門番と弱点
二階層の扉を抜けた先の安全地帯には、20名近くのイナドナミカイ学園の一年生が休憩を取っていた。
「結構人がいますね」
「うむ、階層越えが現れた階層は暫くの間は魔石の質が上がるらしくてな。それが目当てなのだろう」
「魔石は良い値で売れますからね。なるほど、得心がいきました」
マギナマギナの説明は間違っていない。階層の魔素が濃縮されて階層越えは現れる。その魔物が倒されたのちに魔素は再び拡散するのだが、どういうわけか、その階層に存在する魔物の魔石の質が向上するのだ。
魔物自体の強さには変化が無いので、三、四階層下の魔石と同等の物が取れるとなれば、人が集まるのも無理はない。
扉をたった二人で潜ってきたライトたちを、学園の生徒たちが遠巻きに観察している。
「ぷっ、黒の法衣に、緑の破天荒な格好……ライトアンロックとマギナマギナか」
「あの悪い意味で有名な。へえぇ」
「あれが、問題児か。まさか、組んだのかあの二人」
小声で言葉を交わしているが、わざとライトたちに聞こえるような声量で話している節がある。その証拠に生徒たちの横顔が二人を小馬鹿にしたかのような、蔑んだ表情をしていた。
全員6組の生徒ではなく、試験で見せたライトの活躍も噂程度でしか知らない。だからこそ、ライトに対して強気の態度で出られる訳なのだが。
「どうにも卑しい輩は他者を蔑むことでしか、心の安寧を保てないようだな」
「マギナマギナさん駄目ですよ、そういうことは思っても口に出しては。正面切って嫌味の一つも言う勇気が無いので、ああやって小声で言うしかない。小鳥がさえずっているようで、愛らしいじゃないですか」
「そう言われると、貧弱な愛玩動物の様に見えてきたぞ」
二人はこれ見よがしに声を張り上げ、安全地帯の全員に聞こえるように会話をする。
ライトとしては陰口など慣れたもので、あしらい方も煽り方も熟知していた。マギナマギナは、一風変わったキャラをしているが実は煽られることの耐性が弱く、ついつい怒りを露わにしてしまう場面がある。
ライトが独りであれば何の反応もせずに無視をする場面であったが、今回は状況が違う。会話を装いながら言い返すことにより、マギナマギナは溜飲を下げたようだが、一人であれば、ひと波乱起きていた可能性があった。
「なっ」
まさかの切り返しに生徒たちは言葉を失う。陰口に対処してくるとは誰も思っていなかったのだろう。驚きのあまり目を見開き二人を凝視する生徒たちに、ライトは穏やかな笑みを返し、マギナマギナは嘲笑しつつ半眼で見据えていた。
「ライトよ、物は相談なのだが。二階層も我らの実力であれば、朽ちた枝を折るより容易いであろう。そこで相談がある。互いに別々に行動し、先に門の前に辿り着いた方が、門番と戦う権利を得るというのはどうだろうか」
「確か五階層までは罠も単純なものしかないという話でしたね……わかりました」
二人は単独で進むことをあっさりと了承したのだが、周囲で聞き耳を立てていた生徒たちは驚愕に開いた口が塞がらないでいる。
四人以上のチームであれば二階層もそれほど苦戦はしない。だが、単独で挑めるかと問われたら、頭を縦に振れる学園の一年生は殆どいないだろう。
だというのに、二人は単独行動で問題ないと生徒たちの前で宣言したのだ。
誰もが無謀だと思い、流石に止めるべきだと判断して口を挟もうとする者もいたのだが、先程の二人の見下した発言に対し、頭に血が上っていた仲間に止められ、結局誰も二人の行動を咎めなかった。
「それでは、扉の前で合流しましょう」
「我が力とくと味わうがいい!」
それは違うような。とライトは内心でツッコミながらも、表情は変えずに頷いてみせた。
分岐地点までは二人で進み、そこから互いに別の方向へと歩を進める。二階層の敵も一階層と殆ど変わらないと聞いていたので、ライトはマギナマギナのことを心配していない。
