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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
21/42

闘技場

「じゃあ、てめえが今からどうすればいいか、わかりやすく教えてやるぜ。今から一対一の素手でのガチンコ勝負をあのリングでやってもらう。一人目を倒せば、リーワを解放してやる」


 黒装束の男の言葉にウーワの表情が豹変する。俯き沈んでいた顔が怒りの表情へと。


「ど、どういうこと!? 連れて来たら妹を解放するって約束よね!」


「んー、そうだったかなぁ。だいたい、人を道案内するだけで、これ程の借金を返せると思っていたのか。ガキのお使いじゃあるまいし」


 いきりたつウーワを前に黒装束は曖昧な笑みを浮かべる。彼女は初めから騙されていたことに今となって気付いたようだ。

 ライトは何の反応も見せずに黙って話を聞くふりをしながら、周囲を観察していた。

 彼女二人を置いていっていいなら、扉付近の二人を吹き飛ばし、背中に攻撃を喰らうのを覚悟で客席に飛び出せば逃げ切れるなと、逃走経路を模索している。


「でだ、二人目も倒せば……なんと、ウーワも解放してやろう」


「はあっ!? ど、どういうこと。私は関係ないでしょ!」


 男の発言が予想外だったようで、今まで以上にウーワが取り乱している。


「何言ってやがる。あれ程の大金、担保もなしに貸すわけがねえだろ。お前さんの身柄を好きにしていいって妹との契約済みだぜ」


 突き出された書類にはウーワの身柄を自由にしていいとの記載がある。末尾には魔法のインクによる本人のサインがある。


「こんなの偽装したに決まっているわ! ねえ、リーワ!」


 ウーワが息巻き、妹へ視線を向けると――リーワは目を逸らした。

 全身を小刻みに揺らしながら「ごめん……」と消え入りそうな声で謝罪を口にする。


「そ、そんなの無効よ!」


「まあ、ここにお前さんの署名を書き込まない限りは無効だが、代わりに妹の体を好きにさせてもらうだけだが」


 その言葉に絶句して唇を噛みしめている。握り込んだ拳から血が滴り落ちているのは、爪が手の平に突き刺さっているからだろう。


「んでもって、話を続けるぜ。二人抜きを達成した暁には、三人目と戦ってもらう。そして、そいつも倒せたら無事、ライトアンロック君も解放って手筈だ。理解できたか?」


 姉妹は最早声も出ないようで、呆然自失を絵に描いたかのように床に蹲っている。

 ライトは説明を聞き終えたところで、すっと手を挙げた。


「こちらからも質問は可能でしょうか?」


「お、おう、構わねえが。何でそんなに冷静なんだ? お前さんの事なんだぞ」


 黒装束の男としては、理不尽な状況に放り込まれライトが取り乱すか、怒りを露わにするか、そういった行動に出ると予想していたのだが、何故平然と佇んでいるのか。男には理解不能だった。


「焦ってどうにかなるなら、そうしますが、どうにもならないようですからね。では、質問なのですが、私が幸運にも三人勝ち抜けたとしても、リーワさんの借金はなくなっていませんよね?」


 その言葉に姉妹が顔を上げる。絶望的な状況におかれ、そこまで頭が回っていなかったようだ。


「おっ、良く気づいたな。解放はするが借金帳消しにするなんて約束はしてねえからな」


 姉妹が何かを叫ぼうとしたのだが、ライトたちを取り囲んでいた男が二人飛び出し、口を塞ぐ。どうにか、その手から逃れようと暴れているようだが、実力の差があり過ぎる様で、簡単に押さえつけられている。


