冒険者ギルド
ギフトとスキルを一部変更しました。 7月17日
四人ではしゃぎ過ぎた翌日の昼過ぎ、ライトはとある建物を見上げ、顎に手を当て感嘆して見入っていた。
大聖堂を見た時にも驚いたが、こっちの派手さのない落ち着いた雰囲気の建物の方がライトは好みであるようで、真剣に観察をしている。
石を積み上げただけの無骨な外壁、一切の装飾を拒否したまるで国境の砦のような建造物――冒険者ギルド本部である。
この国の首都にはあらゆるギルドの本部が集結している。
ギルドとはわかりやすく言えば職業別の組合の事だ。その職に携わる人が集まり、仕事を滞りなく行う為の組織。
商業ギルド、木工ギルド、鉄鋼ギルド、魔法ギルド等、様々なギルドが乱立し、そこに所属していない者が無許可で仕事をすれば、逮捕の後に追放もしくは拘留という流れが出来上がっている。
それは、冒険者も例外ではない。
冒険者ギルドに所属しなければ、迷宮に入る許可も下りず、魔物を倒し素材を手に入れたとしても安く買い叩かれてしまう。その為、日頃は動物を狩る猟師や、腕に覚えのある農家の若者も副業として冒険者ギルドに入るというのは良くある話だ。
一度所属すれば年会費を払い続けていれば毎年更新されるので、身分証として利用する人も少なくない。ギルドカードを一度発行してもらえば、法を犯さない限り冒険者の資格が剥奪されることがない。
ライトは迷宮に潜る為の条件として、冒険者ギルドから配布されるギルドカードが必須という説明を受け、産まれて初めて冒険者ギルドへやってきた。
ギルドの両開きの扉を押し開け、中に一歩踏み出すと、外にまで漏れていた騒ぎ声が途端に止む。冒険者ギルドのホール内でたむろしている冒険者たちの視線が、一斉にライトへ向けられた。
「良い体格をしているな。戦士か」
「だが、あの服装は法衣じゃないか。黒いが」
「見た感じ若いな……この時期だ、聖職者見習いか。となると、神官戦士見習いだな」
「それにしては遅くないか?」
ライトの外見から様々な憶測が飛び交っている。これが、本当にイナドナミカイ学園の生徒ならば、自分のチームに引き入れたい。正直な事を言えば助祭見習いの方がいいのだが、神官戦士見習いでも充分ではあった。それだけ、神聖魔法の使い手というのはかなり貴重な存在であるということだ。
未だに回復役がいないチームの面々は本気で聞き耳をたてている。
ホールの奥にはカウンターがあり、職員が何人か常駐しているようだ。各職員の頭上には板づくりの看板に『素材引き取り』『総合案内』『クエスト受付』と書かれており、ギルドの職員がどの業務を担当しているのか一目瞭然になっている。
ライトは冒険者たちが自分に注目しているのを理解しているが、さして気にも留めていないようで『総合案内』と書かれている看板の下にいるギルド職員に歩み寄った。
「冒険者ギルドへ入りたいのですが、こちらで宜しいのでしょうか?」
深緑を基調とした制服を着た、ショートカットの小柄な受付は目を通していた書類を閉じ、顔を上げて営業スマイルをライトへ向ける。
「はい、そうですよ。ええと、貴方は……黒の法衣というのは珍しいですね。イナドナミカイ学園の生徒さんですか?」
「はい、そうです。迷宮に潜るにはギルドカードが必要だと言われまして」
大人顔負けの身長と体格だというのに、何処か初々しさのあるライトを見て、受付の職員は思わず顔が綻ぶ。
「ということは、冒険者ギルドは初めてですよね」
「恥ずかしながら」
「うふふ。やっぱり、イナドナミカイ学園の学生さんはいいですね。礼儀正しくて大人しい子ばかりで。冒険者は荒くれ者が多いので、ほんと和むわぁ」
受付の職員はカウンターに両肘を突き、手の上に顎を乗せ、微笑みながら頭を左右に揺らしている。
「あの、冒険者ギルドへ所属するには……」
「あ、ごめんなさいね。ええと、保証人、もしくは推薦状が必要なのですが、お持ちですか? イナドナミカイ学園の生徒なら身元もしっかりしているので、本来は必要ないと思うのですが、これも規則ですので」
「はい、推薦状を頂いています。これで大丈夫でしょうか?」
ライトは背負い袋を脇に置き、中から推薦状を取り出し手渡した。
