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物理特化の回復職  作者: 昼熊
二学期編
20/42

告白

 一週間の内で闇属性の魔物が弱体化し、神聖魔法が最も輝く日である陽の日。

 元々は石切り場であった場所を冒険者ギルドが購入して整地した鍛錬場に、今日も鈍い衝突音と小さな地震が勃発していた。

 震源は鍛錬場で戦い続けている一人の体格のいい若者と、もう一人の美しくも野性味あふれる女性である。


「普通は、腕立てや屈伸といった、体作りから、始めるっ、ものじゃ、ないのでしょうかああっ」


 若者は並の人間なら即死間違いなしの拳を辛うじて受け流し、声を張り上げる。


「いや、ライトにそれは必要ないだろ。既に体は出来上がっているからな。それに、そうやって体を鍛えると余計な筋肉が付いてしまうんだよ。戦うことに最適化した体を手に入れるには、実戦で鍛えるのが一番だ」


 息も荒く、体中に痛々しい痣があるライトに容赦することなく、蹴りを叩き込む。

 何とか腕でガードしたようだが、威力におされ足の裏が地面から浮いている。ついでに、何かが砕けた音がライトの体内に浸透しているが、今更、気にすることではない。


「ではっ、格闘技の、技を、伝授するとか、型を、繰り、返して体に、覚え、込ますーう、というのはっ! 治癒」


 距離を取り、膝を突いた状態のまま骨が砕けた左腕を『治癒』で回復させ、呼吸を整えている。

 そんなライトへゆっくりとギルドマスターは近づいていく。


「格闘家の技ってのは、相手を倒す為に鍛え上げられたものだ。お前さんは既に相手を倒す為の力は得ているだろ。今、必須なのは防御だな。あとは、相手にどうやって攻撃を当てるかそれだけだ」


「それに、しても、もう少し弟子を、労わっても、罰はあたりま、せんよ」


「いやー、お前の才能を目の当たりにすると血が騒いでな。人ってのは無意識の内に自分の肉体を庇って行動するものなのだが、お前さんは痛覚麻痺がある。だから、人を超えた力を発揮する時に躊躇いが無い。それに加え、異様な威力の治癒があれば、限界まで体をいたぶっても壊れることが無い。更にだ、スキルに回復力まで兼ね備えている。これは、肉体を限界まで酷使してもいいってことだよなぁ」


 心底嬉しそうに笑うギルドマスターを眺め、ライトはため息を吐く。

 実際、尋常ではない育成速度でメキメキと実力が上がっていることを、ライトも自覚をしていた。


「この人、絶対にサディストですね」


「何か言ったか?」


「いえ、別に……では、続きをやりましょうか」


 この短時間の休憩で少しは疲れが取れたようで、ライトは立ち上がると肺一杯に空気を吸い込む。その場で屈伸をして体に不具合が無いか確かめている。


「お、休憩はもういいのかい。じゃあ、もうひと勝負といこうか。いやー弟子を育てるというのは結構いいもんだな」


 格闘家として名高いギルドマスターなのだが、彼女は弟子を取ったことが一度もなかった。弟子入りを懇願してくる者はそれこそ、毎年両手両足の指では足りないぐらいなのだが、その全てを「面倒臭い」の一言で撥ねつけてきた。

 そんなギルドマスターが弟子を取った。気まぐれなのか、ライトアンロックという男にそれだけの価値を見出したのか。冒険者ギルドでは今その話題で持ち切りだ。


「弟子の育成ですか……で、本音は?」


「あんまり手加減しないで殴れる相手がいるっていいもんだな! 事務仕事のストレス発散にはもってこいだ!」


「ですよね。まあ、強くなっているのが実感できるので、文句はありませんが」


 週に五日を一か月間つき合わされれば、相手の性格もかなり把握できてきているようで、額に手を当て疲れたように頭を左右に振っている。

 言っていることが半分は本気だったとしても、もう半分は自分の為だとわかっているので、文句を口にする気もないのだが。


「明日からまた、あの小言を聞きながら、ひたすら書類を読み漁る日々か……想像しただけでゾッとするね。よっし、明日からのストレス発散の前払いといくか! ちょっと本気出すぞ!」


