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物理特化の回復職  作者: 昼熊
入園編
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入学試験 中編

 翌日、ライトは指定の時間に、大聖堂奥のホールで他の受験生と共に整列していた。

 昨日は受付で助祭を希望すると、ファイリと同じような反応をされたのだが、特に追求もされず要望が通り、今日に至る。

 これから、身体測定と神聖魔法の適性検査があり、その後、筆記試験と面接。そこまでが午前中の内容である。


 午後からは午前の結果を踏まえた上でチームが決定され、受験生同士、三対三での模擬戦が行われる。

 午前の結果が悪くても、この模擬戦で活躍できれば合格は確実なので、受験生の大半は午前中よりも午後をメインに考えているようだ。

 ライトはそんなことも知らず、特に意識することなく淡々とこなしている。


「あー、きみ。まずは身長体重を測るから、そこにのって」


「はい」


 簡素なだぶついた服に着替えさせられたライトは試験官に促されるまま、人が一人立てる程度の板に長い棒を突き刺したような測定器の上に移動する。

 この装置は乗った者の体重や身長を瞬時に測定できる、魔法の道具――魔道具である。田舎者のライトはお目にかかったことがなかったが、首都ではごく一般的に知られている珍しくもない魔道具の一つだ。


「ほうほう、やはり、かなり背が高いな。今年の受験生で一二を争うでかさだ……ええと、体重は……はあああっ!?」


 試験官は魔道具に表示された数値が信じられないらしく、目を擦り何度も確認するが、数値が変化することは無い。


「おいおい、この身長から逆算しても、体重が平均の三倍は軽く超えているぞ」


「昔から骨太で、異様に重いのですよ。母もおんぶ中に腰を抜かしたことがあるそうです」


 驚愕する試験官に対し、ライトはいつもと変わらず薄い笑みを浮かべ、事もなげに説明する。


「し、しかし、それで納得できる体重では……」


「もう一度、乗りましょうか? ですが、他の受験生が待たれているようですが」


 ライトの言う通り、後方にはまだまだ受験生が並んでいる。

 魔道具の誤操作だろうと、自分自身を無理やり納得させた試験官は、適正体重より少し重い体重を記載するとライトへ手渡し、次へ進むように促した。

 視力、聴力は何の問題もなく最高値を叩き出し、次に筋力を調べる部屋へと移動する。

 ここでは、握力、背筋力、打撃力を測定するようで、ライトの前に入った生徒たちが、順番に検査を受けていた。

 ライトの順番になり、測定器の前に移動したところで、母親が口を酸っぱくしてライトに注意していたことを思い出していた。


「あんたの怪力は尋常じゃないの。だから、試験場で測定する時は力を抑えること。いいわね、決して本気を出さないように。変に注目を浴びたら困るのはライトなのだから」


 産まれつき怪力だった自分を母はいつも過剰に心配していたなと、ライトは苦笑いを浮かべる。


「わかっていますよ、母さん」


 小さく自分に言い聞かせるように呟いたライトは、試験官に渡された握力を測定する魔道具にほんの少し――極力、力を抑えて握り込んだ。


「おおっ、凄い値だな! キサマの名はライトアンロックか、覚えておくぞ。今年の受験生で二番目だ」


 他の試験官と違い、法衣も着込まず、袖のないシャツ一枚の筋骨隆々の男が、ライトの体を頭のてっぺんから足先まで観察して感心している。


「俺は学園で実技を担当している。お主が入園することになったら、また会うこともあるだろう。残りの試験も頑張れよ!」


 気さくに笑う教師らしき人にライトは「ありがとうございます」と礼を言い、深々と頭を下げた。内心では、あの程度まで力を抑えたら問題ないのかと、安堵のため息を吐いていたのだが。

 背筋では三位、木製の棒を使って測る打撃力では二位の数値を叩き出し、かなり注目されているのだが、ライトは気づいていない。

 

 普通ならば、期待の生徒が入ってきたな程度の反応なのだが、ライトの進路先は助祭である。助祭は基本、接近戦が苦手で一応自衛の為に訓練はするのだが、魔法の鍛錬に重きを置いている。身体能力や武術を鍛えるのは神官戦士の務めである。

