4 おばあちゃまの箪笥 ②
「かおる姫が王子様と出会ったとき、誰もが解ったの。この二人は恋に落ちて、そして幸せになるのだと・・・」
秋乃は懐かしい声に、心が温かくなった。
これは、夢だ。
秋乃はまだ小さく、眠るとき曾祖母に傍にいてもらい物語を聞かせてもらっている頃の、夢だ。
「おうじさまはどんなひと?」
物語は始まったばかりで、まったく眠くない秋乃は興味津々で曾祖母を見上げた。
曾祖母は少し何かを思い出し、そして優しく笑った。
「王子様は金色の髪をしていたわ。目の色が深い青色で、そんな色を見たのは初めてで、びっくりして見つめてしまったの」
「あおいおめめ?」
「そう。そして聞いてしまったのよ。その目で見る世界は、やっぱり青く見えるんですか、って」
「あおいの?!」
曾祖母はただ面白そうに笑った。
「そうしたら王子様は、お前の目は黒いから、世界は黒く見えるのか――って言ったわ」
秋乃の目も黒いが、世界が黒かったことなどない。
秋乃がよく理解できないままに感心していても、物語は進んでいく。
それはやはり、物語というより記憶を探っているように思えた。
「王子様には、いつも一緒にいるお友達がいて、その人は濃い茶色の髪だったわ。陽に透けると、赤く見えるくらい。お友達はいつも怒ったような顔をして、かおる姫は嫌われているのでは、と最初とても心配したの」
かおる姫と王子様の物語に、時々出てくるお友達。
秋乃は曾祖母の顔が、笑顔のままどこか辛いものを抱えているようで、不安になった。
そのお友達は、本当は悪いやつなのでは、と訊いたこともあるくらいだ。
しかし曾祖母は違うのよ、と笑うだけだ。
辛くて、悲しくて――切ない。
曾祖母がそんな顔をするのはそのお友達のことを話すときだけだ。
どうしてそんな顔をするの、と秋乃は訊きたかったのに、結局聞けなかった。
訊けないまま、曾祖母は逝ってしまったのだ。
秋乃の中にぼんやりと残る、お友達の残像――それはぼんやりとしながら、人の形を取ったものだった。
茶色い髪は陽に透かすと赤く、背丈は大きく、腰に剣を差し、誰よりも強く、そして怖い顔の男。
「おばあちゃま、その人は、おばあちゃまのなんなの・・・?」
声に出してから、秋乃は本当に自分が話していることに気付いた。
気付いて周りを見回すと、自分の部屋でベッドにあおむけになっている。
しかも仕事帰りのスーツのままだ。
メイクも落としていないし、お風呂にも入っていない。
どうやら帰宅して疲れて眠ってしまっていたらしい。
暖房をつけることだけは忘れなかったことに感謝だ。
でなければ風邪をひいていたところだっただろう。
部屋の電気もつけっぱなしで、秋乃は身体を起こし反対側の壁にある箪笥を見上げる。
今まで見ていた夢のせいか、どこかぼんやりとしたままだ。
曾祖母の残した箪笥は、桐で出来ていてすでに色が変わっている。引出の取っては鉄でできているらしく、すでに錆びて赤黒くなっていた。しかし全体がゆっくりと年齢を重ね、扱いも丁寧だったことが幸いにしてとても味がある古い箪笥になっていた。
下から5段目までは横長の引出がある。その上に右半分は引違の戸があり、中棚がひとつだけあった。
左半分は九つの小さな引出になっていて、秋乃はそこにハンカチを丸めて入れていた。
横長の引出にも、もちろん服が入り、年代物の箪笥だが実用するのに問題はない。
秋乃の視線はその左上の小引出に向いていた。
「左の真ん中に桃色を、真ん中の上に空色を、右の下に草色を入れて、続きは夢の中に」
さっきまで見ていた夢のせいか、耳元で曾祖母の声がしたようだった。
秋乃はその小引出があの言葉に当てはまるような形をしているのに気付いた。
今まで何も気にしていなかったが、思いついたように立ち上がって小引出の一番左下に入れてある手拭の包みを取り出した。
これは箪笥の中に、もとから入っていたもので、中を見ても大事なものには見えなかったがなんとなく捨てることもなく箪笥と一緒に持っていたものだ。
手拭を開くと、手のひらに乗る小さなビー玉が3つ。
ピンクとブルーとグリーンの、ビー玉だった。