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物理特化の回復職  作者: 昼熊
入園編
10/42

迷宮探索

 迷宮の第一階層に足を踏み入れたライトは、屋外とは違う空気に眉をひそめる。


「これは魔素でしょうか。微量ながら魔力を感じますね」


 迷宮には常に魔力の素である魔素が漂っている。それが凝縮されたものが魔物となると考えられていた。そして、倒された魔物は死体を残さず微量な魔素へと戻り、迷宮を漂う。

 噂と授業で聞いていたとはいえ、魔素の濃い空間の妙な感覚に違和感を拭えないライトだった。

 迷宮内は幅も広く高さも充分ある。地肌がむき出しの床や壁なのだが、何故か床は凹凸が少なく歩きやすくなっている。

 天井や壁に、時折光を放つ鉱石が顔を出していて、薄らではあるが洞窟内を照らしていた。


 ただ、それは脇道にはないようで、大きな通路のみ灯りが確保されているようだ。

 正式な迷宮探索なら携帯用の灯りは必須なのだが、ライトには必要なかった。本筋ではない脇道の奥は漆黒の闇で満たされているのだが、闇の中に沈む地形が全て見えている。


「確か、授業では灯りのある場所を進めば、最終的に門へと辿り着くと言っていましたが」


 灯りのある場所は比較的安全で、強力な魔物が寄り付かないらしく、慣れるまでは絶対に脇道へは入らないように念を押されていた。

 だが、最短コースを進むのであれば脇道を利用しなければならない。

 ライトに迷いはない。背負い袋の中から飾り気が一切ない、無骨な造りのメイスを取り出し、暗闇の中へと突っ込んでいった。

 闇の中、ライトは全速力とまではいかないまでも駆け足で迷宮を進む。


 時折、何かの気配を感じメイスを振るうと、衝突音に続いて何かが破裂した音が、闇の中に響く。

 粉砕されたのは、人の頭ほどの大きさがある眼球に蝙蝠の羽と甲殻類の脚が付いた魔物――フライングアイ。

 この魔物は天井や壁に貼り付き、暗闇で身を潜めている。明るい場所が苦手であり、冒険者に襲い掛かることは稀で、基本的には魔物や動物を襲い糧としていた。個体の強さとしては、駆け出しの冒険者や神官戦士でも一対一で勝てる程度なのだが、特筆すべき点がある。


 ヤツらは集団行動をする。それも、2、3匹ではなく10単位で襲い掛かるのだ。

 現在闇の中を突っ走っているライトに、頭上や後方といった死角から大量に襲い掛かられているが、視線を向けもせずに撃墜していく。


「この感覚、懐かしいですね。母に置いていかれた洞窟に似ていますよ」


 呑気に昔を思い出している場面ではない筈なのだが、ライトに焦りは微塵もなく、昔を懐かしみながらも手を休めることは無い。

 昔の経験と照らし合わせて、この程度の状況では、まだまだ余裕があると判断している。


「あの時の洞窟探検に比べれば、問題ありませんね」


 当時のことを思い出すと、いつもライトは苦笑いを浮かべてしまう。

 優しく破天荒でありながら、自分を溺愛してくれた母。過保護すぎるところもあったが……それは、鍛錬の時間を除いてである。

 ライトは生まれつき異様に発達した筋肉があった。それだけなら悪いことではないのだが、未熟な体に押し込められた強靭過ぎる筋肉は内臓と骨を圧迫し、自らの力で己の体を破壊していく。

 生まれつき命の危機に晒される羽目になったライトは、司祭である母から常時、治癒を掛けられていなければ生きていけない体だった。


 そんなライトを憂い、母は出来る限りの事を実行する。頑強な内臓や骨を作り上げる為に、食事の素材を厳選し、内臓を強化する魔法薬を買い漁った。

 5歳になると、自らの体を癒せるように治癒を教え込む。

 強大すぎる力は加減が難しく、ライトに力の調節を教え込ませる為に、武術の鍛錬も同時に行っていく。

 そして、ある程度体が鍛え終わると、今度はライトに魔物の討伐をさせることにした。魔物を倒すと体が強化されるという恩恵を生かし、ライトの体をより強靭にさせることができるのではないかと考えたようだ。


