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第八話 黒、銀を惑わす

 人間よりは金の方がはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です。

         尾崎紅葉(小説家)






 暗闇は人の不安を掻き立てる最高の材料だ。単に光が無いというだけで、こんなにも心が乱れてしまう。頼りになるのは街灯のみ、現実ではきらびやかな光が溢れているはずの世界がここでは不気味に薄暗い。そんな場所を、祐輔は一人で歩いていた。

(うわ…怖えよ…!人もいないし)

なぜこんなにも外が薄暗く、祐輔が一人でいるのかというと、それは少し前に遡る。


「…また来たのか…ゲームん中」

 寝たくなくても眠くなる。見たくなくても夢を見る。そうすれば嫌でもこのゲームに来てしまうのは諦めるしかないのか…。寝て朝になれば、全てが嘘でした、なんて下らない失敗作のような物語ではなくい。そうであったらどれだけよかったのか。

「とりあえず鳴海くんのとこに行こうか……!」

 鳴海の名を出した時タイミングよく着信が来た。もちろん相手は鳴海で、昼間に番号を交換したことを思い出す。

「もしもし…鳴海くん?」

『おー!祐輔さん!すまん、迎えに行こーっと思たんやけど…ちょっと行けんくてな?こっち来てくれんか』

 焦ったような鳴海の声色から、ここに来れない理由が簡単そうでないことはわかった。祐輔は自分を叱咤激励する気持ちで拳を握り、気分を高めた。

「…うん、わかったよ。どこにいけばいいの?」

『ほんっとすまん!そっからちょっと遠いけど、でっかい病院あるやろ?そこなんやけど…』

「病院って…!なんかあったのか!?」

『ははっ!ちゃうよ!用があっただけや。…危ないのはわかっとる。気をつけてな?』

 その言葉に安心し、うん、と返事をするとすぐに電話は切れた。鳴海が焦るならよっぽどの用だ、急がなければ…


 そうやって歩き出して、今のこの状況である。思った以上に道は暗く、人の気配がない。爆発音や銃声が遠くから聞こえるのが幸いだが、不安なことに変わりはない。そんなに遠い距離ではないものの、病院が見えてくるまで緊張は続く。

 大通りに出て、大きな病院が見えてきたことで、安心した祐輔は、一瞬歩みを止める。そこに…


 ブォン!と、風が鳴った。


「うぁぁあ!!!!」

 切羽詰まった声で叫ぶ何者かが、路地裏からいきなり飛び出たと思ったのも束の間で。振り抜かれた大きなナニカが祐輔を襲った。とっさに地面を蹴り、飛ぶ。普段運動しない体が軋む音がした。

「ひっ!!」

 飛び出してきたのは、男。歳は決して、若くはない。そして振り抜かれたそれは…

(お、斧っ!?)

 農業用、だろうか。大きめのそれは闇夜に光り、祐輔めがけて飛んでくる。容赦の無い攻撃に、恐怖が頭を支配した。

(逃げないとっ…!!殺される!!!)

 錯乱したかのような男にもはや言葉など通じないだろう。ギラギラと光る男の瞳がやけに恐ろしい。もつれそうになる足を必死に前へ、前へと繰り出す。今はただ、走らなければ。

(病院!そこまで行けばきっと…)

 鳴海が待っていてくれる、そのことを希望に、病院に向かって全速力で走り出した。

 今日はスウェットじゃなくてよかった、なんてどうでもいいことが何故だか頭に浮かんでは消え、早くも頭がパンクしそうである。第一、襲われているという状況に未だに慣れていないのだから、頭も身体もついてこれなくて当然だ。その証拠に…

「あぁぁあぁあ!!!!」

 奇声をあげる男がだんだんと近くに。

(だめだ追いつかれるっ!!!)

速く走らなければこのままきっと殺されてしまうだろうに、祐輔の足は今以上に速く走れず、鈍く痛みまで出てくる始末だった。目標の病院まではあと少しのはずなのに…

「くそっ…何でだ、ちくしょっ…」

(速く。速く走れ!!!もっと、もっと!!!)

