46 リリアの悩みごと ③
秋乃は少し打ちひしがれた。
まだ十代と言っても通るようなお姫様――もとい、王妃さまが23歳だと解ったからだ。
5年前って17歳じゃん! 王さまちょっと気ぃ早すぎなんじゃないの――秋乃は5年後でさえこんなに綺麗で可愛いのだもの、17歳なんて直視出来ないほどの美少女だったに違いないと断言する。
そしていったいどうやったらこの可愛さが持続出来るのか、やっぱり元が違うからかと複雑な気持ちになったのだ。
「アキノだって29歳だなんて見えないわ。ヴァレリーと年が離れすぎていたら大変って思ったくらいよ」
リリアはそう言って笑うが、それは東洋人と西洋人の作りの違いのせいだと思いますと秋乃は言い切れる。
そうしていて、リリアの表情が元に戻っていることに秋乃はほっとした。
あの深刻なものは、今はない。
ううん、きっと不安がなくなったなんてことはないはず――リリアがそんなに簡単に元気になれるとは思っていない。女として、妻として、そんな簡単に払しょく出来る悩みではなかったはずだ。
しかしそれを抑えてこの笑顔が出来るのだ。
リリアはやっぱり王妃さまで、すごい人なんだな――秋乃は改めて実感して、そしてますますリリアが好きになってしまったのだ。
向こうに帰ったら、もう少し何か出来ないか調べてみよう――秋乃がひっそりと決意したとき、大きな扉がノックされて、すぐに開いた。
「――リリア」
相手に確認もなく開けるとは、と秋乃は驚いたが、入ってきたのはこの国の王さまだ。リリアの夫でもある。誰かに止められるはずもなかった。
にこりと笑う顔は笑顔に見えるが、視線が部屋に二人きりの姿を確かめて何があったのか知ろうとしているのは秋乃には解る。
このやきもち妬きさんめ――秋乃は妻にべたぼれなクリフォードに呆れながら、仲が良いっていいなと気持ちが暖かくなる。
「クリフ、あら、急ぎの謁見が入っているのではなかった?」
「もう終わったよ。晩餐をここで、と思ってね――リリアも話は終わったのかな?」
きっとこの部屋に、秋乃とリリアしかいないと知って入ってきたに違いない王さまは、にこやかだけどひんやりしていて、そしてそれはリリアには向けられていない。
「ええ、ちょうど。ねぇ、今日はヴァレリーも一緒にどうかしら?」
クリフォードの後ろから、当然のようにヴァレリーが一緒に入ってきていた。
扉が開くと、元の位置に素早く戻ることが大事とばかりに侍女や騎士が入ってくる。素早いと思いながら、内緒話は終わったので秋乃に止めることは出来ない。
そして侍女のひとりがお茶の用意を始めていた。
リリアの提案に、ヴァレリーは拒否の意思を示して何も答えなかったのだが、クリフォードは笑顔のまま答えた。
「そうしようか。今日はアキノと仲良くなったみたいだけど、まだ時間が足りないだろうしね」
「そうよね、そうしましょう」
「ちょ――」
にこやかな国王夫妻に、秋乃の制止はまったく通じなかった。
別に、その不機嫌な顔のひとは一緒じゃなくてももう今日は充分見ましたから――秋乃の心の声は、誰にも届かなかったようだ。
そして不機嫌な顔の婚約者様は、やっぱり王さまに反論はなく無言で不機嫌さだけを見せているのだった。
王妃さまの部屋にある大きなテーブルに食事の用意がされた。
今日は4人分だ。
秋乃はそのひとつに座り、なんだかなぁと釈然としない気持ちを抱えていた。
にこやかな国王夫妻と、不機嫌なまま強制的に座らされたヴァレリー、それから秋乃が座るテーブルは、違和感がありすぎて落ち着かないのは自分だけだろうかと思ったのだ。
食事は文句のつけようもないほど美味しい。国王夫妻と同じものなのだ。まずいはずもないが、この空気が美味しくないと秋乃は感じていた。
部屋には給仕をするための侍女と侍従、それから王さまも増えたために控えている騎士も倍増。
近衛司令官がいるっていう理由で減ったりしないのかな――秋乃は希望しながらきっと減らな事実を解っているから口にはしない。
王族ってたいへん。
結果、秋乃の感想はそれに尽きる。
にこにことして会話が弾むのは国王夫妻だけで、ヴァレリーは食事をする以外口を開かないし、秋乃も同じだ。目の前のお皿を早く食べ終えたからといって、この時間が早く終わるわけでもないと解っているから気持ちとは裏腹な動きに溜め息も吐きたくなる。
食事は美味しい。
身目麗しい国王夫妻は眼福である。
名ばかりの婚約者は口を開かなければ放置出来る存在でもある。
それでありながら、何が秋乃の気持ちを俯かせるのかと言えば、王さまの質問だ。
「――それで、リリアはアキノに何を聞いたの?」
きっと、それを知りたくて仕方がなかったに違いない。
しかしその言葉が出たのは、食事もほとんど終わり食後の菓子が用意されるときである。
むしろよくここまで我慢した。
いや、早く言ってしまってすっきりしたかったから、もっと早く聞けばいいのに。
秋乃はにこやかな笑顔を向けるクリフォードを見て、それからリリアに視線を向ける。
リリアは20歳を超えているとは思えない肌艶の良さで、その頬をうっすらと染めて恥じらいを見せた。
「それは・・・秘密です」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言が3人分続いた。
なんだその可愛さ!――秋乃でもむしゃぶりつきたくなるような表情だったが、秘密にされた王さまは夫として、それ以外の感情もあったに違いない。
笑顔のまま秋乃を見つめた。
そんな顔を向けられても、言えません――秋乃は真正面からそれを見返した。
「秘密です」
リリアのように恥じらいはなかったけれど、笑うことも出来ない。
真面目な悩みだったから、真面目な顔で答えたつもりだ。
そもそも、排卵日の計算方法なんてたとえ夫でも男に言えるものではない。
それでなくても、この部屋には他に耳目があり過ぎるのだ。
王妃さまとの秘密を共有していると、壁周辺の視線が秋乃に集中して気にならなかったわけではなかったが、リリアが秘密にする以上、秋乃も秘密にするしかないのだ。
「・・・アキノ?」
「秘密です」
にっこり笑ってクリフォードに名前を呼ばれたが、秋乃の答えは同じだ。
秋乃の意思の硬さを理解したのか、王さまはわざとらしく溜め息を吐いてヴァレリーに向いた。
「こういうとき、男は弾かれるのって、寂しいよな、ヴァレリー」
「私に振らないでいただきたい」
「ヴァレリーにも関係あるだろう? だってアキノが秘密にしているんだ」
「・・・誰にでもそういうものはあるものです」
「私は秘密なんて持っていないよ?」
「・・・・」
人の目があるからか、口調は整っていたが最後にヴァレリーがぼそりと「白々しい」と呟いたのは隣にいた秋乃には聞こえた。
「いつか・・・」
小さな声で、リリアが全員の視線を集めた。
「いつか、解る日がくると思うの」
嬉しそうな顔で、にっこりと微笑むのは王妃さまそのものだ。
秋乃は、その秘密がバレる日が来ることが、リリアの何よりの望みであると解ったから、それまでは口をつぐむことを決めた。




