依頼
二階層を突破したライトとマギナマギナは扉の帰還装置を利用して地上へと戻っていた。毒の影響は受けなかったのだが、こびり付いた臭いが中々取れず注意が削がれ、マギナマギナも本調子ではないようなので今日の探索はお開きとなる。
迷宮から我が家へ直帰することにしたライトは、いつもの通学路である墓地を縦断している。太陽は完全に沈み、辺りは闇に包まれているのだが、『夜目』のスキルを所有しているので何の問題もない。
普通の人なら夜の墓地特有の薄気味悪さに恐怖するものなのだが、不死系や闇属性の魔物との戦闘に慣れてしまっているライトを怯えさせるには至らなかった。
体の腐った人や動く骨格標本、空飛ぶ目玉といった魔物を日々相手にしているのだ、ただ暗い墓場など恐怖の対象ではない。
「今日も静かな夜ですね。良い場所に寝床を得られて幸運でした」
大司教の嫌がらせもライトには何の効果も与えられていない。むしろ、感謝されている始末だ。通い慣れた道なき道を進み、ライトの住処が見えてくる。
古い建物ではあるが、頑丈な造りの木造家屋。元々あった筈のあばら家とは全く違う建物がそこにあった。
補強された扉を開け、中へと足を踏み入れる。
玄関から居間に直接繋がっていて、奥には備え付けの台所もあるようだ。玄関脇のハンガーにコートを掛けると、そのまま数少ない家具の一つであるソファーへ腰かける。
必要最低限の物しか置いていないので殺風景ではあるが、ごちゃごちゃしていない分、掃除のしやすい我が家だと気に入っていた。
「また、メイスを壊してしまいましたか」
ソファーの脇に置いた収納袋からダークワイルドバイパー戦で使用したメイスを二本、机の上に置き、ため息を吐く。
首都の武器屋で一番頑丈な品を選んだのだが、本気を出したライトの力に耐えられず数日――下手したら一日で壊れることもある。
「投擲用と予備を兼ねて大量に補充はしていますが」
闘技場での儲けがあるので、メイス代金に困ることは無い。だが、そろそろ、愛用の壊れない武器が欲しいとライトは本気で悩んでいた。
手に馴染む武器というのは、その人の戦闘力を飛躍させてくれる。とライトの母も口にしていたことを思い出す。
「明日は迷宮探索を休みでしたね。ならば、武器屋探索と洒落込みましょうか」
休みの日の予定が決まり、特にすることもないので手早く食事を済まし、早々に寝ることにするライトだった。
「すまんが、これがうちで一番頑丈な品だ。要望に答えられずにすまんな」
四件目の武器屋でも同じことを言われ、ライトは失望を胸中で押し殺し「お邪魔しました」と店長に謝り店を出た。
有名どころの店舗や、家族経営の店まで回ってみたが、ライトが望む品は何処にもなかった。朝から探索を初めてもう昼を回っている。
「何処かで昼食でもとってから、考えますか」
職人の店が集まっている一角から裏路地を抜けて、いつもの食堂へと足を運ぶ途中、古ぼけた小さな看板が視界の隅に飛び込んできた。
人気のない、大通りから離れた場所に店がある。商売っけのない人が営業しているのかと、ライトはその看板をまじまじと見つめる。
そこには『メイス専門店』とだけ書かれており、飾り気も何もない無骨なつくりをしていた。
「メイス専門店なんてあるのですね」
ライトは驚いているが、イナドナミカイ教の本部があるこの首都ではそれ程珍しいことではない。他の街に比べて圧倒的に聖職者が多くメイスの需要があり、専門店でも商売として成り立っているのだ。
「すみません」
古ぼけた片開きの扉を開け、店内に足を踏み入れたライトはその光景に目を奪われた。
学園の教室の半分もない売り場スペースに所狭しと並べられているメイスの数々。壁には様々な形のメイスが立て掛けられ、今まで見たことのないような形状のメイスもかなりあった。
「これは凄い」
いつもの笑みを顔に貼り付けるのも忘れ、好きな玩具を目にした子供の様に目を輝かせるライトがいた。
値段もピンキリで学生でも手が届く品もあれば、誰がこんなもの買うのだと正気を疑う値段設定の品が、如何にも頑丈そうなショーケースに飾られていたりもする。
「おっ、客かい。見たところ聖職者……見習いかい?」
夢中になり過ぎていたライトは店のカウンター越しに、こちらを眺めている男の存在に気づいていなかった。
その男はライトより頭一つ分だけ背は低いが、袖のないシャツから飛び出ている腕の太さが尋常ではなかった。もっさりとした髪形で笑顔を向けている顔は彫りが深く、無骨でありながらも愛敬がある。年齢は50前後のように見えた。
「はい、イナドナミカイ学園の一年生です。メイスの品揃えが素晴らしいですね。思わず、見とれてしまいました」
「がははははは! そうか、そうか! そう言ってもらえると、店主としても嬉しい限りだ! まあ、店主と言っても俺だけしかいないがな! うちはメイスだけは自信があるからな! もっとも、メイスしかないが!」
