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物理特化の回復職  作者: 昼熊
入園編
12/42

ファイリ

 ライトは二人から距離を置くと、休息を取りながら見守っている。

 かなり大量の血を失ったので酷く眠いが、未だに身動きの取れないセイルクロスと精神力を使い果たしたファイリを見捨てるわけにもいかない。

 遅れてやってきたマギナマギナは一部始終を眺めていただけではなく、映像を記録できる魔道具で一部始終を録画していた。

 あまりに凄惨で鬼気迫る戦い方に、ファイリと同様に恐怖したマギナマギナだったが、それ以上に戦う姿に見惚れ、軽い感動を覚えていた。

 まるで、物語に出てくる英雄ではないか。彼こそが自分の追い求めていた相棒だと、勝手に決めつけてしまっている。


「ライト大丈夫か。貴様の戦い見定めさせてもらったぞ! 見事の一言に尽きる。貴様こそ我が相棒に相応しい! どうだ、これからは我と組み迷宮探索に勤しむというのはっ!」


「あ、はい。そうですね。貴方がいるなら安心です……少し眠らせてください……」


 体力が限界に達していたライトは、言葉の意味も碌に理解せずに適当に相槌を打つと、そのまま睡魔に身を委ねた。

 限界を超えていたのだろう、数秒も待たずに意識を失う。

 眠りに落ちたライトを見つめ微笑するマギナマギナの姿に、胸が苦しくなる自分に戸惑うファイリだった。





 一時間もしないうちに学園から雇われた冒険者が到着し、6組の生徒は全員保護される。

 ライトは体力と精神力の消耗が激しかったが、類い稀なる回復力により次の日には完全復活した。

 帰還した次の日からは週末で二日間も学園が休みだったので、無理をせずじっくり体を休めたライトは、週明けに万全の態勢で学園へと向かった。

 教室に入ると、ライトに何人ものクラスメイトが駆け寄り、口々に感謝の言葉を述べる。あの戦いにより命を救われた生徒たちは、今まで避けていたことを詫び、ライトのクラスでの立場が急変する。


 孤立していたライトに皆が気軽に話しかけるようになり、ライトの学園生活は順風満帆に見えた。だが一人だけあの日以来、ライトを避けている人物がいた。ファイリである。

 命の恩人に対し、怯え拒絶してしまった。一時の恐怖により混乱状態だったとはいえ、自分のやったことが最低であることは、十二分に自覚していた。

 あれから、何度もライトに話しかけようとはしているのだが、気まずさのあまり二の足を踏み、上手くいかないまま時間だけが過ぎ去っていく。

 それが悪循環となり、ライトが気さくに話しかけてきても、用事を思い出した振りをして逃げだしてしまう。


 そんな日々が続けば誰だって自分は嫌われていると錯覚してしまうだろう。ライトも自ら話しかけることを止め、今まで仲の良かった三人組であった、ライト、セイルクロス、ファイリが一緒に集まって話す姿が教室で見られなくなる。

 そして、ファイリに代わり新たな三人組に加わったのはマギナマギナその人であった。

 人間の慣れとは恐ろしいもので、マギナマギナの個性的過ぎる言動はクラスでも受け入れられつつある。

 ファイリはその状況に苦い思いをしながらも、原因が自分にある故に何も言えず、ますます意固地になっていく。他の生徒たちとは普通に接することができているのが救いなのだが、素直になれない自分に苦悩する日々が続いていた。


「今日も無理だった……」


 自宅での食事を終え、ファイリは自室に戻りベッドに飛び込んだ。

 この厄介な性格を直したいと願いながらも、上手くいかない現状に頭を抱えている。


「大体、ライトもライトだ。こういう場合、男が気を利かせるものだろっ」


 そんなライトから避けていた自分を思い出し、自己嫌悪する。それが、最近の日課になりつつある。


「あーもう、何で素直になれねえっ! 謝るだけだ! ごめんという一言で良い筈だ!」


 毎日、枕を抱えてベッドの上を転がり続けているだけで、未だに勇気が出ないでいる。

 淑女のお面を被った状態なら「ごめんなさい」の一言を口にすることは可能だ。だけど、それは違う。私は助けてくれたライトの手を振り払った。人として最低の行為をした。本心から謝らねば気が済まない。

