47 婚約者さまへのお願い ①
翌日も秋乃はひとり暇を持て余した。
王妃さまは忙しいのである。
それは王さまも近衛司令官も同じようだ。
シエラにお茶を淹れてもらいながら、秋乃はパッチワークを手にして、しかしそれも飽きてきたな、と手を休めて伸びをする。
うーん、と伸ばす両手は楽なものだ。
部屋から出ることがないと思ったので、秋乃の今日の格好はジーンズにTシャツというラフなものである。
そのような軽装では、と顔を染めて慌てたのはシエラだが、腕や肩が剥き出しになるよりましだと秋乃は思う。
恥じらうポイントが違うな――秋乃はそう思いつつ、他に誰にも会わないからとこの格好で通した。
肩が凝ったな、と秋乃は柔らかなソファから立ち上り、窓辺に近付く。
身長よりはるかに大きな窓からは、遠くまでが見わたせる。
窓からの景色は興味深い――いや、好奇心を擽られるものだった。
秋乃のいる部屋から、大きく囲うように背の高い塀が見える。それがこの王宮を囲う城壁だろう。
秋野の意識を奪ったのは、その向こうである。
城壁の向こうは、この世界の人々が住む都が広がっていたのである。
うーん、王宮の、しかも一部しか見てないから、全然分かんないけど、きっと中世ヨーロッパみたいな雰囲気なのかな――実際に行ったことがあるわけではないので、それも想像でしかないが、秋乃は明るい色の屋根が目立つ街並みに目を奪われる。
行きたい行きたい行きたい見たい――小説のような世界にいるのである。
夢にまで見た世界に立っているのだ。
こうして部屋に閉じ込められていることが仕方のないこととはいえ、好奇心が抑えられるものでもない。
秋乃は外を見つめながら、同じ部屋にいたシエラに声をかけた。
「・・・ねぇ、シエラ」
「はい、アキノ様」
「シエラは、お城の外に――町に出たりすることって、あるの?」
「ええ、ございます・・・あっ」
「なに?」
質問にあっさりと頷いたシエラの、驚いた声に秋乃は振り返る。
驚いた声を上げてしまったことにシエラは申し訳なさそうな顔をした。
「い、いえ、少し思いだしたものがあったので・・・」
「なぁに? 急ぎの仕事なら行ってもいいよ?」
自分のことは気にしないで、と告げる秋乃に、シエラは首を振った。
「いいえ、たいしたものではございません。後でお時間を頂きます」
「そんな風に言われても気になるんだけど・・・や、私に話しちゃだめなものもあるよね、ごめん、聞かない」
少し慌てた様子のシエラが珍しいと思ったのだが、侍女には侍女の事情があるだろう。
お客様として扱われている秋乃には言えないものもあるはずだと思ったが、シエラはもっと慌てた。
「いっいいえ! アキノ様に秘密にするようなことではありません! 買い物係りになっていたので、他の侍女たちからの要望を聞き忘れていたと思っただけです!」
「・・・買い物係り?」
慌てたまま秋乃に話してしまうシエラが何を思ったのかは解らないが、秋乃はその言葉に集中した。
「あー・・・それって、町に買い物に行くってことかな?」
「はい、そうです。王宮に勤めるものはいつも城下へ行けるとは限らないので、何日かに一度、必要なものを聞き集めて代表者が買い求めてくるのです」
それが今回は、シエラのようだ。
「あ・・・そうなんだ」
「・・・アキノ様?」
訝しんだシエラの声は、仕方がない。
何しろ、秋乃はこれだ! と思って締りのない顔をしていたのだから。
町に行きたい。
秋乃はシエラの買い物に付いて行きたいと正直に言ってみた。
言われたシエラは、何とも言えない顔をする。
それはそうだろう。
王さまの客人として王宮に居させてもらっている秋乃だが、自由な行動を許されているのは王宮の一部でしかない。
シエラに教えてもらったところによると、王宮は広い。
ヴァレリーに案内されたコースは貴族の、しかも上級の貴族が入れる場所だ。そこへ入ることを許されてはいるが、秋乃の興味は正直言ってもっと下の場所である。
煌びやかで建前で笑っているだけのイメージしかない貴族様の住処は興味がないのだ。
なにしろ、自分とまったく生活範囲が違う。
王宮は、リリアたちが住む後宮、そしてヴァレリーたちの執務室と一般の者や王宮に用があるものが出入りする入口である公館、それを出ると貴族たちが留まるための別館やら離れやら兵舎や厩、それらに準ずる必要な施設が建ち並んでいる。
大きな塀にぐるっと囲まれている外は、貴族たちが住む階級の高い街並みが並び、その向こうに普通の人々が暮らす町がある。
王宮から歩くと1時間ほどかかるが、普通の買い物はその町で済ませるようだ。
ちなみに貴族の買い物は、自分で店に赴くことは少なく、屋敷に商人を呼ぶものらしい。
秋乃も欲しいものがあるのなら、業者をお呼びしますとシエラに言われたが、欲しいものがあるわけではないのだ。
ただ、町が見たい。
それだけだ。
「・・・やっぱ駄目かなぁー」
肩を落とす秋乃に、シエラは困窮した。
「私には、判断出来かねますので・・・」
シエラには、了承することも断ることも出来ないのだ。
秋乃はその立場もよく解ると、頷いて少し考え、決意した。
ちょっとあんまり本当はヤだけど、仕方ないかな――秋乃は小さく手を握り込んで、シエラに頼んだ。
「えっと、着替えたいんだけど、いいかな?」
秋乃は許可が出せる人にお願いすることにしたのだ。
しかし、この部屋から出るには、まず着替えからだった。