職員は蝋で封のしてある封筒に細工がしていないか確認すると、中身を取り出し、目を通している。推薦状の名前が記載された箇所に到達すると、職員の視線が急停止する。
目を瞬かせ、何度もそこを確認する。
「これって、聖女ミミカ様のサインですか……?」
「はい、そうです。同級生のファイリさんに頼み込んで書いていただきました」
「ああ、なるほど。推薦人としては問題ないどころか、充分すぎるぐらいです。念の為に後程確認を取らしてもらいますが、宜しいでしょうか」
推薦状にはミミカの署名と、本人である証明として魔法の特殊インクで押された拇印があるのだが、推薦人が有名人だけに念には念を入れるようだ。
「はい、もちろんです」
「では、先に作業を進めておきましょうか。ええと、まずは能力を調べますので、奥の別室に移動してもらえますか。ギフトやスキルを調べなければなりませんので」
ギフトやスキル、そして基本的な能力は他人に秘匿しなければならないので、別室で担当の職員と二人きりで調べることになっている。
「わかりました。お手数おかけします」
ライトは会釈をするとカウンター脇の扉を開け、その向こうへ姿を消す。
「礼儀正しくていい子ねー。そういや、どっちか聞いてなかったけど、神官戦士見習いよね、やっぱり」
冒険者ギルドホールにいる人々の殆どが、受付と同じくライトの職を勘違いしていた。
窓一つない殺風景な通路を進むと、片開きの無骨な扉があった。鉄錆が表面に浮いている鉄扉。見るからに頑丈そうなのは、この先での行為の重要性を表しているのだろう。
ライトは鉄扉を軽く数回ノックする。
「失礼します」
扉を開いた先はこぢんまりとした部屋で、小さな机と椅子が二脚あるだけだった。
その椅子の一つにはギルドの男性職員が腰かけていて、ライトに視線を向けると目元を緩め手招きをする。
「ああ、いらっしゃい。さあ、そこに座ってくれ。僕は能力検査の担当をしている者だ。緊張しなくていいからね」
「では、遠慮なく」
黒縁の眼鏡を掛けた、やせ気味の男の正面にライトは座る。
二人に挟まれた机の上には無数の蛇が絡み合った台座があり、その上に無色透明の丸い球が鎮座している。
「この球は大昔に栄えた古代人の遺物でね。これに触れると、その人が所有しているギフト、スキルがこのギルドカードに記載されるよ」
男性職員が掲げたのは一枚のカードだった。今は白いだけの金属の板にしか見えない。その板には細い糸が繋がっていて、その糸は透明の球に伸びている。
「あと、その人のステータスも表示されるよ。何か質問は?」
「ギフトとスキルはわかるのですが、ステータスとは?」
「ああ、知らないのか。筋力、頑強、素早さ、器用、体力、精神力がグラフとして……と言っても専門用語過ぎてわからないよね。実際に見てもらった方が早いか」
職員は胸ポケットからもう一枚カードを取り出す。どうやらギルドカードらしいが、球と繋がっているカードと違い、両面に文字や記号が浮かび上がっている。
「まず、表面は名前と年齢と顔写真。写真は後で撮影があるから。それに、現在の冒険者ランク、段階と職業が記載されている。ああ、段階は隠したい人もいるだろうから、見えないようにすることが可能だよ。裏に載っているスキル、ギフト、ステータスも同様にね」
そういって、職員はギルドカードを裏返す。
裏には文字がぎっしりと詰まっていて、ライトは興味深げに覗き込む。
ギフト なし
スキル 『速読』『瞬間記憶』
「まあ、見ての通りだけど。その人が所有する、ギフト、スキルがこんな感じに書き込まれるから。あ、ちなみに、まだスキルは所有しているけど隠しているよ。キミも人に知られたくないスキルがあったら、隠しておくことをオススメするよ」
「わかりました」
「それでね。カードの右下の角に黒い部分があるのはわかるかな。ここに指を触れた状態で、切り替えと心の中で念じると、こうなる」
ギフトとスキルの文字が消え、新たにグラフが現れる。
丸い円が線で描かれ内側に一回り小さい円。少しずつ円周が短くなった円が合計で6つ並ぶ姿は、水の波紋のようだ。その円には六ヶ所点が打たれていて、それを線で繋いでいる。
