていくよっ。そろそろ、敵の本拠地だ!」
公園内の雑木林一帯を抜け、飛び出した先は青い芝生が生えそろった広場だった。
2組の陣地もそうなのだが、陣地は見通しの良い空き地だと決められているらしく、見通しのいい広場には、太陽の光を浴び眩く輝く、白銀の鎧に身を包んだ生徒たちがずらりと並んでいた。
巨大な全身鎧に目元だけ穴の開いた兜。全員がほぼ同じ格好をしている。二人ほど、その中でも一際目につく、無駄に装飾に拘った鎧を着込んでいるのが、フォルデンとロイマスだろうと、サウスノースは見当をつける。
「しかし、神官戦士が多いな」
どのクラスも割合としては神官戦士2、助祭1といった感じなのだが、見た感じ全身鎧を着込んだ神官戦士が殆どで、フードを目深にかぶった助祭の姿は五人だけだ。
「んー、助祭見習いにも鎧を着させているんじゃない、かっ、なっ」
額に手を当てて腰を横にくいっと曲げるポーズで、ケイメンが独自の見解を口にしている。
「なるほど。顔も隠しているから誰かわからない。こちらとしては見分けがつかないから、中身が助祭だったとしても、警戒しなければならない。考えているね」
口では納得しているが、どうにも腑に落ちない。
強くなる為に生死の境を彷徨ったのは、一度や二度じゃない。恥を捨て凄腕の傭兵や冒険者に師事したこともある。そんなサウスノースの勘が訴えかけてくる。
何かある……と。
「みんな、油断するな。相手に勝てないと思ったら、直ぐに降参して構わない」
間違っても殺されることはないとわかってはいる。クラスの誰かが人を殺せば即座に負けとなる。だが――
「まず、僕が行く」
先陣を切ってサウスノースが突入し、続いて2組の生徒たちが続いていった。
「皆さん、ここを抜けたら敵の陣地です。油断なきように!」
ライトが林を突っ切り、木々の間から差し込む陽の光に誘われるように、飛び込んでいった。
「いたっ、何、突っ立ってんだよ!」
続いて林を抜けたファイリは、足を止め突っ立っているライトの背にぶつかり、思わず本性が出てしまう。
そんなファイリに言い返しもしないライトの態度に訝しみ、その顔を覗き込むと……今まで見たことのない表情をしていた。
目を見開き驚く、珍しく動揺しているライトの姿に喉まで出かけていた文句が、すっと引いていく。
それが何であるのか、わからないまま、ファイリは恐る恐る視線をライトが見つめる方へ移す。
視界に広がるのは凄惨な現場だった。
広場の地面に転がるのは、血塗れの生徒たち。
体中から血を流す生徒の中には、腕や足の一部が欠損し大量の血を流し、気を失っている生徒も多く見受けられる。
それは男女問わず、鎧に身を包んだ神官戦士であろうが、助祭であろうがお構いなしだったのだろう。逃げようとしたところを背後から斬られ、うつ伏せで倒れている生徒たちの姿もあった。
生徒たちがどのクラスか一目でわかるよう、腕にバンド装着が義務付けられているのだが、色付きのゴムバンドは血で赤く染まっていて、被害者を見る限りではどのクラスか判断が付かない。
だが、倒れているのが2組であるのは一目瞭然であった。返り血を浴びた鎧を着込み、突っ立っている面々の腕に、1組の証である黒のゴムバンドが付いていたから。
「ラ、ライト君……」
か細い、今にも消え入りそうな声に反応して、その声を探ると地面に倒れ伏す生徒の一人が、まだ意識を保っているようで、血塗れの顔をライトに向けていた。
駆け寄ったライトは躊躇うことなく『治癒』を発動させて、その生徒の傷を一瞬にして癒す。
「何て威力の治癒だ……一瞬にして完治するなんて」
活力を取り戻した声は聞き覚えがあり、血に塗れた顔をまじまじと見つめるとそれは――サウスノースだった。
「何があったのですか」