唇を噛み締め、ぎゅっと強く目をつむり、そして願った。速く走れ、走れ、走るんだ…

(!!なんだ、足が…)

「軽い…ってうぉわぁぁ!?」

 急激に足が軽くなり、周りを流れる景色がスピードを上げて過ぎていく。今まで感じたことの無い感覚に戸惑いつつ、後ろにいる男の声が小さくなっていることに気づいた。このまま行けば撒けるだろうが、それにしてもやはり。

「尋常じゃねえってぇえええええ!!!!!」

 風圧が痛い、体が軽くても頭がついていかない。今度は祐輔が奇声をあげながら走るはめになってしまっていた…


 そのまま走ってすぐ、病院の門が目の前に来た。そう、目の前に。

「待って待って待って!!ぶつかるぅぅう!!!」

(とまってくれぇぇえ!!)

 門からほんの数メートル、祐輔の体は車がブレーキを踏んだかのごとく凄まじい音を立てて足を止めた。よろよろとまだふらつく体は、崩れるようにしてヒヤリと冷たい門へもたれ掛かった。

「止まった…よかった、ほんとに…」

 息も絶え絶え、あまりに異常なことが起きたために、放心状態からなかなか抜け出せずにいる。手足を投げ出し地面に崩れる。


 パチパチパチ…


 不意に聞こえてきたのは拍手。音のする方角へ、ゆるゆると顔を向ける。近くにあった大きな木の影から、一人の男が現れた。その姿はどこかでみた記憶のある…

「き、みは…」

「いやぁ、すごいものを見せて貰いましたよ、北見祐輔さん」

 艶やかな癖っ毛に、漆黒の瞳。緩く弧を描いた薄い唇は、まさに二日前、祐輔にこのゲームへの招待状を届けた謎の男であった。

「なんでここに…ってゆうか、どこから見てた…?」

「どこからって?走って門にぶつかりかけた所だけですよ。…なんでここにいるか、は」

 木の傍からゆっくりと祐輔に近づき、見下ろす。祐輔はそのなんとも言えない恐怖感で立ち上がることができずにいた。

「あなたを待ってたんです。さっき、電話したでしょ?」

「はっ?電話なんて」


「ひっどいなぁ…俺の声、忘れてしもたん?」


「は、え?なんで?その声、しゃべり方…!」

 男が笑いながら口にした言葉は、まさに祐輔がよく知る男、小松鳴海のもの。柔らかな京都弁も、声の質もそのままだ。目の前にいる男は鳴海ではない。先程まで話していた声とは全く違い、鳴海そのものの声を、男は出したのだ。

「そっくりでしょ?鳴海のことならなんでも知ってるから、声真似もお手のものですよ」

「なんでも…?あんた一体何者なんだよ…。鳴海くんとどういう」

「まだわかりませんか?」

 男が急に笑みを消し、ゆっくりと手を顔へ。長く伸びた前髪を、そっとあげていく。そうして現れた男の顔は、驚くほどに鳴海にそっくりであった。ただ、瞳の色が違うだけ。男は黒、鳴海は銀。

「そっくり…?じゃああんたは…」

「そうです。俺たちは、兄弟。鳴海は俺の弟なんですよ」

 鳴海にそっくりな顔で、鳴海にはない歪んだような笑みを浮かべる男。ゾッとする寒気が祐輔を襲い、祐輔は瞬間、反射的に立ち上がり男から距離をとる。

「…あんたの目的は何だ?鳴海くんの声真似してまで僕を呼び出して」

 できるだけ平常心であるようにして、低く声を出して相手の出方を伺う。しかし、無理をしているのが男にはお見通しなようで、ふふっ、と軽やかに笑われた。

「だって、そうしないとあなたとゆっくりお話出来ないでしょう?鳴海がべったりくっついてちゃ。俺は、あなたに言いたいことがあっただけですし」

「言いたいこと…?」

 この男と自分は全くの無関係、何もなかったはずだ。男の言っている意味がわからず困惑する祐輔。

「…鳴海が何を思ったかは知らないけど」

 瞬間、男から表情が抜け落ちた。目だけがギラギラと、祐輔を刺すように見つめてくる。漆黒の瞳も髪も服も、全てが闇に溶け込んで恐ろしい。近づいてきた男を拒むことすら出来ずにいると、ついに力強く、男に髪を掴まれた。

