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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
32/42

巨大ゴーレムと思惑

「これはこれは、ご立派ですね」


 奥へ奥へと突き進んでいたライトたちが辿り着いたのは、イナドナミカイ学園のグランドと同程度の広さはある、巨大な空洞だった。

 高さは学園の校舎よりも高く、首都を囲む城壁に匹敵する。

坑道と違いここは地面が整地されておらず、巨大な岩や砕かれた鉱石がそこら中に転がっていた。


 現在ライトたちは巨大な空洞に足を踏み入れたところなのだが、その正面の壁際に巨大な物体が堂々と居座っている。

 真っ赤に焼けた鉄を思わせる、赤黒い身体。無駄を省いた飾り気のない全身鎧を着込んだ大男のようなそれは、ライトが探していた巨大なゴーレム。

 魔法生命体に相応しく、人間であれば目のある位置に赤く丸い光が二つ灯っている。

 背丈はライトを二人縦に並べても届かない。武器を一切装備していないが、見るからに重厚そうな拳から繰り出される一撃は、充分すぎる破壊力を秘めていることだろう。


「この廃鉱山の主っぽいですね。私のメイスが通用するでしょうか」


「アイアンゴーレム……いえ、あの体はもっと希少な鉱石のようです……おい、ライト。やばくねえかあれ。どうするつもりだ」


 後半は声を潜め、ライトにだけ届くように囁くファイリをちらっと横目で確認をする。

 普通ならば駆け出しの冒険者である彼らが挑むような相手ではない。無鉄砲なところがあるセイルクロスと、自信が服を着て歩いているようなマギナマギナでさえ、巨大なゴーレムを目視して委縮しているようだ。


「巨大なゴーレムでは呼びにくいので、略してキョレムとでも呼びましょうか」


「呼び名はどうでもいいっ!……ですわ」


 つい地が出てしまったファイリが慌てて語尾を誤魔化しているが、二人はそれどころではないようで、口調の変化に全く気付いていない。

 石造りの椅子から巨大なゴーレムが立ち上がろうとしている。

座っている状態ですら他を圧倒する存在感を醸し出していた、それが直立することにより、三人は見上げた状態のままその迫力に呑み込まれ、気づかないうちにその膝が小刻みに震えていた。


