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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
43/56

42 王宮探検と婚約者 ⑤



「ここから奥に向かって庭を一周する。そのあとで公館に入る。お前が入っても良い場所を案内するから、迷わないように覚えろ」

上から目線の命令に、秋乃はむっと顔を顰めるが、言っている内容は仕方のないことだ。言われる通り覚えないと、秋乃はひとりで歩けないのだろう。

仕方なく素直に頷いた。

そしてよく考えれば、ひとりで歩いても良いという許可を貰ったようなものだと気付いた。この世界の人間ではない、王妃さまに何かをあげるのも難しい立場の秋乃が、自由になるという意味を、秋乃も解らないはずはない。

秋乃は少し驚いた目を上に向けると、なんだと視線が落ちてくる。

「・・・ありがとうございます」

素直にお礼を言ったのに、ヴァレリーはどういう意味だと言うように顔を顰めた。

お礼を言ったんだから、素直に笑って受け取ればいいのに――秋乃はそう思いつつ、この男の笑顔もどうなんだと自分も複雑な顔になった。

一度だけ見た笑みは――封印だ。

なんだか心臓に悪いから、思い出さないほうがいいだろう。なかったことにしたままのほうが心の安寧のためにいいだろう。

秋乃は平常心を取り戻して、再びヴァレリーと歩き始めるのだった。



東の庭というところを過ぎると、また違った趣のある庭に囲まれていた。

王宮をぐるっと回っている庭は、いろいろな景色になっているようだ。

まさに庭園というのが相応しいような場所に出ると、東屋や池が見え、その周囲に色とりどりのドレスを着た女性がちらほらと見えた。

楽しそうに笑って話しているところを見ると、所謂貴族のご令嬢たちが仲良く遊んでいるのかもしれない。

ヴァレリーはここで留まるつもりはないようだ。つまり、突っ切るようだった。

秋乃としては、綺麗なお嬢さんたちを含めて景色を見たいところなのだが、案内人が足を進める限り秋乃も足を止めるわけにはいかない。

「・・・ヴァレリー様? そちらはどなた?」

しかし、その声にヴァレリーは足を止めた。

ご令嬢らしき人のひとりに、声を掛けられたのだ。見ればまだ若いお嬢さんで、つやつやの肌に綺麗な髪を纏め、鮮やかなドレスの似合う美少女だ。その連れもそれなりに綺麗なお嬢さんが揃えてある。

こっちの世界って、本当に顔が綺麗な人間しか存在しないんじゃないの――秋乃がそう思っても仕方ないくらい、眼福率が高い。

お嬢様の視線は笑顔だが、ヴァレリーから秋乃までしっかりと見ていて、特に秋乃は上から下までじっくりと確かめられているようだった。

なんか品定めされてる気分だけど、どこのお嬢さんなんだろ――そう思う秋乃には、ヴァレリーより前に何かを言えるはずもない。

「トリヴァー様、こちらは陛下のお客様のアキノ様です。陛下の命により、王宮をご案内しています」

「まあ、陛下の・・・?」

驚きながらも、ご令嬢たちの視線の中身は同じだ。

陛下のどの程度の客なのか、どこの家のものなのか、何をしているのか。

秋乃を探っている目は、若いお嬢さんのものではない。研修直後に、初めてお客さんの前に放り出されたこと思い出すなぁ――秋乃は同じような感覚を思い出しながら、それでもこの程度のことでは狼狽えたりしない。

ヴァレリーが王さまの客だと言った以上、秋乃も必要以上に遜ったりしないほうがいいだろうと判断したのだ。

ただ、どういう返事が相応しいだろうと考える。考えて、無難なものを選んだ。

「初めまして。アキノです」

ただ、名前を言うだけにしたのだ。

お嬢さんたちはもっと詳しい話をしたがったようだが、秋乃は藪をつついて蛇が出そうなのでこれ以上深くかかわり合いにはなりたくない。

貴族のご令嬢というのは、庶民の秋乃とはあまり合わないと思う。最上級の貴族がリリアだとは思うが、階級など飛び越えて秋乃の懐に入って来た王妃さまのような人は少ないだろう。