 そうしなければ、自分を許せそうにない。

 最近はライトの横顔や後姿を覗き見するのが精一杯で、まともな会話もしていないどころか、挨拶すら避けている。


「あーもう、最低だ私……」


 ライトへの罵倒、自分の行いへの後悔、素直になれない自分を嫌悪、最近クラスメイトの女子やマギナマギナが急接近していることへの苛立ち。

 このローテーションを繰り返し、眠れぬ夜を過ごす。それが、ファイリの日常だった。





「あ、ファイリさん。すみません、頼みごとがあるのですが」


 憂鬱な気分で教室の扉を潜ったファイリに、久しぶりに話しかけてきたライトの発言がこれだった。


「えっ、はっ、ええと、いいですけど」


 あまりにも突然な申し出に頭が働かず、返事を口にする。


「ああ、良かったです。ええと、事のあらましを説明しますね。昨日、迷宮に降りる許可を先生に貰いに行ったのですよ。そしたら、冒険者ギルドへの登録が必要だと言われまして。その足で冒険者ギルドへ向かったら、身元を保証する人物が必要だということになったのです。生憎、天涯孤独の身なのでそんな人に心当たりはないと相談したら、誰か身元がハッキリした保証人か実力のある冒険者の推薦人が必要だと」


 かなり切羽詰っていたようで、早口で捲し立てるライトに押され気味のファイリ。

 ここまで話を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻してきたファイリは、真剣に耳を傾けている。


「そこで、申し訳ないのですが、ファイリさんにお願いしたいことがあるのです。セイルクロスに頼もうかとも思ったのですが、学生であるセイルクロス自身の知名度が低くて、審査が通らないと言われまして」


 ライトの後方で腕を組み、口をへの字口に曲げているセイルクロスがファイリの視界に入った。


「ええと、事情は理解しましたが、私も学生ですし、推薦人になったところで審査が通るとは思えないのですが。あ、推薦人になること自体は問題ありません」


「ええ、そこで、不躾ながら……ファイリさんの姉上、ミミカ様に推薦状を頂けないでしょうか。Aランク以上の冒険者からの推薦状があれば問題ないと、冒険者ギルドの職員さんに言われましたので」


 姉を頼ってのことか。ファイリはその事を少し残念には思ってしまうが、ライトと再び仲良くなれるチャンスを逃すわけにはいかない。

 妹思いの姉なら、私が懇願すれば問題なく推薦状を書いてくれるだろう。


「ええ、よろしくってよ。都合のいいことに今日か明日、姉が遠征から帰ってきますので、その時、相談してみますわ」


「ありがとうございます。無茶な申し出なので、断られるのを承知で頼んでみたのですが、貴方を頼ってよかったです。あれ以来、嫌われてしまったようなので、話しかけるのにも勇気がいりましたが……ファイリさんは優しいですね」


 目を細め、優しく笑いかけるライトに見つめられ、ファイリの顔が赤く染まっていく。

 自分が何故照れなければならないのか、いや、これは、久しぶりに話せてうれしいだけだ。と懸命に誤魔化しているファイリだったが、その表情が全てを物語っている。


「そ、そんなことはない、ですわよ。クラスメイトとして当たり前のことですわよろしくて」


 最早、自分が何を言っているのかも理解できていないファイリ。聞き耳を立てていた同級生の男子は羨ましそうにライトを睨み、女生徒はテンションが上がっている。


「ファイリ殿、頬が緩んでいるぞ! 久しぶりに話せて、嬉しいようだな!」


 そして、乙女心を全く理解しないセイルクロスの発言により、体温が更に上昇する羽目になるファイリだった。





 その夜、ファイリの姉であるミミカが遠征から帰還し、久々の自宅で寛いでいた。

 腰下まで伸びた艶のある黒髪を肩から前に流し、ソファーに座り自然に慈愛溢れる笑みを浮かべている女性。

 美麗、清楚、淑女、そんな言葉は彼女の為に作られたのではないかと思わせる佇まい。聖女の呼び名に相応しい、神が遣わした聖なる存在と噂される女性。それが、ファイリの姉、ミミカだった。

 ソファーの隣に腰を下ろしたファイリはミミカの腕にしがみ付き、上目づかいで姉の顔を覗き込む。

 いつものように甘えてくるファイリへ艶やかに微笑むミミカだったが、その様子が少しおかしいことに感づいていた。


「お姉さま、お疲れ様でした。今回の遠征はどうでしたか」


「滞りなく終わりましたよ。元鉱山から不死属性の魔物が大量に湧き出ていたのですが、それもランクの低い魔物でしたので、浄化しておきました」


「流石ですわ、お姉さま。ところで、お姉さまに折り入って頼みごとがありまして」


「あら、私に頼みごとをするなんて珍しいわね。何かしら」


 滅多に自分を頼ることのないしっかり者の妹が、自分を頼りにしている。表情には出していないが、ミミカは内心かなり喜んでいた。

 かなり言い辛いことらしく、ファイリは手を組み、忙しなく指を動かしている。

 よく観察すると、少し頬が赤い。これは何か楽しそうな予感がする。ミミカは笑みを崩さずに期待で胸を膨らます。


「あ、あのですね。私の同級生にライトアンロックという名の助祭見習いがいるのですが。そ、その、人が、あの……」


(こ、これは恋の相談! え、嘘。妹に好きな人ができたというの……私はまだ付き合ったことすらないというのに。まさか、それ以上の事じゃないでしょうね! そ、そんな駄目よ。あっち方面の相談なんて私対応できないっ!)