 だが、途中からはライトの成長具合に楽しみを見出したようで、その鍛錬は激しさを増す一方だった。

 そんなある日、ライトを魔物の巣窟となっている洞窟の最深部に連れて行き、一人で帰るように指示を出した。その頃は素直で母を尊敬していたライトは、疑うこともせずに洞窟を探索し、何か月もかけて独りで洞窟を踏破したのだ。

 その時の経験が生きているのだろう。ライトにとって、暗闇は恐怖すべき対象ではなく、慣れ親しんだ落ち着く空間であった。


「確か最短距離だと、こっちの筈でしたが」


 フライングアイを蹴散らし、闇を突き進んだライトは背負い袋から一階の地図を取り出す。

 ライトが所有するスキル『夜目』のおかげで真っ暗な闇の中でも、ある程度は周囲を見ることが可能なのだが、流石に文字を見るのは不可能なようだ。


「取り敢えず、灯り代わりに『聖光弾』」


 ライトの手の平から拳より少し大きいサイズの光る球が浮かび上がり、ライトの頭上辺りで停滞している。

 聖光弾は本来、聖属性を帯びた光の弾で相手を倒す攻撃魔法なのだが、その明るさで周囲を照らす灯りにも使用できる。ただし、持続時間が短いので、松明やカンテラといった道具の代わりにはならず、緊急時における一時的な光として使用する場合がある程度だ。


「たぶん、間違いはないと思うのですが」


 ライトは背負い袋から地図を取り出し、今いる場所を確認する。

 1階層から3階層までは脇道も含めた地図が作られていて、学園の生徒たち全員に配られている。1階層は道も単純で、本道と呼ばれる灯りがともっている巨大な通路がジグザグに走り、脇道も分岐が二、三、存在するだけで滅多な事では迷うこともない。

 ライトは地図を隅々まで目を通し、そこで、重大なミスに気づいてしまう。


「そういえば、方向音痴でしたね……」


 単純な通路であるにもかかわらず、自分の居場所を見失いかけていた。

 落ち着いて現状の確認をする為に、周囲を見回す。

 普通ならば聖光弾の持続時間はとっくに過ぎているのだが、今も煌々と輝く光る球が辺りを照らしている。

 この聖光弾という魔法は初期魔法と呼ばれるだけあり、発動は容易で威力も高くない。多くの者は聖光弾を覚えた後に、更に強力で同時に何発も放つことが可能な『聖滅弾』を覚え、聖光弾を使い続ける人は希少だ。


 ライトは他の魔法が扱えない為、今ある初期魔法を使いこむことにより、初期魔法が強化されある程度は応用が利くようになっていた。

 そのうちの一つが聖光弾の持続時間の伸びである。ライトの前で輝き続ける光る球は、攻撃威力を落す代わりに持続率をアップさせているので、本来ならとっくに消えている筈の聖光弾が未だに光を放っている。

 温かい光に照らされた辺りの地形は、右に巨大な地底湖が見える。天井は高く、つらら状に岩が垂れ下がっている。地底湖は手元の地図に記載があり、そこから今いる場所を確認すると、目的の場所とは程遠い場所に居ることがわかった。


