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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
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気持ちは初探索

「最近何か変わったことは無かったかい?」


「ええ、特にっ、何もない平凡、なっ、一日で、すよっ!」


 ギルドマスターの蹴りを潜り、懐に飛び込み、初めて勝機を掴んだと思った瞬間、体が宙を舞っていた。何をされたのか理解が追い付かないが、わかったところで吹き飛ばされた事実が変わることは無い。


「少しは強く、なった、つもりなのですが……はああっ、まだまだですね」


「一ヶ月やそこらで簡単に強くなれるなら誰も苦労はせんさ」


 そう言いながらも、ライトがメキメキと腕を上げている事実に、内心ではほくそ笑んでいるギルドマスターだったが。

 ライトのスキルとギフトを最大限に生かし、通常の数倍も濃密な鍛錬を繰り返した結果、たった一ヶ月だというのに数年も修行したかのような成果を上げていた。


「この調子なら、半年もすれば見違えそうだね……」


「何か、仰いましたかっ」


 物思いにふけっていたギルドマスターへ、ここぞとばかりに連打の雨を降らすのだが、拳の全てが空気を貫くのみだった。


「すみませんが、鍛錬中に資料を読むのはっ、やめてもらっ、えませんかっ」


「ああ、すまんすまん。今日中にどうしても目を通しておけって、秘書がうるさくてな。まあ、そんなことは攻撃を一発でも当ててから、気にしたらどうだ?」


 書類を読みながらライトに流し目を注ぎ、口元に笑みを浮かべる。

 それを挑発と受け取ったライトは『上半身強化』『下半身強化』を発動させ、一足飛びに距離を詰めた。


「おいおい、強化魔法を使うなんて大人げないな」


「未成年なもので!」


 速度威力を一段階上のレベルに引き上げたライトだったが、結局、今日も鍛錬が終わる夕方まで一発も攻撃を当てることは叶わなかった。


「今日の鍛錬はここまでとする」


「あ、ありがとうございま、した」


 大地に五体を投げ出し、息も絶え絶えで礼を口にするライトをギルドマスターは満足げに見下ろしている。


「ライト、あんたは素質がある。このまま修行を続ければ、妙な力に頼らなくてもいいぐらいに、強くなれるさ」


「だと、いいのですが、はあ、はあ」


 ライトは神力開放について、ギルドマスターには既に説明済みだ。

 鍛錬中にあの力が開放されることを恐れ、予め伝えておくべきだと判断したようだ。それに、記憶にはないが初めてギルドマスターと戦い気を失った一件。あの時に神力開放をおこなったのではないかと訝しんでいる。ギルドマスターは認めようとしないが。


「そういや、明日から聖者の迷宮が開放されるらしいな」


「ええ、階層越えがあれから現れていないようですし、迷宮の入り口に常時Bランク相当の実力者を待機させることに決めたようです」


「ああ、そういや。Bランクの奴らが楽な稼ぎ口が見つかったと話していたな」


 滅多にない非常時のみに出動要請があるだけなので、チームメンバーが集まらない時や美味しい依頼が無い時に受ける者が続出しているようだ。


「ふむ、そうなると、鍛錬は週四日になるのか。まあ、実戦は鍛錬を上回る効果を得られるからな。段階も上げておいて損は無いぞ」


「そうですね。一度、迷宮に潜っていますが、あの時は非常事態でしたからね。今度こそは、じっくりと迷宮探索を経験したいですね」


「ライトなら5階層までは大丈夫だとは思うが、油断はするんじゃないよ」


「承知いたしました。それでは、宿舎に戻ります。あ、そうでした。これは、いつものお礼です」


 ライトは収納袋からラッピングされた細長い物体を取り出し、ギルドマスターへと手渡す。


「おいおい、礼なんていらんぞ。個人的にも楽しんでやっているからな。まあ、くれるというのなら、有難く貰うが」


「酒屋を通りかかった際にいい葡萄酒を偶然手に入れまして、師匠お好きでしたよね」


「お、ワインか! 気が利くじゃないか」


 ワインと訊いて目の色が変わった師匠を見て、思わず和むライトだった。

 立ち去ったライトの背を見送ると、喜び勇んでラッピングを引き剥がす。中から現れたのは、高級なワインとして有名な逸品であった。希少価値もそうなのだが、かなりの高級酒なので学生が容易く手に入れられる品ではない。