 故に、助祭希望でありながら神官戦士を上回る身体能力に、試験官の注目が集まるのも無理はなかった。

 そんな状況におかれていることを理解していないライトは、神聖魔法の適性も問題なく、筆記試験、面接も無難にこなし、試験会場の近くに隣接されている巨大な食堂で昼食を取っていた。


「くそ、あの問題難し過ぎるだろ」


「魔法の適性が低すぎるなんて……どうしたらいいんだ」


「まあ、余裕かな。午後を待たずして合格は確実だろう」


「上位クラスを目指すには、模擬戦も勝っておいた方がいいけどね」


 他の受験生も同様に昼食を口にしているのだが、ライトの耳に届いてくる声は、自信なさげに結果を心配している声と、余裕の態度で優雅に過ごす声の二極だった。


「あら、ライト様。奇遇ですね」


「おや、ファイリさんですか」


「ここ、宜しいですか?」


「ええ、どうぞ」


 ライトに声を掛けてきたのは、昨日何かと世話になった少女、ファイリだった。

 大食堂は受験生で満員なのだが、何故かライトの周辺には空きが多く、ファイリがこの席を見つけたのは偶然である。


「あの、それだけの量の食事を一人で?」


「ええ、戦の前は腹八分目と申しますからね。いつもより抑えてみました」


 その答えを聞き、ファイリの笑顔が凍り付く。

 ライトの目の前にはここで提供される定食が三人前、それに、追加で山盛りのから揚げが置かれている。その量に見ているだけで胸やけを起こしそうになったファイリは、できるだけ机の上を見ないように心掛け、席に座った。


「試験では大活躍だそうですね」


「そうなのですか? あまり自覚がないのですが」


「ご謙遜を。身体能力の高さが噂になっていますわよ。それに、神聖魔法の適性もかなり高く、将来有望だそうで」


 称賛の言葉にライトは少し困ったように笑顔が引きつる。

 正直、あまり目立ちたくなかったので、もう少し力を制御するべきだったとライトは反省していた。


「神聖魔法は子供の頃から頻繁に使っていましたからね。そのおかげですよ」


「子供の頃から? ということは既に神聖魔法を扱えるのですか?」


 ファイリは少しだけ目を見開くと、探るような視線をライトに向ける。


「はい。5歳ぐらいからでしょうか。司祭である母に教え込まれ、簡単な治癒が使えるようになったのは」


 ライトがそう発すると、がたっと大食堂内の椅子や机の揺れる音が、至る所から響いてきた。どうやら、二人の会話に聞き耳を立てていた受験生が反応したようだ。

 ファイリは息を呑むと、ライトに気づかれぬよう小声で「嘘だろ……俺よりも早く」と零す。


「ん? 何でしょうか」


「いえ、なんでもないですよ。ライト様は事の重大さがわかっていませんよね。神聖魔法というのは扱いが難しく、優れた聖職者の下で英才教育を受けたとしても、発動できるようになるのは最速で10歳からだと言われています。それが5歳だなんて、大口を叩きすぎると悪目立ちしますわよ」


「そうなのですか? ご忠告感謝します。私が幼い頃から魔法を使えたのは、たぶん、それは生死が懸かっていたからだと思いますよ。私も生きる為に必死でしたからね」


「生きる為?」


 ライトが何を言っているのか理解できなかったファイリは思わず、繰り返してしまう。


「ええ、まあ、色々ありまして」


 言葉を濁すライトにそれ以上の追及は避けたようだ。

 昨日知り合ったばかりの相手に深く踏み込むわけにもいかないと、ファイリは判断した。


「後は残すところ模擬戦のみですわね」


「確か、三対三のチーム戦だと伺ったのですが」


「そうですわ。午前の部で調べた能力を参考に三人一組のチームを作ります。基本的にチームの総合力が平均的になるように組むそうです」


 ただそれは数値上で判断した結果なので、実際の戦闘になると想像以上に力を発揮する者や、逆に足手まといとなる生徒も後を絶たない。

 最後の模擬戦はチーム戦にかこつけた、個々の戦闘能力を見る試験という目論見が強い。


「神官戦士候補が二人に、助祭候補が一人でしたか」


「ええ、助祭よりも神官戦士を受験される方が毎年多いですから」


 ここ聖イナドナミカイ学園の神官戦士と助祭の生徒数は二対一の割合である。これにはれっきとした理由がある。そもそも、助祭というのは神聖魔法を操る才能が無ければ試験に合格ができない。