自分で言ったことにうけているようで、でこをパチパチと叩きながら大口を開けて、大笑いしている。ライトは何が面白いのか理解が及ばなかったが、取り敢えず微笑んでおいた。
「幾つか手に取ってみても宜しいでしょうか?」
「おう、いいぜ。客は誰もいないんだ、軽く素振りしてもらっても構わねえ」
「それでは、お言葉に甘えて」
ライトは壁に立てかけられていた中で最も大きなメイスの柄を握りしめる。そのメイスはライトと身長よりも少し長く、先端の柄頭は大人の頭よりも大きく胡桃のような形状をしていた。
「お、そいつを初っ端から選ぶなんて、面白い男だな。だが、やめておきな。それは昔、怪力自慢の馬鹿が客にいてよ、そいつがこんな軽い武器じゃ俺の腕には合わねえ。俺に似合う特注の武器を作りやがれ。なんて生意気なことを抜かすから、嫌がらせに作り上げた実用性のない、無駄に重いだけの……なっ!?」
店主は最後まで話を口にすることができなかった。大の大人が数人がかりで持ち上げることが可能なメイスが、聖職者見習いの若造の手で軽々と持ち上げられたからだ。
「おいおい、それも片手かい。あんた、何者だ」
「私ですか。聖職者見習い、ライトアンロックと申します。程よい重さで、これは使いやすそうですね」
片手で巨大なメイスを振り回し、一振りごとに轟々と風の鳴る音がする。素振りで巻き起こる風により、カウンター越しの店主の髪がたなびいていた。
目の前で繰り広げられている現実に店長は頬を引きつらせながら、苦笑いを浮かべることしかできないでいる。
「いい感じですね。これ貰えますか」
「お、おう、まさかその品が売れる日がくるなんてな。あんた……いや、ライトさんよ。正直な意見を聞かせてもらいたいんだが、それマジで重くねえのか?」
「ええ、まあ。今までのが軽すぎて違和感があったぐらいですから」
「マジかぁ。こりゃ、面白い客だ! 気に入ったぜ、ライト! お前なら色々試せそうだな! よし、秘蔵の武器も倉庫から出してくるぜ。それまで、他の武器も試しておいてくれ!」
店主は慌てて店の奥に引っ込み、激しい物音が時折流れてくるが、ライトは気にしないことにした。ケースの中に飾られているメイスは装飾過多で、実用性が低いものだったのでライトの琴線には触れなかったようだ。
ここに置かれているメイスは全て、今まで購入してきた武器屋のメイスよりも良質で、予備用にも幾つか買っておこうと見積もっている最中に、店の奥から再び店主が顔を出した。
「幾つか試験的に作ったメイスもあるんだが、これも持って行ってくれ。こっちはお代はいらねえ。その代わりと言っちゃあなんだが、使い心地や問題点があったら教えてくれねえか」
そう言ってカウンターに並べられたのは扱い方が不明な代物や、これはメイスなのかと疑いたくなる形状の物まで置かれていた。
「それは構いませんが、私が使用するとことごとく壊れますよ」
「構わねえよ。まだ市販していない試作品だからな。壊れるまで使ってもらえるなら本望さ」
予備用と投擲用に使い道があるだろうと、ライトは快く申し出を受けることにした。
更に、10本追加でメイスを購入すると、店主が満面の笑みを浮かべ、上機嫌となっている。
「今日はいい日だねぇ。今日からお得意様だ。万が一、その巨大メイスが壊れた時は、いつでも修理するぜ」
「ありがとうございます。ちなみに、これ以上、重くて頑丈な品というのはあるのでしょうか」
「これを超える一品か……んんー、あるにはあるが」
「あるのですか!? 是非、そのメイスを見せていただきたい!」
唸りながら答える店主の言葉が意外だったようで、ライトはカウンターに身を乗り出し、顔を接近させ問い詰める。
購入したこのメイスもかなり頑丈に思えるが、正直、ライトの怪力に何処までもつのか疑問がある。これを上回る品があるというのであれば、それは一生の相棒となる可能性を秘めている。ライトが我を忘れ詰め寄るのも無理はなかった。
「落ち着け、落ち着けって。これは噂話なんだが、最近、やたらと重くて頑丈な武具が取引されているって話でな。何処から運ばれたのか不明なんだが、使われている謎の鉱石がやたらと質が良くてな、金持ちの貴族や高ランクの冒険者が目の色変えて探しているって話だ」
「そんなものが。それ程までに質が良いのであれば、製作者から出所が探れそうなものなのですが。どなたが作られたのかも不明なのですか?」
「それがな、製作者はわかっているぞ。銘が打ってある。だがな、その名が胡散臭くてな。到底信じられるもんじゃないんだよなぁ。ふざけているとしか言いようがないぜ。武具に刻まれた名が、数百年前に活躍した伝説の武具職人――キャサリンだそうだ。眉唾だろ?」
そう問われたライトだったが、キャサリンという名に聞き覚えが全くないので、首を傾げることしかできないでいる。
