大樹のある町
「そろそろ、町が見えてくる筈です。あの町を見たら、皆さんきっと驚きますよー」
御者が顔をほころばせ、ライトたちを見回している。
あれから四日。魔物が何度か現れることはあったが、全てを問題なく殲滅除去した一行は、予定よりも数日早く、目的の町に到着しようとしていた。
「驚く、ですか。一体何があるのです」
「ふふーん。それはついてのお楽しみですよ。っと、この坂道を上りきったら正面に見えてくると思います」
かなり勾配のある坂を乗り越えた馬車から見える景色が一変した。
今までは視線の先には街道に沿って生えた木々と、青い空、代わり映えのない道しかなかったのだが、開けた視界が緑に染まる。
そこからはなだらかな下り坂となっていて、下りが終わった先に町がある。首都に比べれば比べるまでもない小さな町だが、重厚な壁に囲まれた安心感のある造りをしていた。
だが、目を引く場所はそこではない。この町を始めて目撃した者が、誰もが目を奪われる光景。町の北側に深い緑が広がっている。町の三割を覆っている緑の――葉。巨大な大木から伸びた枝葉に青々と茂る見事な葉色に、感嘆の声が漏れる。
「これは見事な……木なのですか……」
「ええそうです。この町を守る御神木。緑の精霊が宿る聖樹だという話ですよ」
まるで自分の事の様に自慢する御者の声は、ライトたちの耳には届いていなかった。ただただ、その光景に圧倒され、視線を外すことができずにいた。
「ようこそ、聖樹に守られし町チェリーブロッサムズへ」
ただの町の名前だというのに、その言葉の響きが心地よいと思うライトたちだった。
町を覆う巨大な枝葉を眺めながら、ライトたち一行は町の門をくぐり抜けていく。
街中は首都と比べても見劣りしないぐらいに活気があり、行き交う住民の表情が明るく、人々が日々の生活を楽しんでいるのが伝わってくる。
「何というか。雰囲気のいい町ですね」
「そうでしょう。聖樹のおかげで魔物が寄り付かないらしく、この町は一度も魔物の襲撃にあったことがないそうですよ。おかげで、年々人が増え、あっという間にこんなに大きな街へと発展したそうです」
「素晴らしいですわ。もっと近くで聖樹様を拝見させていただきたいですね」
御者の目があるのでファイリは首都を出てから常時、淑女状態である。
今も理想的な聖女を演じ、口元をほころばせながら慈愛溢れる態度を保ち続けていた。
「見学は可能ですよ。宿を確保してから、皆さんで行ってみては如何ですか?」
ライトたちは顔を見合わせると、皆が同じ思いであることが見て取れたので、全員が同時に頷く。
「聖樹と言えば、吟遊詩人土塊の冒険ではないか! これは、見に行くしかあるまい!」
「聖なる樹か! 神々の御加護を得た樹木かも知れぬな! 敬虔な信者としては祈りを捧げなければな!」
セイルクロスの反応は予想通りだったのだが、マギナマギナが飛び付いてきたのはライトにとって意外だった。
だが、よくよく考えてみれば、土塊の冒険に出てきた登場人物の熱心なファンである彼女が、聖樹というキーワードに反応を示さない訳がない。あの物語でも聖樹は重要な役割を担っているので、マギナマギナは軽い興奮状態に陥っている。
「では、宿で荷物を置いてから、町の探索がてら行ってみましょうか」
全員が乗り気のようで、宿屋に着くとさっさと荷物を置き全員で聖樹へ向かうこととなった。
「これが聖樹ですか。近くで見ると圧倒されますね」
「ほおおおぅ」
「贄の島の聖樹もこんな感じなのだろうか。滾るな!」
「なんという生命力でしょうか……」
四人が大樹の根元で天を仰ぎ、感嘆の声を漏らしている。
周囲にも多くの見学者がいて、同様にその大きさに圧倒されているようだ。
聖樹――何百年前は小さな一本の枝だったそうだ。葉が数枚だけ残っている、子供が片手で振り回せる程度の短い枝。
旅人がその枝を大地に刺すと、その枝は見る見るうちに大きく育ち聖樹となったと、村では伝えられている。
「しかし、樹齢がたった数百年とは思えない巨木ですよね。村の伝承もあながち嘘ではない。そう思わせてくれます」
聖樹の成り立ちは、この村に着いてから聖樹の観光受付所を村人に聞く度に、懇切丁寧に教えられたので、四人はもう暗記するレベルで覚えてしまった。
樹の幹は太いと表現していい次元を超越していて、ライトの住んでいた村がすっぽり入れるのではないかと思わせるぐらいだ。
「あれですね、ここまで見事だと木に登りたくなりませんか」
ライトが零した言葉を耳にした仲間たちは、一斉に視線を向ける。
その顔に浮かぶ表情は訝しげで、声には出さなかったがその目が「何言ってんだこいつ」と語っていた。