 脳内妄想がとんでもない方向へと突き進んでいるが、表情が変わることは無いようだ。そこに、ファイリとの血の繋がりを感じずにはいられない。


「お姉さま! ライトにっ」


「は、はい」


 鬼気迫るファイリの形相にミミカが呑まれかけている。


「推薦状を書いてもらえませんかっ!」


「そんな、早すぎるわっ……はい? 推薦状?」


「そうです。同級生であるライトアンロックに推薦状を頂けないでしょうかっ」


 顔に血を上らせて発言するので、てっきりもっと危ない内容かと心配と期待が入り混じっていたミミカは肩から力が抜ける。


「そ、そんなことなら、お安い御用よ。貴方が見込んだ男性なら、実力は問題ないでしょう。明日までに書いておくわ。ライト君だったかしら。彼に宜しくね」


「ありがとうございます、お姉さま!」


 心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべる妹を見て、ミミカは姉としてライトという男に軽く嫉妬し、女としてファイリの事を少し羨ましく思う。

 感謝の言葉を何度も述べ、軽い足取りで自室に向かう妹を眺めながら、ミミカは大きく息を吐く。


「私も、あれだけ夢中になれる運命の人と出会いたいなぁ」


 聖女ミミカ。類い稀なる神聖魔法の使い手として、幼少から周囲に期待され、聖女としてあるべき教育を受ける為、特別扱いをされてしまい人との接点が殆どなかった。

 妹にも自分と同様かそれ以上の才能を見出していたのだが、その事を両親には伝えず、自分よりも劣るが優秀な妹という認識を周囲に信じ込ませるように苦心してきた。

 それは自分が碌に友達も作れず、特殊な環境で異性に触れることもなく過ごした日々を後悔してのことだ。

 妹には普通の日常を送らせたいと、常日頃から願っている。

 だが、恋愛に関しては先を越されたことにより、ほんの少し――後悔していた。

恋する乙女と化した妹と、学生時代の自分に照らし合わせて胸が痛む。自分もあんな生活を送りたかったなと嫉妬が芽生えるが、それ以上に妹の幸せを望み、


「頑張りなさい、ファイリ」


 小さく応援の言葉を口にした。

 




「ライトアンロックさん、推薦状を書いてもらいましたわ」


 次の日、いつものように朝早くライトが教室に入ると、待ち構えていたファイリが歩みより、推薦状をライトの胸に押し付ける。


「ありがとうございます。本当に助かりました。このお礼は後日、改めて」


「そんなことは別に構いませんわ……いや、構わないぜ」


 教室内に誰もいないことを確かめると、ファイリは口調をガラッと変えた。

 いつもの表の顔ではなく本心を口にする。この話し方で嫌われてしまうかもしれない。だけど、自分の素直な本当の姿をライトには見てもらいたい。


「あれだ、すまなかったな。お前の鬼気迫る姿にびびっちまって。本当は何度も謝ろうと思ったが、素直になれなくて……本当にすまなかった! あの時、助けてくれてありがとう!」


 深々と頭を下げるファイリの肩にライトがそっと手を置く。

 そのまま何も言わないライトに怯えながら顔を上げると、至近距離で見つめるライトの顔があった。

 この時ライトの頭に過ぎっていたのは、母直伝の女の子についての取り扱い注意事項である。母曰く、「まず目線を合わせること。そして、できるだけ優しく微笑みながら、相手の目を見つめて話す。これで完璧よ」らしい。

 村でまともに会話したことのある異性は母だけという境遇だったライトは、迷うことなく何の疑問も抱かずに教えを守っている。


「あ、う」


「その方が貴方らしくていいですよ。無理しないで、私の前だけでも自然体でいきましょう。それに謝罪の言葉は必要ありません。これからもよろしくお願いしますね」


「お、おう、よろしくな!」


 こうして二人は和解した。

 この日から、ファイリはライトの前では素の自分を少しずつ出す様になる。


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