さくらがさくまでは
わたしとしーやはのったぶらんこを小さくゆらす。きぃ、きぃ、高い音がする。きらいじゃない音。
もう秋はどこかにいってしまった上に、空はもう赤くなってくる時間だから、さむい。お気にいりのうすいピンク色のコートの前をしっかりしめる。
せまい公園はあそぶものが少なくなってきたけれど、ぶらんこはなくなってないからべつにいいと思う。
目の前をはっぱがひらひら落ちていった。さくらかな。春はきれいなんだけど、今はただの木。
「ねえ、すず」
右どなりでぶらんこをちょっとだけゆらゆらさせているしーやが言った。
「なあに、しーや」
わたしもおんなじようにゆらゆらさせながらこたえた。
「桜の根元には、死体が埋まってるんだよ」
「うん、きいたことあるよ」
しーやの右手がぶらんこからはなれて、後ろをさした。
ふりむくと、ちょっと遠くに、木が立っていた。もうはっぱがだいぶ落ちてしまって、さむそうな、春にはいつもきれいなピンク色になるさくらの木。
「あの木の根元にはね、母さんが埋まってるんだよ」
「しーやの?」
「うん」
しーやのおかあさんはきれいなひとだ。わたしのおかあさんよりもわかくって、お洋服なんかをつくるお仕事をしているらしい。もちろんだけど、生きてる。今朝もあいさつした。元気そうだった。
「そっか。ほりだしてあげないの?」
でもわたしは言わない。
しーやはうそつきだ。この前だってどこにいくのかきいたら「太陽を踏みにじりに行くんだ」とか言ってたし。ときどきほんとのことも言うけれど、うその方が多い。ほんにんが言うんだからまちがいないと思う。
もちろん、それもうそじゃなければだけど。
「駄目だよ。そしたら次の春の桜は綺麗じゃなくなっちゃうだろ? それに母さんは埋まってた方が幸せだから」
「そうなの?」
「そうだよ」
うなずくしーやはちょっとうれしそうだった。
「そっか」
それを見たらわたしもうれしくなった。
きぃ、きぃ、ぶらんこがゆらゆら。わたしとしーやの足でゆらゆら。
「寒いね」
しーやが言った。
「さむいよ」
わたしは答えた。
「ねえ、すず」
「なあに、しーや」
「帰ろうか」
「そうだね」
ふたりで立った。タイミングがぴったりで、なんだかうれしい。
しーやはまっくろなコートをきていて、わたしのコートのうすいピンク色とあわせるとなんだかへんなかんじだ。あんまりあわない組みあわせだと思う。もうちょっとピンクがこいほうがいい。
いつものようにつないだ手は冷たかったけど、わたしの手も冷たいからおあいこ。しーやの手はわたしのよりも大きくて、にぎられるとつつみこまれるみたいですきだ。おとうさんのほうが大きいけど、なんとなくしーやのてのほうがすき。
夕やけの赤い光の中にかげがのびる。わたしやしーやよりもずっと大きくて長いかげは、わたしやしーやとぴったりおんなじうごきをする。おうちがたくさんならんだ帰り道は車があんまり来ないから、わたしはいつもそれをながめて歩く。ときどきころびそうになるけど、しーやがささえてくれるから大丈夫。
でも公園とわたしのおうちは近いから、すぐにつく。ちょっとざんねん。かげを見るのはすきで、しーやと歩くのもすきだから。
とびらの前まできて、しーやが手をはなした。
「じゃあね、すず」
「じゃあね、しーや」
しーやがわたしによこ顔を向けて歩きだす、ってあれ、おかしいな。
「どこいくの?」
しーやのおうちはわたしのおうちのどうろをはさんだむこうがわの大きいおうちだ。帰らないのかな。
しーやはこっちをむいて、わらった。
「ああ、ちょっと人を殺しに行くんだ」
うそつきなしーやは、そんなことを言う。うれしそうだ。
「そうなんだ」
「うん。ほら、服も真っ黒だし、殺し屋っぽいだろ?」
そういえば今日のしーやはズボンも黒い。『ころしや』っぽいのかはよくわからないけど。どっちにしてもたぶんうそだ。でもしーやはうれしそうだから、べつにいいと思う。
「そうなんだ」
「そうだよ」
「じゃあ、いってらっしゃい、だね」
「うん。行ってきます」
しーやが手をふる。わたしもふりかえして、こんどこそおうちのとびらをあけた。
「ただいまー」
あったかい空気が体をつつんで、おかえりなさい、とリビングのほうからおかあさんの声が聞こえた。
今日はしーやがうれしそうだったんだよ。それから、次の春は公園におはなみにいこうよ。
そんなことを言おうと思いながら、わたしはくつをぬいでリビングへむかった。
*
しーやのおかあさんがいなくなった。
そう聞いたのは、次の日のこと。
昨日の朝お仕事にいって、そのまま帰って来なかったんだって。
しんぱいそうな顔をしたおとうさんとおかあさんに、しーやはなにか言ってなかったかってきかれた。
さくらの下にうまってるって言ってたよ。
そう言おうと思ったけど、やめた。ううんって、しらないって言った。
しーやはうそつきだ。でもときどきほんとのことを言う。
ほんとにしーやのおかあさんがさくらの木の下にうまってるんなら、ほりだされちゃうとさくらがきれいじゃなくなっちゃうから。
それに、おかあさんはうまってたほうがしあわせだって言ったしーやが、とってもうれしそうだったから。
春になるまではないしょにしてよう、ってわたしは思ったんだ。