円の内側に歪な形の六角形を埋め込めた図形。それの意味がわからずライトは首を捻っている。
「これは、その人のステータスをSからEまでに当てはめ、グラフにしたものだよ。グラフの下にステータスが書いてあるのがわかるかい。私の場合、筋力D、頑強C、素早さD、器用B、体力C、精神力Cとなっているよ。だがこれは段階に応じた能力なので、例えばBランク冒険者で段階が40の戦士がいたとしよう。彼の筋力がEだとしても、私が力比べをしたら完敗するよ。私は10段階程度だからね」
「つまり、ステータスというのはその人の才能なのでしょうか」
「まあ、そんな感じだね。同じ段階の人と比べて器用だとか、力持ちだとか、そういった自分の素質を知る為の目安だと思ってくれ。ステータスは鍛え上げれば変化する者も多いそうだよ。器用がEだった冒険者がBまで上昇したって話も聞くから。グラフの方は綺麗な六角形が出来上がる人はバランスが良く、歪な形の人は特化した能力がある」
職員のグラフは少し歪んだ六角形程度で、こういったバランスのいい形は万能ともいえるが、器用貧乏になる事が多いねと自虐気味に微笑した。
Cが平均だと考えられているらしく、Bならば少し優れた能力。Aが一つでもあると、それを生かした職を選べば、一角の人物に成れる可能性が高いとのことだ。
「正直、自分のステータスを知りたいが為に冒険者カードを求める人も多いからね。まあ、私もそのうちの一人だったわけだが」
三十代半ばの男性職員は、ライトと同年代の頃、自分の才能を信じ冒険者ギルドを訪れ、ギルドカードに記載された自分の能力を見て、夢を諦めた過去がある。
それを思い出して、表情が一瞬だけ暗くなったが、慌てて笑顔を取り繕っている。
「って、私の事はどうでもいいか。では、ライトアンロック君、出身地と年齢をこの紙に記入してくれるかな……うん、ありがとう。じゃあ、次は装置に触れてもらえるかな。球の上に手をそっと置くような感じで」
促されるままにライトは球へ手を添える。
ライトは全身に何かが駆け抜けるような感覚に全身がピクリと小さく揺れた。
「はい、もういいよ。手を放して。カードを渡しておくけど、決して私に見せないでくれ。見たとしても守秘義務があるから情報を漏らしはしないが。さっきも説明したけど、自分で確認して、相手に見せてもいいと思える情報以外は隠しておくようにね」
手渡されたカードにはまだ何も記載されていなかったが、見つめていると徐々に文字が浮かび上がってきた。
名前はライトアンロックで間違いない。
冒険者ランクはG。初心者は一番下のランクからになる。
段階は20とある。
「すみません。段階は普通どれぐらいなのでしょうか」
「そうだね。冒険者ギルドへ登録したばかりの初心者はだいたい5ぐらいかな。1という人も珍しくないよ。イナドナミカイ学園の生徒さんも8から5ばかりだったね」
今の説明を聞いてライトは眉尻がピクリと動く。
頭に浮かんだ疑問が正しいかどうかを判断する為に、更に質問を口にする。
「段階というのは隠した方がいいのでしょうか?」
「そうだね。依頼者が冒険者ランクと段階の指定をしてきたり、チームに入るときに提示を求められたりする場合はあるけど、基本的にはみんな隠しているよ。まあ、酔っぱらって自慢げに暴露する連中も多いけどさ」
今の会話でライトは確信が持てた。
ギルドカードに記載されている数値や文字をギルド職員は知らないという話だったが、向こうは全て把握している。段階を隠している筈なのに、この職員は「イナドナミカイ学園の生徒さんも8から5ばかりだったね」と口にした。
まあ、ギルドとしては冒険者の情報を把握していないと管理に色々困るのだろうと、好意的に考えることにする。
それ以上の追及はやめ、自分の能力の確認に入った。
ギフト 『怪力』
スキル 『痛覚麻痺』『頑強』『夜目』『第六感』『状態異常耐性』『消費軽減』『回復力』『神聖魔法』
多くないですかこれ。ライトは胸中で呟きながら、視線を職員へ向ける。
職員の表情や態度に変化はない。少しだけ楽しそうに見えるのは、ギルドカードを受け取り自分の能力に一喜一憂する初心者を見るのが好きなのだろうと理解する。