「まあ、私が解放されるだけなら三人勝ち抜けばいいというのは理解できました。では、もう一つ質問が。私はこの戦いに参加する意義はあるのでしょうか?」


「おいおい、何を言っているんだ。この姉妹を助けたくないのか? 聖職者ともあろうお方が、か弱い女生徒二人を見捨てるなんて事、まさか言わないよな」


 そんな返答をされるとは思っていなかったのだろう、黒装束の男が慌ててライトを引き留める為の言葉を並べる。


「騙されて連れてこられて、危険な戦いをしろと言われても、はい、わかりました。と承諾する方が少ないと思われますが」


「い、いや、そうかもしれねえが、お前さん聖職者だろ?」


「まだ見習いの身ですが。それに、聖職者を目指していますが聖人になりたいわけではありませんよ。聖職者になると生活が安定するらしいので、それだけですよ」


 黒装束の男と姉妹が唖然としている。ライトとしては本心を口にしただけなのだが、彼らにとっては意外すぎたようだ。


「じゃあ、何か、お前さんは二人を見捨てて一人逃げ帰るって言うのか。だとしても、俺らが見逃すと思っているのか」


 凄む黒装束が右手を上げると、武装した男たちが武器をライトへ突きつけた。

 体に触れる寸前の切っ先を軽く摘み、ライトは首を傾げ思案する振りをする。


「三人というところですかね」


「三人? お前が勝ち抜く相手の数か?」


 この状況下においても未だに表情を崩さないライトに畏怖を覚え始めているが、ガキに気圧されるわけにはいかないと、強気の態度を保つ為に気合を入れなおしていた。


「あ、いえ。三人ぐらいなら、この場で道連れに殺せるかなと」


 まるで軽く朝の挨拶を交わすような気軽さで、恐ろしいことを口にする。

 言葉の意味が咄嗟に理解できなかった者たちへ徐々に浸透していく。完全に理解した時には、あまりの大口に嘲笑うつもりで口を開きかけたのだが、ライトの目の奥から注がれる、鋭い視線に言葉を呑み込んだ。


「馬鹿なと笑いたいところだが……てめえは恐ろしい男だな。本当にやりそうだ。聖職者の皮を被った悪魔だって言われても今なら信じそうだぜ」


「いえいえ、私は極平凡な聖職者見習いですよ。さて、強がりも冗談もこれぐらいにして、もう一つ質問を。私の戦いは賭け事として行われるのですよね? ルールを説明してもらえませんか」


 ライトから放たれていた殺気が消え去り、控室にいる全員の緊張が和らぐ。

 姉妹に至っては二人で抱き合い、未だに震えが止まらないようだ。


「お、おう。ここでの賭けは対戦する二人の内どちらかの勝利に金を賭ける。そして、一試合ごとにオッズが変わる。んでもって、勝利した者がそのまま次の戦いに挑む場合は、当てた者のみ掛け金をそのまま移行することができる。その場合、勝ち抜いた者にしか賭けられない仕組みだが、勝ち抜くと本来のオッズの倍、配当金が貰える仕組みになっているぜ」


「勝敗の決め方は?」


「どちらかが戦闘不能になるまでだな。棄権は一切認められない……たまに死者も出るがな」


「そうですか。ちなみに、出場者が自分にお金を賭けることは? あと私の三回戦までの倍率はいかほどになっているのでしょうか。どのような評価を受けているのか、少し気になりまして」


「出場者が金を賭けるのは禁止だ。それをやると、いかさまが成立しちまう。わざと負けて、相手の勝利に賭けるとかな。お前さんのオッズだが、一回戦は1.5対3だ。二回戦は1.2対7。三回戦は1.1対30だな」


「かなり低く見られているようですね。高く見積もられるよりかはありがたいですが」


 ライトはその答えに満足したようで、大きく頷いている。

 黒装束の男は質問の意図が理解できずにいたが、あまりライトに関わりたくないようで、話を早く終わらせたいようだ。


「もう、質問はねえか。なら話は――」


「質問はありませんが、頼みごとがあります。口約束だけでは信用なりませんので、一筆……いえ、できることなら、正式な契約をお願いします」


「おう、それは構わねえが。いいんだな。契約を交わせば、お前さんがこいつらを置いて逃げる道が消えるぞ」


「ええ、結構です。その代わりと言ってはなんですが、四人目も勝ち抜けた場合、リーワさんの借金帳消しに加え、リーワさんを賭博場の出入り禁止、二度と金を貸さないことを条件に付けくわえてもらえませんか?」


「本気で四人抜きが達成できると思っているのか?」


「ものは試しですよ」


 この時、黒装束の男は頭を懸命になって働かせていた。一回戦、二回戦はそれなりに強い相手をぶつけるが、ライトが噂通りの実力者であれば、何とか勝ち抜ける程度の相手を用意するつもりだった。