「独りの方が何かと気楽でいいですね」
身軽になったライトは鼻歌でも歌い始めそうなぐらいに意気揚々と通路を進んでいく。
通路や途中の広場で何チームもの学園の生徒を見かけたが、特に会話を交わすこともなくライトはマイペースで奥へ奥へと向かう。
すれ違った生徒たちは一人でいるライトの姿を見て、何故一人なのかと、まず驚き、そして、学園で唯一の黒の法衣を着こんだ生徒の正体を思い出し、あれが噂の人物かと好奇の視線を向けていた。
二階層にこれだけ生徒の数がいるにも関わらず、途中で湧いて出てくる魔物の数はかなり多い。迷宮の広範囲に生徒たちが散らばり、現れては殺されていくという循環が発生し、回転率が上がっているからだ。
なので、人が多いというのに魔物の湧きも良く、生徒たちはかなりの利益を得ている。ライトの前にも定期的に魔物が現れるのだが、ゾンビやスケルトンに後れを取るようなやわな鍛え方はしていない。
目があった瞬間に腕を振るい粉砕。という、一撃必殺の盛り上がりが全くない、戦いとも呼べない作業が繰り返されているだけだ。
「だ、誰か! た、助けてくれ!」
悲痛な叫びが通路の奥から響いてきて、ライトは足を止める。進路方向から流れてきた悲鳴混じりの助けを呼ぶ声に、目がすっと細まる。
「これは、対処しきれなくなりましたか」
ライトやマギナマギナにとって何の問題もない状況なのだが、他の生徒たちは違う。次から次へと魔物が現れる為、碌に休憩を取ることもできず疲労は溜まる一方。さっさと安全地帯に戻ればいいのだが、欲に目が眩み引き際を誤るチームが出てきだした。
全速力で通路を駆け抜け広場に出ると、そこには魔物に取り囲まれている学園の生徒一行がいた。10以上のゾンビとスケルトンに囲まれた生徒の数は8。既定の6人より多いようだが、そのうち4人は疲労が溜まり殆ど動けない状態で、壁際に座り込んでいる。
「くそっ、お前ら魔物を押し付けやがって!」
「す、すまない……でも、こっちも限界だったんだ」
魔物の攻勢を凌ぎながら言い争う生徒たちを見て、ライトは瞬時に答えを導き出す。これは、逃げてきたチームに巻き込まれた状況だと。
敵は全て向こうに集中している。このまま後ろを通り過ぎれば安全に抜けられるが。
一瞬、邪な考えが頭を過ぎるが、聖職者として間違っていますね。と自分自身を戒め、収納袋へ手を入れる。
現在収納袋の中には潤沢な量のメイスがある。闘技場関連で手に入れた多額の資金をバックに買い占めておいたからだ。
両手に一本ずつ握りしめると、広場を駆け足気味に横切りながらメイスを投擲する。
「も、もう駄目……だっ!?」
諦め悲壮な声を漏らした男子生徒の眼前で、ゾンビの頭が爆ぜた。
更に、スケルトンの骨が破片となり、迷宮の壁に何かが爆音を上げ突き刺さっていく。砂埃が舞い、視界が覆われた状況で破壊音だけが鳴り響き、周辺を暴風が吹き荒れる。
「な、何だ!? 何だ! 何が起こっているんだ!」
自分たちの身に何が起きているのか、全く理解の及ばない生徒たちは、ただ身構え警戒するしか、することがなかった。
何かが飛来する音が止み、砂煙が消えた先には、全ての魔物が粉砕され光の粒子と化している光景があった。
「え、はっ?」
「魔物は……な、何これ……」
周囲を取り囲んでいた魔物が全て消滅した事実が受け入れられない生徒が、周辺を見回していると、ある物を発見して驚きのあまり空気が漏れる。
迷宮の壁に幾つもの陥没した跡があり、その中心部にはメイスの柄が生えていた。
途中何度も危機に陥っている生徒を見つけては遠距離からメイスを投げつけ、大怪我を負って動けない壊滅状態のチームを見かけては、全力で駆け抜けるついでに『治癒』を掛けていった。