「いっ…」

「あなたにもあの双子にも、鳴海はきっと救えない」


「あの子は俺と同じ。俺のものなんですよ。あの子は誰にも救えないし、触れられない」


「何言ってる?意味わかんな…い、痛っ」

 先程よりも強く髪を掴まれ、激しい痛みに顔が歪む。それにすら感情を動かすことなく、男は言葉を続けた。

「俺にも鳴海にも、本当は存在しないこの世界しかない。だって俺たちはもう…っ!!!」

 祐輔の視界が途端に陰り、男の手が祐輔から離れる。何が起こったのかわからないまま、祐輔はへにゃりと座り込んでしまう。

「ああ…早かったね」

 男がどこか嬉しそうに、祐輔の前に立つ誰かに向けて話しかける。そこでようやく祐輔は、男と自分の間に何者かが飛び込んできたのだと気づく。その正体は考えるまでもなく。

「鳴海くん…!」

「優也…お前何しとる。わざわざめんどいことしやがって…」

 祐輔さん下がって、と小さく祐輔にだけ聞こえる声で告げると、鳴海はまっすぐに男――――優也を見据えた。その瞳は怒りに満ちていた。

「…別に?ちょっと祐輔さんとお話をね」

「はぐらかすなや。お前何企んで「鳴海?」

 静かだが、相手に恐れを抱かせる、そんな声。優也が発したもの。それに悔しげに鳴海は言葉を止めた。それでいい、と言いたげな顔で優也が笑うと、鳴海はさらに悔しげに顔を歪めるばかりだ。

「そんなにお友だちが大事かぁ…お兄ちゃん妬けちゃうよ」

「黙れキモい」

「キモ…口悪いな。…いろいろ積もる話もあるんだけど…どうやらまたまたお呼びじゃない客みたいだねぇ」

 ちらり、と優也が視線を投げたその先には。

「あぁぁぁあ!!!さっきのっ!!」

 祐輔を襲った、あの斧男が未だに瞳を狂気的に歪ませて立っていた。


「うぉぉおああああぁぁぁあ!!!」

 喉がつぶれそうなほどに叫び突進してくる男に、鳴海でさえも驚きを隠せない。男との距離はまだ遠く。

「俺は退散させてもらおうかなぁ」

「おま、優也…!!せこい!」

 なんとでもー、と軽く答えた優也が、ひらりと身を翻し歩き出す。その間にも、斧男はこちらに向かってくる。

「仕方ない…なっと!」

 言うと同時に、鳴海が力強く地面を蹴り、男へと向かっていく。振りかざされた斧には目もくれず、素早く体を屈め相手の懐に飛び込んだ。そこから繰り出された拳は、まるで流れ作業のように無駄のない動きだった。細腕から繰り出されたとは思えないような鈍い音が男からして、ほどなく崩れ落ちる。ガラン、と斧が落ちる音が虚しく木霊した。

「危ないやろ、んなもん持ち出したら」

「う、ぁあ…金、金が…」

「…難儀やな」

 くぐもった悲痛な言葉が、鳴海の顔を歪ませた。


「すごいすごい、流石だね、鳴海」

 笑顔でまたもや拍手をするのは優也。今の状況を考えているのかいないのか、やけに楽しそうである。そんな優也の相手は疲れるのか、鳴海は大きなため息を隠しもしなかった。

「帰るんやないん?」

「いいだろう、見惚れるくらいさ」

 そう答えながら優也は祐輔を引っ張り鳴海の元へ連れていく。倒れた男になどもはや興味を失ったかのよう。

「わかったからさっさと帰ってや…疲れるわ」

「酷いな…まぁ、帰るよ」

 笑顔で話しかける優也に、鳴海も祐輔も気を取られていた。倒れた男の手が、また落ちている斧に伸びていたことなど気づかないくらいに。


「バイバイ?鳴海」

「ぐぅっ!!!!?」


 あまりに突然の出来事。細い体からは想像もできない速さで動いたのは、優也だ。鳴海めがけて繰り出された蹴りは、普通ではあり得ない威力を持っていた。…そう、鳴海の体が簡単に吹っ飛ぶくらいには。遠くにある木に、鳴海がぶつかりくぐもった苦痛な声を漏らす。しかし祐輔には、鳴海を心配することも、優也を責め立てることも出来なかった。それ以外のことが自分に対して迫ってきていたからだ。目の前に迫る大きな斧は、もはや避けることは叶いそうにない。


「祐輔さん!!!!!」


 今まで聞いたことのない鳴海の悲鳴が、頭のなかで響く。

(殺される!!!)