 神官戦士は入学時に魔法の才能が全くなくても、入学を許可される。入学してから神聖魔法を学べば初期魔法ぐらいは使える者が現れるからだ。


「おやぁ、これはこれは、ファイリ様ではありませんか。貴方のような御方が、そのような下賤の者と一緒にいらっしゃると、あらぬ噂が立ちますよ。向こうで我々と昼食をご一緒致しませんか」


 二人の会話を遮り乱入してきたのは、目に痛いほど磨き上げられた鎧を着込んだ金髪の男だった。その後ろにもう一人、似たような格好をした小太りな男がニヤニヤと下卑た笑みを口元に浮かべ、ライトたちを眺めている。

 話している最中に何度も髪を掻き上げる仕草を目にして、邪魔ならば切ればいいのにとライトは関係のない事を考えながら、手は休めずに食事を続けていた。


「あら、フォルデン様。それに、ロイマス様。お誘いは感謝いたしますが、先客がいますので」


 笑顔で返すファイリだったが、ライトの目から見て完全な作り笑いだった。それが、わざとであることもライトは見抜いている。


「ああ、キミ。ファイリ様が迷惑しているだろ。直ぐに、そこをどけ」


 フォルデンと呼ばれた男はライトを完全に見下し、小馬鹿にした口調で命令をする。


「このから揚げ、変わった下味がついていますね。うちの田舎では味わったことのない、風味ですよ」


「これは、遥か東方にある小島から伝わってきた調味料らしいですよ。私もこの味好きなのですよ」


 二人は完全に無視をしている。彼の存在はないものとして、雑談で盛り上がっている。


「おい、そこの者! 大司教の息子である、この僕の命令が聞けないのかっ!」


「午後に向けて、まだ時間がありますよね。良かったら、静かな場所でチーム戦についての助言をいただきたいのですが」


「はい、いいですよ。私も予定がありませんので」


「貴様、無視をするな! 僕に歯向かったらどうなると――」


 フォルデンは最後まで話すことができなかった。無言で、その場に立っただけだというのに、ライトから滲み出る迫力に負け、言葉を呑み込んでしまう。


「どうなるのですか? まさか、平和と敬愛を教義とするイナドナミカイ教の大司教の御子息様が、受験生を脅す、なんてことはありえませんよね」


 満面の笑みを向けられただけだというのに、フォルデンの背に大量の汗が浮かび、膝が小刻みに揺れる。

 理屈ではなく、ライトという存在に本能が怯えているのを、フォルデンは理解できずにいた。ただ、怖い。それだけが胸中を占めている。


「そ、それもそうだな。お、おい、行くぞ!」


「どうしたんだ! あいつをあのままにしていいのか」


「いいから、来い!」


 ぎこちない足取りで遠ざかるフォルデンの後を追い、ロイマスも大食堂を後にする。


「全く、面倒な方々ですわ」


「何処にもああいった輩はいるのですね。うちの村にも権力を笠に着た馬鹿者がいましたよ」


「私は大丈夫なのですが、ライトさんはあの二人を敵に回すのは、良策とは言えませんよ。あれでも二人はかなりの実力者ですし、親が権力者ですから」


「まあ、直接的な嫌がらせであれば、正面から砕けばいいだけの話です。権威を笠に着られましても、私には後ろ盾も関係者もいませんから、嫌がらせを受けたところで問題ありませんよ」


 だったら余計にライトの身が危険なのだが、ファイリはその事を口にしない。

 ライトといると、そんなことで心配するだけ無駄なのでは、と妙な安心感を覚える自分に、ファイリは少し戸惑っていた。


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