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第四話 危機一髪、おばんどす

タイムイズ、マネー第四話です。ついにバトルが始まりました!これから展開を頑張って作っていくので、ぜひお付き合いください。

 借金の致命的な弱点は、まさにそれを返さなければならないことである。


 モーバッサン(フランスの自然主義作家/劇作家、詩人)





「貰ったはいいものの…、こりゃ一体なんだ?」

 手探りで電気のスイッチを探す。帰ってきた薄暗い自宅は、また祐輔の気分を陰鬱なものに変えそうだった。明かりを点けても誰もいないその寂しい様は、現実を叩きつけられているようでひどく悲しくなる。

 部屋についてすぐ、着ていた安物の服を脱ぎ捨て、ラフなスウェットに着替え、先程謎の青年から渡された黒い手紙を見つめていた。

「…開けても、いいんだよな」

 青年が最後に見せた、あの恐ろしい笑顔を思い出す。なにもかも見透かして、その上で見下されているような感覚。思い出すだけで背筋が震えそうだ。

 ゆっくりと、丁寧にその手紙の封を切る。どくどくと心臓の音が聞こえてきて、自分が緊張しているのがわかる。

 中から現れたのは、2枚の手紙だった。恐る恐る広げ、その中身を確かめる。どくどく、どくどく。心臓の音がさらに大きく、自身の中に木霊している。

「…な、にこれ」

 その、中身は。


『北見祐輔様


 この度は、借金返済ゲーム【TIME IS MONEY】へのご参加、誠にありがとうございます』


「はっ?なんだそれ意味が…」

 ――――借金返済ゲーム?なんなんだ、ふざけたネーミング…。っていうか参加って…

「知らない…俺は」

 手紙にはまだ続きがあるらしく、いくらか行を空

けて文字が並んでいる。既に乱れている息をそのままに、食いつくように顔を近づけた。


『同封いたしました同意書にサインをしていただき、本登録となります。


北見様のご健闘をお祈りいたします』


 ここで、手紙は終わっていた。後に残ったのは、胸を圧迫されるような不安と、恐怖。祐輔は目を見開き、口をはくはくと動かした。内容は頭に入っても、意味を理解することができない。

「同意書って…これ、だよな」

 もう一枚の紙には同意書の文字。そこにはただシンプルに、氏名の記入欄があるのみだった。

「同意書なんて、そんなの」

 書くわけがない。そう、言えるはずだった。ついさっき、あの美しい青年に出会わなければ。

『借金、大変そうですね?』

 青年の言葉が何度が何度も頭を回る。それこそ、冷静な判断ができなくなるほどに。―――これにサインしたら、何かが変わる?借金が、返せる…?

「…どうせ、嘘っぱちだ」

 そう言いつつ、祐輔の手はペンを握り、同意書の上へと動き出す。そしてそのまま、自身の名前を記し出した。

 ははっ、と呆れたように笑って、祐輔は2枚の紙を封筒に戻した。―――こんなものに縋るほど、追い詰められてたんだな…

 不意に立ち上がり、手紙はテーブルの上に放り出す。そしてそのまま、風呂にも入らずに疲れきった体をベッドに沈めた。


 ドゴォン!と凄まじい轟音で一気に意識が浮上し、反射的に体を素早くベッドの上に起こす。夢かとも思ったが、部屋が音に合わせて小刻みに揺れているところを見ると、どうやら違うらしい。

「な、なんだ!?」

 寝起きで覚束ない足取りでベットから這い出て、リビングへと向かう。冷えた空気が体に当たって冷たい。部屋の振動はしなくなったものの、妙な緊張感が祐輔を襲っていた。得たいの知れない何かに対する恐怖、そしてそれを知りたいと思う好奇心。その相反する二つの感情が祐輔の中でごちゃごちゃと渦を巻いた。自然と足は玄関へ、そのままドアを開けて外へ。言葉通り、着の身着のままで。それがどれだけ愚かな行為であったか、知るのはそう後ではなかった。


「ぅえ…?なにこれ…」

 外へ出た祐輔を待っていたのは、猛獣やらゾンビやらゴーストやら、所謂人々が恐れおののくような存在ではなく、ただのいつも通りの町並み、のようなものだった。ほとんどが変わらない、見慣れた風景。しかしその中に、明らかにいつも見ないものがあった。

「あんなに煙が…。そんないっぺんに火事なんか起こるわけないだろぉ…」

 ――――安易に外へ出るんじゃなかった。

 後悔先に立たず。祐輔はただ呆然と、家の前で立ち尽くすしかなかった。そう、この一瞬までは。

 ドズンッ

 すぐ近くで、何かの音がした。―――音?いや違う、これは銃声。どこで?…近くで。近くって、どこだ、すごく近い。そう、まるで耳元で…

「…みみ、もと?」

 サァーッと顔から血の気が引いていくのが、感覚でわかった。まるでなんて嘘だ。本当に耳元で銃声が鳴った。身体が硬直して、息ができない。――ここはただの住宅街で、しかもこの日本で、銃声なんてなるはずない…