仲良くなるにしても、もう少し秋乃がこちらの世界のことを知ってからのほうが間違いもない。だから隣の男にそっと頼んだのだ。

「・・・司令官様、先を急ぎましょう」

ヴァレリーはひとつ頷いただけで、ご令嬢たちに一礼して秋乃と歩き始めた。その後は、誰にも止められなかった。

庭からまた王宮の回廊のところまで戻ってくると、ヴァレリーは小さな声で訊いた。

「司令官様ってなんだ」

なんだもなにもない。

近衛司令官だというから、そう呼ぶのが正しいのかと思ったのだ。

「そう呼ばないんですか・・・ってああ、部下の方が、隊長って呼ばれてましたね。そのほうが良かったですか」

司令官なのにどうして隊長なのか。

秋乃はその疑問も考えたが、ヴァレリーは眉根を寄せるだけだ。

「そう呼ぶのは近衛隊のものだけだ」

部下以外がそう呼ぶのは駄目なのか、秋乃は少し戸惑った。

名前で呼べばいいだけなのだろうが、躊躇したのだ。

ヴァレリー。

正直、言いにくいのだ。

「なんだ」

それが顔に出ていたのか、ヴァレリーも眉間の皺を深くしている。秋乃は正直になることにした。

「・・・発音が、難しいんです。正直、慣れない言葉で」

「お前の舌はどれほど短いんだ」

「失礼な! 私の舌は普通です! 濁音の入った名前の人が周りに居ないだけです!」

「言い訳としては不十分だな」

「言い訳じゃない!」

冷たく言い返されて、秋乃は同じように言い返しながら、思いついたままを口にする。

「レリー、レリーさん? リーさん。もう、リーさんでいいです」

「いいですってなんだ」

「長いので短くしました。一応敬称は付けているので充分だと思います」

「それは俺の名前か?」

「そうです。呼びやすくなりましたよ。リーさん」

隣りから機嫌の悪そうな視線が向けられているようだが、気にしない。

秋乃はこの不機嫌な目にも慣れるものだと思った。

いつもいつも、上から言われて秋乃が腹を立てているが、たまにはヴァレリーもやられてみるといいのだ。

隣りの男は何かを言いかけて口を開いたのだが、それが聞こえる前に、また声を掛けられる。

今度は見たことのある騎士だった。

「隊長」

以前見たときと同じ姿のアイアスである。腰に佩いた剣に片手を当て、もう片方の空いた手をかざして近づいて来る。

今日もにっこりと柔和な笑顔で、秋乃はこの二人は対照的な表情だなぁとしみじみ見比べてしまった。

「なんだ」

何かあったのかと構えたヴァレリーを気にせず、アイアスは秋乃に目を細めて微笑んだ。

「お久しぶりです、アキノ様」

「あ、はい。お久しぶりです」

まさか自分に声を掛けられるとは思わず、秋乃は少し遅れて挨拶を返す。隣に立つヴァレリーがさらに強くアイアスを睨んでいた。

「なんの用だ」

「いえ、確認に来ただけですよ。隊長がご婚約者を見せびらかしてるって言うから」

「――はあ?!」

アイアスのからりとした声に反応したのは秋乃だ。

驚いたままヴァレリーを見るが、ヴァレリーはいつもの不機嫌な顔のままアイアスを睨んでいる。アイアスはその視線をまったく気にせず、秋乃に笑いかけていた。

「まぁ婚約者ってのはあれですけど、知ってるヤツは知ってますからねー。とりあえず、隊長が女連れってのが珍しくて仕方ないんですよ。隊長を落としたあの人は誰だって注目してるんです」

「・・・はぁあ?!」

いったいどういう意味なの――秋乃は理解したが理解したくなくて盛大に顔を顰めて説明を隣の男に求めた。

そもそも、この案内は王さまの命令なのだ。ヴァレリーの意思ではない。秋乃の意思でもない。

そこに何か裏があるかなんて、誰が想像するのか。

秋乃はヴァレリーと一緒に居ることに、誰かが気にするなんて想像もしていなかった。

「どういうことですか? なんで私がそんなふうに見られなきゃならないの? ただ陛下に言われて案内してもらってるだけじゃない」

つまり、ヴァレリーと良い仲なのでは、と噂されていると秋乃は気付いたものの、その理由を教えろとヴァレリーに詰め寄る。

ヴァレリーはちらりと秋乃を見おろし、

「俺が言っているわけじゃない」

「そんなこと解ってます!」

あっさりとした責任もないような一言に、秋乃は強く睨みつけた。

しかしヴァレリーに、不機嫌である中に怒りの感情がそれほど見られないのは、この状況をある程度予想していたという事実を秋乃に教えていた。

やっぱり何を考えているのか全然解らない――秋乃は婚約者と名ばかりの男を睨んだ。




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