 そして、もしかして生きてこの場から出られるのではないかと、淡い期待をさせる。

 三試合目に闘技場でもかなり格上の者を登場させ、希望を打ち砕き、心身共に叩きのめす算段だった。そもそも、この女生徒二人はどうでもいい存在であり、ライトアンロックを釣る為の餌でしかない。リーワの借金も博打好きを利用して計画的にはめただけのこと。

 ライトを大衆の前で恥をかかせ、痛い目に遭わせてから試合中の事故を装い殺す。それがとある筋から大金を積まれ依頼された、本来の目的である。


(自ら四試合やると言っているのなら、三試合までは場を盛り上げるような対戦を組むか。こっちとしては賭けの利益も得たいところだしな)


「わかったぜ、その条件呑もう。それとおまけに四試合突破したら、賞金を出そうじゃないか」


 黒装束の男が武装した男の一人に命令をする。男が後方の扉を開け出ていくと、数分後に誰かを連れて帰ってきた。

 フード付きのローブを着込んだ、皺だらけの老人は魔法使いで、闇属性の魔法の一つ、契約を発動して、契約書は正式なものとなった。


 契約の内容は――

 第一試合勝利後、リーワを解放。

 第二試合勝利後、ウーワを解放。

 第三試合勝利後、ライトアンロックを解放。

 第四試合勝利後、リーワの借金を帳消し。以後、リーワの賭博場立ち入り、金銭の貸し出し禁止。勝者へ5千万支払う。

 契約を破った場合、その代価は命とする。

 となっていた。


「契約を破れば命を失うということですよね。私の命が失われるのは理解できますが、そちら側は誰の命を差し出すのですか?」


「もちろん、オーナーである私の命で契約をしよう。私がオーナーという保証が必要かね?」


 口調をがらっと変化させ、落ち着いた雰囲気を漂わせる黒装束の男が、目を細めライトを見つめる。

 この時、ライトの対応が予想外だったのだが、オーナーが動揺を表情に出すことは無い。5千万もの大金が得られるとなれば、普通の人間であれば歓喜し欲に呑まれてもおかしくはない。だというのに、ライトの反応は薄すぎる。


「貴方がオーナーでしたか。いえ、結構ですよ。もし、オーナーでなかったとしても、人一人の命を公平に扱うのであれば問題ありません」


 お互いに内容を確認して納得がいくと、黒装束の男と武装した男達も控室から退室する。時間が来れば呼びに来るらしく、それまで部屋の中であれば自由にしていいとの事だった。

 ライトは壁際の椅子に座り腕を組んで、目を閉じている。

 その様子を恐る恐る窺っていたウーワ、リーワ姉妹は小声で言葉を交わすと、意を決して立ち上がりライトの前に進み出た。

 気配を感じ、瞼をゆっくりと開き二人を見据えるライト。


「ごめんなさい! 妹を助ける為貴方を騙して、こんな危険な場所に連れてきてしまって! おまけに妹の借金を帳消しにする契約まで……」


「私が馬鹿なせいで、あんたを巻き込んでしまって本当にすまない!」


 深々と頭を下げる二人にライトは歩み寄ると、その肩に優しく手を置く。

 二人が頭を上げると、至近距離で微笑むライトが居た。


「ごめんで済んだら、衛兵も法も必要ないのですよ」


 口から跳び出た言葉は辛辣だった。

 笑顔だというのにその顔には威圧感があり、二人の顔から血の気が引く。


「誠心誠意謝れば許してもらえるとでも思いましたか? ここは非公認の闘技場。命を落とす危険もあるそうです。そんな場所で無理やり戦わせて、すまないで済まされるとでも思っているのですか」


 正論にぐうの音も出ない二人は黙り込んでしまう。

 そんな二人を気の毒に――は全く思わないライトは、わざとらしく大きくため息を吐いた。


「もし本当に反省をしているのなら、私の言うことを何でも一つ聞いてください。それで今回の事は全てチャラにしますよ」


 彼女たちがその条件を断れるはずもなく、内容を聞く前から何度も頷いていた。


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