 短縮する為に脇道に入ったというのに、これならば本道を進んだ方が早かったかもと後悔するが、悩んでいる時間が惜しいとライトは気持ちを切り替える。

 もう一度地図に視線を落とし、2階層へ繋がる扉の場所を確認する。

 このわき道を真っ直ぐに進むと行き止まりになっている。その先に扉のある部屋があるのだが、道が無いのではどうしようもない。

 ライトは階層の壁に手を置き思案しているようだが、何かを思いついたらしく、急に走り出した。


 脇道の最奥部までたどり着くとライトはメイスを振り上げ、道を遮る岩肌に叩きつける。

 腹に響くような重低音が響くと同時に通路を衝撃波が走り抜け、地面が微弱に振動する。


「ないのであれば道を作ればいいだけの話ですよっ!」


 渾身の力を込めて叩きつけられたメイスが土砂を巻き上げ、壁がすり鉢状に陥没する。

 ライトは手を休めずに連撃を叩き込み、壁が徐々に大きく抉れていく。

 10数発、渾身の一撃を激突させることにより限界に達したのは――メイスの方だった。

 メイスの柄は90度に折れ曲がり、最早使い物にならない。


「一番頑丈な品を購入したのですが……まがい物でしたか」


 ライトはメイスを放り投げ、ため息を吐いた。


「メイスは掘削を行う道具ではないぞ。元来の使い道でなく無理をすれば歪み、ただの塵芥と成り果てるのも無理はあるまい」


 突如背後からライトの耳に声が届く。

 聞き覚えのある少女の声に反応してライトは振り向いたのだが、その顔には驚きも戸惑いも一切なかった。まるで、始めから彼女がそこにいるのがわかっていたかのようだ。


「マギナマギナさん、どうしてここに?」


「我は愚かなる愚民どもを眺めに来ただけだ。無能な者たちの哀れな姿を嘲笑いにな!」


 愚かなると愚民が被っているなと思いながら、ライトは取り敢えず頷いておいた。

 愚民と無能な者は同級生を指しているのかと、脳内で翻訳を始める。


「貴様こそこんな場所で何をしているのだ」


「クラスメイトを助けに来たのですよ」


「ふっ、貴様の秘めた力は知っておるが、何故、奴らを救わねばならぬ。貴様を存在無き者として扱い、接触を拒んだ者など、どうでもよいではないか」


「まあ、確かにそうですね。ファイリやセイルクロスは友人ですが、他の方々とは接点がありませんし」


 マギナマギナの意見に同意する様に、ライトは何度も小さく頷いて見せる。

 そんなライトの姿を見て、一瞬、蔑んだような視線を飛ばすマギナマギナだったが、すぐさま高飛車に見える表情を作り上げ、顔に貼り付けた。


「であろう。ならば、二人だけに救いの手を差し伸べ、愚者共は無残な躯と化せばいいと考えるのだな」


「いえ、助けますよ、全員」


 その問いかけにライトは即答する。

 答えが意外だったマギナマギナは思わず目を見開き、ライトを凝視してしまう。

 強がっているわけでもなく、いつもと変わらない笑みを浮かべているライトの表情を確認して、頭が混乱しそうになる。


「何故だ。偽善か? それとも聖職者としての務めだと心を偽るつもりか」


「いえいえ。母の教えを守るだけですよ。母の口癖の一つなのですが……自分より弱いものに優しくできない人間は生きる価値が無い。ただし、敵意のある相手や嫌いな奴は除く! というものがありまして」


 破天荒な母らしい格言だったのだが、その言葉をライトは愚直に守るつもりでいる。

 母の言葉や考えがすべて正しいとは思っていない。だが、自分の考えと合致する発言も多く、親孝行も兼ねて母の残した言いつけを出来るだけ尊重しながらも、自分の意思を貫く。それが、ライトの生き方である。


「これが教義を守ると虚偽を申すのであれば、放っておくつもりだったが……増々、気に入ったぞ、ライトアンロック! 貴様の生き様を見届けたくなった。特別に我が力を貸し与えてやろう!」


 満面の笑みを浮かべると、両腕を大きく広げる。その際に、法衣が翻り、露出の高い服装が丸見えになっているのだが、ライトもマギナマギナも気にしていない。

 腰に差していた小さな杖を取り出したマギナマギナは、両腕を伸ばして杖を正面に構える。杖の先端に備え付けられている無色透明の魔石が光を放ち、徐々に土色へと染まっていく。


「朽ちた数多の生命の成れの果てよ。我が命に従い、従順なる僕と化せ。その愚鈍なる身体に爪を突き立て、自らこじ開けることにより、我が進むべき道を創造せよ!」


「これは、土属性の魔法……」


 マギナマギナの詠唱が終わり、魔法が発動されると、ライトの前に立ちはだかっていた岩肌に大きな穴が開く。それは、ライトでも悠々と通れる程の大穴で、穴の先に薄らと明かりが見えている。