「全く無理しやがって……いや、今のあいつなら無理じゃないか。んっ、瓶の底に何か」


 瓶の底に貼り付いていた紙を引き剥がすと、そこにはライトの文字でこう書かれていた。


 感謝の気持ちです。あと、ワインマスクさんにもよろしく伝えてください。


「気づいていたのかい。食えない男だねぇ」


 そう呟くと、躊躇うことなくコルクを引き抜き、直接注ぎ口をくわえ、一気に中身をあおった。





「ようやく、初迷宮探索ですね」


 ライトが迷宮の入り口を見上げ、感慨深げに呟いている。


「初ではなかろう。我と共に死地へ向かい、同胞共に救いの手を差し伸べたではないか」


 並んで入り口を見上げているマギナマギナが否定の言葉を口にした。


「あれは非常時でしたから、探索の内に入らないのですよ」


「そういうものか」


「そういうものです」


 その説明で納得したようで、マギナマギナは同世代にしては大きな乳房を支えるように腕を組み、頷いている。

 今日はライトの正式な迷宮探索を行う初日である。

 階層越えが現れ、生徒の窮地を救った実績により、ライトとマギナマギナにも迷宮探索の許可が下りた。それは良かったのだが、階層越えの原因を突き止める為に一か月以上も時間を有し、今日が初挑戦となる。


「では共に参ろうか強敵と書いて親友ライトアンロックよ!」


「そうですね。いざ、参りましょう」


 こうして、学園で最も異彩を放つコンビによる初めての迷宮探索が幕を上げた。





 迷宮の一階に出てくる魔物は授業でも詳しく説明されているので、ライトたちも把握済みとなっている。


 目玉に蝙蝠の羽と甲殻類の足が生えた――フライングアイ。

 腐敗した彷徨う死体――ゾンビ。

 動く人体骨格模型――スケルトン。


 の三種である。属性は上から闇、不死、不死となっている。

 どれも、単体では初心者冒険者でも脅威ではないのだが、群れた時にその真価を発揮する魔物である。というのが冒険者たちの認識だ。

 不死属性というのはどれだけ体を破壊されようが、核となる部分を壊されない限り永遠に動き続けるという、厄介な性質を保持している輩が多い。


「まあ、我にとっては烏合の衆、雑兵の群れ。そんなものは物の数にすら入らんのだがな! 全てを灰燼に帰す、荒ぶる紅蓮の炎よ!」


 オリジナルの痛々しい詠唱が終わり、必要のない大げさな身振りが加わり、マギナマギナの魔法が発動された。大きく広げた両腕に従うかのように炎が扇状に地面を走り、接触した不死者の群れを燃え上らせていく。


「ふはははははははっ! 全てを灰と化せ!」


「骨なのに良く燃えますね」


 胸を反らし哄笑するマギナマギナと、少し後方で妙なところを感心しているライト。この二人にとって聖者の迷宮、第一階層はあまりにも温すぎたようだ。


「さて、私も体を温めたいので、次からは任せてもらって良いでしょうか?」


「ああ、構わんぞ。我も魔力の回復をせねばならぬからな」


 迷宮に降りてからはマギナマギナの独壇場だったので、ライトは周辺の警戒をするのみで出番は殆どなかった。このまま任せていても問題は無いように思えたが、マギナマギナの呼吸が乱れてきたことを察知し、こうやって交代を申し出たようだ。

