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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
33/42

山を越えた先に

 ライトが坑道の入り口からゴーレムを引きずって現れると、今から鉱山へ突入しようとしていた冒険者五人組が、慌てて道を譲る。


「お、おい、あれ見てみてよ。噂の巨大ゴーレムだよな」


「マジか。今だに誰も倒していないあれを、あんな若造共が倒したって言うのか」


 中年で構成された冒険者のチームが驚きを隠そうともせずに、目を見開き小声で仲間と交わす言葉が、ライトたちの耳にも届いていた。

 その言葉に気を良くしたセイルクロスとマギナマギナは、鼻高々と言った感じで胸を張り堂々とした態度なのだが、ファイリとライトはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。

 ただ、その巨体を苦もなく引っ張っていく黒の法衣を着込んだ男が微笑んでいる状況が、周囲から見れば異様なものだったらしく、ライトに奇異の視線が集中していた。


「黒の法衣ってことは聖職者だよな。それも、あれって助祭か司祭とか回復担当の職だろ。だというのに、何であんなの引っ張れるんだよ」


「お前なら運べるか?」


「バカいうな! あれだけの巨体で見るからに重そうな鋼鉄のような体じゃねえか。全力で引っ張っても微動だにしない、自信があるねっ!」


「チームの前衛がそれってどうなんだ……」


 見るからに体格のいい戦士風の男がお手上げだと笑う姿に、仲間が呆れているようだが、実際、あのゴーレムを運べるわけがないと納得はしているようだ。

 だからこそ、それを苦もなく運ぶライトの異質さが目立つのだが。


「悪目立ちしていますね」


「今更だな」

「今更ですよ」

「今更言っても詮無き事だ」


 ライトの呟きに全員から素早くツッコミが入った。

 そう言われては何も言い返せないようで、そのまま冒険者ギルド前まで仲良く手を繋いで、引っ張ることに決めたようだ。

 冒険ギルドの前に着くと、丁度外で待っていた御者が無事を確認して、嬉しそうに手を振りながらライトたちに駆け寄ってきた。


「お帰りなさい。思ったより早かったですね。全員無事でなにより――えっ?」


 先頭を進んでいた、ファイリ、セイルクロス、マギナマギナは何も問題はなかったのだが、その後方から笑みを張りつけたライトが連れてきた物体に視線が釘付けになっている。

 あと、ライトから少し離れて跡を付けてきた、幾人もの冒険者と露天商が列をなしていた。商人としてはあの鉱石のおこぼれ狙いと、若く凄腕のこの一行と何とか知り合いになれないかという目論見があるのだろう。

 冒険者の方もライトたちと接点を持ち、出来ることなら仲間に引き入れたいという意気込みが、傍から見ても伝わってくる。


「ただいま戻りました。取り敢えず、これを荷馬車に載せたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「あ、はい! そ、そうですね。まずは馬車をここまで持ってきますので、暫くお待ち下さい!」


