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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
7/56

6 箪笥の向こう ①

突然の光が眩しくて、目を眇める。

逆光になって相手は良く見えないが、誰かが座り込んだ自分を見下ろしていた。

「そこで何をしている」

低い声が詰問調になっているが、秋乃がすぐに答えらえられるはずもない。

なにしろ、教えて欲しいのは秋乃のほうなのだ。

手を翳して目を眇め、ゆっくりと明かりに目を慣らすと、秋乃を見下ろしていた男の後ろが見えてくる。

この明かりはどうやら部屋の明かりのようだ。

男が開けたドアの向こうには、また部屋がある。

開いたドアは男が両手をいっぱいに広げるほど大きく開いていて、その奥の部屋までよく見えた。

広い部屋だ。8畳の秋乃の部屋より、一回りは広い。

その部屋はとても精巧な模様の描かれた絨毯が敷き詰められていて、アンティークに見える洋風な、はっきり言うとテレビや雑誌で見るようなヨーロッパの王室で使われるようなテーブルとイスが見える。

落ち着いた深い緑色のソファは金色で縁取りがされていて、閉められたカーテンの大きさから窓も大きいと判断する。

端のほうにはこれまた手の込んだ、秋乃の判断からは金のかかった、ベッドがあった。

秋乃は座り込んだままそれらを見て、早くなる心臓の音をどうにか紛らわそうと頭をフル回転させた。

ええとええと、箪笥をおいてた壁の向こうって部屋の外だと思ってたけど廊下だと思ってたけど、隣の部屋だったの? てゆうか、この広さは何事? キッチン部を入れても私の部屋より広いし、窓もおっきいし、これで月に6万5千円ってちょっとどうなの? 私と同じ家賃とかありえないでしょ。そもそも部屋の改装ってオッケーだったっけ? そもそも改装ってこんな風にするなんてちょっとそれもどうかと思うわよお隣さんの趣味っていったいどうなってんの――

秋乃の止まらない思考はようやく自分を見下ろしている男に向いた。

逆光の中見上げると、よく顔は見えないが部屋の明かりに透かされた髪の毛は短く、その先が赤色に煌めいて見える。

見上げているだけではっきりとは分からないが、秋乃より大きいだろう。

体つきはがっしりとしていて、いつも会社で見る同僚の男たちより筋肉の付き方が違うのだ、と解る。

お隣さんってこんな人だったっけ――秋乃が記憶を呼び戻していると、その男が苛立ったようにもう一度訊いてきた。

「ここで、何をしているのかと訊いている。まさか言葉を理解しない赤子でもないだろう。そんなものに間諜が務まるはずもないしな」

カンチョウってなんだ、と秋乃が考えながら、どうやら馬鹿にされているのははっきりと感じた。

秋乃は左右を見渡し、自分の上やまわりに服がかかっていたり小物が置かれているのを見て、どうやらクロゼットらしいと判断しつつ、眉根を上げて男を見上げた。

「それはこっちが聞きたいわよ。こんな改装、よく大家さんが許したわね」

「オオヤ? とは誰だ? それがお前をここに寄越したものか」

「大家さんは大家さんです。私は大家さんの使いじゃないわよ。てゆーかちょっと待って、これなに。ちょっと心臓がうるさい・・・落ち着いて!」

最後の悲鳴のような言葉は、自分に対してだった。

自分でもどうかと思うほど、心臓が早く鳴っているのだ。

冷静になれと思うものの、なんだかこの展開はちょっと理解できないしたくない方向に行っている気がする。

秋乃の好きなものは、冒険とファンタジーの物語だ。

その中には、ある日突然異世界へ行ってしまい、それまで現代日本に住んでいた主人公はまったく違う世界観の中でいろんな冒険をする話も――読まなかったわけではない。

だがしかし、それは物語であって現実ではない。

ちょっと違うところへ行けるなんて、この主人公はいいなぁ――なんて勝手に羨ましがってはいたけれど、自分がいくならこんなところがいい、と想像もしなかったわけではないけれど、しかしそれはあくまで想像であり妄想であり現実に起こってくれと願ったわけではないのだ。

秋乃はそのあたりの分別がつくほどの、大人の女であるつもりだった。

突然知らない場所に行って、部屋の電気はつけっぱなしだったし、この週末は本屋に行ったりエステに行ったりする予定だった。

それに週末が開ければちゃんと仕事が始まって出社しなければならない。

来週に、と回した仕事の案件とルーチンワークは1日休めばその分溜まっていく。

ああやだ突発休とか取るのほんとうやだ――秋乃は必死に現実に目を向けながら、その実正しい現実から目をそらしていることには気づいていた。

これは夢なんじゃないだろうか――まさに、さっきまで見ていた曾祖母の夢が妄想で膨らんだものに、と秋乃は考えながらも、まだ痛みの引かない鼻の頭が現実を教えてくれている。

そこでゆっくりと、秋乃は現実に目をそろりと向けてみることにした。

自分を見下ろしたままの、男の顔を睨むように見上げて、口を開いた。

「・・・どちら様ですか」


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