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第三話 夜の邂逅、こんばんは

 タイムイズ、マネー第三話です。まだバトル要素が出てきていないのですが、頑張って続きを書こうと思いますので、最後までお付き合いくださると嬉しいです。

 金は借りてもならず、貸してもならない。貸せば金を失うし、友も失う。借りれば倹約が馬鹿らしくなる。

       シェイクスピア(劇作家/詩人)



 いつだったか興味本意で読んだ記憶のある言葉。シェイクスピアなんてなぜ読んだのかも疑問ではあるけれど、今こうして思い出すのだから、それなりに印象には残っているようだ。――――金は借りてもならず、貸してもならない。本当にそうなのだ。あの日の自分に会えるのなら、殴るだけでは済まされない。もちろん、そんなことをする勇気すらも自分は持ち合わせていないのだけれど。

 北見祐輔、無職。借金にまみれた、惨めな男。今ある自分の現状はこんなところだろう。言っていて本当に惨めだ。お人好しと言われた自分の性格がひどく恨めしい。


 あの不思議な取り立て屋、小松鳴海と事務所で別れて、十分程。連れてこられた時はわからなかったが、事務所は案外我が家に近いところにあるようで、帰り道に困ることはなかった。しかし依然、足取りは重いままである。

「…さっきは流れでサインしたけど」

 鳴海のペースに上手く乗せられて、ついひとつ返事で答えてしまった気がしてならない。本当に大丈夫なんだろうか。いくら明るい男だったとはいえ、相手は所謂、ヤクザの人間のはずだ。確かめはしなかったけれど、鳴海に従っていた男達は明らかに表の人間ではなかったのだから、鳴海もそうだろう。


 雨上がりの夜空は、暗く沈んで重く垂れ込んでいる。いつの間に降っていたのだろう。水の染み込んだ土の臭いがする。この臭いは別に嫌いではなく、むしろ昔から好きだ。冷えた空気が沈んだ心と体に当たるのが心地よくて、すっと目を細める。少しはこの肩の重荷が、軽くなればいいと願いながら。

 住み慣れたマンションが見えてきて少し安堵する。そこには暗く冷えきった部屋があるのみだとしても、慣れ親しんだ場所であるだけでほっとするものだ。

「…やっと、帰れる」

 ぼそりと呟いた言葉に答えるものはいないと思っていた。

「…ねぇ」

「っ!?」

 不意に響いた音、もとい静かな声に勢いをつけて振り返る。人のいる気配はなかった。閑静な住宅街、しかも夜であるのに、息づかいすら聞こえなかった。

「だ、誰だ」

 情けなく声が上擦ってしまったことが恥ずかしくて、カッと頬の熱が上がったのがわかった。夜に溶けこんだカラスが何羽も飛び立つ音が聞こえてきてやけに不気味さが増す。

「こんばんは、おにぃさん」

「うぇえ?」

 情けない声を隠すことすらできないほど動揺して体が小刻みに震え、顔だけは聞こえてきた声の主を探して動く。

「ふふ、こっちだよ、ほら」

「あ…え?き、きみは…」

 誰だ、と問おうとした口は開いたままで止まる。目に飛び込んできた人間の姿に、目を奪われてしまったから。

 艶やかに光る黒髪は、夜の暗闇に映えて。同じように黒い瞳はどこか憂いを秘めてこちらを見ている。薄く形のいい唇が緩やかに弧を描いて、笑っているのだのやっと気づいた。

「…え、ええ?」

「そんなに驚かないでくださいよ、北見祐輔さん」

「なんで僕の名前をっ!?」

「うん?…まぁ、秘密にしといてよ」

 クスクスと笑う表情は整っていて美しい。艶やかな唇は女性のそれよりも柔らかそうで…。

「あれ、どうしたの?止まっちゃったみたい」

 さらにキョトンとした顔までされてしまっては、祐輔はもうどうしていいのかわからずに視線を泳がせるしかない。背中に、さっき事務所にいた時とは違うタイプの汗が流れてくる気がした。

「べ、別になんにも」

「そう?…ならいいけれど」

 そう言って青年はゆっくりと、それもまた美しくブレのない動きで祐輔へと近づいて来た。その間、祐輔はなぜか少しも動くことができなかった。足が地面に貼りついたように。

「今日はあなたに、渡したいものがあって来たんだ」

「渡したいもの…」

 それはなんだろう、と視線で青年に問いかければ、やはりにこやかに笑う。間近でそのような表情を目にして、先程よりも激しく視線は宙を泳いでせわしない。

「そう。はい、どうぞ?」

「…これは?」

 青年がそっと差し出してきたものは、黒い…手紙だろうか。闇に溶け込んだように真っ黒な封筒が、祐輔の目にはやけに不気味に映った。

「これは、あなたへの招待状」

「招待状?いったいなんの…」

 言いかけた祐輔の言葉を、青年は遮る。黒の中に映える、細く長い人差し指を祐輔の唇に当てて。そして緩やかに、笑う。

「…あなたがこの招待に乗るかどうかは、あなたが決めてくださいね?家に帰って、開けてみてくださいよ。その中身を、ね」

 言葉を言い終わると、もう用は無いとばかりにくるりと青年は祐輔に背を向けた。少し癖のある、肩までつく艶のある黒髪が、夜風に揺れる。また一瞬、見惚れそうになるけれど、ぐっと堪えて声をあげた。

「ちょ、ちょっと!一体なんの話を…!」

「俺がこれ以上言うことはありませんよ?」

 振り返った青年は笑っていた。先程のように、美しく妖艶に。けれどどこか違う気がする。

「は…?」

「……借金」

 不意に思い出したように青年が言葉を紡いだ。

「大変そうですね?」

 笑う。それはもう、妖しく。しかしその笑みは、優しさや温かさを感じさせるものではなくて。見る人に恐怖と寒気を感じさせるような、そんな笑みだった。

 本当に用は無くなったかのように、青年は歩き出した。一度も祐輔を振り返ることなく。祐輔はどうすることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。寒気がして、思わず手と手を擦り合わせる。その手には、しっかりと青年から渡された漆黒の手紙を持っていた。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。文章がうまくいかなくてまだ至らないところもありますが、頑張りますのでよろしくお願いします!

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