 ライトの返事も待たずに慌てて駆けだしていった御者に軽く手を振ると、ライトは出来るだけ邪魔にならないように道の端に巨大ゴーレムを置いておく。


「これを取られる心配はないと思いますが、私はここで一応見張りをしておきますね。ファイリさん、ギルドの職員に説明をお願いしても宜しいですか?」


「ええ、構いませんわ」


「一応、自分もついていこう」


 交渉事は基本ファイリの担当となっている。セイルクロスは細かいことは苦手な性格をしていて、マギナマギナはそもそも一般人と意思の疎通が難しい。

 そうなると、必然的にファイリの出番となる。一応か弱く見える女性なので、セイルクロスが護衛兼、若輩者として足元を見られないように同行している。

 ライトは待っている間、かなり暇なようで、転がしていたゴーレムを座らせて、マギナマギナと一緒に格好良く見えるポーズに拘っているようだ。

 まるで人形遊びをしているように見えるが、その対象が全くもって可愛くない。

 そんな二人を遠巻きに眺めていた冒険者連中の中から一人、進み出てきた男がいた。

 背中に両刃の斧を携え、革鎧の下には屈強な肉体が見える、如何にも力自慢と言った感じの冒険者。


「おい、そこのやつ。これはお前たちが仕留めたのか?」


 偉そうな物言いに、マギナマギナの眉根が寄るがライトは平然と笑みを返す。


「はい、私たちが倒しました」


「はんっ、嘘を抜かせ。どうせ、誰かが倒した獲物を奪ったのだろう。お前たちランクは幾つだ!」


「何故、キサマのような三下に応えなければならぬ」


 威圧する相手に苛立ちを隠せないマギナマギナが売り言葉に買い言葉と、相手を嘲る口調で対応する。

 その言葉に一瞬にして頭に血が上った男が、背負っていた両刃の斧を手に取り、二人へ殺気漲る視線をぶつけてきた。


「てめえ、Cランク戦士のゴルドン様に舐めた口を聞いてくれるじゃねえか」


「ライトアンロックよ。何故、あの脳が腐敗している男は、訊かれてもいないのに自分のランクを明かしているのだ?」


「おそらくですが、Cランクをアピールすることにより、自分は強いということを周りに誇示したいのでしょうね。ほら、脅しとしても効果的ですし」


「ならば、驚いてやらねば可哀想か」


「まあ、それが人の道でしょう」


 わざと聞こえるように言葉を交わしていたライトたちは、同時にゴルドンと名乗った男へ振り向きニヤリと笑う。


「どう見ても山賊にしか見えない容貌でやるではないか!」


「人は見た目ではわからないという実例がここに。世界はまだ見ぬ不思議で満ち溢れているようです」


 二人の挑発としか取れない称賛の言葉に、男の顔が怒りで赤く染まり、鬼の形相へと変貌した。

 周囲の人々は止めようかどうか迷っていたようだが、こうなってはとばっちりは勘弁だと、一歩引いた場所から傍観している。


「どうやら、死にたいようだなっ!」


「いえ、死ぬ気はありませんよ。もし、万が一ですが不慮の事故で、貴方が命を落とした際はイナドナミカイ教をよろしくお願いします。冠婚葬祭も手頃な価格で取り扱っていますので、貯蓄に心配な方もご安心を。我が教団の祈りにより死後アンデッドになることも避けられます。心豊かに安らぎの旅立ちを、お手伝いをさせていただきます」


 怯えることなく、さりげなく教団の宣伝をするライトの態度に苛立ちが頂点に達した男は、怒りに任せて斧を振り上げる。

 男としては調子に乗っている若造共を威圧して、身の程を知らしめた後に同じチームの交渉役が優しく勧誘する予定だった。将来有望なライトたちをチームに引き込むための芝居だった筈が、二人の挑発的な態度に我を忘れてしまっていた。

 このチームは致命的な人選ミスを犯してしまったようだ。


「馬鹿にするんじゃねえええええっ!」


 豪快に振り下ろされた斬撃をライトはじっと見据えている。そのままでは頭から真っ二つに両断されるのを待つだけだったが、ライトは無造作に分厚い斧の刃へ横殴りの拳を叩きつける。

 斧の軌道が強引に捻じ曲げられたが、その勢いを完全に殺すことはできなかったようで、ライトの左腕の肘を切り裂いた。


「ひいいっ!」


「バカ野郎、やり過ぎだっ!」


 地面を転がる左腕と、切断面から大量に溢れ出す鮮血に野次馬たちから悲鳴の声が漏れる。斧使いの男を叱責したのはチームの仲間のようだ。


「ほ、ほら見やがれ、俺を馬鹿にするからこう――」


 ライトの姿を見て熱が冷めたようで、公衆の面前で行なった自分の過失を理解した男は、それでも虚栄を張りながら強がって見せた。

 だが、ライトと視線が合うと、男の表情が豹変して頬が小刻みに痙攣している。

 痛みの余り蹲り絶叫を上げてもおかしくない怪我を負っているというのに、ライトは気にした様子もなく、歩み寄ってきていたからだ。


「楽しかったですか? 無抵抗の相手を殺そうとしたのですから、これで正当防衛は成立しますよね」


「ひっ」


 飛び散る鮮血で赤く染まった半身。顔も血でまだらに染まっているというのに、目の前の若造は穏やかに微笑んでいる。今まで何人か手にかけてきた男だったが、その凄惨な笑みに呑み込まれそうになっている自分を自覚させられる。


「よ、寄るんじゃねええっ!」


 振り下ろした斧は地面にめり込んでいる。ならばと、半ば狂乱している男はその拳でライトに殴りかかる。

 それはゴーレムと比べてあまりに貧弱で、ギルドマスターとの鍛錬で何度も経験した拳とは雲泥の差があった。

 残った右手をギュッと握りしめると、相手の右拳へ己の拳を衝突させる。

 瞬間、相手の拳と前腕が爆ぜた。剥き出しの骨は辛うじて残っているが、肉が殆ど弾け飛んでいた。


「ギィヤアアアアアアアアアッ!」


 肉片を撒き散らかした右腕を抱えるようにして男が跪く。

 ライトは自分の腕を拾うと、切断面を合わせて男へ語り掛ける。


「お互い腕が一本使い道にならなくなったので、これでチャラにしませんか?」


「ひ、ひぃぃ! わ、悪かった、す、すまないぃ! だ、だから助けてくれっ!」


 痛みと恐怖に顔面を涙と汗で濡らし、男が額を地面にこすりつけて命ばかりはと懇願している。ライトたちを勧誘する目的だった冒険者たちは、もう声を掛けるどころか関わり合いに成りたくないと、遠巻きに眺めている。