「さあ、行け。ライトアンロック。貴様の意志、力、確かめさせてもらうぞ!」


「ありがとうございます」


 ライトは礼を述べると躊躇うことなく横穴へと飛び込んでいく。後方からはマギナマギナもついて来ている。

 走る速度を緩めることなく、マギナマギナへ振り返ったライトは、頭に浮かんだ疑問を素直に口にした。


「ところで、今の魔法の詠唱は必要ないのでは?」


 神聖魔法もそうなのだが、この世界の魔法は魔法名を口にするだけで発動が可能だ。一応、呪文は各魔法に存在はしているのだが、それは初めて魔法を使う時に、上手く扱えるようにする為の補助のような存在で、覚えてしまった後は誰も呪文を口にすることは無い。

 わざわざ、発動時間を長くする必要はないからだ。

 ただし、例外として古代から伝わる禁呪と呼ばれる強力な魔法や、段階の高い者しか発動を許されない上級魔法は、扱いが難しく呪文の詠唱も必要となる。

 今の土を操作し横穴を開ける魔法は、そんなに難しい魔法ではない。ここまでの威力で発動させられるのはマギナマギナの魔力の高さがあればこそだが、魔法自体は鼻歌交じりでも操れるレベルだ。


「ふむ。貴様には理解が及ばぬようだな。呪文を詠唱した方がカッコいいではないか!」


 胸を張り断言するマギナマギナを見て、ライトは彼女の扱い方を理解した。

 ちなみに今の詠唱、マギナマギナのオリジナルであり、唱える必要は全くない。


「そろそろ、横穴を抜けます! 時間帯からして、門番はまだ湧いてないと思いますが、警戒はしておいてください。便乗者となりますが、状況が状況ですので」


「ふっ、言われるまでもない」


 ライトの忠告に対し鷹揚に頷いている。

 各階層を守る門番というのは、一度倒されると半日は消滅したままとなっている。門も開いた状態なので、後続のチームは戦わずして次の階層へ進むことが可能だ。

 しかし、その行為はあまり褒められたものではなく、自分で門番を倒さずに先へ進む者たちのことを、侮蔑を込め「便乗者」と呼ぶ。

 穴を抜けた先は本来なら門番が陣取る広間なのだが、そこには魔物の姿は無く門扉が開け放たれている。


「門番も、生徒の姿も無いようですね」


「探知系の魔法を使ったが、周辺に人はいないようだ」


 教師たちの会話を盗み聞きして得られた情報を整理してまとめると、門番を全員で倒し先に進んだ2階層で、本来なら遭遇しない強力な魔物に襲われた。

 降りてからはチームごとに行動をしていて、助けを求めに来た生徒だけが何とか逃げ延びることができた。他の生徒たちはまだ誰も帰ってきていない。


「門に触れたら迷宮の入り口に戻れるはずですよね?」


「授業ではそうだったな」


 扉を潜った先の広場は安全地帯と呼ばれていて、魔物が現れることが無い。そして、扉に触れて『帰還』というキーワードを口にすれば地上へと瞬時に帰ることができる。ただし、下の階層から上の階層に扉を潜って戻ることはできない。

 そこから導き出される答えは――

 ライトは地図を再び取り出すと、2階層の全体図に目を通す。


「マギナマギナさん。おそらく、階層入り口の広場へと繋がるこの道に強力な魔物が待ち構えていると思われます」


 ライトが指差すのは、広場から奥へと繋がっている唯一の一本道だった。

 魔物が階層越えと呼ばれているが実際に広場の安全地帯を抜け、扉を開け上の階層に進むことは不可能とされている。

 迷宮の魔素が何らかの影響で濃縮されて、階層の違う魔物が生まれるというのが有力な説である。その為、階層越えの魔物が発生した階層は他の魔物が極端に減り、魔素が階層越えに集約しているからであると説明されている。


 そして、階層越えの最も厄介な点は、その魔物を倒さない限り門番が発生せず、門も開かないということだ。

 今、クラスメイトたちは進むことも退くこともできない状況に追い込まれている。唯一の安全地帯である広場まで逃げ込んでいるなら、既に地上へ帰ってきているとライトは考えた。