そんな行為を繰り返しながら二階層の門扉の前に辿り着いたライトの目の前には、腕を組み自慢げに胸を張るマギナマギナの姿があった。
「遅かったではないか、我が友よ。此度の宴は我の独壇場となる」
「そうですね。負けましたので、門番戦はお譲りしますよ」
ライトが現れた時の台詞を既に用意していたようで、勝ち誇り独特のセンスな発言を口にして悦に浸っている。
「さあ、出でよ。矮小で罪深き業を背負いし、哀れな魔的生命体よ!」
言葉の意味が殆どわからないライトだったが、あえて何も言わずに笑顔を浮かべながら後方で控えている。何となくニュアンスで理解しようと心掛けているようだ。
マギナマギナの呼び声に応えたわけではないだろうが、門の前に黒い魔素が集まり、それは太く長く巨大な紐状へと変貌していく。
自信ありげに手を伸ばし、ポーズを決めていたマギナマギナの腕が、上下左右に揺れ始め出した。様子がおかしいことに気づいたライトは、真横に進み出て顔を覗き込んだ。
その顔面は蒼白で、オッドアイには大きな水が溜まっていた。どうやら、涙が崩壊寸前らしい。
「どうしました、マギナマギナさん」
「ダメ……私、どうしても、爬虫類は……ダメなのおおおおおおおおおぉ」
帽子を両手で抑え、小さく丸まっているマギナマギナがいる。
魔素が凝縮して作り上げたのは、巨大な蛇、ダークワイルドバイパーだった。
マギナマギナの唯一苦手な存在が爬虫類である。特に蛇は最も苦手とする生き物だった。ただでさえ、その姿を見るだけで体が震え、血の気が引くというのに、それが巨大化して現れたのだ。
ダークワイルドバイパーを目にした時点で彼女の戦意は霧散している。
崩れ落ち、小刻みに震えるだけの物体と化したマギナマギナの前にライトが移動した。
その大きな背で魔物の姿を隠したライトは、振り返ることなく話し掛ける。
「田舎者の私は爬虫類には慣れていますので、代わりに戦わせてもらいます。三階層の門番はお任せしますよ」
それだけ伝えると、歩を進めダークワイルドバイパーと対峙する。
鎌首をもたげ、口から先の割れた舌がちろちろと飛び出す。その目はライトを獲物として捉えているようで、頭から丸呑みするか思案しているかのようだった。
「私を食べるのはお勧めできませんよ。胃もたれは確実ですからね」
言葉の意味は理解できていないが、それが挑発だというのは感じ取れたのだろう。頭上から大口を開けて、襲い掛かってきた。
メイスを二本握り待ち構えるライト目掛け、紫色の液体が噴出される。それはバイパーの呼吸孔から飛ばされた毒液。
神経性の毒を含んだそれを被れば、体の自由が失われる。もし避けられたとしても、体勢の崩れたところを噛み突き、避けなければその毒で動けなくなったところをバイパーは美味しくいただくつもりだった。
だが、ライトはその毒液を避けもせずに正面から被り、意にも介さずメイスを振るう。
左手のメイスのすくい上げで、鋭い牙と上顎が粉砕。少し遅れて振り下ろされた右手のメイスが下顎先を打ち砕きながら毒の吹き出し口を叩き潰した。
自慢の牙どころか頭を失い、即死したバイパーは大地に倒れ伏す。
「またメイスが壊れましたか。毒の影響はないようですが、臭いですね……水は水は……」
毒液に塗れ、収納袋から慌てて水を取り出し、頭からかぶっているライトの締まらない格好をマギナマギナはぼーっと眺めていた。
生まれて初めて師匠以外に守られた事実に、心臓の鼓動が早くなっているのだが、それが何であるか、マギナマギナにはわからなかった――いや、認めたくなかった。孤高の存在である自分が、一般的な女子のような感情にいとも容易く陥り、メスとして発情するわけがないと。
ただ、自分の頬が熱くなっていることだけは理解できていた。




