領主の到着
それからちょうど一時間が経ったであろうか、何もやる事がなくウトウトしていたアザナは、自分の名前を呼ぶジャンの声を聞いて眠た気に目を開き先ほどと同じ様に荷台から顔を出し馬車の前方を見た。
そこには畑に囲まれ少し物寂し気な印象を醸し出す村のシルエットが見えた。
そしてそこまで続く道の左手には鬱蒼とした森が、ゆっくりと右を振り向くと綺麗な小川が目に入った。
「旦那様、あれがカルディアでございますよ」
ジャンは胸にハンカチを丁寧にしまいこむと鞭を改めて持ち直した。
「そうか、人の手が届いてない辺境って言われたけど中々いい所そうじゃねえか。まあ…ちょいと道が悪いがね」
「そうですね、自然も豊かで食事も良い物をご用意できそうです」
「そうだねぇ、こりゃ満更でもない余生を遅れるかもねぇ…」
それから暫くしてアザナ達はカルディアの街正面にある木でできた簡素な門を潜ると、そこには何軒もの少し土で汚れた白い壁に木の屋根という同じ様な建物が何軒も建っており正面には大きな広場、そしてその中央には石造りの井戸が見えた。
さらにその前にはここの村人であろうか、数人の人達が話をしているのが見えた。
それを見たジャンは馬車を止めるとゆっくりと荷台に歩いてきて、
「旦那様、今回私達が住む事になりました屋敷がどちらにあるのか聞いてまいりますので少々お待ちを」
そう言い残したジャンは此方の馬車の集団に気づき話をやめて訝し気に見てくるその村人に向かって歩いて行った。
アザナはその後ろを見るより先に長旅で凝り固まった身体を少し解そうと重い鎧をガチャガチャと鳴らしながら荷台から降りると腕を精一杯に伸ばして改めて周りを見渡して見た。
「んん…?こんな真っ昼間になんでこんなに人がいないんだ?遠くに働きにでも行ってんのかねぇ、それにしちゃあ子供の姿もねえし…」
その時、アザナは家の小窓から此方を見ている二人の子供の姿が目に入った。
アザナが今きている鎧は王都でも相当目立つ代物であり、こんな辺鄙な村では尚更異様なのだろう、
子供達は興味津々にアザナの様子を観察していた。
それに気づいたアザナは特に気にする事なく軽く子供達に手を振ると、彼等は見られているとは思わなかったんだろう、急に慌てて窓についていた扉を乱暴に閉じてしまった。
「なんだぁ?やけに無愛想なガキンチョだねぇ」
「旦那様、聞いてまいりましたよ」
いきなり聞こえたその声に驚いてバッと振り返ると何故か顔を曇らせているジャンの姿が。
「どうしたんだ?まさかわからなかったのか?」
「いえ…それはわかったのですが…」
と言い淀むジャンの肩越しにアザナは井戸の方に目をやった。
するとそこには明らかな敵意を持った目で此方を見る村人達の姿が。
「…なんか俺たち敵視されてないか?」
「え、えぇ…」
実はこの地方を統べていた前代の領主は相当な悪事を働いていたらしく、重い税を村人に課しただけではなく自分の気に食わない事をした者には虚偽の罪を課すなど好き勝手にしていたという事を事前に調べて知っていたアザナは頭を掻くとため息をついた。
「別に俺達がしたわけじゃないんだがねぇ…、まあそんなのは村人から見りゃかわりねえのはわかるけどよ」
と言ったアザナの頭には、さっきの慌てて隠れてしまった子供達の姿が浮かんだ。
「とりあえずは旦那様、これからどうしますか?一応はここの村長の居場所も聞いてまいりましたけど…」
「あ、あぁ。そうだな…とりあえず、こんなたいそうな馬車の列を村の中で待たすのも邪魔だろうし先に屋敷に行って荷物を整理してから村長殿に挨拶に行こうかねぇ」
「かしこまりました、では今から屋敷に向かうとしましょう」
というジャンの言葉を尻目に荷台に再度乗り込もうと足をかけた時に先程の家の方を見た。
まだ窓は締め切られており子供達の姿は見えない、そのまま前方に顔を向けると相変わらずこちらを警戒している村人の姿が。
「こりゃ大変そうだわ…」
と呟くとアザナは荷台に戻るのであった。