「兎も角、先へ進みましょう」


「ああ、了解した」


 扉を抜けたライトたちが目にしたのは、ライトの予想に反し、広場まで何とか逃げ込んだ数名の生徒が『治癒』で回復している姿だった。

 神官戦士希望の生徒たちの鎧は破損し、服は血で赤く染まり、助祭希望の生徒たちが懸命に治療を続けている。


「あ、貴方はライトアンロックさんとマギナマギナさん!? え、救助隊が来たのですかっ」


 ライトたちを確認した生徒たちの中で、比較的怪我の軽い者が二人に駆け寄ってくる。

 その女生徒は確か助祭希望だったなと思いながら、ライトは出来るだけ優しく微笑み返した。


「今は二人だけですが、後程、先生たちがやってきますよ。現状を教えて頂きたいのですが」


 余程怖い目に合ったのだろう、髪を振り乱し、ライトの法衣を握りしめていた女生徒は我に返ると、手を放し距離を取った。


「あ、あの、すみません! え、ええと、2階層を探索していたら、魔物が全く現れなくて不審に思っていたら、あ、あ、あの、化け物に襲いかけられて、何とかここまで逃げてきました。直ぐに地上に戻ろうとしたのですが、ドッツル君だけは帰還装置が動いたのに、それから全く発動しなくて、ここに取り残されています」


 ドッツルというのは、教師に助けを求めに来た生徒のことかと見当をつける。

 広場を見回すと、15人の生徒がいる。殆どの生徒が無事とは言えない惨状だが、命は取り留めている。何とか、ここまで逃げ延びられたようだ。


「階層越えが現れた階層は、何かしらの不具合が生じると聞く。扉の帰還装置もその影響だろう」


 マギナマギナが現状についての補足説明をした。

 生徒たちの中にファイリとセイルクロスの姿は無い。


「ファイリさんたちがいないようですが」


 ライトの質問に女生徒は目を逸らし、言葉に詰まる。

 その肩が小刻みに震えているのをライトは見逃さなかった。広場で治療及び休息していた生徒たちも、何処か所在なさげに足元や地面を見つめ黙っている。


「何があったか話しては貰えませんか? 私は二人を助けたいのです」


 ライトは珍しく神妙な面持ちで、俯いたままの女生徒の肩を掴み、その瞳を覗き込む。

 女生徒は真剣な眼差しに射抜かれ、小さく息を吸うと躊躇いながらも口を開いた。


「わた、私たちは、二人を見捨てて……逃げてきました。この一本道を抜けた先に開けた場所があります。そこには三つに分かれた通路があって、各チーム別々の道を進むことにしたのですが、そこにあれが……現れましたっ……門番を倒した私たちは気持ちが昂り、慢心していたのかもしれません。ファイリさんやセイルクロスさんは逃げるべきだと主張したのに、戦いを挑み……その結果、多くの負傷者を生みました。二人は何とか時間を稼ぐといい、魔物の注意を引きつけて迷宮の奥へと逃げ、その間に私たちは負傷者を連れ、ここへと戻ってきた次第です……」


 途切れ途切れになりながらも、最後まで話してくれた女生徒にライトは優しく微笑む。


「そうでしたか。皆さん、怖い思いをされたようですね。後は任せてください。必ず二人を連れて帰ってきますので」


 そう断言したライトの横顔を女生徒はぼーっと見つめている。

 ライトは学園で恐怖の代名詞であり、自分も含めた生徒たちは関わり合いにならないように避け続けてきた。そんな自分たちに笑みを向け労わってくれた。

 あの魔物の強さと異様さはこの身で経験した。学園の一年生がどう足掻いても敵う相手ではない。ライトの強さも理解しているが、それでも無謀だと思える。それ程までに恐ろしい魔物だった。

 だというのに、女生徒も他の生徒もライトを止める気にはなれなかった。彼ならなんとかしてくれるのではないかと、淡い希望が胸に灯る。


「行くか、ライトアンロック。無論、我も共に参ろう!」


 それに、天才魔法使いとして名高いマギナマギナもいる。生徒たちの不安が完全に掻き消されたわけではないが、それ以上の期待を抱いていた。


「それでは、皆さんは体を休めていてください。行ってきます」


 そう言って通路へと進んでいったライトの背に、先程まで会話していた女生徒が小さく「ご無事で」と呟いた。


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