閑話 リタとお兄ちゃん
「リタ、知らない人と話すなって言ってあるだろ」
人見知りのようで、この妹は人懐こい。
いや、相手に警戒心を抱かせないのだ。
兄はたった一人の妹が可愛いが、可愛いからこそ、不安でならない。
親はいない。
妹を守るのは、自分しかいないと知っているからだ。
「おねえちゃん、きれいだった」
「きれいでも!」
あれは王宮の侍女である。
綺麗な洋服だった。そして、顔も綺麗な大人だった。
自分たちを見て、施しをしてくれたのかもしれないが、それもその場だけの気まぐれだ。
妹がこの次もあると期待することが可哀そうで、兄は厳しくなるのだ。
それに後ろに立っていた騎士は――とても怖い顔をしていた。
市内を見回っている騎士より、もっと上のほうの人ということだけは解る。
それくらい、威厳があった。
綺麗な人だったけど、あんな怖い騎士の恋人なのかな。大丈夫なのかな。
男として、子供として、侍女を心配してみるものの、そんなことを自分が気にしても仕方ないと頭を振る。
それでもあの騎士は、良い人のようだ。
二人の帰る先を聞いても、普通だった。
親のない二人の行先は、孤児院である。
戦災孤児である二人は、2年前からシ・ナシャータに身寄りを寄せていた。
自分が満足に働けるようになるまで、あと5年はある。
それまで、比較的治安の良いこの王都で過ごしたい。
もめごとを起こさないように、真面目に暮らせば――そう思っている兄の手を、小さな手が引いた。
「にぃに、あげる」
「なに――なに、これ?」
妹の手のひらの上にあったのは、四角い黒いもの。
二つ並んでいる。
見たこともないものに警戒するが、妹はあっさりとそのひとつを口に入れた。
「あ! こら! 拾い食いしちゃ駄目だろ!」
「ひろってないよ。おねえちゃんにもらったの。これはにぃにのだって」
もぐもぐと口を動かす妹の顔は、美味しさを表しているのかとっても嬉しそうだ。
あの侍女は、迎えに来る前にお土産をくれていたらしい。
本当に警戒してくれよ――兄が溜め息を吐くが、妹はまったく気にしない。
「たべないの?」
妹の差し出すものは、見たことがないから躊躇するが、それを食べた妹の顔が忘れられず、食べないとは言いだせずにいる。
逡巡した結果、差し出されたものは食べることにした。
施しなんだから、受けてやる――そう思い直して、お菓子を口に放り込んだ。
「・・・!!」
驚いた。
今まで食べたことのない味だった。
なのに、一生のうちで一番美味しいものだと思ったのだ。
「おいしいねぇ」
妹はすでに飲み込んでいるのに反芻でもしているのか口の中を舐めているようだ。
確かに美味しい。
でも、それとこれとはまた別の話だ。
「これは、これで、仕方ないけど! でも、もう知らない人に声をかけるんじゃないぞ。勝手に付いて行くのも駄目だぞ」
「はぁい」
素直に返事した妹に、本当に解っているのかと溜め息を吐きたくなる。
「おねえちゃん、またあえるかなぁ」
「・・・・・」
やっぱり、理解していないとがっくりする。
「ねぇにぃに?」
「・・・そうだな」
ここはきちんと、妹に言って聞かせなければならないところなのだが、兄の口からでたのは肯定だった。
それほど、甘いお菓子の威力は大きかったのだと自覚しないではいられなかった。
それでも、もう会うことはないだろうと、兄は妹の手を引いて家路を急いだ。