「では、先陣を切らしてもらいますよ。もし敵わないと判断した時は迷わず撤退してください。いいですね」


 三人からの返事を待たずにライトは飛び出していく。

 痛覚のないライトに死の絶望感は薄い。どれだけ恐ろしい敵であろうと彼にとって恐怖の対象にはならないのだ。


「最初から全開でいきますよっ『上半身強化』『下半身強化』」


 上半身を前屈みにして広い歩幅で走る姿は、四足歩行の肉食獣を彷彿とさせる。

 風がライトの黒い法衣をはためかせ、鋭い踏み込みは地面を陥没させ、引き絞られた矢が解き放たれたかのような勢いで、巨大なゴーレムの正面から突入する。


「早まるなライト! 自分も行くぞっ!」


「支援しますっ! 『全身強化』」


 呆けていた自分を叱責する様に頬を自ら一発殴ると、セイルクロスが巨体を揺らして追従する。その背にファイリの補助魔法が飛んだ。


「怯むことが無いとは流石、ライトアンロック! 援護射撃は任せるがいい!」


 法衣が広がるようにわざわざ大袈裟な動作で両腕を広げたマギナマギナは、いつものように特に必要のないオリジナル呪文の詠唱を始めている。

 ライトは手にしていたメイスを躊躇うことなく巨大なゴーレムへ投げつけると、すぐさま背負い袋に右手を突っ込んだ。

 ゴーレムの胸に激突したメイスが派手な音を響かせて弾かれたのを確認すると、メイス専門店で購入した特大メイスを引っ張り出す。


「お披露目といきましょうかっ」


 『怪力』のギフト所持者であるセイルクロスでも、両手で何とか持ち上げるのが精一杯であろうメイスを、ライトは右手一本で軽々と肩に担いで特攻する。

 巨大ゴーレムは重苦しい身体からは想像もできない機敏な動きで、ライトの脳天を目掛けて右拳で殴りつける。

 風を破壊しながらライトに襲い掛かる巨大な拳にちらっと視線を向け、手にした特大メイスで親指の付け根辺りを強打した。


「くううううっ!」


 金属同士がぶつかり空洞に充満した鈍く耳障りな激突音に、仲間たちが苦悶の表情を浮かべる。

 特に一番接近していたセイルクロスには強烈だったようで、両手で耳を押さえ、足を止め必死に耐えているようだ。

 巨大な拳は弾かれライトの代わりに地面を穿つ。

 弾いた方もゴーレムの威力に体が流されそうになったが、足を踏ん張り何とか堪えきると更に踏み込み、拳を振り下ろした状態の無防備な相手の膝裏へメイスを叩きつけた。


「揺れただとっ!?」


 渾身の一撃に空気が震え、ファイリは足元が微かに振動したことに驚愕を隠せないでいる。

 鉱石製の巨体でも、それが人の形をしているが故に、膝裏への一撃はかなり効いたようで膝をついてしまう。


「素晴らしいぞライトアンロック! その無防備な姿を我の前で晒すとは、愚かなり! 稲光よ我が魔力に呼応し、鉄の骸を粉砕すべき力を示せ! 雷光絶轟!」


 マギナマギナの正面に光の粒子が収束し、バチバチと放電をしている。その光景を見た瞬間にライトの『第六感』が緊急退避を伝える。

 体勢を崩した相手に追撃するつもりだったライトだったが、慌てて巨大ゴーレムから距離を取った。

 迸る雷光が一条の輝く光線となり巨大ゴーレムの胸を貫く。全身が放電しながら金色に輝き、光が消えた後には体中から煙を立ち昇らせる。

 表面が少し黒ずんだゴーレムが両膝を地面に突き、停止している。


「どうだ、我の雷光絶轟の威力は!」


「お見事です」


 その場に残っていたら私もただでは済んでいませんよね。という言葉はぐっと呑み込んだライトだった。

 派手な見た目に比例する高威力の魔法なのだが、巨大ゴーレムは片膝を突いた状態から立ち上がろうとしている。


「生物であれば、今の一撃で勝負が決まっていたかもしれませんがっ!」


 対象が生き物であれば、悪くても麻痺ぐらいは発生していた可能性が高いが、魔法生命体であるゴーレムには効き目が薄いようだ。

 今の一撃で倒れていようがいまいが、ライトは止めの一撃、もしくは追い打ちを叩き込む予定だったので既に突進していた。

 背後からメイスを振りかぶり渾身の一振りを、人間であれば尾てい骨があるポイントに命中させる。

 手のひらから伝わる鈍い衝撃に思わず手を放しそうになったライトだったが、柄を力強く握りしめ強引に振り切る。

 ライトの怪力で振るわれた特大サイズのメイスは凶悪な破壊力を生み出し、ゴーレムの腰が前に突き出される形で体が歪む。


「ひびが入ったようですね。そこを集中しますので、皆さん援護を頼みます!」