「お兄さん面白い事を言うね」
柔和な笑みを浮かべ、歩み寄ってきた男が一人。
頭が少し寂しくなってきている、立派に膨らんだ腹部をもつ中年男性。服は上下とも深緑に染められ、よく見ると周辺に同じ格好をした人が何人かいる。
「ええと、どちらさまでしょうか」
「ああ、すまんすまん。私は聖樹様の管理をしている者だよ。管理と言っても、周辺の清掃や聖樹様を傷つける馬鹿者がいないか、皆で見張りしている程度だがね」
そう口にすると広くなったおでこをぺちぺちと叩き、目を細めて聖樹を見上げている。
この緑の服は制服らしく、この服を着込んでいる者は聖樹を管理している団体に与する者のようだ。
「聖樹の成り立ちは、村人の皆さんからお聞きしましたが……失礼な質問を一つしても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
「何故、この大木は聖樹と呼ばれているのですか? 信じられないぐらいの大木ではありますが、聖属性の力も感じませんし」
聖を頭に抱く呼び名は、聖属性に関するものが大半だ。聖剣、聖なる武具、聖職者、聖人のどれをとっても聖属性が関連している。
巨大過ぎる大木だけであるなら、聖を付ける必要もない。というのが一般の認識である。
「ああ、それはだな。聖樹様の周辺には魔物が寄りつかないのだよ。聖樹様の力を恐れ魔物が一切近寄ってこないから、聖なる力で守られているのだと村人の誰もがそう思い信じている。イナドナミカイ教団の方も、この木は特殊な聖なる力で守られていると太鼓判を押してもらっている」
イナドナミカイ教団が太鼓判をね……。上層部に腐った人材が居座るような教団の太鼓判に何処まで信憑性があるのか、ライトはそう思わずにはいられなかった。
そんな想いを抱いた状態で隣に並んで立つファイリへ視線を向ける。
目と目が合ったファイリはそれだけで、ライトが何を言いたいのか感じ取ったらしく、肩が触れる距離まで接近すると、耳元で囁いた。
「聖属性の力は全く感じねえ。むしろ、闇属性の魔力を感じるぐらいだ。だが、嫌な感じはしねえな。温かみのある不思議な感じだ。聖樹と呼ばれているのは、あながち間違っていないと、俺は思う」
ライトは小さく頷くと、もう一度聖樹へ目を向ける。
無数に伸びる枝。葉は青々と茂り、その生命力に圧倒されそうになる。一番近くに見える枝もかなりの高さにある。無駄にバカでかいイナドナミカイ教団の大聖堂のてっぺんより、高い位置にあるようだ。
その枝を何気なく眺めていたライトは、ある光景を目の当たりにして体が硬直する。
高みにある枝に腰かけている――少女の姿があったからだ。
髪も服も緑で統一された少女。距離があるので、ライトの眼を以ってしても詳細まではわからないが、その少女がライトと視線を交わし、微笑んでいるように見えた。
「危ないですよ、そんなところにいては」
到底、声が届く距離ではないのだが、思わず呟いていた。
その声が聞こえたかのように、緑の少女は大きく手を振る。
ただでさえ安定しない枝の上で、大袈裟に手を振る少女にライトは危機感を抱いたその時、緑の少女がバランスを崩し、枝から滑り落ちた。
今いる場所から枝までかなりの距離があり、飛び出したのはいいが間に合う距離ではない。
「間に合ってくださいっ『上半身強化』『下半身強化』」
全身に力が漲り、大地を抉りながらライトが疾走する。
いきなり走り出したライトの行動が理解できず、反応できない仲間を置き去りにして、少女の落下予想地点へ全力で駆けた。
一歩の歩幅を広げ、跳ぶように走るライトは両腕を限界まで伸ばして、大きく跳躍する。
大きく頼もしい腕にその少女が落下――しなかった。
その手には何の感触もなく、ライトはうつ伏せ状態のまま土を巻き上げ、大地を滑っている。
ある程度進んだところで、その手に少女がいないことに焦ったライトが身を起こし振り返ると、そこには宙に浮かび、悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑う少女がいた。
「あははははは、面白いねキミ! ボクはミトコ……じゃない、ミトって言うんだ。キミの名前は?」
黒の法衣の土汚れをはたきながら立ち上がったライトは、眉根を寄せながらも何とか笑顔を作り上げ、その問いに答える。
「ライトアンロックと申します。貴方は見たところ精霊なのでしょうか?」
宙に浮かび、よく見ると緑の服も半透明でその肌も緑に染まっている。
学園の授業で学んだ植物系の精霊に近い外見をしていた。
「うん、そうだよ! ボクはこの聖樹と呼ばれる木に宿る精霊、ドリアードだよー」
精霊ドリアード。木の精霊として最も有名な種族。