 その一言で、前言撤回しようかなと思うライトだった。





「ライトアンロックくん、お話があるのっ!」


 放課後、校庭で一人鍛錬を続けていたのだが、辺りが暗くなってきたので帰り支度を整え、帰宅する寸前だったライトを一人の女生徒が呼び止めた。

 肩に触れるか触れないかの長さの茶色がかった髪を綺麗に切りそろえている女性。少したれ目気味ではあるが純朴な可愛げがある。

 制服を着込んでいるのでライトと同じ学生であるのは確かだ。あまり印象に残らないタイプなのだが、ライトには見覚えがあった。


「どうしたのですか、ウーワさん」


 クラスメイトで大人しくて優しいと評判の女生徒だったなと、ライトは思い出していた。男子には結構人気だそうで、恋人にしたいクラスメイト一位らしい。

ファイリやマギナマギナの方が容姿は優れてはいるのだが、彼女たちは手の届かない存在だと男子生徒たちは初っ端からあきらめている。あの二人が高嶺の花ならば、ウーワは炉辺に咲く一輪の花という印象らしい。


「私の名前を覚えてくれているのですね」


 名を呼んだだけだというのに、頬を赤く染めはにかむ姿を見て、同級生たちの話していた言葉の意味を少しだけ理解していた。

 ライトも気の強すぎるファイリや良くわからない言動が目立つマギナマギナよりは、ウーワの方が好みなのだが、いや、好みのタイプだからこそ警戒してしまう。

 魅力的な女性を見ると、母の余計な教えがどうしても頭を過ぎる。


 今の状況は母親が所持していた大量の書物の中にあった、恋愛小説のシチュエーションに酷似している。とライトは冷静に状況の判断に努めていた。

 人気のない放課後に男子、もしくは女生徒に呼び止められる。そして、告白をされた二人は――

 幼少の折から友達がいなかったライトは母と会話をするか、鍛錬をするか、書物を読むしかすることが無かったので、種類を問わず母が所有していた本は一通り目を通している。

 子供ではあったが女性と恋愛に憧れと願望を抱いていたライトに、ある日、母はこう切り出した。


「ライトはどんなタイプの女の子が好き?」


「えっ、そんなの恥ずかしくて言えないよ……」


「そんなこと言わずに教えなさいよぉー。お母さん誰にも言わないから、ね」


 微笑みながら問いかける母の強引さを承知しているライトは、渋々ながら思ったことを口にした。


「う、うーん。大人しくて優しい子がいいかな」


 照れながらそう言うライトを優しく見つめていた母が、突然素の表情へと豹変した。冷静でありながら、少し冷めた目。今までこんな顔をした母を見たことがなかったライトは、体が委縮してしまう。


「ライト良く聞きなさい。この世に大人しい女性なんて存在しないわ」


「えっ、でも、物語で物静かでおとなしい女性とか沢山でて」


「あれは違うのよ。大人しい女性というのは、大人しい振りができる頭のいい女性ってことなの。感情を露わにしたりすると、人から反感を買うことも多いわ。そういったいざこざや面倒なことを避ける為に、本音は押し殺して大人しい振りができる賢い女性。それが大人しい女性の正体よ。あとは、そうしていた方が男にモテるとわかって、やっている女も多いわね」


 こうして、子供時代のピュアな心は母の教えにより徐々に蝕まれ、荒んでいったのである。

 そんな教育の結果、ライトは表には決して出さないが、大人しい女性に対して不信感を抱くようになっていた。ちなみに、ファイリの表と裏を知り、母の教えが正しかったと実感している最中である。

 そんなライトの前に現れたウーワという女性。淡い期待より警戒心が跳ね上がるのも無理はない。


「それで、話したいことというのは何でしょうか」


「あっ、ごめんなさい! 呼び止めておいて、関係ない事話しちゃって。ええと、あのね……」


 胸の前で指を忙しなく動かし、言い淀む彼女を眺め、これは本当に書物で読んだ告白されるパターンなのかと緊張するライト。表面上はいつもの笑顔なのだが、微妙に頬が小刻みに痙攣している。

 達観しているところがあっても、まだ15歳。こういう経験が全くないので、緊張するなという方が無理だろう。


「あ、あの、わ、私……私たちを助けてくれませんか!」


「ん? すみません、それだけでは理解が追い付かないのですが。助けてとはどういうことなのでしょうか」


 予想外の言葉に残念と思うより、ほっとするライト。


「え、ええと、実は私には双子の妹がいまして、名前をリーワと言います。その、リーワが冒険者に監禁されているのです! 助けに行きたいのは山々なのですが、私は腕っぷしも弱く、魔法もそんなに上手く操れません、だから、ライトさんに助けてもらえないかと……」