「ギフトやスキルというのは、基本的にどの程度の数が一般的なのでしょうか」
「うーん、そうだね。まずギフトは知っているとは思うけど、殆どの人が所有していない。ギフトについてはキミたちの方が良く知っているんじゃないかな。神から与えられた特別な能力。生まれつき所有している力だからね。今までの統計だとギフトを所有している確率は1割にも満たないそうだよ。2つ以上となると更に稀で、そういう人を神に愛された者と呼ぶ人もいるそうだね」
言われてみれば、学園の授業でそういった内容があったなとライトは思い出していた。
だとしたら……いや、怪力は学園中に知れ渡っているので隠すのは無駄ですね。しかし、痛覚麻痺は生まれつきなのですが、ギフトではなくスキルなのですか。意外ですね。
「スキルの方は初心者なら1つ、2つあれば良い方かな。全くない人もいるからね。ただ、冒険者の中堅どころとなると5つぐらい所有している人も少なくないよ」
となるとスキルが多いのはそんなに珍しいことではないのかと、ライトは素早く考えをまとめる。
「お、その感じだとスキルが0ってことはなさそうだ。まあ、神聖魔法は確実にあるだろうからね」
まだ、この職員は自分の能力を確認していないようだ。ライトは態度の変わらない職員と目を合わせ、曖昧な笑みを浮かべておく。
「ステータスなのだけど、これだけは悪いけど見させてほしい。ギルド側としても、その人に適した仕事を斡旋する時や、依頼者に推薦する場合の目安にもなるからね」
そう言われては断ることもできず、ライトはギフトやスキル、段階を切り替えた状態でカードを机の上に置いた。
「じゃあ、見させてもらうよ……ん? えっ……何だこれっ!?」
顎が落ちそうな程に大口を開け、眼球が零れ落ちるのではないかと心配になるぐらいに目を見開く職員の視線の先には、歪すぎる形のグラフがあった。
このグラフ時計回りに一番真上から、筋力、頑強、素早さ、器用、体力、精神力の順に点が打たれているのだが、それを全部繋いだ形が六角形として成り立っていなかった。
魔道具の不具合でグラフ表示が誤表示されているのかと、グラフの下を確認する。
頑強S 素早さA 器用B 体力A 精神力B
Sが一つにAが二つ。これだけでも尋常ではない身体能力なのだが、問題はもう一つのステータスだ。グラフを見て意図的に見ないようにしていた能力。
職員はまるで呪われた品でも見るかのように、片目を瞑り恐る恐る、そのステータス――筋力を覗き見た。
筋力 ?
クエスチョンマークって……何だ?
ステータスの値を見つめていたライトと職員の心がシンクロした。
「これは、測定不能ということなのか……」
「昔から、母にライトは力持ちねーと良く言われていましたが」
「いやいや、そんなレベルじゃないですよ! 見てください、このグラフ! 筋力の値だけ振り切れているから、おかしなことになっていますよ!」
全体的に能力が高いので一番外側の円に近い位置で図形が描かれているのだが、時計で言うところの12時の方向だけは点が見当たらず、繋ぐべき線が円の外に向けて伸びている。
「ギフトで『怪力』を所有しているので、そのせいでは?」
「いえ、このステータスはギフトやスキルに左右されないのです。その人の純粋な能力が記載されます。つまり、ライトアンロック君は怪力のスキルがなくとも、バカげた力を所有しているということなのです! それに怪力が加算されたら……」
ライトに対して職員の言葉遣いが丁寧になっていることに眉をひそめる。
驚愕する職員の瞳の奥に怯えの色が広がっていくのを気づいていた。
もう慣れてしまった、あの目。
自分の常識を超えた存在、理解の及ばない何かに対して抱く純粋な恐怖。村人たちがライトに向けていた、いつもの目。
それに対する悲嘆、憤り、苛立ち、といったものは一切ない。
またかという……諦めがあるだけだった。
「それで、もう測定は必要ないのでしょうか」
「えっ、あ、はい! し、暫くお待ちください! 上の者と相談してきますので!」
背筋をぴんと伸ばし、敬礼する男の職員に向けてライトはいつもの笑みを向ける。笑顔の仮面の下に隠した心を見抜かれないように。




