45 リリアの悩みごと ②
ええとリリアは王妃さまで王さまと結婚しているから夫婦なのだと思ってたけどやることやってないの――秋乃はとっさに思い浮かんだ思考に揺れてしまったが、リリアの深刻な表情にそうじゃないと気付いた。
結婚して、何年目なんだっけ――仲睦まじいふたりに、子供が出来ないことがおかしい。そして、立場的にもリリアは子供をつくらなければならないのだ。
それは確かに、真剣に悩むべきことなのだろう。
安全日の計算――じゃなくて、この場合危険日の計算?
秋乃はグルグルと思考を回しながら、いつも柔らかな笑みを浮かべる王妃さまの手が固く握りしめられて、微かに震えているのに気付く。
よく見ればすぐに返事を返せない秋乃に真剣な目が揺れ始めている。
不安が溢れているのだ。
秋乃は誤魔化しや冗談で切り抜けるような思考を振り払うように手のひらで額を叩き、
「う、ん、えっと、ちょっと確認させて?」
「なにかしら?」
リリアは何でも答えようと素直に頷いた。
「子供をつくるって、妊娠するってことだよね?」
「そうよ」
「お医者さまはなんて言ってるの?」
「お医者・・・侍医はなにも? 体調に悪いところはないわ」
「あ・・・うん?」
質問の答えがずれていると感じて秋乃は眉根を寄せた。
あれ、妊娠って医者の範疇じゃないの――秋乃はまだ落ち着かない思考をぐるぐると回し、まとまらない言葉をどうやって伝えたらと戸惑う。
そして考えながら、まだ冷静になれない自分に気付き、落ち着けと念じて深く息を吐いた。
心臓がどきどきしている。こんなにどきどきするのは、この世界に初めて来たときくらいかもしれないと思いながら、状況を確認する。
「王妃さま。リリーは、子供が欲しいのね?」
リリアは一度、ゆっくりと頷いた。
間違いなどないように、自分の気持ちを表せるせいいっぱいの表現だというようにまっすぐに秋乃を見つめている。
リリアは若い。
秋乃よりはるかに若く、初対面はお姫様だと思ったくらいなのだ。
しかし王妃である。少し考えれば、国の頂点にいる人間が後継者問題を抱えていないはずもないと気付くだろう。
呑気に仲のいい夫婦だなぁとリリアとクリフォードを見て思っていた秋乃は自分に呆れる。
でもこの疑問をどうして自分に訊いてくるのかということは置いておいて、秋乃は誠実に答えられるように言葉を探した。
「誰か、ええと、出産経験者のひとたちには訊いてみたの? 私は見ての通り、結婚もしてないし出産したこともないんだけど」
「周囲のものは・・・」
リリアは困った顔で首を振る。
相談出来ない立場なのかもしれない。
「結婚して5年になるわ。最初のうちは、慌ただしかったし、国が落ち着いてから、と思っていたけれど・・・それでも、5年も経つのに、その兆候は見られないの」
ご、5年――秋乃ははっきりした数字を聞いて、正直にこの人何歳だ、と問い詰めたくなった。
はっきりした年齢を聞いてないが、秋乃よりかなり年下だと思っていたのだが、実際はそうではないかもしれない。若く見えるのは東洋人だけじゃないのかもしれない――秋乃はそんなことを考えながら、真剣なリリアの言葉に耳を戻す。
「これ以上、待てないと言われたら・・・クリフには側室を薦めなければならないわ」
「・・・えっ」
秋乃は思わず声を上げた。
リリアは苦笑する。
いつもの柔らかい笑みではなく、まさしく苦笑だ。どうしようもないという気持ちが溢れていた。
「クリフは王だもの。後継者を残すことも王の務めだわ。それを私が、出来れば良かったのだけど・・・」
私には子供は出来ないのかもしれない。
リリアの声は平坦で、なんの気持ちもないように聞こえた。
いつもの華やかさなどどこにもない。それに気付くと、どれだけリリアの感情が強張っているのかがよく解る。
「・・・リリー、待てないって、誰が言うの?」
秋乃は膝の上で握りしめられたままの手に触れて、言葉を選びながら訊いた。
「はっきりとはまだ言われてないけれど、そういう噂や雰囲気は解るものよ。貴族の間からは、すでにご令嬢たちをすすめている人もいるでしょう。私は上流貴族の娘で、両親と前陛下たちの意向で幼いときからクリフの傍にいて、そのまま王妃になったようなものだもの。とっても運が良かったの。でも私の運は、そこで尽きたのかもしれないわ」
いやいやいや待って――秋乃は哀愁漂うリリアの言葉に、頭の中で否定した。
運がいいだけでは、あの王さまと結婚は出来ない。秋乃はそう断言できる。
何故なら、クリフォードの嫉妬深さがよく解るからだ。始終笑顔なのにリリアが秋乃に秘密を打ち明けると知っただけで冷ややかなものが送れる器用な人なのだ。
きっと側室を薦めたところで、王さまは受け入れないだろう。
ああいう人、ヤンデレっていうんじゃないの――秋乃は王道の物語がここにあると感動しかけたが、目の前のリリアは現実で、悩んでいることも現実である。気楽に大丈夫だよという言葉だけでは、きっとリリアはどうしようもないところまで追いつめられているのだ。
だからこそ、まったくこの世界に関係のない、秋乃にこんな相談を持ちかけているのだから。
異世界に住む秋乃になら、この世界にない技術でももって妊娠することが出来るかもしれないと考えたのかもしれない。
確かに現代の医術では、不妊治療も進んでいるからどうにかなるかもしれないが、しかし秋乃は医者ではない。薬もないし、なにもしてあげることなど出来ない。
それが解っているから、秋乃は無力さに落ち込みそうになる。
しかし不安になっているのはリリアで、秋乃が一緒に暗くなっていても事態が好転するわけでもないのだ。
秋乃はリリアの手をぎゅっと握って、
「ごめんなさい。私は医者じゃないから、技術的な治療とかは無理だけど・・・妊娠しやすい時期とか、それくらいなら解るって程度の知識しかないよ」
「まぁ・・・そんな時期があるの?」
リリアは本当に驚いたようで綺麗な目を丸くしている。
秋乃は自分も自信がないため、眉根を寄せるしかないのだが、一応頷いた。
「排卵日を計算すれば・・・」
言いつつ、こっちの人とそういう周期って同じなのかなと疑問も浮かぶ。
だが秋乃と繋がりのあるカオル姫もクリフォードという子孫を残しているのだから、妊娠しないわけではないし似たようなものだろうと思い込むしかない。
「あーあと、仲の良すぎる夫婦にはできにくいって私の世界では言うよ」
「まぁ、本当に?」
「うん。どういう意味か、深く考えたことなかったけど、きっと誰かが嫉妬してるんだろうねぇ」
「そうなのかしら」
「だってリリーと王さまは、とってもお似合いだからね」
秋乃は何でもないように言葉を繋げながら、ほっとした。
手を繋いだリリアの顔が、綻んでいたからだ。
強張ったものはそこにはなかった。ただ、秋乃を信じた安堵があった。
なんて素直な子なんだろう――秋乃はそう思いながら、この優しい子が幸せになれないはずはないと感じた。
そうして、排卵日が何であるかを教える前に、とても気になる質問をすることにした。
「それで気になるんだけど、リリーって、何歳なの?」
きょとんと目を瞬かせた王妃さまは、妊娠しないことを気にする奥さまにはとっても見えないお姫様だった。




