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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
28/42

旅路

 首都の外壁を出て、少し進んだ場所に大きめの空き地がある。そこには小さな砦があり衛兵も駐在しているので、待ち合わせに利用する者が多い。

 ライトもその例に漏れず、鉱石集めの依頼の待ち合わせ場所となっていた。

 朝早く目が覚めたライトは、昼近くまで何とか時間を潰し、誰よりも早く集合場所へやってきた――つもりだったのだが、既に先客がいた。


「良い朝だな、ライトアンロック! 今日から暫くの間よろしく頼む!」


 鉛色の全身鎧を纏った大柄な男が、聞き慣れた大声を張り上げ、右腕を激しく振っている。


「あら、ライトさん。同じ依頼を受けるとは奇遇ですね。お互い頑張りましょう」


 フード付きの白い法衣を着こんだ美しい少女が優しく微笑み、首を垂れている。


「我が親友ともライトアンロックよ! 我とのえにしは誰も裂くことはできぬようだな!」


 緑の法衣の前を大胆に開け、相変わらず露出度の高い服装を見せつけるかのように胸を張っている、緑の帽子を被った女生徒。

 その三人にライトは見覚えがあり過ぎた。


「……奇遇ですね。セイルクロス、ファイリさん、マギナマギナさん」


 それが偶然ではないことを感じ取っていたライトだったが、今更どうすることもできないので、いつもの笑顔を取り敢えず貼り付けておいた。


「これが荷運び用の馬車だ! よろしく頼むぞ、馬よ!」


 そう言って、荷台に繋がれている黒い巨大な馬の背を叩く、セイルクロス。普通、馬というのは臆病で繊細な生き物なので、人に慣れているとはいえ、あの大声を至近距離で聞けば怯えても不思議ではない。

 だというのに、黒馬は平然と突っ立ったまま、大きく鼻を鳴らしたのみだった。


「これは、ワイルドホースですね。見事な調教をされているようですわ」


 ワイルドホースとは馬の形をした魔物のことで、気性が荒く、身体能力にも優れている中々手強い魔物である。本来なら人に懐くことはありえないのだが、産まれて間もないワイルドホースを赤子から育てると、優秀な荷運び用の足となってくれる。

 そうやって、何代にも渡り育て続け、人に従順な品種も生まれつつあるようだ。

 ただし、特殊な育成方法と、餌も一般的な馬に比べ大量に必要であり、一般に浸透するには、まだ時間が掛かるだろう。


「うちの子はどれも利口ですよ。皆さんが、今回の護衛と鉱石発掘のメンバーですか?」


 御者席にいた男が頭を下げ、ライトたちの元へと歩み寄ってきた。

 歳の頃なら30前後、街中を歩けば一時間の内に二三人はすれ違いそうな、極平凡な特徴の少ない男性といった感じだった。


「はい、冒険者ギルドの依頼を受けてやってきました」


「あー、貴方がライトさんですね。依頼主である店主からお話は伺っていますよ。かなりの凄腕だそうですね。期待しています」


「いえいえ、まだまだ若輩者です。こちらの三名は学園でも成績優秀です。旅路の安全は保障してくれる筈です」


 ライトに褒められ三人は満更でもない顔をしている。


「それは、安心して任せられますね。道中、よろしくお願いします」


 こうして、ライト一行の三週間限定ではあるが、旅が始まった。


 



 旅は概ね順調だった。

 山脈の麓にある村までは道と呼ぶのもおこがましいレベルの、舗装されていない道が続いている。それでも、雑草もなく大きな岩も存在していないぶんマシだと言えるだろう。

 ライトたちは一人が御者の隣に座り前方を警戒し、荷台から後ろをもう一人が担当する。残りの二人は待機となり途中で入れ替わる、というローテーションを組んだようだ。

 午前担当はセイルクロスとマギナマギナ。午後はライトとファイリが受け持つことになった。火力担当のライトとマギナマギナは分けるべきだと判断して、後はバランスを考えて順番が決定した。


 一日目はこともなく過ぎ、二日、三日と平穏な日々が続く。ここまでは、道沿いに衛兵が駐在している見張り小屋も点在しているので、必要以上に警戒することもない。問題はここからとなる。

 四日目、昼食を取り、昼過ぎに再出発したので必然的に見張りはライトとファイリとなる。御者席に腰かけたライトは進路方向へ視線を飛ばし、怪しげな人影や魔物がいないか警戒しているのだが、平穏でのどかな平原が広がっているだけだ。

 日差しも程よい暑さで、たまに護衛中なことを忘れそうになり、このまま眠れたら心地良いだろうなと思っていたが、眠気は隣の御者の終わることのない自慢話により、遥か彼方へ吹き飛んでいた。


「うちには一人娘がいるのですが、それはそれは可愛いらしい娘で、あ、写真見ます? ええとちょっと待ってくださいね。あったあった。どうですか、このつぶらな瞳に愛らしい口元。舌っ足らずな話し方がまた可愛くて可愛くて。私、北方の町ルイクアマで暮らしているのですが仕事で首都まで来まして、最近、娘に会えないのが寂しくて寂しくて。この仕事が終わったらルイクアマに戻る予定なのですよ。あー早く会いたいですよ」


 唾が当たる距離まで顔を近づけ、早口でまくし立てる御者の話に曖昧に頷きながら、助けを求めるように後方へ振り返ったのだが、荷台にいるセイルクロスは睡眠中であり、マギナマギナは目を逸らした。

