53 貴族と庶民 ①
「ひどいわアキノ・・・!」
「え・・・っ」
美女に詰られて秋乃はたじろいだ。
シエラのお使いが終わって王宮に帰ると、秋乃は王妃のお召しと言われて急いで着替えた。
侍女の服で行ける場所ではなかったからだ。
秋乃自身はまったく構わないのだが、使用人の恰好のままだと王妃さまと一緒の席には座れない。
ばたばたとしながらも貴族服――と秋乃は思っているドレスに着替えて、王宮の一番奥、後宮の綺麗な場所で待ち構えていたリリアに、突然責められて、いったい何をしたと狼狽える。
ええとええと、私なんかすっぽかした?!――動揺した秋乃に、リリアは愛らしい顔を顰める。
しかしその顔すら可愛らしさは消えず、怒っても可愛いとかいったいなんなの――と秋乃はどうでもいいことも考えた。
怒ったままの王妃さまは愛らしい唇で秋乃を責める。
「ひとりで町に降りるなんて! 私も行ってみたかったのに!」
「・・・ああ」
怒られて、秋乃は納得してしまう。
「私もアキノと一緒に遊びたかったわ!」
それは無理だろうと秋乃は解っている。
侍女の服がしっくりと似合ってしまう秋乃はともかく、目の前の人は王妃である。
この国で2番目に大事な人だ。
そもそも、この顔に侍女の服なんて似合うはずもない。隠しようもない高貴な美しさというのは、似合うものと似合わないものというのがある。
ヴァレリーさえいなければ周囲に溶け込めるはずだった秋乃とは違う。
どこにいても視線を集めるはずだ。
それはお忍びというものはまったく無理と言うことで、あの場所にリリアを連れてはいけない。
無茶言うなぁと苦笑してしまった秋乃に、リリアは唇を尖らせた。
「でも、ヴァレリーとの逢瀬の邪魔をするわけにもいかないのも解ってるのよ・・・」
「――はい?!」
まったく理解できない言葉を聞いた、と今度は秋乃が顔を顰める。
一瞬にして花のような笑顔に戻ったリリアは、知っているのよと教えてくれる。
「とっても仲睦まじかったって、ヴァレリーが誰かに優しいなんて、本当珍しいのよ。やっぱり婚約者だからかしら?」
いやいやいやなんで?!――秋乃は軽くパニックになっていた。
町からここまで帰ってきて、すぐに着替えて、一緒にいたシエラも傍にいたはずだ。
いったいどうしてどこからまるで見ていたような話をリリアが知っているのか、秋乃はまったく解らず慌てた。
そしてこれと言って優しくされた覚えもないと秋乃は首を振る。
「や、あの! 別にそういうことは――というか本当に、どうして知ってるの?!」
「ふふ、私に知らないことなんてないのよ」
やだここ怖い!――秋乃は綺麗な場所が本当に異世界だと感じて背中を震わせた。
きっとからかわれただけだろう、と落ち着き、リリアもいつものように微笑んでお茶を手にしたところで、秋乃は町に下りて疑問に思ったことを聞いてみた。
「ねぇリリー。貴族の人たちって、買い物とかに出かけたりしないのかな?」
「たくさんすると思うわ。どうして?」
「今日出かけたときに、あんまりそういう人を見ないなぁって思ったの」
さらに言えば、隣に居た存在が目立ち過ぎていて違和感がありまくりだったのだ。
騎士の服を着ていても、ヴァレリーは目立っていた。それは階級が違うからという理由ではないようだ。一目でわかる、身分が高そうな人間。
ヴァレリーがそれに気付いていないのもおかしな話だと秋乃は思いながら、侍女の服でいることが人ごみに紛れられることに驚いてもいた。
秋乃が何を思っていたのか、理解したリリアは頷いた。
「そうね。貴族でも身分が高くなればみだりに出かけたりしないものだし、用事があっても馬車で店の前まで行けば済むことだし・・・男の人は、服を改めたりして町へ出かけるのですって。ずるいわぁ」
リリアが町へ行ってみたいと言ったのは、どうやら本音のようだった。
もしかしたら、クリフォードもヴァレリーも服を改めて王宮を抜け出してみたことがあるのかもしれない。それをリリアは知っているのかもしれない。だとすると、ずるいと言うリリアの気持ちも解る。
しかし身分の低い服に着替えたとしても、クリフォードもヴァレリーもその存在が一般人ではない。すぐにバレるはずだ。
そう慰めて見ても、それでも一度でも出かけてみたいというリリアの気持ちも解るだけに、秋乃は何とも言えなかった。
「でも、貴族といってもそのほとんどが毎日着飾って過ごしているわけではないもの。きっとたくさんの人が、町へ出かけているはずよ。それに町で暮らす人たちのことを身近に感じることは、大事なことだもの」
なるほど、と秋乃はリリアの言葉に頷いた。
正直、貴族という職業が何をして生活しているのかは分からなかったのだが、おおよそのところ、領地の経営だとか税金を徴収し暮らしているのだろうと想像する。つまり支配階級であり、そのために税を納める者たちを庇護する義務がある。
そのシステムはどこでも変わらないのだろうと秋乃はなんとなく納得した。
しかし普通の貴族ではないリリアは、毎日着飾っていることが仕事であり、こっそり下々の服に着替えて抜け出すことも出来ない存在だ。
お姫様とか王妃さまって、憧れの存在だと思うけど、この堅苦しさはちょっと――秋乃は羨ましさより不憫なものを覚えて、話題を変えることにした。
「あ、と。今日小さな子供たちにも会ったの。ええと確か・・・シ・ナシャータ? に帰るところだって。どこか町の名前かな。遠いのかな?」
昼間だったが、小さな子供の足で帰るとしたら、さぞ大変だろう。
そう考えたところで、目の前のリリアが複雑な顔をしているのに目を瞬かせた。綺麗な顔が曇っているようにも見える。
「どうしたの?」
「アキノ・・・その子達は、家がないの」
「・・・えっ?」
「シ・ナシャータは孤児院のことなの。この王都でも、多くの戦災孤児を預かっているはずよ」