 優也の姿はもうどこにもなくて。助けてくれる人間はいない。すぐそこに迫ってくる死という文字が、やけに生々しく恐ろしい。叫び声すらあげられず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


(死にたくない!やだ、いやだ…!!こんなところで!!!)


 もうやけくそだった。自分の手を目の前の斧に向かってつきだしたのは。がむしゃらに、ただ死にたくない、戦わなければと思っただけ。それなのに…自分を切り裂くはずだった斧は、その形を失って崩れた。


「祐輔さん!もっと願って!!!」


(願う?願うって…そういえばさっきも)

 あの足が軽くなって速さが上がったときのことを思い出す。あのときも、自分は願い、考えていたはずだ。

(あいつの左手…時計!あれを壊せば!!)

「このぉぉぉ!」

 腕に力が沸いてくるのがわかる。こんな漫画のようで現実味のない、妙な感覚ははじめてだ。


降り下ろされた右手は、男の腕にある時計を切り裂いた。自分の爪が驚くほどに尖り、凶器と化していたようだった。

「うぁ、いやだ、これが消えたら…いやだぁぁぁあ!!!!」

 時計を傷つけられた男の体は、徐々に薄く消えていく。悲痛な叫びは祐輔の心を深く抉るようで、目をそらすしかなかった。

「祐輔さん…すまんな、助けられんで」

 いつのまにか近づいてきていた鳴海が悲しげに語りかけてきた。

「いや…大丈夫、だと思うよ。でも…この力って」

「祐輔さん…ここはゲームやけど、あんたの夢の中や。あんたがこうなりたい、ああなりたいって考えたら、それは夢の中なら実現可能やろ」

「僕の夢…」

「そうや。ここなら、あんたが望めばあんたは変わる。そういうシステム、決まりなんやで」

 夢の中というものは便利なんだな、なんて今の状況にはふさわしくない簡単な考え方しかできないくらい、祐輔は消耗していた。今日という日は本当に疲れた。

「さっきの人は」

「時計が壊れたからな…ゲームオーバー、もうこっちに来ることもできんやろうな」

「あの人…悲しそうだった。お金がいるんだろうな」

 それを自分が壊してしまった。このゲームはなんと残酷なのか…。欲に忠実で抑えのきかない人間はただ時間が過ぎることを待てないのだろう。

「…祐輔さん」

「あっ!ごめん、鳴海くん体は大丈夫なの!?」

「大丈夫やで、俺は。…あの野郎、今度会うたらフルボッコや」

 忌々しげに爪を噛む鳴海の姿がやけに可愛らしくて、先程までの殺伐とした空気が嘘のようで思わず笑いが漏れた。それに安心したように、鳴海も笑う。疲れた心を癒すことのできる笑みは、やはり優也とは全く違っていた。


 少しの間穏やかに休息をとり、そろそろ時間が来るという時。

「祐輔さん…あいつに何言われたか知らんけど、気にせんでな」

「え?…ほとんど意味わかんなかったけど、あの人が君のお兄さんなのはわかったよ?」

「…そっか。まぁ、仲はよくないけどなぁ…。場所に此処を選らんだのも意味わからん。…ここには入れもしないくせに」

 ぼそりと呟いた言葉はやけにしっかり祐輔の耳に残って、思わず聞き返してしまう。

「入れない…?」

「…そう。ここには俺も入れん。その理由も俺は言えんけど…祐輔さんも、あんまあいつと関わらん方がええよ。厄介ごとに巻き込まれんで」

 入れない理由、ということが気になるが、言えないと悲しげな顔をする鳴海を問い詰めることはできなくて。ただ黙って話を聞くしか出来ない。何も役に立てない自分が悲しい。

「あぁ…また眠く」

「…時間やな。今日もおつかれさん。なんやかっこよかったで。ほんまに焦ったんや。家に迎えにいったら誰もおらんし、探したらあいつに絡まれてるし…」

「うん、ごめん…年上なのに迷惑ばっかだ」

 今思えば鳴海はいくつなのだろう。明らかに自分より若いのはわかるけれども。

「ええって。迷惑なんて思ってへん。…おやすみ、祐輔さん」

 もう意識が保ちそうにない。瞼が完全に閉じ、意識が落ちるその瞬間、聞こえてきた言葉がやけにはっきりと聞こえた。

「むしろごめんな、俺がおるばっかりに」


 なんのことだよ…僕は君に、助けられて…ばっかり…


 慌ただしい一日が、終わろうとしていた。


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