長い年月を経た木々に生命が宿った魔物。とされているが、実際のところ不明な点が多い。
森に迷い込んだ人を誘惑し、自分の本体である木に取り込み吸収するという話もあれば、森で迷っている子供を家まで送ったという、真逆の物語まで存在する。
基本的には森に危害を加えなければ大人しい魔物というのが、一般的な認識だろう。
ただ、四大元素を操る魔法使いや、精霊に力を借り魔法のような力を引き出す精霊使いからは、魔物ではなく精霊として別の種族だと考えられている。
「ドリアードのミトさんですか、初めまして」
「うんうん、へえー、キミがライトアンロックかー、ふーーん」
ライトの周囲をぐるぐる回り、興味深げにライトを観察しているミトを見つめるライトの目がすっと細くなった。
「私の事を知っているのですか?」
「へっ? な、なんで、知っているわけがないよー」
慌てて胸の前で手を慌ただしく振り、頭も激しく左右に揺れている。
わかりやすい。このミトという名のドリアードは隠し事のできない体質なのだなと、ライトは即座に理解した。
「そうですか、それは失礼しました」
「いいよ、いいよー。うんうん、ボクキミのこと気に入ったよ! だから、これあげる」
ドリアードが透明な自分の体に腕を押し付けると、その腕が体内へと沈んでいった。
そして、何かを弄るような動作をすると、一気に腕を引き抜いた。
その手には一本の枝が握られている。青々としたみずみずしい葉が三枚だけついた、これといって特徴のない枝。
「はい、どうぞ」
ミトはニコニコしながら、その枝をライトの胸へと押し付ける。
唐突にこんな事を言われても普通なら困惑するだけだろう。会って間もない精霊と二言、三言言葉を交わしただけで気に入られる理由がまず不明だ。
そして、何故か枝をあげると言われたら、戸惑うのも無理はない。
「ありがとうございます。枝ですね……」
「枝だよ!」
即答されたが、ライトの求めている答えはそれではない。
「この枝、何かあるのですか?」
「うん、これはボクの本体から切り落とした枝だよ。葉っぱが三枚あるでしょ」
「ええ、ありますね」
「葉っぱを摘まんで、えいやっ! って、ちぎったらボクが召喚できるから。便利でしょ」
「つまり、三回だけ貴方を召喚できるということですね」
「そうそう。困った時に呼んでくれたらいいよー。ボクこう見えても植物操作と闇属性の魔法操れるんだよ! すっごいだろー」
「それは凄いですね。ありがたく頂戴します」
ライトはお礼を口にすると、枝を収納袋へ入れておいた。
ミト自体は明るくマイペースで、敵意も感じられない。ただ、それは表向きだ。何百年も生きているであろう大木の精霊なのだ。
長年生きていれば本心を表に一切出さずに、腹芸の一つぐらい容易くやってのけるだろう。とライトは考えていた。
「本当に困った時に使ってね! っと、キミの仲間がこっちに近づいてきているみたいだ。じゃあ、ボクは帰るねー。困ったらちゃんと使うんだよー。あ、それからボクのことは秘密にしといて。じゃあねー」
ミトは空へと浮かび、ライトへ何度も手を振りながら上へ上へと飛んでいき、聖樹へと溶け込んでいった。
「おーい、ライトアンロック! 急に走り出してどうしたのだ!」
「虚構と現実の狭間を彷徨っていたのかっ!」
「ちょ、ちょっと、二人とも……もう少し、はぁはぁ、ゆっくりぃ」
元気に駆けてきたセイルクロスとマギナマギナは大声でライトの名を呼び、遅れて到着したファイリは息も絶え絶えで、聖樹に手を突き呼吸を整えていた。
身体能力が優れている二人と、体を動かすことが少し苦手なファイリとの明確な差が出ている。
「いえ、さっきドリ……珍しい鳥が飛んでいまして、つい夢中で追いかけてしまいました。逃げられてしまいましたが」
「あんな勢いで追いかけられたら、誰だって逃げるだろ……」
恥ずかしそうに頭を掻いているライトにファイリがぼそりと呟く。
苦笑いを浮かべながらも、その瞳は聖樹を見据えている。
ミトと名乗ったドリアードの意図が掴めないが、敵対する存在ではない。と考えたいが油断をせず、警戒を忘れずにいようと、枝を入れた収納袋をそっと撫でた。
申し訳ありませんが、暫く『物理特化の回復職』の更新を休ませてもらいます。
代わりと言ってはなんですが、本日12時にちょくちょく書き溜めしておいた新作をあげましたので、もし宜しければ覗いてやってください。
題名は『俺は畑で無双する』です。
夏はなにかと忙しいというのもあるのですが、最近ちょっと話が思いつかなくて、構想を練り直しているところです。
そして、息抜きで書いた作品は筆が進むという矛盾。