 話している内に自分が無茶なことを言っていることに気づき始めたのだろう。語尾が段々弱くなっている。最後は消え入りそうな声になり、今も俯いたままだ。

 ライトは首を傾げながら、妹であるリーワの事を思い出していた。確かリーワはウーワと顔が瓜二つでありながら性格が全く違って、明るく活発な性格をしていたと。


「そんな大ごとであれば、衛兵に頼むか、それこそ担任のカリマカ先生に頼めば動いてくれると思うのですが」


「そ、それは、できない事情があるのです」


「事情?」


「はい、実は悪い冒険者仲間にたぶらかされて……ギャンブルで借金を作ってしまったのです。借金を返そうと安易にまたギャンブルに手を出してを繰り返し、今では相当の額になっているようです。それで返せないと言ったら倉庫のようなところに連れて行かれたそうです。私がいつも口を酸っぱくして、賭け事はもうやめなさいと言ってきたのに、あのバカ妹は……」


 わなわなと握りしめた拳が震えている。ライトは泣いているのかと思ったが、どうやら哀しみではなく怒りに震えているようだ。

 まだ15か16の若さで借金漬けとは、と呆れていいのやら、心配するべきなのか判断がつかないまま、とりあえず黙って話を聞いている。


「非合法な場所での賭け事でこしらえた借金なので、衛兵や先生に言うわけにもいかず、だからといって放っておくわけにも……なので、お願いです! バカな妹ですが、放っては置けません! 私は今からそこに言って何とかしてくれるように頼むつもりでいます。でも、一人では不安なので、ついて来てもらえませんでしょうか!」


 その場に膝を突き、頭を大地にこすりつけ懇願してくる女性を放っておけるわけもなく、ライトはウーワの肩にそっと手を添える。

 自分より弱い相手には優しくする。母の残したその言葉が、ライトの行動をぐいぐいと後押ししていた。

 それに正直、可愛い女生徒に頼られるという状況が嬉しかったということもある。今までの人生で同年代の女性に甘えられたり、頼られるという経験が皆無だったライトにとって、一度は夢見たことのあるシチュエーションに、ホンの少しだが心が弾んでいた。


「護衛という訳ですね。引き受けましょう。ですが、一つだけ聞かせてください。何故私を頼ろうと思ったのですか。私と貴方はさほど接点が無い筈なのですが」


「ほ、本当ですか! 引き受けてくださって、ありがとうございます! その、理由は……あの時、2階層で私に優しく話し掛けてくれた貴方なら、助けてくれるのではないかと淡い期待に縋って……」