 珍しく大声を張り上げ指示するライトに、セイルクロスは盾を掲げた。


「任せておけ! さあ、ゴーレムよ。こちらをむけええええっ!」


 その口から放たれた獣じみた叫びはギフト『咆哮』の能力であり、その効果は耳にした相手の注意を自分に向けさせることである。

 魔法生命体であるゴーレムにも『咆哮』の効果は現れ、ライトへ振り向きかけていたゴーレムの赤い瞳が、再び正面に立つセイルクロスを捉えた。


「さあああっ、かかってくるがいい!」


 注意を引きつけたセイルクロスは満足そうに口元に笑みを浮かべると、巨大な盾を剣で叩き相手を挑発している。


「守りを固めます『不可視の衣』」


 ファイリが両手を組み合わせ祈るようなポーズで魔法を唱えると、セイルクロスの全身が薄い光の膜に包まれた。

 この魔法、本来は2年に進学してから学ぶ神聖魔法なのだが、ファイリの能力を見込んだ教師から許可を貰い、既に幾つか上級生用の魔法をマスターしている。


「助かる。礼を言うぞファイリ殿!」


「では、我も更なる殲滅魔法を放つとする――」


「私が近くにいますので、巻き込まない魔法でお願いしますよっ!」


 戦闘中にもかかわらず、その言葉を聞き逃さなかったライトは、追随しようとしたマギナマギナに釘を刺しておく。

 彼女の魔法は確かに高威力だが、前衛で戦う者にしてみれば脅威以外の何者でもない。

 今までずっと、一人で戦うことが多かった弊害により周囲への配慮をしない魔法の行使は、ある意味、目の前の巨大ゴーレムより厄介だった。


 亀裂へ攻撃を加える度にゴーレムが体を捻じり、ライトを迎え討とうとするのだが、セイルクロスの『咆哮』と、乱れ飛ぶ無数の魔法の散弾により、意識が逸らされてしまっている。

 何度か即死級の拳がセイルクロスに殴りかかってくるのだが、磨き上げた『盾術』により角度を調整された盾の表面を滑らされ、その威力が殺されていた。

 それでも無傷とはいかず、セイルクロスにダメージは蓄積されているのだが、ファイリの神聖魔法により傷は即座に癒される。

 四人による初めての連携は思ったより上手く軌道に乗り、派手さは無いが着実に相手の体を削り亀裂が広がっていく。


「そろそろ、終焉を告げるとしよう! 深淵よ、あ奴の自由を奪え!」


 マギナマギナが発動した魔法は地面を大きく揺るがし、ゴーレムの足元に亀裂が走る。そして、ぱっくりと二つに地面が裂けると、そこにゴーレムの足が膝辺りまでのみ込まれた。


「その凶悪なる鉄塊で哀れな鉄の骸を、永遠の眠りへ誘ってやれ!」


「了解しました!」


 両足の自由が利かなくなり、両手を大地に突き、その巨体を引き抜こうとしているゴーレムの腕をライトが駆け上っていく。

 肩口に差し掛かり、そこから大きく跳躍すると同時に今まで片手で振るっていたメイスを両手で掴み、上半身を限界まで捻った。


「安らかなる眠りをっ!」


 魔法生命体への手向けの言葉と同時に放たれた凶悪な一撃は脳天を捉え、頭を粉砕しながら首元までメイスの先端が埋まる。

 ライトはメイスをゴーレムの体に残したまま、背を蹴って地面に降り立つと、その巨体がゆっくりと地面へ向けて倒れ伏す。

 砂塵と風が舞い上がり、最後の足掻きとばかりに強風がライトたちの体に叩きつけられる。視界を覆う砂埃がおさまると、そこには巨大な体を静かに横たえる、赤銅色の像があった。


「倒せたようですね」


「ああ、ライトの独壇場であったな。見事だったぞ、ライト!」


「ありがとうございます。敵の注意を引きつけてくれて、助かりましたよ」


 歩み寄るライトに向けて手を掲げているセイルクロスに、ほんの少し戸惑ったようだが、何かを確かめるように自分の手の平を見つめ、大きく息を吐いた。

 二人の手が打ち合わさり、両者がニヤリと笑う。そんな男同士のやり取りを羨ましそうに見つめていたファイリが、驚いたような表情を浮かべライトへ声を掛ける。


「ライト、珍しく自然に笑っているな」


 何を言われているのか理解できなかったライトは、自分の口元を手で弄った。


「私はいつもこんなものですよ」


「いや、いつもは理想的な聖職者に見える薄い笑みを浮かべているが、その裏に腹黒い何かを潜ませているような暗黒の笑みだ」


 マギナマギナにそう断言され、少しだけ日頃の表情を改めようと誓うライトだった。


「しかし、このゴーレムは何だったのでしょうか。ゴーレムは製作者によって形は様々といいますが、全身鎧のような巨大なゴーレムなんて聞いたこともありません。マギナマギナさんは何かご存じありませんか?」