 ファイリは視線には気づいたようだが、知らない振りを押し通している。

 どうやら援軍が期待できないことを悟り、ライトは微笑みながら、ただ黙って頷く作業を繰り返していた。

 御者はかなり優秀な男らしく、娘自慢をしながらも馬車は道から逸れることなく、言葉は途切れることを知らない。

 ライトは話半分というより、完全に聞き流しながら適当に相槌だけは打つという動作を繰り返しながら、それでも見張りとしての役割は忘れていなかった。


「それで、娘が二歳の時なのですが――」


「すみません、お話はそこまでで。何かがこちらを狙っているようです。マギナマギナさん、周辺を探ってもらえますか?」


「ふむ、少し待っておれ」


 やはり、聞こえない振りをしていただけのようで、ライトの声に直ぐ反応すると幌付きの荷台から顔を出し、小さな杖を構える。


「原初の昔から世界に佇む、風よ土よ、我が魂のささやきに応え、その力を示せ」


 相変わらず意味不明な詠唱をするマギナマギナに生暖かい視線を飛ばすライトと、素直に感心している魔法に縁のない御者。そんな二人に見守られながら、必要のない詠唱は終わり魔法が発動される。


「ライトアンロックよ、これだけ距離があるのによくぞ気づいた。この先に見える小高い丘の頂上付近に4。道の左手に隣接しているあばら家の影に8と言ったところだ」


「12ですか。魔物か野盗か判断がつきますか?」


「おそらく、野盗だな。二足歩行で武具を所持している。体格もまちまちだが、人型に間違いはない」


 マギナマギナの魔法は土で重さを知り、風により相手の体格を測る。それによりおぼろげではあるが大体の姿が見えてくる。


「なるほど、ありがとうございます。セイルクロスを起こして、ファイリさんにも伝えておいてください」


「意見に従おう」


 法衣を大袈裟にひるがえし、マギナマギナが荷台へと戻っていく。


「と、野盗ですか。引き返した方が……」


「いえ、このまま速度を保って進んでください。合図をしたら一気に速度を上げてもらって構いませんか?」


「わ、わかりました」


 ライトの落ち着いた対応に何か考えがあるのだろうと、御者は何も言わずに手綱を強く握りしめた。

 後方では寝起きのセイルクロスとファイリに説明が済んだようで、三人が背後まで接近している。


「さて、全員倒していくか。逃げるか、どちらがお好みですか?」


「自分としては腕試しも兼ねて、戦いたいところだが」


 魔物相手ではなく人相手に何処まで立ち回れるのか、セイルクロスは試してみたいようだ。


「我の力をもってすれば、迷うことなどない。光を選択するか、闇に呑まれるか……それもまた一興」


 暇を持て余していたらしく、今日はいつもよりキレのいい大仰な言葉に、ライトは何となく意味を理解した状態で笑顔を返す。


「私としては逃げた方が被害は少ないと思いますが、私たちが無事逃げおおせたとしても、次にまた別の方が被害に遭うのですよね。ならば」


 ファイリは眉をひそめながらも、戦いを選択したようだ。


「ならば、戦いましょうか。ちなみに一つ、伺っておきますが、皆さん、人を殺した経験は?」


 ライトの問いに三人は無言で応える。

 セイルクロスは戦う意思はあったのだが、人を殺すという行為に至ることを考えていなかったようだ。目を見開き、自分の考えがいたらなかった事を今知った。

 マギナマギナは黙ってはいるが、その目に動揺はなく、全てを理解した上で強行策も受け入れる覚悟がある。

 ファイリはわかっていたようで、目を閉じ、手を合わせて神に祈っている。


「殺さずに済めばいい……と考えているかもしれませんが、ここで捕えたとしても、次の町までまだまだ距離もありますし、首都に引き返すのも時間の無駄です。それに最終的には死刑は免れません。ここで死ぬか、法で裁かれたのちに死ぬか、それだけの違いです」


 淡々と語るライトの言葉の意味が三人に沁み込んでいく。

 マギナマギナは覚悟が決まっているので問題は無い。セイルクロスは悩みながらも戦う意思は曲げない。ファイリはまだ迷いはあるようだが……。ライトはそう判断すると、小さく息を吸う。


「少し大袈裟に話しすぎましたね。我々は聖職者です。相手を諭し、善なる道を示すという方法もあります。それに、人はいるようですが野盗と決まったわけでもありません。近くの村人が、こちらを野盗と勘違いして警戒しているだけかもしれませんし」


 そう口にはしたが、距離が近づくにつれ、こちらに対する明確な殺意をライトは感じ取っていた。人を殺すという経験は、想像以上に心へ負担がかかる。

 それを知っているだけに、同じ思いはさせたくないという優しさがライトにはあった。だが、同時に人と戦うことはどういう事なのか、今の内に経験させておいた方が将来の為に良いのではないかという迷いもある。


「まあ、私が前衛を担当しますので、皆さんは臨機応変にいきましょう」


 相手はさほど強くないとライトは考えている。隠れている場所も目を凝らせば、体の一部や武器がちらほら見え隠れしている。

 隠蔽の技術も未熟で気配を殺すことすらできない。全力で戦えるのであれば、こちらに負けは無いと結論づける。ライトのスキル『第六感』も軽い警鐘しか鳴らしていない。


「とはいえ、一応、策と言いますか、考えがありますので聞いてもらえますか」


 ライトが今後の作戦を口にすると、全員が黙って頷いている。この状況下で全く動揺を見せないライトに全てを託すことに誰も異論はないようだ。


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