領主の道中
ガラガラガラ…
雲一つ無い綺麗な青空の下、この国バルティアの最も東に位置する街、カルディアに続く全く人気のない荒れた道に、数台の質素な馬車が列をなして大きな音を出しながらゆっくりと進んでいた。
そしてこの辺境の地には不相応な、小綺麗な礼服を着てモノクルをしただいぶ年老いた老人が先頭の馬車で馬の手綱を握っていた。
その男は強い太陽の日差しを浴びているからであろう、大量の汗をかいておりしきりに服から取り出した布で顔を吹いていた。
すると、その馬車の荷台の方から三十路くらいであろうか、今度は厳つい装飾の施された鎧をきた男が垂れ布を右手で掻き揚げて顔を出して空に昇る太陽に少し顔をしかめて老人を見た。
「ジャン、後どれくらいで着きそうだ?」
ジャンと呼ばれた老人は、その声が聞こえた方向にゆっくりと顔を向けると苦笑をして、
「あと長くても1時間で御座いましょうか。それともアザナ様、どうかなされましたか?」
アザナ、と言われた男は「いんや」と呟きながら無精髭を指で弄て空を再度見上げた。
「今日は一段と暑いからなぁ。あんたがバテてないか気になったんだよ、辛いなら交代させようか?」
「いえ、これくらいなんともありませんよ。それに…まだ若い連中などには負けられませんしね」
と、ジャンは「ほっほっほ」と小気味良く笑った。
それを見たアザナは苦笑をして「元気な爺さんだ」とこぼした。
そしてそのままボーッとした表情でしばらく外の景色を眺めていたあと、不意に誰に言うでもなく呟いた。
「本当に俺のせいで迷惑かけるな」
それを聞いてジャンはまた小気味良く笑うと、
「余りお気になさらないよう。今回の件で私共は旦那様の事を恨んでおりませんし、一部の者は不謹慎にも今回の左遷をまるで旅行でもするかの様に喜んでいるものもいましたよ」
「…それは領主の一召使としてどうなんだ?」
とアザナは顔をしかめ「俺ってやっぱり威厳とかないのかねぇ」と愚痴を言いながら再度、馬車の荷台の中に顔を引っ込めるのであった。