 そこでライトはようやく思い出した。階層越えが現れクラスメイトが窮地に陥ったあの日、2階層入り口で真っ先に自分に話しかけてきた女性がウーワだったことを。





「ここがその倉庫です」


 ウーワに連れてこられた場所は首都の北西部に当たる、外壁に面した貧民街であった。

 治安も悪く、学園でも近づかないようにと念を押されている危険な一帯である。

 夜も更けてくると、街中に設置された街灯が魔法の力で輝き、町を明るく照らしているのだが、貧民街にそんな設備はない。

 設置されたとしても片っ端から住民が壊し奪っていくので、置くだけ無駄なのだ。

 そんな場所に夜遅く、未成年の助祭見習いが二人。場違いにも程がある。

 流石に制服の法衣を着るわけにもいかず、ウーワは地味目のフード付きのコート。ライトはいつもの黒の法衣を着こんでいる。


「倉庫の前には男が二人。金属製の鎧に得物は槍ですか。穏やかじゃないですね」


「あれは冒険者たちの仲間です。あの倉庫の中では非合法の賭け事が開催されていて、あの子もそこにいる筈です。い、行きましょう」


 厳ついという言葉が見事に当てはまる容姿をした二人の男へ、ウーワは近づいていく。ライトも護衛らしく横に並び、歩調を合わせる。

 すぐさま、ウーワの存在に気づいた見張りの一人が穂先を向け、警告を発してきた。


「何者だ。ここは商人が共同で利用している食料倉庫だ。それ以上近づくようなら、盗賊とみなし捕縛する」


 凄む見張りに対し、ウーワは物怖じすることなく前に進みフードを外した。

 その顔を一瞥すると構えを解き、品定めするような視線を――ライトへと向ける。


「へえ、立派な護衛を連れてきたようだな。妹ならまだ無事だぜ。さあ、入んな」


 想像していたよりも簡単に通され、ライトは眉根を寄せる。

 ウーワの話だと彼女とは面識が無いように思えたのだが、そこは説明不足だっただけなのかもしれないと思うことにした。

 如何にも重くて頑丈そうな両開きの扉が重厚な音を響かせ、二人は中へ入るように促される。中に足を踏み入れると後方から扉の閉まる音がした。

 倉庫内は想像以上に狭かったのだが、どうやら入り口の扉の先は小さな部屋で、その奥にもう一枚、扉がある構造になっているようだ。


「本命はこの奥ですか」


「黙ってついてこい」


 小さな部屋で待ち構えていた黒装束の男が、ライトたちの案内役のようだ。今度は鉄製の片開きの扉を開けた途端――鼓膜を揺るがす騒音が流れ込んできた。

 扉の先は巨大な空間となっていて、中心部には四角く大きな台のような物があり、四方を金網で囲まれていた。それを取り囲むように人々が密集している。

 どうやら台の上では二人の男が戦い、それを観戦している人々からは声援や罵倒、叫び声が発せられていた。


「ここは闘技場。どちらが勝つか賭けをするという単純なものだ」


「妹は何処」


 黒装束の説明を遮り、ウーワが口を挟む。

 ライトに頼み事をした時とはまるで別人のような、胆の据わった対応をする彼女を見て、ライトの額の皺が深くなっていく。


「心配するな、もうすぐ会える」


 熱狂する観客を避け、壁際を進むライトたちは、入り口とは真逆の位置にある扉の前に到着した。扉の上には『控室』と書かれている。


「おい、開けろ」


 黒装束が扉の前に立つ男二人に命令すると、屈強な身体つきの男が両開きの扉を少しだけ開く。ライトがギリギリ通れる程の隙間を、黒服、ウーワ、ライトの順で通る。

 そこには憔悴しきった顔で粗末な椅子に座り、震えている少女の姿があった。


「リーワ!」


 叫びながら妹へ駆け寄ると、彼女の肩に手を当て激しく揺らす。

 焦点の定まっていない瞳に光が戻ると、無気力な顔が徐々に驚愕へと変化していく。


「ウーワ? ウーワなの!? え、どうしてここに! こんなところに来たらダメじゃない!」


「バカ! あなたを助けに来たに決まっているでしょ!」


「でも、私はこれから、あそこで戦って勝たないと借金返済が」


 そこまで話すと震えが大きくなり、自分の肩を抱き懸命に堪えている。そんな妹をウーワは優しく抱きしめ「大丈夫、大丈夫」と繰り返している。


「麗しき姉妹愛はそこまでにしてもらおうか。ウーワ、あの話わかっているな」


「ええ、わかっているわ」


 意味深に笑う黒装束の顔を睨み、ウーワは唇を噛みしめ大きく頷く。

 そして、彼女の視線と黒装束の視線が同時にライトを捉えた。

 一切話に参加せず、事の成り行きを見守っていたライトは二人に笑顔を返す。


「おいおい、余裕じゃねえか兄ちゃん。お前さん、騙されたことにまだ気づいてないのか」


「騙された……ですか。どういうことなのでしょうか、ウーワさん」


 穏やかな笑みを崩さずライトはウーワに問いかける。

 その視線に耐えられなくなったウーワは顔を逸らすと、小さく、消え入るような声で呟いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


「やれやれ。ちゃんと説明義務を果たしてほしいもんだ。じゃあ、俺から話してやろう。ライトアンロック。お前はこのウーワに売られたのさ。妹の借金を帳消しにする条件として、今話題の怪力助祭見習いライトアンロックをここに連れて来いってな」


 男が手を挙げ、指を鳴らすと、控室の両脇の扉が開け放たれ、10名以上の男が流れ込んでくる。隙のない動きでライトたちを取り囲んだ男たちは武装済みで、かなりの実力であることが窺えた。


「おっと、暴れて逃げようなんて考えるなよ。ここにいるのはCランク以上だ。幾ら才能に恵まれていようと助祭見習いのお前さんが敵う相手じゃねえ」


 ライトは大きく息を吐くと、お手上げとばかりに肩を竦める。


「それで、貴方は私に何の用なのでしょうか」


「ここは闘技場だぜ。決まっているだろ……闘って欲しいのさ。客が喜ぶようなショーを見せて欲しいんだよ」


 厄介ごとに巻き込まれたライトの脳裏に過ぎるのは母の言葉だった。


「大人しい女性というのは、大人しい振りができる頭のいい女性ってことなの」


 本当にそうですよね。とライトは胸中で愚痴を零さずにはいられなかった。


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