 コツコツと地面を踏む音が聞こえ、すぐ近くで人の気配がした。ギギギ、と鳴りそうなくらいぎこちなく緩慢な動きでその気配の方へ顔を向ける。

「ずぅいぶんと…無防備っすねぇ、おじさーん」

 妙に間延びした、人の神経を逆なでするような声。その声の主の姿が、月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がり祐輔の眼前に現れる。

「むぼうび…?」

「あーりゃまぁ、放心しちゃってんじゃん!」

 ゲラゲラという効果音が付きそうな笑い方をするのは、祐輔よりも若いであろう男。チャラチャラとした装飾品を身につけ、紙は鳴海のようにきれいではなく、無理に染めたらしき傷んだ金髪。見るだけで目に痛いような男だった。

「まーあいいやぁ、とりあえず…」

 祐輔がその声のトーンが少し変わったことに気づくが早い否か。視界から消える、存在。

「ぇ…ぃいひぃ!」

 情けない声が喉からせり上がる。先程の男が銃を構えて…その銃口は祐輔の、頭へ。

「死んで、俺のオカネになってくださぁい?」

 なんだ、こいつはなにを言っている、いやだ、いやだいやだ…

「ぅ、ぅぁああぁああああ!!!」


 バァン!!!!


 響く、銃声。

「ぅ、うぇ…?あれ…生きて、る」

 恐る恐る目を開けて、飛び込んだのは、金。一瞬、あの男だと思ったが、すぐに違うと否定する。――――あいつの汚い金色じゃない。もっと、綺麗な。どっかでみた…

「…危機一髪どすなぁ、祐輔さん」

「!!!」

 柔らかく安心する京言葉。自分を守るように背を向けて立つ、綺麗な金は。

「鳴海くん…?」

「…おばんどす」

 顔だけ振り返って、綺麗な顔でにこやかに笑う男はあの金融事務所で出会った、小松鳴海その人だった。


「ちょっとおいおい、俺おいてけぼりにしないでくんないかなぁ」

「んー?なんやお兄さん、そないに怒って」

 先程祐輔を殺そうとした男が、憎々しげに顔を歪めて吐露する。そんな姿を見ても鳴海は柔らかな笑顔を崩そうとはしなかった。

「あ…鳴海くん、それ」

 よく見ると、鳴海は男の銃の銃口を包むように掴み、空いた右手はポケットの中、という出で立ちだった。

「大丈夫大丈夫、これぐらいなんでもあらへん」

「な、なんでもぉ?ちょっとおにーさん、そりゃ失礼…!?」

 ミシミシ、ミシミシ。なにかがひしゃげるような、不快な音がした。それも、鳴海の手から。

「…失礼、はそっちやないの」

 ミシミシする音は、鳴海の手の中、拳銃からしているようだった。いや、もはや拳銃とは言えないのではないか。それはもう、元の形を留めていないのだから。

「ちょ、ちょっと?鳴海くん、それ」

 思わずその手を掴み引き寄せる。眼前に出たそれは、鳴海の手の形に合わせるようにひしゃげていた。

「その…力、もしかしてあんた…」

「……」

 急に顔色を変えた男にも動じず、鳴海はただにこにこと笑う。人好きのする笑顔であるのに、今この状況では恐怖の対象にしかならないだろう。現に男さらに顔色を無くし、慌てて拳銃から手を放した。カラン、と乾いた音を立てて拳銃が地面に落ちる。

「くそがっ」

 悪態をついたかと思えば、男はもう祐輔には見向きをせず、ただ鳴海を睨み付け、すぐに脱兎の如く駆け出した。足は速いようで、あっという間に姿が見えなくなった。


「…ひぅぅ」

 相も変わらず情けない声を発し、祐輔は塀に凭れてずるずると崩れ落ちた。それをみた鳴海が、ははっ、と一瞬笑い、祐輔を見下ろした。

「…腰でも抜けはった?」

「…うん」

「正直やなぁ」

 そう言ってケタケタと子どものように笑う姿は、やはり柔らかい印象を与え、強ばっていた祐輔の体と心を少しだけ安心させた。

「でも…」

「?」

 鳴海の顔に暗い影が落ちたかと思うと、笑顔が消えた。ふい、と少し顔を横に背けると、祐輔からは暗くて表情が認識できなくなってしまう。

「やっぱ…あんたも来てもうたんやな」

「…え」

 ぼそりと呟いた言葉はしかしはっきりと祐輔の耳に届いて。鳴海の顔が一瞬、悲しそうに歪んだ気がした。 

ここまでお付き合いくださりありがとうございます!

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