 先頭に立ち、大きめの歩幅ではあるが慎重に歩を進める。

 少し先に十字路があり右手の通路から魔物の気配をライトは感じ取っていた。


「右の通路に魔物が四体。おそらく、ゾンビ3、スケルトン1だと思われます」


「我の探索魔法も同様の結果を導き出しているぞ。しかし、ライトよ。何故、わかるのだ? 我の様に土魔法と風魔法を駆使しているわけでもあるまい」


「何となくですかね……」


 笑顔のまま器用に眉根を寄せ、考え込んでいるライトをマギナマギナは訝しげに見つめている。

 別にライトが嘘を言っているわけではない。目や耳が利き気配を察する能力が人より高く、『第六感』も有しているおかげで、昔から見えない場所に居る人や獣を見つけるのが上手かった。

 そして、何故か、闇属性や不死属性の魔物が相手となると探知能力が上がるのだ。それがライト本人も不思議で、ある時、母へ尋ねてみたことがあった。


「母さん、闇や不死属性だけ感度が上がっている気がするのですが、何故なんでしょうか?」


「まあ、ライトの体質みたいなモノよ! 悪いことじゃないのだから、そんなものなんだ。でいいんじゃないの」


 と答えになっていなかった。当時のライトは母を信頼していたので、それ以上、疑問を口にすることは無く、今日まで過ごしてきた。

 今は自分の中に眠る力。神力開放と関連があるぐらいは予想がついている。


「どうした、ライト。気分でも悪いのか。急に黙り込んで」


「いえ、探索中に失礼しました。この通り絶好調ですよ」


 過去に思いを馳せすぎていたようで、動きが止まっていたライトは再び歩を進める。

 次々と現れては粉砕されていくだけの、ゾンビやスケルトン。その殆どが一撃なのだが、たまに核のある場所からずれてしまい、体の一部を欠損した状態で掴みかかろうとしてくる。

 それも無駄な足掻きで、あっさりと返り討ちとなるのだが、ライトはそんな不死者を見ていると妙な感覚に襲われる時がある。こう、何と言えばいいのか、その戦闘スタイルを見ていると――


「私と似ていますよね。戦い方」


 少し親近感が湧くライトだった。





「拍子抜けだ」


「マギナマギナさんの実力だと物足りないようですね」


 同年代ではずば抜けた才能の二人が手を組めば、この結果は見えていたことだ。

 一度の苦戦もなく、二人は第一階層と第二階層を繋ぐ扉の前まで来ていた。


「では、当初の約束通り門番戦を担当するのは……表」


「裏で」


 マギナマギナが親指で弾いたコインが床に落ち、三度跳ねると、裏の絵柄を上にして動きを止める。


「では、そういうことで」


「くそっ! まあいい。真打は最後に登場すると決まっているからな!」


 心底悔しそうに地団駄を踏み、捨て台詞を吐き捨てるマギナマギナに会釈をし、ライトが扉に向かって行く。

 扉に触れる距離まであと10歩程度のところまで近づくと、扉の表面が赤黒く光を放ち、周辺の地面から黒い靄のようなものが噴き出してきた。

 授業で習っていた通りの門番が現れる前の予兆。ライトは収納袋に手を入れ、量産型のメイスを二本取り出す。

 広い範囲にあふれていた靄が凝縮していき、何かの型を成していく。それは、直立不動の人型のようであった。筋肉の浮き出た強靭な肉体を有しているようだが、身長はライトを少し下回っている。


「ふむ。こやつが一階層の門番、ダークゴブリン三人衆か。一見、肌の黒いただのゴブリンのようだが、闇に染まりし肉体は増強され……説明は不要か」


 マギナマギナが半眼で視線を飛ばす先には、上半身が喪失した三体の躯を眺めているライトがいた。


「ライトよ、今のは酷いのではないか」


「やはり、体が構築される前にメイスを投げつけるのは、可哀想ですかね?」


 ダークゴブリンの体を粉砕し、階層を繋ぐ扉に激突したメイスを拾いながら、ライトは気まずそうに首筋を掻いている。

 完全に姿を現す前に問答無用でメイスを投げつけ、相手が動き出す前に全てを終えてしまった。別に反則ではないのだが白けた空気が場に流れていた。

 とはいえ、一階層クリアーは事実であり、二人は二階層へ進んでいく。


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