「1組の彼らに全滅させられた。彼らは降伏をしようとした相手も容赦なく切り捨て、僕も必死に抵抗したのだけど、このざまだ」
勝ち抜き戦でその強さを見せつけたサウスノースをここまで痛めつける相手。ライトの事前に仕入れた情報では、そんな強者は1組にはいない。
「秘匿していたのでしょうか」
「いや、あれは、あからさまにおかしい。正直一対一ならライト君以外に負けないと自負している。それが、僕はあの鎧を着込んだ彼に一方的にねじ伏せられた」
肩を貸し立ち上がったサウスノースが睨みつけている相手は、1組の生徒たちが揃って着ている全身鎧に身を包み込まれている一人。
他の面子も、どうにも胡散臭い。ライトのスキル『第六感』と今までの経験が警報を鳴らしている。あれは、おかしいと。
「ライトさん。あの鎧の中身、1組の生徒ではありませんよ。全員」
そう断言するファイリの瞳が金色の光を宿しているのだが、ライトの角度からでは彼女の瞳の変化に気づけない。
何故、鎧の下を見抜けたのか。何かしらのスキルやギフトの能力なのだろうと見当はつくが、今はそれを問う状況でないことぐらい、ライトはわかっている。
「そういうことですか。全身鎧で中身を隠し、腕の立つ傭兵や冒険者を掻き集めたと」
ライトはわざと聞こえるように大声で口にしたのだが、全身鎧の面々に動揺する気配が無い。
「確かこの会場での音声も魔道具で拾われているのですよね?」
それを踏まえた上での発言だったのだが、何故あれ程相手は落ち着いているのか。
この不正、幾らなんでも許されるレベルを超えている。なのに、平然とした態度――顔が見えないので本心は知れないが。
「ライトよ。この周辺は魔力が乱れているぞ。何かしらの魔道具で妨害工作をしている可能性が高い」
「つまり、どういうことです?」
「訓練場にいる面々にはここの映像も音声も届いていないと見るべきだ」
大袈裟な独特の言い回しではなく、簡潔にマギナマギナが答える。
「大胆な手で来ましたね」
1組の生徒を全員入れ替え、魔道具『監視の瞳』を妨害して教師陣や関係者の関与を遅らせる。下手したら魔道具の不具合と考えて、暫く助けにこない展開も考慮しなければならない。ライトはそう判断すると、周囲を素早く観察する。
2組の生徒は全員息がある。出血は多いが暫くは大丈夫そうに見える。クラスメイトを参戦させるには危険すぎますが、逃がすとしてもその隙を許してくれないでしょうね。まずは、何者かの確認をしておきましょうか。
「そこの鎧集団の方々。貴方たちは大司教に雇われた、ならず者……いや、むしろ子飼いの傭兵団という認識で間違いありませんか?」
相手に動きが無いうちに、ズバリ確信を突いていく。相手の動揺を誘う為に当てずっぽうで口にしたのだが、その効果は覿面だった。
何体かの鎧を着込んだ者が全身を揺らし、鎧の軋む音が響く。
ライトがそう予想した理由なのだが、まずこれだけの人数を統率するには、個々のならず者を集めるより、組織ごと利用したようが情報漏えいも防ぎやすい。
更に安全を期すなら、裏で以前から繋がりがあり、汚れ仕事も安心して任せられる一団であれば最良である。
「ファイリ」
「確定だ」
ファイリの目には相手の動揺が映ったようで、ライトの問いが正しかったことを証明してくれた。
相手は誰も一言たりとも言葉を口にしていない。
もし、ここで素性がバレたら、ターゲット以外も始末する必要が出てくる。そうなると、試合中の事故に見せかけて、ライトを殺すという手筈も全てが水泡に帰す。
ライトだけならもみ消せるが、生徒の大量殺人となると大司教とはいえ、証拠隠滅もその罪から逃れることも難しい。
無言のままにじり寄る鎧の集団を前に、6組の生徒たちを庇うようにしてライトが前に進み出る。
いつもの穏やかな笑みを顔に浮かべながら。