 ファイリは自分よりもあらゆる魔法に通じているマギナマギナの方が、詳しいだろうと話を振る。


「ゴーレムは魔力付与に長けた古代人が創り出した物か、魔境で生み出される場合かの二択しかない。現在の魔法使いではこれ程、高性能のゴーレムを制作することは、まず不可能。ここは魔境ではなくただの廃鉱山。必然的に古代人の遺物だと考えるべきだな」


「古代人……確か、大昔にこの世界を統べていたと言われる人類だったか。このような物を作れるとは、自分には理解が及ばない世界だ!」


 ライトはじっとゴーレムを見つめながら、内心では仲間の説明に納得はしていなかった。

 このゴーレムは確かに強敵ではありましたが、事が上手く運び過ぎたような気がします。戦いも何と言うか、師匠であるギルドマスターとの組み手のような感覚に陥る瞬間がありましたからね。

 そう思いながらも倒した事実は変わらないので、左右に頭を軽く振り、あまり深く考え込み過ぎないことにしたようだ。


「じゃあ、このゴーレムを丸ごと持って帰りましょうか」


 希少な鉱石で製造されたゴーレムを少しでも放置するのは、勿体ないという結論に達したライトの言葉。

 仲間もその判断に異論はないようで、ライトはゴーレムの手を握ると、そのままずりずりと引っ張っていく。

 収納袋に入るか試しても良かったのだが、これほど大きな物体を全て入れることが可能だということが他者にバレると、何かと面倒だと判断した上での行動だ。


「では、帰るとするか……ファイリ殿どうしたのだ?」


 引きずられていくゴーレムの後ろからついていこうとしたセイルクロスは、空洞の隅をじっと見つめたまま、微動だにしないファイリへ声を掛けた。


「いえ、誰かの視線を感じた気がしまして。気のせいですね。参りましょうか」


 頭を振り、ファイリが列の最後尾につく。

 全員が去った後の鉱山の空洞の片隅の景色が揺らぐ。壁から浮き出てくるかのように一人の男が姿を現すと、消えていったライトたちの方向をじっと見据えていた。

 その男は、土色の衣類を着込み、つばの広い帽子をかぶっている。背に担いでいた楽器を手に取ると、その弦を一回弾く。

 澄んだ音色が空洞に反響すると、誰もいない鉱山内でライト一行と戦うことのなかった無数のゴーレムたちが光の粒子となり、男の元へ集まる。その光は男が腰に備え付けていた小さな袋の中へ全て吸い込まれていった。


「相変わらず、面倒なことをしているよねー」


 土色で統一している男の脇に突如現れた緑の少女が、宙に浮いた状態で楽しそうに笑っている。


「上手くやれたか?」


「バッチリだよ! これでライトアンロックに何かあった時に助けてあげられるしねー」


「そうか。それは重畳だ。暫く、彼らの元から離れなければならぬからな。何かあった時は頼むぞ」


「ツチヤってたまにオッサン臭くなるよね。言葉遣いとか」


「ああ、すまん。口調を戻すか。何百年も生きれば、自然にこうなるさ。あと何度も言っているが土塊だ」


 ツチヤと呼ばれた男は大きくため息を吐くと、もう何百何千とやり取りしてきた、名前の訂正を口にする。


「土塊ってかっこ悪いもん。でさー、神に選ばれたあの子に鉱石渡したいなら、普通に渡せばいいのにぃー」


「ついでに、今の実力を確かめたかったからな」


 帽子のつばを指で押し上げ、現れた土塊の目には仄暗い光が宿っている。

 それは見知らぬ人が見れば生気のない死んだような目に見えるだろう。だが、土屋と長い付き合いのミトは、それは諦めることを知らない強い意志を秘めた男の目だと知っていた。


「それで、実力は満足できたの?」


「正直、まだまだ、あれに手は届かないだろう。だが、急成長しているのは確かなようだ。数年後が楽しみだな」


 精霊である自分の主である土塊が珍しく少し微笑んだように見えたことが、ミトには嬉しかった。土塊が感情を表に出さなくなって、もう何百年になるのか。

 大切な主の望みが叶うように、ミトは立ち去ったライトへ祈ることしかできなかった。


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