「申し訳ございませんが無知なもので、キャサリンさんを知らないのですが」
「ああ、そうか。武具職人の間では常識なんだが、そりゃそうか。キャサリンってのは人類最高の武具職人として有名な、職人憧れでもある御方だ。一説によると大柄ではあるが絶世の美女だったという噂らしいぞ。まあ、キャサリンは偽名で、筋肉ムキムキの剥げた男性だという説もあるのだが、断然美人説を推したい!」
「浪漫ですか」
「ああ、浪漫だ。っと、話が逸れちまったな。話を戻すぜ。嘘か真かは知らねえが、その鉱石で作られた武具はどんなに乱暴に扱っても壊れることがなく、刃物であれば刃こぼれも殆どしねえらしい。キャサリンの名はともかく、頑丈なのは確かだからな。ただ、異様なまでに重い。だから、剣の芯に入れたり、表面に薄く張り付けたりしているそうだ」
そこまで話を聞いて、ライトの目が更に輝きを増している。自分の怪力に耐えうる武器が手に入る可能性に、逸る気持ちを抑えられずにいるようだ。
今までの人生で、あらゆる武器や道具を破壊してきたライトにとって、その品は魅力的過ぎた。
「お前さんなら、その鉱石のみで作られた武器でも扱えそうだな」
「ええ、試してみたいです」
「だがな、悪いんだが、その武具はさっき話した通り、かなりの貴重品でな。こんな場末の武器屋に回ってくることはまずない。それに、とある商人が独占しているらしく、何年も予約待ちの状態だそうだ」
ライトの目から輝きが薄れ、意気消沈していくのが目に見えてわかる。店長も流石に気の毒に思ったらしく、頬を指で掻きながらカウンター下から一冊の地図を取り出し、上に広げた。
「その鉱石とまではいかないが、最近良質な鉱石が取れる鉱山があってな。そこの鉱石を使えば、かなり頑丈なメイスを作れると思うが……興味あるかい?」
「もちろんです」
即答するライトを見て満足そうに頷く店主はニヤリと笑い、この大陸の地形が描かれている地図のある個所を指さした。
「この首都がある場所は大陸の東側……ここだ。それは知っているよな。でだ、ここから更に西へ進むと、大陸を真っ二つに分ける山脈がある。元々は大陸を隔てる為に神が作り出した巨大な壁――境界壁だったなんて言われているがな。って、聖職者に話す内容じゃないか」
店主の説明は学園の授業で何度も聞かされた話だった。
この世界には一つの巨大な大陸が存在し、後は小さな島が点在しているだけである。というのが常識とされている。そして、その大陸は大昔、神が作り出した巨大な壁――境界壁により分断されていた。
大陸の東側は人間が支配する比較的平和な――灰色の大陸。
西側は凶悪な魔物や亜人が跋扈する暗黒の世界――常闇の大陸。
常闇の大陸は魔族が支配する土地で、人間は家畜のような扱いをされていたらしい。
魔族というのは人間と外見が同じでありながら、強大な闇属性の魔法を操り、永遠の命を手に入れた存在。邪神の下僕である悪魔と同等に思われがちだが、魔族は悪魔を毛嫌いし、悪魔は魔族を見下すという奇妙な関係となっている。
「境界壁は人間の世界を守り、人々は神に感謝した。だが、ある日、その境界壁は崩れ去り、その名残として境界の山脈が存在するでしたね」
「ああ、その境界壁の残骸が鉱石となり埋まっている、ってのがうちらの仲間内では広まっている逸話だ。でだ、ライトには境界の山脈に鉱石を掘り出してきてもらいたい。もし鉱石が見つかれば、俺が責任を持ってお前さんの為にメイスを作らせてもらう。どうだ?」
「了承しました」
返答には一片の迷いもない。
「よっし、じゃあ契約を……と言いたいところだが、依頼は冒険者ギルドの方で受けてもらえるか。前から依頼を出しているのだが、中々引き受けてもらえなくてな。鉱石発掘はギルドを通さないと、売買関係で色々ややこしい問題があるんだよ。面倒だがよろしく頼む」
ライトとしては異論がないので、正式にギルドから依頼を受けることを承諾すると、店を出たその足でギルドに向かい、その依頼を受けることとなった。
集合時間が明日の昼過ぎとなっていたので、暫く鍛錬が受けられないことをギルドマスターへ伝え、学園にもギルドで依頼を受けた旨を伝える。
学園の方針としては、冒険者ギルドで長期間拘束される依頼を受ける場合は担任の教師からの許可が必要となるのだが、6組の担任であるカリマカは「わかった。頑張ってこい」とあっさりと許可が下りた。
首都から境界の山脈近くの町への魔法による転移施設は存在するのだが、割高であり、重量と大きさに制限があるので、荷を運ぶ馬車は転送できない為、往復三週間の行程となる予定だ。
食料や旅に必須な品物の買い出しを終え、いつもより早く床に着いたライトだったが、なかなか寝付けずにいた。
初めての正式なギルドでの依頼と、長期間の旅路に興奮しているようだ。何だかんだ言っても、まだ15歳の若者だということだろう。