 おこぼれ狙いの商人も血の気が引いた顔で引いているのだが、恐怖と好奇心が入り混じり、凄惨な現場から目が離せないようだ。


「わかっていただけたのなら、それでいいのですよ。『治癒』っと、貴方も治しておきますね『治癒』」


 ライトの切断された腕は繋ぎ目もわからないぐらいに修復する。

 男の腕だった物はまるで映像を巻き戻しているかのように、骨に肉が付着していき、血管、皮膚と再生していった。

 その光景に周囲の人々が再び騒めく。神聖魔法への知識が乏しい者は、その回復力に素直に驚き、それなりに知識がある者は『治癒』としては考えられない修復力に目を見張っている。


「う、腕がっ……」


 男は自分の腕が治ったことが信じられないようだったが、置かれている状況を思い出し、慌てて斧を拾うと脱兎のごとく逃げ去っていく。


「甘いな。あの様な無礼者、そのまま捨て置けばよいものを」


「私としてはやり過ぎたと反省しているのですが。まあ、これで、面倒な勧誘もないでしょう」


 隣に並ぶマギナマギナの意外な一言に、ライトは小さく息を吐く。

 ライトとしては自分の実力を見せつけて、あの好奇の視線を排除したかっただけなのだが、まさかいきなり殺しに来るとは思っていなかった。

 あの一撃も避けようと思えば躱せたのだが、あえて攻撃を受けることにより、相手を冷静にさせる魂胆だったのだが、何故か怯えて錯乱状態で殴りかかってきたので、拳を合わせたに過ぎない。


「優しく諭したつもりなのですが、まさか殴ってくるとは」


「それ本気で言っているのでしたら、まず、一般常識のお勉強をしないといけませんね」


「おや、ファイリさん。そちらは終わりましたか」


 ライトの後方に疲れたように額へ手を当てているファイリと、状況が全く掴めないセイルクロスが突っ立っていた。


「法衣を血で汚して……傷を治せるとはいえ、血は戻らないのですよ。もっと早く、傷を塞がないと、いつか出血多量で死にますよ」


「そうですね、次回から気を付けます。このままだと血で臭いますね。ちょっとギルドの井戸を借りて洗い流してきます」


 ギルドの裏側へ軽い足取りで去っていくライトの進路方向にいた人々が真っ二つに割れる。その顔に浮かぶ表情は畏怖。理解の範疇を超える対象に対する恐怖が見て取れた。


「しかし、ライトは自分の体を雑に扱い過ぎではないか」


「痛みを感じず、どんな傷でも即座に癒す『治癒』の力。その二つが合わさることにより、死にさえしなければ問題は無いと思っているようだな」


 セイルクロスは友としてその身を案じ、マギナマギナはその戦い方を羨望の眼差しで見ている節がある。


「死にさえしなければ……いや、死すらどうでもいいと……」


「んっ? ファイリ殿何か言ったか」


「いえ、何も」


 視線を地面に向けたまま、ぼそっと呟いたファイリにセイルクロスが問いかけるが、顔を上げると頭を振り、今度ははっきりと口にした。


「ふぅー、さっぱりしました。やはり、黒の法衣だと乾いた血が目立たないので便利ですよね」


「そんな基準で法衣の色選ぶなよ……馬鹿が」


 戻ってきたライトの横を通り過ぎる際に、ファイリが呆れた口調で吐き捨てた。言葉はきつかったが、その声に秘められた気遣いを感じ取ったライトは「すみません」と返す。


「皆さん、お待たせしましたー。あれ、何かあったのですか?」


 馬車を引き連れて戻ってきた御者の男性が、遠巻きに眺めていた人垣を押し分けて乱入してきた。


「何もありませんでしたよ。では、ゴーレム乗っけて帰りましょうか。あまり、この場に長居しない方が良さそうですし」


「もうそろそろ夜も更けてきますが、出発するのですか?」


「ええ。一晩ゆっくりしたかったのですが、色々ありまして」


 ライトの対応に疑問を抱いたようだが、それ以上何も追求しないところが御者として優秀な男なのだろう。気持ちを入れ替えて、ゴーレム運搬の手筈を整えている。


「皆さんも構いませんか?」


「おうさ、野営は嫌いではないからな!」


「闇と一体化し、その力の根源を探るのも乙なものだ」


「首都に戻れば幾らでもゆっくりできますから」


 全員が同意しているらしいとライトは判断すると、巨大ゴーレムを荷台に運ぶ。ライトたちが乗るスペースが失われてしまったので、女性二人は御者の両サイドに座り、男性陣は馬と並んで歩くことになった。

 この日以来、ライトの存在はこの町で噂になる。冒険者ギルドとしても見過ごせない出来事だったので、冒険者ギルド本部へ情報が送られたのだが、ギルドマスターは一瞥しただけで握り潰す。


「やれやれ、派手に暴れてくれているな。ライトには、もう少し一般常識と協調性を学んでもらわないといけないかね。集団行動をすれば少しは場の空気を読むこともできるか」


 握りつぶした報告書とは別の紙を手に取り、ギルドマスターはニヤリと口角を吊り上げる。その紙は聖イナドナミカイ学園から送られてきた用紙で、こう書いてある。


 クラス対抗戦開催のお知らせ。と


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