境界線の無い正常な思考
「いやー、あの時は本当に死ぬかと思ったね」
「教授!?、どんな異常事態ですか!?」
「おれには異常と正常の違いがわからないんだが」
「常識的に考えれば解ると、何度も言いました!」
そうじゃなくて、異常と正常の境界線がわからないんだ。どこからが異常でどこからが正常なんだ?それに、完全な中間はどんな状態だよ。 大学の廊下を生徒と歩く、心なしか薄暗い。
「常識なんて、ただの固定概念だろうが」
「固定概念でも何でも、それが基準なんですよ」
「いや違うな、人を殺せば殺人鬼だが、時と場合によっては英雄になれるんだ。常識は基準になりえないな」
「いつもどうり、訳が分かりません」
一階に続く階段にさしかかる、外は既に暗いせいか、まるで奈落の穴のようにも見える。 とりあえず、手すりに捕まって生徒と共に降りていく
「手すりは何で掴むことが出来るんだ?」
「それは固体だからでしょ」
「固体も液体も気体も、すべて粒の塊だ。膨大な空間に沢山の粒が浮かんでいるんだ」
「それくらいわかりますよ。だからって手すりとは関係ありません」
「まるで氷水のように、どこからが固体でどこからが液体なんだ?どこからが手すりでどこからがおれの手なんだ?」
「見ればわかりますよ!」
「距離があるから判断出来ないんだ。絵の具の濃い部分と薄い部分みたいだ、全部繋がっているんだ」
「距離があるって、せいぜい1メートルですよ」
「近い遠いは関係無い。なにせ、どこからが近くてどこからが遠いんだ?1ミリが遠くても良いだろ?1000キロメートルが近くても良いだろ?」
「そんな事言ってたらキリが無いです!」
「そうだ!キリが無いんだよ!」
原子の話にしたって科学的だが、これは文学なんだ。どうやって境界線をつければいい。この世界だって外の世界だって境界線なんてない、こんな世界があるわけが無いんだから境界線なんて必要では無いんだ
「僕はついて行けません」
生徒は上に登って行ってしまった。おれはただただ下に降りていく
「もし、本当にキリも無く境界線がなかったら」 全てが同じ物、何だ簡単じゃないか。全部一緒で全部おれなんだ
『よう、どうしたんだ、おれ』
全部おれなんだから今話し掛けて来た奴もおれだ
『何かくたびれちまったよ』
境界線が無いから何も判断出来ないんだ。だからずっと考えてるんだよ。流石に疲れたさ
『それなら、そろそろ終わりにしようか。大丈夫だって、ちょびっとの濃い部分が動かないからって全体から考えてみたら、問題なんて無いだろ?』
『それもそうだな。終わりにしてしまえば、どちらかなんて曖昧な物は無い、何にも無いんだからな』
そして、一人落ちていく。
知的好奇心なんて猛毒は人間に過ぎたものなのだろうか?
薬と言う名の猛毒は、いずれ全身を巡り死に至らしめるか




